猛暑と雷雨の中、先日は現役バリバリのミステリ作家東野圭吾さんの訃報があり、昨日は熊本で震度7の大地震で、モールや工場で死者や不明者も出ているという報道がありました。
この暑い中、停電や断水もあり、家屋が倒壊などで避難するのも大変だと思いますし、二次的な被害も心配になります。
そんな中、元プロ野球選手でタレント、実業家として知られた板東英二さんが86歳で亡くなったというニュースも目にしました。
大変、多岐にわたる活躍をした人で、満州に生まれて、徳島に引き上げ、高校野球で名を馳せます。私の父は、板東英二の活躍した徳島商業の出た高校野球大会をよく覚えているそうです。延長18回再試合の制度を作るキッカケになった徳島県予選で延長25回を投げて話題にもなっていて、次の年の甲子園大会で伝説的な延長18回再試合後に勝ち切ったて決勝まで進んだそうです。
早実の王貞治よりも高い契約金をネタに自慢していましたが、肩の消耗もあったのか、プロでは77勝止まりで、解説、タレント、俳優など芸能界に転身し、また脱税や所得隠しなどで悪い話も出た実業家としても活躍していました。
戦前から、戦後の野球界、芸能界、実業家を席捲したこれほどバラティーに富んだ人生も珍しく、1度の生涯で何回もの人生を味わいながら、妬まれつつ、憎めないキャラクターだったと思います。
関西で営業をしている時に、AMラジオしかないクルマに大阪のMBS毎日放送の番組だと思いますが、たわいもないコテコテの関西人的トークが、面白かったです。
中日では後輩にあたる星野仙一が監督に就任して、まわりのタレントがピッチングコーチにどうと無茶ぶりされるのを、上手にかわしていました。
世代が変わり、メジャーに行く者、ITやベンチャービジネスで成功している者には「ワタシはとても無理」と謙遜はされていました。
AMラジオは、もうすぐ絶滅するとはいえ、あんなどうでもいい話やリスナーのハガキが流れる時代が何とも懐かしく、たまに板東んさんの「燃えよドラゴンズ」が頭によぎります。

