不適切どころか無頼がまかり通った昭和

 原作の時代は1960年代、昭和40年頃だろうか、1986年に深作欣二監督で映画化された「火宅の人」を某フィルムシアターで観ました。

 緒方拳が主人公の檀一雄役で、夫人がいしだあゆみ、不倫相手の愛人ケイコが原田美枝子、原作には出てこない、放浪の相手に松坂慶子が出ていました。裏切られ続けてもしなやかな妻をいしだあゆみが好演。原田、松坂の両女優が濡れ場共演という形で、ヌードを披露していたのは当時話題にはなったでしょう。

 学生時代には深作欣二のやくざ映画も、松坂慶子の出た「蒲田行進曲」も見ていましたし、原田美枝子は「大地の子守歌」も見てましたが、この映画の封切られた当時、私は社会人になって3~4年ということで、映画館に行く余裕はなかったのか、あまり記憶にもありません。

 まあ、時代として劇中の1960年代でも制作時の1980年代でさえは今から考えられないほど風俗や習慣、規律に違いがあり古く感じられるところもあります。高名な作家なら愛人も不倫も好き勝手で、世間もいまほど厳しく見なかったのでしょう。
 2人の女優さんも、もっと、売り出し前かと思いましたが、二人とも30ぐらいのもうテレビでも大女優になりつつある頃でよく脱がしたなという感のある、激しい濡れ場です。深作欣二監督は松坂慶子と当時愛人関係にあり、リアル「火宅」だったともいわれていたようです。

 芸術は今でも文学にしろ映像にしろ表現は自由とされていますが、ここまで赤裸々で、モラル違反な小説がそもそも直木賞を獲れる時代だったことにはただ驚きます。

 女性の人権とか、パワハラ、受動喫煙とかそんなことまだ騒がれだすのは後なのに、そんな時代の映画は名画として配信されてるのも何だか不思議な感覚です。同内容で日本テレビでもドラマ化されています。不倫のドラマはその後もありますが、罪悪感も背徳の意識も弱いところが、その後の時代の激変を感じます。

 妊娠したとか堕胎が終わったなどのことも、公衆電話などではなく、スマホですぐ伝えられる時代です。
 それでも、女性たちは現代が本当に幸せかは別です。

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