公的機関は市民感覚がズレる?

 民間企業に40年近く働き、定年後公的機関、公務員のような仕事をさせていただいて早5年が経過しました。

 今の仕事も、特に裁判所ということで、一つの誤字、押印漏れ、切手や印紙の数え間違い、など一切の間違いも許されないところです。特に「正義感」「倫理観」にうるさくどうでもない細かいことを指摘しがちになります。AIが進みタッチ決済やオンラインの手続きがどんどん進む中、アナログ故の効率の悪さを、本質的に自覚することなく、淡々とこなし「役所はめんどくさいなあ」「税金使って効率悪そうだな」と市民には思われているでしょう。

 いちいち、法律や条令を変え、組織を変えないと、公務員は現状を維持するのに、その高い能力をみんな使います。改革することが、いかに難しいもの痛感します。

 別に、【公務員がいい民間企業がいい】という選択でもないですが、個人的には私のように忍耐のできない飽きっぽく自由を求める気質の人は、若い頃からずっと公務員というのは無理だったかなと思います。

 先の見えにくい、正直そんなに面白い仕事が少ない、公僕がまさに公務員です。安定はしている分、大企業に比べると、大幅な賞与も無ければ、抜擢による昇進もありません。税金で働いているから、風当り、カスタマーハラスメントもよく遭うのが公務員です。平凡でストレスの多い、地方公務員など一番大変だと思います。

 今いる法曹界、あまり書けないけど、やはり閉塞感は強いです。NHKの朝ドラで描かれた改革を目指す人はそうそういないでしょう。
 これは東大卒業した上級市民に共通の話だそうですが、法曹幹部や、高級官僚にも言えることだとよく聞きます。
 若い頃の柔軟な青雲の志がいつしか捻じ曲げられ、アメーバの一部に取り込まれるような感じで、優秀な才能が方向を誤っていくのだそうです。上が東大クラスだと、下はますます抵抗もなく取り込まれる、現状維持組織ができてしまいます。
 商才のある人は外資企業やベンチャーのが儲かるから、公務員などやらない。その公務員になった残りも良い方に能力を発揮しない構図、社会全体としてもったいない。

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