帝国の爆発、崩壊の始まり

令和8年度7月28日熊本で発生した震度7の地震でイオンモール熊本で爆発事故があり、死傷者がでました。避難している方もこれを書いている時点では1万人近くになります。
遺族、被災者には心より哀悼の気持ちをささげるとともに、不明者の早い捜索と、猛暑の中、健康を害し、二次被害の出ないことを祈ります。

どこの地方にも最大級の商業施設として君臨するイオンモールの天井が崩れ、一瞬にして廃墟となった姿は、何か終末的な悪い予感さえ抱かせます。
私も晩年、GMSを取引先の流通にしていましたが、イオンモールは10年前ぐらいまだ、大型化したものがどんどん作られていました。
古いものは三菱商事系のデヴェロッパーでダイヤモンドシティと言う名称でしたが、イオンモールが吸収して、サティやダイエー、ビブレの大型店とともにイオンを冠するようになりました。
私はダイエーも担当していましたが、かつて日本一の売上で席巻したダイエー王国が凋落し、ほとんどイオンの看板に変わるか、閉店していった姿もみていました。
ダイエーの中型店舗より、さらに大きなモール、ショッピングセンターが地域の集客を吸い上げて、駅前商店街などはどんどん閉店でシャッター街に追い込まれました。
横柄になっていても、どこか、人間味のあったダイエー社員に比べ、イオンはさらに傲慢な上に、融通の利かない強欲さのみの社員が多く、いつかこの企業も沈むのではと予感していました。
実際に、イオンもデヴェロッパーとしてっはモールで成功しても、自社のリテール部門はいろいろ理屈っぽく組み立て、例によって取引先からアイデアもコミッションも搾取しながら儲からないし、たいして売れない状態でした。テナント料と売上歩合のコミッションだけでもっているとも揶揄されました。
食品スーパーはやはり地元に密着した商売ができないと難しいですし、その他の日用品なども、安さではドラッグやディスカウント、種類などでは専門店や通販に勝てないのが、全国展開の大手スーパー、GMSでした。
ただ一つの収益事業だった大型モールも過当競争も進み、初期のモールは施設の老朽化も進んでいたところです。
今回の熊本だけで、原因もまだ特定されないので、何とも言えませんが、施設の点検は急がれますし、場合によっては大規模な改修が採算に合わないケースもでてくるかもしれません。
そうなると、かつてのダイエー以上に大きな廃墟が、日本のあちこちに生まれていくかもれません。
セブンイレブンにしろ、amazonにしろその時代王者になるとやはり独占した驕りが現われます。
小売や飲食、流通にしろ、地域の小さなところは、スケールメリットで駆逐されて衰退しきって、大手も結局は不採算な店舗、地域からは撤退して、何も残していきません。
各地に大きな廃墟ができる頃には、日本はいったいどうなっているやら。

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