忘れかけていた彼女の思い出

 自分も忘れかけていた20代で友達以上恋人未満であり続けた女性の夢をみました。彼女のことを久しぶりに思い出しました。
 今年は何となく青春群像劇みたいなドラマとか、もどかしいラブコメが印象に残ったからかもしれません。チャラい恋愛ではなく、仕事とか生き方みたいなテーマで学生時代の仲間の男女が描かれていたりしたせいでしょうか。
 実際に恋愛感情を表に出さないシャイな男女のつきあいって今時そう多くはないのでリアリティないと思ったりもしました。
 しかしよく思い出してみると、若い頃本当にシャイでなかなか結婚を前提にお付き合いしましょうとは進まなかった自分がいました。
 その夢、仲間と同窓会のように集まった席で、当たり前のように寄り添い彼女から背中に手を回してきた。
 未だになぜあの時結婚すると言ってくれなったかを責められているような、もどかしさとやはりあれは恋愛だったのかというある種の安ど感がありいました
 あの時勇気をもって告白し、それを受け容れてくれるか確信も持てなかった。仕事でも一人前でない上、結婚までの恋愛の道筋や相手の深い心理の分からない若輩でした。
 もう30年以上前になるので、思い出すのも断片的で、社会人になって大阪に3年、その後広島に赴任した頃まで帰省する度に二人で会って他愛のない近況報告的話をしていました。
 それもデートスポットに行くでもなく、繁華街を歩くか公園散歩、彼女の家でゴロゴロしてたとかでした。
 化粧品会社にいたので多くの女性との関係に悩み、仕事にも悩んで相談をしていたような気もします。そして彼女の気持ちや悩みはあまり勘ぐっていなかったのでしょう。
 化粧品会社には美魔女のような妖艶な女性が多いということに彼女は「妖艶はパスですね」と自分はそういう女性とは勝負にならないという意味の宣言をしていました。元々地味な顔立ちで隣の友人がひまわりならば可憐な野菊のようなタイプの方でした。
 力づくのような恋愛が嫌いだということをサークルの中の本人のメモで見かけて私はそれはそれでちょっと慎重になっていました。
 いろんな要素が公園の迷路のような遊具で追いかけっこをした時、真正面でぶつかりかけた時抱きしめるような間合いがあったようですが、結局手を握ったぐらいまででした。
 今から思えば20代の後半なんて結婚には早いのですが、当時は女性は25過ぎたらクリスマスケーキとも言われ、何だか気持ちのはっきりしない先輩にいつまでも未練は持たずか、彼女が結婚するという話を聞きました。
 直接聞いたのか、彼女の友人からかもう忘れましたが、異性なので当時は当然式や披露宴には呼ばれずお祝いを家に直接家に持っていくことになりました。
 少し洒落たお祝いだったとは思います。
 その前から交際は聞いていまして、彼女の家で時間差ですれ違ったこともあるようです。まあ彼女が二股というわけではないでしょう。たぶんその時、私も別に交際している人や好きな人はいた時もありました。
 でもお祝いの大きなパネルに入った写真だか絵だかを渡し、彼女に部屋で話し込んだ日は特別でした。もう結婚は1週間後ぐらいの最後の休日の夜です。
 彼女は私との思い出を細かくつぶさに一つ一つ饒舌に話し出しました。私が合いの手を挟み返事をするやいなや途切れなく、私が忘れかけていたような場所や言動まで漏らさずに話しだしました。
 思えばその時彼女はマリッジブルーで何かにとりつかれていたのかもしれません。あえて彼女は私から絶対に話を切らせない。この時間が永遠に続くのを望んでいるようなトークが続きました。それでも常識的な時間ではない深夜になりつつありました。
 自分からは止められない空気だったものの、こんなに微細に語っていてはとうてい今夜中に終わらないと思い始めた頃、彼女の母親が入ってきて彼女を呼び出し諭したようです。
 何を母親に諭されたのかは分かりませんが「もう遅いので、」ということで話としては半ばのまま、日付が変わる前には彼女の家を出ました。
 あの夜も、大逆転で結婚を止めてプロポーズをするという選択肢はあったのでしょうか。
 そこまでの強い気持ちは無かったからこその今とは思います。人生にタラレバは無いのです。
 このエピソードはまあ良識ある人に言わせるとあり得ない鈍感と非常識といわれています。
 あの時結婚していれば、数年後今の妻に出会うことも、今の愛息たちが産まれることはなかったという運命なのは間違いないでしょう。
 

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