中島みゆき「化粧」 飾る女性の思い出

 女性、しかも美しく装う人の多い化粧品会社に勤めておりました。
さまざまな出会いがあり、それこそ女優さんのような「美」を生き方のスタイルにしているような人もいました。
 中島みゆきさんの初期の歌に桜田淳子さんがカバーした「化粧」という哀しい女性の詩があります。
「化粧なんてどうでもいいと思っていたけれど、」で始まり、振られた男に最後に会いに行くのに「せめて 今夜だけでもきれいになりたい」
 というせつないばかりの意地の女ごころを歌っています。

 あるエリアで勤めていた時、Sという方が本当にきれいな人がいました。化粧も上手い上、元々鼻筋などを少し手直しされている上、若さを保つのにエステだけでない努力もされているのではととかくの噂でした。
 若くして、時のエリア支社のトップに重用されていましたが、取引先からは、話が長く空気が読めない常識を欠いたことがあり、メンタル的にも傷ついて営業スタッフに回っておられました。
 元々、声をかけ辛い美貌で、男性が気楽に談笑できる仲間のMさんには逆に嫉妬していました。Mさんはスタイルはいい方ですが、年齢も上でSに比べれば平凡な顔立ちです。
 ある時積極的にSが誘惑のようなアプローチをかけてきたことがあります。当時、結婚もしてご主人もおられるはずなのと、それよりも当時の上司、エリア支社のトップの女なのでとても淫らな関係はいやだと考え、断りました。それは私が好きというよりも、Mさんと気軽に話す私が何となく羨ましいというのか嫉妬心を抱いたのか、何でも自分が一番で独占したいという複雑な気持ちなのでしょうか。
 ある時、SはMさんのような生き方にスタイルを変えたいと悩んでいました。それでもやはり私とたまに会うときでさえ、すごく丁寧に整え、キレイにならないという見栄なのか矜持のような気持ちに捕らわれるようです。
 販売会社のノルマがすごくキツイ時代で、女性は出世したり、営業成績を上げるのにかなり女性を売って無理をしていた時代の残滓があります。

 もちろん、令和になってそれほどノルマは無くなると、今度はかまってくれる男性、媚びを売る対象が、テレワークだと難しくなったようです。
 Sの前に営業にいた、Nという女性も美人で、営業成績も素晴らしく、何期も連続で達成して表彰を受けていたりしましたが、やはり数字とそういう無理がイヤで、結婚後しばらくして退職されました。Nの連続達成のために、上司や周りも無理をして、こちらも正直その反動や何やで相当迷惑を蒙りました。
 昔は社長や、地区支社トップも女性のセクハラ接待のようなものもあり、そんな機会を昇進や経費流用に活かした女性もいました。枕とは確証もって言えないですがそれに近い悲しさはあります。
 あっさり辞めたNに比べ、Sの辛抱はある面可愛かったのですが、やはり限界はあったようです。
 中島みゆきさんの、「アザミ嬢のララバイ」「化粧」「悪女」「あした」などの儚くせつない女性の歌を聞くと、彼女たちのことを思い出します。
 今も4大卒のかなりの美人さんが親会社に入って来られますが、もう現場営業をすることもないですし、美容現場から営業も難しいのでああいうキャリアの変遷で悲喜劇の女性を見ることはないでしょう。

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