高齢者運転免許返納

 2019年4月19日午後0時25分ごろ、東京都豊島区東池袋4の都道で、板橋区の無職、飯塚幸三さん(87)の乗用車が約150メートルにわたって暴走し、歩行者らを次々とはね、自転車の母と娘2人が死亡、飯塚さんを含む40~90代の男女8人が重軽傷を負いました。

 妻子二人の家族を一瞬で失った男性の心情ははかることもできない無念でしょう。
 この痛ましい事件以降、高齢者の運転免許返納の動きが、胎動しました。
 しかし一度クルマの運転のベネフィットを知った人間にとってなかなか運転するなというのは難しいものです。

 人間40を過ぎたあたりから、50代、60代と目も身体も疲れやすくなりあちこちに衰えを感じだすのは誰しもあることです。
 先日、速度違反がなくならないという話をしますとやはり道路によっての制限速度などの不公平などの反応をされる方もおられました。
 運転技術も若い頃飛ばせたものが、どこかで衰えていきます。


 運転免許、クルマ社会でいうと地方にとってはクルマでの移動、日常の買い物や通院など都会に比べてなくてはならないものとも言われます。また地方の人だけではないそれでは不公平だ。都会の高齢者だって、重いものを運んだり大勢を乗せる機会もあるので返納はできないとも言われるでしょう。
 制限速度違反にしろ、高齢者運転にしろ、些末な条件の議論を家族を一瞬で奪われた人にとってはどう感じるでしょうか。
 ようやく、制度化されつつある高齢者の返納や講習制度の話題の中、都市部でも、赤字の公共交通機関の値上げ、高齢者のパスの値上げが囁かれます。
 これこそ流れに抗う深刻な問題です。敬老パスをただ運輸事業者の利益だけで考え値上げすれば赤字がいくら減るとかいうのは完全に間違っています。
 都市部も地方も交通体系とそれに伴う高齢者への社会全体のフォローの仕組みを考えないといけない時期にきているでしょう。
 ネット販売などで今は間違いなく鉄道やクルマも無かった時代に比べ何もかもが便利になった時代です。そんな中で少しの我慢を我慢と押し付けていうと、やはりどこかから何かと不満の声があがってしまうのでしょう。
 平和な日本で交通事故でもらい死にするのだけはやはり無念すぎるイヤなものということは自覚いただきたいところです。

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