戦争と平和 3 核 大量殺戮兵器

 国際情勢が微妙になると核の脅威や抑止などの話題がでてきます。
1945年、第二次世界大戦で米英と戦う日本は本土を空襲され満身創痍となり、トドメとばかりにソ連参戦間近に、原子爆弾を広島、長崎に投下されました。
 40万人以上の死者が出た、まさに人類初の究極の大量殺戮兵器を使用されました。本土決戦を前に日本はポツダム宣言を受け容れ無条件降伏しました。
 それ以後局地戦争を含め、核兵器は使用されていません。私の学生時代等は、米ソ冷戦の時代と言われ、原爆よりもさらに強力な水爆を多数保有した両大国が睨み合うキューバ危機などがあり、水爆の打ち合いにより地球が滅亡する可能性が低くないと囁かれていました。
 核兵器はそれから一度もボタンを押されない封じ手となっていますが、絶対使用されないとも言い切れない抑止力とも言われます。
 日本は世界唯一の被爆国として戦争放棄と非核三原則を掲げています。しかし実際にはアメリカとの軍事同盟でいわゆる核の傘に入っていて、核の抑止力を否定しきっているものではありません。
 そもそも殺し合い消耗し合う、デスマッチが戦争ですから、そこにこの兵器まではダメとかこの施設は攻撃してはいけないいう人道的ルールができたのもごく最近です。2001年くらいから、ナパーム弾、いわゆる焼夷弾も原則禁止です。それまでのベトナム戦争や湾岸戦争には使わていました。
 今回ウクライナで無差別攻撃かというような非難もありますが、敵国を攻撃するとき、民間人か兵士か、民間施設か軍事施設かとは明確に区別しにくいし、守る側はうまくごまかせば盾にできます。
 戦争や喧嘩になってしまえば、ルールもへったくれもないという、勝てば官軍、負ければ戦争犯罪国というのが歴史の大部分です。
 やはり国際紛争は戦争に至る前に解決しないと、武器屋が儲かるだけで、市民にいいことはありません。   
        つづく

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