戦後高度経済成長期はもっと格差があった

子供は純粋であったり、鈍感だったり残酷だったりします。昭和40年代に小学生だった私たちの学校、生徒たちの格差はある意味今より今より大きかったです。
給食や肝油で栄養を補い、その給食費の支払いもぎりぎりの家庭もありました。
高度成長期で、働けば働くだけ儲かりだした時代ですが、まだまだ戦後の厳しい中で苦しい生活の家庭もあったのです。
私は鈍感な方なので、他人がお金持ちか貧乏かというはあまりわからなくて、誰とでも遊びました。
少し大きくなるにつれ、あそこの家は✕✕だなどという情報が入ってきます。公立の小学校ですから、町内によってはいろいろな難しい地域や家もありました。今考えると昭和は個人情報保護も人権擁護もユルユルでした。
空地もなく、公園も狭いので駐車場などで遊んで怒られました。
洒落たお金持ちの家でもそんなにうらやましいとは思いませんでした。大手商社にお勤めの親の家でしたが、まあ狭いながら自分の部屋のある自分の家が誇りでした。
世の中にはお金持ちと庶民がいると本当の意味で実感するのは、大人になりずっと後でした。昭和40年というともう半世紀前、その20年前が終戦、焼け野原の時代からすると大きな格差があって当たり前。しかしやっかみ、妬みというマイナスの感情は格差が大きいから生まれるのではないのかもしれません。庶民から見れば一流の企業に勤めても、官僚になってもさらに上に高等な市民がいることに気付けば、嫉妬は生まれます。
気の持ちよう、心の在り方かもしれません。格差に妬み、自分の境遇を悩む時は誰でもあります。私もいくつかの場面で、居場所を失い悩んだ時があります。そんな時、子供の頃の無邪気さを思い出しましょう。
何かを得たら、次の何かを欲しがり、今の立場を守ることにも汲々とする。そんな時、何もなかった知らなった頃を思い出しましょう。



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