「人生の成功」とは?

 これはサクセスストーリーへの妬みでも逆張りでもないつもりです。もちろん、私とて「うらやましい」「やるな」とかやっかみのリアクションもありますが、世間一般にいう「成功」した人に対して。それほど憧れなくてもと思います。
「NO.1にならなくてもいい」という歌詞の曲がありましたが、そもそも世間で言われる名士とか成功した人、博士や大臣がそんなに良いものなのでしょうか。ちょっと想像しても総理大臣が、成功した人生と呼べるかというとダメそうな人が多いです。もちろん、一般人の方の何倍も頭を下げ、地元の人に耳を傾き、政策を練り、政界の荒海を忖度しながら渡った苦労はあるでしょう。しかし、大部分が政治家や官僚の家に生まれ、地盤とカバンを持って、プラスアルファの努力に過ぎないです。それで、地元や一族の英雄ならまだしも、不正な金にまみれ、老醜をさらしながら高齢まで勤める姿に「人生の成功」を見るのかは、疑問なところです。
 大きな会社の社長にしろ、総理大臣や最高裁長官や大きな都市の長にしろ、〇〇賞を獲れるとか、それを成功の確率にすると、成功者は優秀な候補の中でも1%以下ぐらいで、99%以上の方は成功しない世の中になります。
 でも、それは違うのです。ある仲間が100人いたら、成功というか出世頭になる人は必ずいます。聖人君子の努力家か、権謀術策の策略家か、いい人か悪いやつかはこの際別にして、
人生はその人だけが成功者ではないのです。どうしても役職や資産、受賞者や資格者を、チヤホヤしても、そのレッテルでは成功の価値があるとは限らないのです。
 典型的なのはアスリートやアーティストで、輝かしい実績をあげても、現役引退後、若くして孤独死など、イマイチな人生を送る方もいます。
 一時的な成功はあったとしても人生の成功とはとても言えません。しかし、有名になった人は傍から見れば「成功」と見られやすいし、実際お金などは貯まっている場合は相対的には多いかもしれませんが、最終的に幸福で成功かは自分の中にある価値観と時系列の問題です。
 子だくさんに恵まれ、孫にも囲まれている人もいれば、気楽に独身を貫く人もいます。
 コツコツと努力し、いろいろ耐え忍んで貯金もして、リタイア後に優雅な趣味や旅行をエンジョイしている人もいれば、若い時の精進が足りなかって貯えの無い高齢者とか、現役時代の方が稼いで輝いていて役職を失うとイッキに老けたとか、時系列でいい時と悪い時を均すと大差がないかもしれない感じです。

 子供のころから、ずっと優秀でハッピーが続いたデキスギの人なんてそういないでしょう。むしろ苦労して、つかみ取ったものが大きいと、傍からは「人生の成功」と見られがちですが、そんなものは本人でないと分からないのです。
 年収がいくらあるからとか、納税や寄付が多いからなど、数値の多寡で「人生の成功」が図れるなら、銭ゲバのように稼げばいいのでしょうか。所得にも肩書にも「人生の成功」と呼べるほどの輝きはありません。

 1%の上位になれなくとも、ペットと過ごす日常の笑顔、地域の人とのちょっとしたふれあいや助け合いに見せる笑顔に、肩書はなくとも「人生の成功」はあります。

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