ヰタ・セクスアリス2    誰もが童貞を捨てるのに焦り、青春の門の前でもじもじした

 東京の方の大学の方の本が続いてしまいますが、齢63になる私たちの世代の学生時代に人気があった小説で,映画化もされた作品に五木寛之さんの「青春の門」というのがありました。現在も進行中の大河小説で長く書き続けられ、私も含め全巻を読んでいる人は多くないでしょうが、筑豊編に始まる初期の話は、何度も映画やドラマになり、その概要を知る人は多いでしょう。
 時代なので、赤線、売春も出ますが、「誰もが1度は通りすぎる、そしてただ1度しか通ることの許されない青春の門」というのはいつの時代も変わらない気がします。
 男性目線と言われるかもしれませんが、男と女は表裏一体のものです。
 現代は、いろいろなモノや情報が私たちの若い頃よりも早く簡単に手に入る時代です。その反面昨日も書いたように、妙にお堅いこと、厳しい規律を掲げる窮屈な時代でもあるような気がします。
 昔はエロい写真や雑誌などがビニールをかぶって売られ入手するのが難しかったような時代でもありました。今はネットを探って、ポチればとんでもないほどいやらしい動画が入手できるような感じです。テレビなどの上っ面では裸や厭らしい言葉がなくなったのに、手に入れようとすればすぐわいせつなものが入手できる。
 ところが、昔の言葉で耳年増というのか、変な情報はあっても、いざ現実に異性と対話して体験、経験していくのとはわけが違うのです。
 かくいう私もそうでしたが、童貞をなくすのに結構な時間と苦労がありました。それはモテる、モテないとか、人間的にいい悪い、仕事や勉強ができるできないとは全然違う話です。若い男性も女性も性や恋に悩む年代であり、それを男性にとってはプロの女性が指南して経験を積ませたからうまく流れたとも言えます。そういう女性がいたことを表に出すのは、女性差別だと言われる向きもありますが。そういったプロと経験した男性が上手く素人、初めての女性を相手にして上手くコトが流れるのに寄与したというのはあると思います。
 ちなみに私の場合は、いわゆる性風俗に行ったことはあり、そこが初めての経験かもしれませんが、とても年齢のいった女性で全然まともな経験ではありませんでした。ですので趣旨とは違いまがプロは嫌いです。

 学生時代の体育会系や、劇団のグループの友人などの話によると、そういうプロで経験した者と、もちろん本物の恋人とに分かれるのと、あと中間ではないですが、けっこう誰とでも付き合ってくれる「サセコ」という感じの女性がいたのです。もちろん、誰彼と見境ないなくというのではなく、そこそこのつき合いで、短いインターバルですぐカラダの関係にいたってあと腐れがなく、別の人ともすぐつき合い、また付き合ってくれるみたいな感じだ、というお話です。
 基準がユルイといって、全てのモテない童貞やブサ男まで相手にしてくれるかというと、そこが難しいところです。ただイケメンの口利きとか、お金をかけた設定で一度だけならとかが何とかなるハードルのようです。

 集団での半強制性交というのが母校のアメフト部で、強姦犯罪のようにやり玉に挙がっています。どうもいろいろ確認にていると、報道がイメージづけているような、それほど凶悪な企図のある集団での常習的性犯罪者ではなく、情けない要領の悪い、ドジな童貞君たちのようです。
 1対2とか4ってプレイもありますが、基本的に同性と一緒になど恥かしいですし、それほど面白いものではないそうです。一人ずつ順番でも後でする方は、何となく不潔感を覚えますし、キレイに洗ったとしてその間が空きますし、私ならイヤです。これをいいと思う友達はほぼいなかったですね。鬼畜集団レイプなどというのはAVやエロビデオのウリです。

 まあ、愛のあるセックスとは基本1対1のパーソナルなものだと思います。報道で明らかになった1時間に4人かわるがわるというのは、その前の4時間以上お酒を呑んでというのから考えると「たった1時間、早ーっ」ではないでしょうか、本人たちにとっては一人がリードした、童貞喪失体験会みたいなものではなかったのかなと思います。相手が精神的肉体的に損害や被害を蒙ったと思い、不快に思う気持ちで訴えるといわれればそれまでなので、男性たちに非はもちろん全面的にあります。男性は女性を不快にしてはいけませんし、それで訴えられるのは本当にへたくそ、情けないドジ野郎であり、周りが深く反省して組織に自粛などがあれば、本当の迷惑野郎です。しかし、まあ本人たちはたった1時間、一人15分ほどのため、就職内定取り消しで、暴露雑誌に顔をさらされ、一生を棒に振りかねないとしたら、親御さんも含めてまあ忸怩たるものというか、それこそメンタルケアが必要な危険なレベルです。
 厳しすぎる青春の門みたいな話ですが、そういう何ともいえない理不尽なタイミングというのもありなのでしょう。

  また少し話がそれて「月曜日のたわわ」の話は明日へ(つづく)

 

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