戦後75年、やはりオリンピックより重い

戦争のことを語り継ぐのは右翼でも左翼でもないでしょう。
歴史を語るのは、大事なことです。
そこに思惑や誤解を産む、意図的なものを入れだすと右左の対立になります。
靖国神社に誰が参ろうと、右翼でも国粋でもないと思います。
戦争放棄の条項、軍隊を持たないという憲法そのものと、自衛隊はやはり矛盾はしています。
戦争は恐ろしいし、子供や家族、自分自身が死ぬかもしれない戦地に赴くことが危険なことだとは強く思います。
いろんな外交努力での回避は必要です。太平洋戦争で日本は戦争の回避も、早い段階での終結もできなかったのです。このことは歴史から最も学ぶべきです。
思想とか、どこの国と仲良くするかは別問題で、情報力やバランス力が必要です。
アメリカ一辺倒でも、反米でも反中でも極端なのはいけないのです。
外交官の赴任地でも、仕事だと割り切ればその国の文化、風土、人間を知り仲良くなるはずです。外交的努力をするでしょう。
国内でどんなに嫌われた国でも外交官は行きます、戦争も混乱もいたずらに招くわけにはいかないのです。
恵まれた現代日本、戦争をしている国、戦争をしていた時代の不幸はやはり伝えていかないといけません。その上で、国家のアイデンティティを守り、豊かにしていかないとならないのです。

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