クリアファイルの謎 

 推理小説でも、ミステリドラマでもないので、この何気ない謎の真実はたぶん分からないでしょう。
 役所、公務というところは、まだまだ紙媒体の申請や提出を受けています。そして申請書には控えや、関連を証明する添付書類があります。年金手続きでも、労働保険でもそうですが、1つの案件にいくつもの書類があります。他案件と絶対混ざらないように、入力処理や決済完了で編綴されるまで、クリアファイルに入れている場合が多いのです。
 ファイルの色や保管のBOXの色、どこまではクリップに止めるとかは、それぞれ役所、部署によってルールが決まっているのだと思います。クリアファイルは登場して、一般に使われだしてどのくらい経つのでしょうか、マニュアル的なルールにもなっていますのでかれこれ20年以上は優に経過しているでしょう。
 この前、京都労働局の労働保険年度更新の繁忙期を終え、最後の中間整理をしているとき、上の写真の何と以前勤めていた、懐かしい会社のロゴの入ったクリアファイルを見つけました。左上に小さく今は使われないベルのマーク、ちょっとわかりにくいので下地を赤にして右側にアップで撮りました。
 この部署では、整理用に、透明、黄色、赤、ブルーを使用して、透明を最も使用し、新規購入もしますが、提出してきた企業様からのファイルも、下に社名が入っているぐらいのものは一時的に流用してはいます。
 しかし、今は使用していないおそらく少なくとも15年くらい前の制作であろう、ベルのマークの入った、カネボウのクリアファイルが何故に今、私の手元に回ってくるのか。
 一体、いつどこで作られ誰に配られ、どういう経緯でここに回りまわって、残されて令和5年に残っているのか?
 これは、まさに事務用には重用されるシンプルなものですが、いわゆる景品とかノベルティとして、渡されて喜ばれるものではありません。ブランドやモデルの入った透明でないクリアファイル(変な言葉)はよく私も販促で使いましたし、鉄道の何かは集めています。
 しかし、これは本当に使途が、社用に限られそうです。COMETICと入ってないので、化粧品部門が使ったのではないのか。繊維、アパレルや食品、住宅関連、薬品まで手広くはやっていた全盛期はあれど、逆に他部門にしてもシンプル過ぎるような感じで、どう推理しても出所不明です。
 このカネボウのベルのデザインが使用できる末期に、社内外の書類管理、書類提出用ぐらいにまとめて作ったもののでしょうか。
 余ったものが、透明部分も多く、企業色が弱いため、形状や保存が良かったものが労働局に提出され残っていたのでしょうか。
 真実は一つなのでしょうが、スッキリとした回答は分からない、それでも懐かしい謎でした。
 

32年前の橋桁落下事故

Wikipediaより

 私が広島に勤めていたのはまだ昭和62年とかでした。若手バリバリ、イケイケで仕事も遊びもしたもので、当時の若手グループが3人ほどと集まり広島会というのもやったぐらいで、ベテラン社員になっても、当時の広島での3年足らずはいろいろ思い出になっています。
 
 そんな広島から転勤して4年ほど過ぎた時、広島で痛ましい事故があって、新聞で見た死亡者の名前に見覚えがありました。
【広島新交通システム橋桁落下事故は、1991年3月14日に当時建設中であった広島高速交通広島新交通1号線(愛称アストラムライン)の工事現場で、橋桁が落下し、一般人と作業員の14人が死亡、9人が重軽傷を負った事故】Wikipediaより

 会社の幹部に問いあわせると、亡くなった女性はすでに退職しているが、やはり良く知った事務員の子でした。同僚によるといわゆる寿退社前の20代でした。
 軽自動車で買い物途中か何かではないかと言われています。
 それにしても、悲惨の極みの、上からいきなり構造物が落下しての圧死です。
 しかも原因を聞けば、請負業者の信じられない現場でのミス、怒りをおびえる内容でした。
 
 重量物のジャッキ降下というたいへん危険な作業でありながら素人同然の作業員に任せている状態であった。または素人の寄せ集め故にH形鋼の積み間違い(橋桁を受けるためには、完全に強度不足)という、致命的な作業ミスをしていることに気付く者が誰一人いなかったのです。この背景にはアジア大会準備のために広島市内各所で建設工事が行われており、深刻な人手不足のため熟練した作業員が不足していたこともある。そのため工程に間に合わせるために頭数だけそろえた素人作業員が危険な作業をしていたとされています。Wikipediaより

 同事故を教訓として、全国的に危険が予想される現場では交通を遮断する措置が行われることになったといわれています。国の対応も危険な交差点で死人が出てから横断歩道や歩道橋を作るようなものですが、尊い犠牲者のおかげではあります。
 最近でも数年前2016年工事中だった新名神の兵庫県有馬川橋で死傷者10名の橋桁落下事故があり、クルマは何とか奇跡的なタイミングで難を逃れました。乗用車に乗っていて、上から構造物で圧死する確率は、天文学的に低いはずですが、何の因果か当たってしまう人もいたのです。
 

 それにしても、突然の圧死とはなんという悲劇でしょうか。そんなものに巡り合う確率が低いだけに、ご両親や、関係者そしてご本人の無念はいくばくか。 それは運命というには、あまりにも過酷で衝撃的なものでしょう。
1994年、広島アジア大会観戦にこの新交通システムに乗車して、通過地点で黙とうしました。

 広島というと、どうしてもかつて原爆投下ということも思い出します。しかし、全て周りが平和になり、豊かに発展していこうとする中で、その発展への突貫工事の犠牲に、何の責もない人間が召される理不尽さには、嘆くしかありませんでした。
 多くの理不尽な事件もそうですが、亡くなられた方に輪廻があり、今よくドラマであるタイムリープなどで、もう一度生まれ変われる人生があることを、切に願いたくなる。そんな切ない事件が30年以上前にありました。きっと、どこかで生まれ変わて良い人生を過ごしていることと信じます、
 
 

いかにも日本的会計基準の「辞める相手にボーナスは払えない」

 会計基準とかIFRSというと、いかにも硬い難しそうな話ですが、ちょっとしたところが日本って変わらない変えられないのだなあという話です。
 退職時に、退職金を貰えるのは当たり前、でもボーナスはというとたいていの会社は6月か12月が賞与月で、その時に在籍していないと貰えないところが多かったものです。
 まだ退職したことがない、あるいは勤めたことがない人でも、同僚や家族、後輩らが会社を辞めることになって、その際ボーナスを貰ってからとか、あるいは急だったので貰い損ねたという話を聞いたことがあるかもしれません。
 実際、退職時期を決める時、ボーナス時期、有給消化は考慮しないといけない問題でした。
 ところが、昔は部下の女性の退職をさんざん扱ってきて、人が足りないときや優秀な人材には「何とか次の12月賞与までいないと損だよ」と引き延ばしていたものです。
 ところが、いろいろ体制の変わった中で、定年退職で60歳の誕生日月の20日で規定通り辞めた際、新体制の会社では在籍期間を計算した「退職賞与」が貰え、次の6月に貰える賞与より少し少ないくらいの金額が貰えました。
 IFRS(国際会計基準)で退職金引き当て金を計上している会社なので、どの時期に辞めてもそれに相応する賞与が貰えるのです。
 カネボウが花王傘下に入った時、当時の組織に無理をいい花王のアカウンティング(会計)幹部養成教育に最年長で参加させてもらいました。1週間以上にわたり、簿記と国際会計基準や未来会計戦略を学びました。極めて合理的で、よく考えれば道理にかなうことが多いのです。
 日本の会計基準は「細則」「前例」に拘り、全体的な考えが歪むのです。粉飾なども、法律の抜け穴とか、ギリギリの基準なら許されるだろうという「法は守っても道徳は守らない」のが許されるのです。
 賞与の問題でいうと、辞める相手にボーナスは払えない、残っている者に悪いし、経営として当たり前じゃないかという考えは今でも多くの会社や公的機関にもあります。
 しかし、労働者の公平を考えれば、5月まで働いた人と6月まで働いた人に給料2か月分の賞与がオールオアナッシングになるというのはおかしい話です。そのために退職時期が賞与月に集中するのは、会社としても全く得になることはありません。どうしても時期を急いだ人以外が、賞与まで待ち、フルの賞与を貰い、その間モチベーションの低い仕事をされれば、会社に害の方が多いからです。
 こう考えると、退職時に計算して賞与支給は合理的に思えるのですが、結局その後公的機関に3年勤めるも、4月に入り、6月賞与貰えずで次の12月から貰いだし、夏冬あと2回貰いましたが3月退職では次の6月分はゼロでした。
 公務員系は全く、そういう計算なしです。
 退職賞与は労働協約の賞与規定で決められていますから、貰えないところは多いです。
 誰も損しないのに、国際的な基準にならない。日本にはそういう変わらない慣習が多いものです。
 
 あの時の研修は本当に良い内容で、現場ではもちろん役には立たないが、世の中の会計的仕組みが目から鱗が落ちるように分かりました。強い会社というのは、こういうところなのかと思います。
 

officeにまつわる話 最新主要3ソフト履修終了

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 正確にいうとOfficeだけではなく、地域ITアドバイザーとしての表計算やワープロ、プレゼン等の勉強です。
 マイクロソフトが提供するMicrosoft Office製品ラインのサブスクリプションサービスいわゆるWEB版対応が主体です。従来の買い切りのライセンス版はイニシャルコストは高くつきアップグレードもそれなり支払いました。昔は紙の箱に入って家電量販店に沢山並んでいました。今はすべてのMicrosoft 365プランにはそれぞれのソフトウェアの自動更新が追加され、常に最新版になります。GoogleやMac系のソフトもある上、自社内でもライセンス版との機能の差別化が難しく、実はそこらあたりが研修のメインになっていました。
 Excelの関数とか、PowerPointの発表をめぐり、企業の中でいろんなことがあった時代が非常に懐かしいです。
 2000年代、当時DXはおろか、いわゆるIT化の遅れていた企業内で、同業他社やベンダー、流通取引先にしっかり提案できるように、PowerPointに関しては常に先駆を目指し、全国一の評価を貰ったこともありました。
 スキルを磨くだけでなく。実際に営業できないとなどと、すぐに成果に結びつかないと、外に出てナンボやのにとごちゃごちゃという昭和の営業を引きずっている人も多い時代でした。
 御用聞き営業でずっと来ていた時代なので、相手もビジネスマンでネットで公開され、メールで事足りる内容にいちいち足を運んで対面するには、それ以上の中身が必要なのだということを常に追い求めないと、時間は過ぎていくことを、当時のライバルや取引先とともに学びながら、社内にもやがて広がっていきました。
 今はWi-Fi環境も広がり、全てがオンラインで最新の情報も入り、ヒントさえ入力すれば、AIが最適に近いものをいくつか候補を上げてくれるという、昔なら考えられないぐらいの進化です。
 人生にIFはないですし、時間は巻き戻せない。それこそドラマや創作で今流行りのタイムリープもできませんが、もう20歳若かったら、この最新版を使ってビジネスの第1線に立っていたいと思いますし、そんな自分をまた20年後に振り返りたいものです。

先を読め!後輩が管理職としてふんばっているのに快哉

 会社時代の同僚とお会いして今の最新の動静を聞きました。前に書いた内容の元ネタです。↓

愚痴らず、「倍返し」頑張って欲しい元同僚、同窓 – 天使の星座 (seizafpkotodama.com)


 合併吸収されたような形なので、当社はたすき掛けで半々の役職を貰って化粧品と日用品合わせた管理ポストを分け合ったカネボウと花王でしたが、今やカネボウで管理職になって残っている人がかなり少なくなっているということでした。
 化粧品専門店担当という今や絶滅危惧的なニッチ流通か、よほどヨイショかコネかで幸運に残った方以外、ほとんど現場でマーチャンダイジング(MD)職といえば聞こえがいいですが、洗剤やシャンプーなどを棚に企画書や棚割り書通り並べる仕事です。仕事に貴賤はないとは言いますが、確かに経営幹部や管理職を経験した人には、パートやアルバイトで同じ仕事をやっていますから、肉体以上に屈辱なのかもしれません。これは語ると長くなりますが、それで高給が維持されるのは何だか複雑なところです。
 そんな中で、正マネージャー職として、脱落した多数の先輩、同僚をおいて、私が関わった同部門での二人の後輩が残っていることに、快哉を叫びました。
 一人は、先日あった同僚のサーフィン仲間で、私とは大学の後輩でもあるAくん。四国の高校出身で、よく田舎いびりしたけど、基本スタンスは、人に優しく親和力がある。それでいて問題意識も強く、課題を克服するまで努力する粘り強いところもあります。学びのスタイルはエラそうに教えましたが、きっちり学びかつ、バックスタッフとしては淀みなくジョブをこなしてくれていました。
 もう一人は女性で、Kさん。彼女は販売の現場、美容部員さんから営業に回り、営業企画の企業担当にまでなった根性も天賦の才能もあるのだろう。企業担当としては私より少し先に同部署に入り、大手スーパーを担当して難しい相手をしっかり抑えていました。当時の彼女の上司はちょうど私が辞めるころに格下の職になり、彼女が管理職になっていました。
 私が最初に仕事した頃は、嫌な男性の同僚に敵視されたり、悩んでいた時もあったようでした。その前時代的な体育会系営業の男や、パソコンできない上司らをうまくかいくぐっていますが、決して敵視されるほど女性を武器にした感じの社内営業ではなかったです。
 私の上司にあたるM統括からは、Kさんにとっては井上さんのスタンスの評価がとても高いと言われました。一度、ゆっくり話を聞けばいいとも言われました。
 KともAとも2人だけでも、3人でも梅田あたりでよく呑みました。
Kさん曰く、「井上さんは目の前のことをガツガツ気にしないで先の事を考える。そこがスゴイ、ついて行きたくなるところ」だそうでした。
 あと、まあ「あんまり男女の生々しい脂ぎった欲みたいなところがないクールさ」めんどくさくない感じがいいようでした。
 とは言え、男女。
 しかもKさんはバツイチでしたから、お姑さんに大変苦労されて、離婚してシングルマザーで女の子を大きくなるまで育てています。
 かなり早いこと結婚してできた子供なのでしょう。大学を卒業してスタバでバイトしている娘さんにも会いました。いろんな人生があります。
 私もまるっきり男女を意識してないことはないのですが。コイバナシリーズの話にちょっと設定を変えて、彼女とのあるエピソードは出しています。

 こうやって考えると、人間は過去を振り返る分析型と、現代を見る営業型、未来を創造する企画型に分類でき、それぞれの長所短所もあり、利用しあい助け合いながら進めるのが理想といいます。私は未来しか見えない現実に足がついてないとも言われた時もあります。
 カネボウにいて花王傘下時代に、花王主催のアカウンティングスクールやフュウーチャーセッションという最新の企業戦略の研修に行かせてもらいました。そんなもん今さらカネボウの人間が行ってどうなると言われましたが、花王が会計的な戦略上、どうしてカネボウを買収したか、そして化粧品事業をどうしていこうか企図するか分かりました。
 花王全体の組織をどうしようかということは当然話し合われていて、当時の未来である今はその時にもう開示されていました。IT企業などならもちろんもっと決断も行動も早いでしょう、花王でさえがDX(デジタルトランスフォーメーション)を当時最速ということはなかったのです。10年前でこのぐらいの変革は当然あると、予測できたのです。
 少しの時間や詳細にずれはあっても、「そんなことはない、現状がもう少し続くはずだ」とタカをくくり、何も準備せず自分の周りに都合の悪い変革があると文句だけ言っても始まらないのです。そういう人達は、ほとんどが取り残されて沈んでいったのです。
 ビジネスで成功し、社会人として良いポジションで残っていくには、未来を見据える目は必要だということが、何となく証明されたような、動静でした。
 

成瀬ひかるちゃんとの事 叶わぬ結婚 #コイバナ#ラノベ#読者への挑戦 – 天使の星座 (seizafpkotodama.com)
  

空に一番近い恋人の聖地 天使が舞い降りる4 #コイバナ #人生応援 – 天使の星座 (seizafpkotodama.com)
 
 

愚痴らず、「倍返し」頑張って欲しい元同僚、同窓

 役職定年という言葉がありますが。50歳など一定の年齢を過ぎると昇格は無くなる制度です。
 役員、経営層になることを目指した人にはショックでしょうが、いくら自分が優秀であってもそこまで上り詰めるのは類まれな才能と努力、幸運もないと大きな組織の会社では難しいでしょう。
 確かに大学を出て、正社員採用で大手企業を長年勤続すれば、それなりの管理職にはなれる場合が多いでしょう。またなれなくともある程度の年功の給与体系で、贅沢をしなければ安定した生活を送れます。しかし、同期や出世した後輩との格差も大きくなり差を感じます。
 実際に、同年代で悠々自適な人は多くいますし、逆に大手企業に入れず、転職を繰り返している人はかなりの苦労、努力をしてもそこまでの安定はない場合が多いでしょう。
 目算が経てば、早期退職で割増の退職金で悠々とした人もいますし、その計算が立たないからしがみついて苦労をされている方の話も聞きます。


 私のいたカネボウという会社も事実上粉飾で倒産し、事業を花王に譲渡された子会社の扱いで、もう社員の方は、「冷遇されている。早く退職できた方は幸運だ。残った私らは酷い目にあっている」「化粧品の仕事ができなくなり、洗剤積み上げる作業ばかりで、管理職などにはつけない」とよく愚痴られます。
 しかし、よくよく聞くと典型的な「大企業病」のバイアスのかかった妬み、嘆きで、社会全体から見れば何と幸運な人かと思います。
 管理職までやっていた人間、幹部を目指す若手が「こんな現場仕事ばかり」
 このようなことは、昔からありますし、競争が激しくなる時代どこでもあります。管理職でなくなって責任がなくても給料はあまり変わらないなんて、何ていい会社なのだと思います。ここで激減するとさすがにブラック企業ですが、大手はそこまでなりません。
 昨日まで上司、課長だった人が、部下だった人に逆転して仕える、逆転された方はイヤですが、能力や適性がそうならそうするのは会社として当たり前です。本来、給料も一気に逆転すべきですが、そうもいかないところに感謝すべきです。
 もし、自分に能力があり、適正もあると思うなら、自分でもっと努力し、勉強し、交渉をして再逆転を狙えば良いのです。自分と同程度の人間がまだ幸運に残って役職についている不公平へのヤッカミだけなら、浮かび上がる可能性はありません。その人は才能は同じでも努力して、幸運をつかみとったかもしれないし、大して変わらないなら器以上の仕事に振り回され、やがて会社に迷惑をかけて落されます。そんなこと羨んでも仕方ないことです。
 自分が会社のために努力して研鑽するか、ぬるま湯のままなら今を幸運と受け容れていけばよいことです。
 努力して勉強しても、こんな状況じゃ認められないかもしれないじゃないかと思われます。もちろん、絶対ではありませんが、例えば語学を秀でてマスターすれば、何もしないより可能性は格段に上がりますし、会社を離れた別の機会にも役立ちます。資格の取得もそうです。あるいは投資やノマドでもいいと思います。
 大学を出て、自分は優秀だと思って、高卒と同じ仕事がイヤなら、現場を楽にこなし、人一倍勉強して見返すことです。それこそ倍返しです。

女優 北川景子さん

シチズンポスターより

北川景子さん36歳で、出産もされましたが、大河ドラマで凛とした存在感を見せておられました。信長の妹で数奇で悲運の美女お市の方を、見事に演じておられます。
 美人だからと、やっかみもあるでしょうが。柴田勝家で共演されたミュージカル俳優の吉原光男さんもその演技と存在感を絶賛されていました。
 10代20代から、モデルやドラマの主演などをこなしておられる同世代の女優さんの石原さとみさんや、比嘉愛未さん、杏さんはじめ、少し下で新垣結衣さん、長澤まさみさん、戸田恵梨香さん、有村架純さん、のんさんら錚々たる女性たちがターニングポイントを超え仕事をされています。
 そんな中でも、北川景子さんの存在感は「美人女優」の王道という感じです。
 2007年に勤めていたカネボウでコフレドールという大型メイクブランドができたとき、柴咲コウ、沢尻エリカ、中谷美紀、常盤貴子と並び無名若手で抜擢されたのが彼女であり、綺羅星のごとくのその中でも輝いておられました。
 BSの旅番組のトークで30代まで仕事ができたことに対し、スタッフや家族など周りへの感謝をされていました。多くのライバルも敵もいる世界でいつまでも第一線と言う苦労も並みではないでしょうが、人間関係への気配りなどが、大女優として君臨できるところなのでしょう。
 
 
 

空に一番近い恋人の聖地 天使が舞い降りる4 #コイバナ #人生応援

 天使が舞い降りる、人生応援のポジティブなブログの原点ともなった体験話。ついに完結編です。
【前回までのお話】化粧品メーカーに勤めていた私の50代半ば頃、任された現場イベントで、女子高校生と見まがうような幼い素顔ながら、メイクアップするとアイドル級のメイクアップアーティスト水島香菜と出会いました。2日間にわたるメイクイベントの初日は、さまざまなトラブルもありながら、彼女の元気で明るい笑顔と、的確な動き、高度なテクニックを披露して、スタッや私のサポートもあって乗り切りました。その後の食事、カラオケで楽しんだ後、恋人の聖地お初天神で、年齢の離れた彼女から思わぬ告白を受けます。そんな二人を良からぬ輩が取り囲みました。↓というのが前回まで 詳しくはこちらを

梅田の奇跡 天使が舞い降りる1 #コイバナ #ラノベ #人生応援 #ハロウイン – 天使の星座 (seizafpkotodama.com)

梅田の聖地でピンチに 天使が舞い降りる2  #コイバナ #ラノベ #人生応援 #ハロウイン – 天使の星座 (seizafpkotodama.com)

【死にたい少女との再会】
「エエ年して、可愛い子をたぶらかしてんな。こっちに回せやおっさん!」
 クレーム対応でやくざ者の相手もしてきたので私は相手の力量は読めます。正面から啖呵をきって戦う手もありますが、香菜さんを上手く傷つけず守ることが肝要だと思いました。
 胸倉をつかんでくる、リーダー格の手を、横に動いてかわします。
 その腕にゴツンと石のようなものが当たり、男がひるみます。
 香菜さんが石のような何かを掴んで投げたのです。
「その人は、私の大事な人や、手出すな、許さへんで!」
 どっちが、助けてもらうのか分からないですが、こちらもカバンの中から店頭作業と護身用も兼ねて持っているカッターナイフと大型のステプラーを持ちました。ポスターを壁や天井に打ち付けるホチキスのデカイやつですが、ガン型でスタンガンのような威圧感で抑止効果があり、実際に接近戦で相手の腕などに打ち込めば、威力があります。
 そんな武器を使うまでもなく、香菜さんは礫を別の方向に投げ、敵の黒幕を悟っていたようです。礫はガラスのように光るビー玉、それでも樹皮を切り裂く威力。護身術?印地と言われる古武道投擲術のようです。かつて、それを特にしたスケバンのヒロインがいましたが、現実に見るのは初めてです。
 木の影から現れたのは彼女の事務所の細身でイケメンのマネージャーでした。
「香菜、おじさん好きは分かるが、あんまり、のめりこむな。それに危険なビー玉のおもちゃは仕舞え」
「どういうつもりやの、この人には絶対手は出さんといて、私の命の恩人、私たちに大事な2日間やの」
(そうか、徳島出身と言っていた、この子はあの時の中学生か。確かに死にたいと言っていた女の子を助けた。まさか、こんなにキレイに成長してアーティストになっていいたなんて)

四国で出会った死にたい少女の事 天使が舞い降りる3 #人生応援 #コイバナ #大歩危  – 天使の星座 (seizafpkotodama.com)

「何をしようと、その後のウチのビジネスに影響するようなことにはするな。ただでさえ、休みの日に勝手に他所の仕事をしてるやろ。今度遅刻でもしたら許さへんからな」
「わかってるわ、子供やないんやから。とっとと帰れ」このマネージャーも、素人ではなく、優男ながら喧嘩になれば他の雑魚よりも強そうな雰囲気を持っていました。
「〇〇化粧品の井上さんやったかな。この女はハンパやないからな、せいぜい気をつけな」
 マネージャーが去ると、気が張っていたのが力が抜けて、香菜さんは膝まづいた。
「ごめんなさい。お目汚し、はしたない、お見苦しいところをお見せしました。お上品な女やないですから、ナマの私こんなもんや。でも井上さんに迷惑かけたなかった、もといマーベラスを絶対に誰にも傷つけて欲しくなかったんや、これは本当の気持ち、あなたは私の王子様、天使だから」
「僕こそ、あなたにそこまで買いかぶられる存在ではないけど。あんな連中に手を出されたくなかった。素晴らしい技術を持ったアーティストであり、傷つけることはさせないと思った」「それは仕事で大事だから?」
「いいえ、僕個人としての大事な人だから」
「ありがとう。マーベラスが思い出してくれたの分かった。気持ちは読めていた。でも言葉にして確かめられて嬉しい。ますます好きになってしまった」
 決して媚ているわけでもなく、あざとさもないその顔は、神が作った最も美しい造形物に思えた。彼女こそ天使ではないのか、そんな女性に天使と呼ばれたことが意味不明で気恥ずかしくてならなかった。
「私たち、あと1日、思いっきり仕事頑張って、思いっきり楽しい時間にしたい。明日は、あそこの看板に書いてあったもう一つの『恋人の聖地』に行きたい!」
 猫がじゃれつくように水島香苗は抱きついて離さなかった。
そして、そんな状況なので、彼女のマンションまで送っていくと、まだ飲み直すという誘いを断り切れないで、すでに日付が変わりそうになる。ビジネスホテルが無駄になりそうなことは後悔でした。

 【思い出した過去
 香菜さんは、翌日から東京でブライダルメイクの仕事が入り、その翌週以後イタリアに勉強に行くので、当分日本には戻らないという。その前まで2か月近くオフがないという。かの事務所の契約の仕事とは別に、フリー契約での仕事やレッスンを入れるため、休みを取らないため、掃除洗濯まで大変だという。
「誰かを幸せにする仕事って面白いし、私休み取ってるより、仕事してる方が楽しいんや。だ子供の頃から、けっこうヤバイ運命で、暗い重い女の子やったん、死にたいとばかり思っている子やった。」
 冗舌な香菜さんのいろんな前向きになれた話を聞けた。
「あの時、父親にもDVを受け、学校でもいじめられていた。そう、助けてもらった。だからマーベラスは私の天使」
そう、やっと完全の香菜のことを思い出した。
 そしてそれは私も自分が生きてきた意味、生かされた価値が分かったのです。
 電車に飛びこんで死のうとしている中学生の女の子を助けた、その少女とこんな形で劇的に再会するとは。
 「人間生きていればきっといいことがあるから、それまでがむしゃらに頑張って生きろ」と他人を励ますとともに自分に言い聞かせたのでした。
 私自身、仕事で取引先がらみの借金を背負い一時辞表を書こうとか、死のうかとも思ったことがありました。粉飾続きのブラック企業に落ち込み、何もかも忘れて、ふらりと電車に乗り四国の景勝地まで行ったこともありました。その時、ふらふらと渓谷に飛び込もうとしていた中学生を止めた。
 それが、今の水島香菜なのでしょう。私たちは、お互いにとって天使であり、それでも平凡な日々を生きる平凡な人間なのでした。
 さんざん呑んで、おしゃべりをして、なんやかんやで、気がつけば寝入っていて、窓の外は明るくなりかけていた。私の横にタヌキ顔の可愛い天使が寝息を立てていた。
 翌日、さらに元気に明るく派手にイベントは盛り上がった
 集客に苦しむ時間もあったし、スタッフは土曜で妻子持ちのベテランが集まらず苦戦したが、香菜の動きはさらに冴えた。クレーマーもストーカーも来るが圧倒する勢いだった。
 少しの間に、自らハロウインメイクを施し、ホラーっぽい梅田の都市伝説の「赤いワンピースの女」で露出の高い肢体まで見せて、周りの度肝を抜きました。
 かと思うと、子供向きに戦隊ヒーローっぽい、衣装でホンファと二3人で特撮ヒーローショーアクションまで演じて子供連れを集めました。ちなみに「謎」だった、マーベラスとルカのニックネームはある戦隊ヒーローからとっていたのでした。苦労と言うよりは、やりたい放題に楽しんでいました。 
 何人か本社幹部やも来訪し、圧倒的な活気に驚いていた。グループ全社ナンバー2の販社社長や媚びるあざとさで化粧品会社のトップに上り詰めた里崎まで来ました。
 かつて、私と張り合い私の後見だった星井さんが亡くなったため地位を横取りして成り上がった女です。厚い化粧と面の皮の女で、私の様子見に来たのでしょうが、イベントの盛況ぶりと、若いアーティストの魅力的な動きに、また羨望のような妬みの目で私を見ていました。

水楼閣の思い出 京都の中心で哀愁を叫ぶ #カネボウ♯自伝小説#コイバナ#ラノベ#京都観光 – 天使の星座 (seizafpkotodama.com)

 とんでもないヒーロー衣装で経営幹部にアテントして談笑し、記念撮影をした。
 本社取材で後に社内報にも載り、優良従業員賞まで貰うことにつながりました。
 記録的な動員と売上と、インパクトの注目度で、他のライバル流通を圧倒したという自負はありました。そして、何よりも生涯でも最も楽しく、熱く面白く仕事をした体験でした。

【空中庭園へ】
 50代の身体でもアドレナリンが満ち続け、疲れ知らずで、打ち上げを行い、その後は約束通り二人で、梅田の北側の高いビルに向かいました。35階から空中庭園への架け橋、シースルーエスカレーター「ハブーブエスカレーター」に乗り継いで39階の「空中庭園」へ向かいます。
 実はなかなか行く機会はないものです。もう出来て長く経つのですが、色あせることのない梅田のスカイビルの空中庭園です。香菜さんは、年の差の自分たち二人を棚に上げ、他のカップルのメイクやファッションから、どんな経緯の交際だろうとかを想像で茶化します。大阪湾が遠くまで広がり、視界の良い日には神戸の先に淡路島や明石海峡大橋も微かに見え京セラドーム、大阪府庁咲洲庁舎や天保山大観覧車、ユニバーサルスタジオジャパン、そして大阪城、通天閣まで360度見通す散歩道「ルミウォーク」を仲良く手をつないで歩きます。
 それでも、自分たちがふたりだけの特等席「エスカルゴキャビン」のシートに収まると、清楚な感じで空と星と夜景に感動していました。
「いいですね、夜景」
「本当に、僕みたいなおじさんが相手で申し訳ないけどね」
「マーベラスはおじさんじゃない。落ち着いているし、包容力がある。私は若い独身のイケメンではダメなの。私ね、言ったでしょう。ほとんど顔を見れば考えることが分かる。私もマーベラスが好きだし、同じぐらい、マーベラスも私のことが好きなの。いろんなことで言えないこともあるでしょうが、いいの、もう言葉はいらないから」
 空と海が、遠くで交わる。数えれない星と街の明かりに照らされて見るものを羨み照らすように思える。
「ルミ・デッキ」という最も聖なる場所、ベンチに二人は座れた。高さ173mの梅田スカイビルに誕生した恋人たちにとっておきの場所。中央のベンチに腰掛けたりすることにより、床の光が様々に変化すると言われます。ベンチに座ってしっかり手をつなぎ左右のドームにふれると愛し合うふたりの心が映し出される。ウエディングベルが鳴り響きます。
 もはや、時間も空間も、日常から離れている。二人のエネルギーが霊的な空間になっている。
 走馬灯のように、二人は自分の生まれてきた時間から今までの思い出を共有していました。それを奇妙とか霊的とも思えないのです。
 世俗とか、常識を超えていました。自分にとってのお互いは、現世を超えたパートナーなのか、初恋の人や、親友や配偶者でもあるのだと感じました。
 そして、二人の辛かった思い出もまるで再び体験しているように、脳裏をよぎります。
 都会の仕事に疲れ、電車でふらりと旅に出て、田舎でたくましく生きる農夫や漁師の姿に励まされた時、そこで出会ったのが香菜です。
 香菜もまた閉塞した田舎で、父親と反りが合わず、学校でもいじめにあい現実から逃げようとしていました。
 そこで二人は出会い、また奇跡的に大阪で再開しました。香菜の自殺を止めているあいだに、自分もポジティブになれたのです。私が星井さんの下で本社幹部にでもなっていれば、このような現場で彼女にまた会えることもなかったかもしれません。
 逆に私たちが再開するために、他の運命がアジャストされてきたようにさえ思えます、
 香菜さんの目も私の目も、大粒の涙にあふれています。
「こんなことって」
 香菜は私を企図して探してのものではない。あくまで、この出会いは偶然の双方の組織のビジネスシフトが巡り合わせた偶然のはずです。
「このままでは、こんな偶然誰も信じないでしょうしね。でもこれから、生きていたら、こんなにいいことがあると、どこかで、若い人にも年配の人にも、いろんな人に。できるだけたくさんの人に教えてあげて欲しい。生きてれいればきっとこんな出会いや奇跡的な再会、美しい光景が見られることを」
「香菜っー!」 
「ここまで、ポジティブになれても、それでもあたし明日の朝少し怖い。朝ごはん食べて別れたら、引きずらないかなと、でも前向いていく、たぶん振り返らない」
 展望台の営業は10:30まででした。
 二人は朝まで過ごしてました。
 約束通りホテルの朝食バイキングを食べ終わると、日曜の遅い朝に二人はあっさりと別れました。アドレスも聞かず、もう会うこともないでしょう。丸2日、48時間をすぎて、愛称で呼び合うこともありません。
「水島先生、さようなら、お気をつけて」
「井上さん、いろいろありがとう。ムスメさんが結婚されるときは、弊社の事務所のブライダルメイクを頼んでくださいね」
「ギャラが高そうだから、検討しとくよ。でもキミは海外に行ってるかもだろ」
「その時は、無理しても帰国するわ」
 彼女は飛び切りの笑顔で手を振っていました。終わりに近づく平成の時代で、それが水島香菜を見た最後です。
 その後も私は聖人君子や天使になったわけでもありませんが、どこかに彼女のひた向きな仕事ぶり、前向きなスタンスを自分の中にも取り入れて働きました。頑張っていれば、何かいいことがあるから、愚痴らず前を向いて働くことを伝える役割を果たしました。


 【エピローグ
 私はそのイベントの実績は評価され、社内報にも掲載され全社に伝播しましたが、あくまでも現場での仕事であり、役職定年を過ぎた55歳以降での偉業であり、経営幹部に呼ばれることもなく、最後まで現場に近いポジションで吸収合併された会社組織の後始末に追われました。里崎はイベントの功労者の私を相談役にして、香菜を専属にアーテイストにしないかと画策しましたが、海外で学ぶことも多い彼女が受けるオファーではありません。
 その後、3年ほどで私は定年退職しました。退職時から、かねて考えていた」人生応援の前向きなメッセージの発信に努めました。在職中に関わったほぼすべての人に、離職の最終日に送ったメールの題目が『天使が舞い降りる25の条件』でした。そのリプライはサーバーがパンクするほどの反響でした。未だに化粧品売り場の、もう顔も覚えていない相手から、『いつも励まされています』と声をかけられます。
 少しでも、前向きの楽しく仕事をしてくれる後輩社員が増えることで、世の中は明るくなるはずです。

 3年後、娘の結婚式が決まった時、メイクとヘアの依頼で私は神戸の事務所に電話をしました。ついこないだ式は終わりました。この時もまた、信じられないことが起こるのですが、それはまた別の機会に。
 
                             完

梅田の聖地でピンチに 天使が舞い降りる2  #コイバナ #ラノベ #人生応援 #ハロウイン

 前回↓のつづきです。梅田の聖地案内とともに、人生応援のコイバナ、少し長いですが、お時間のある時に是非お楽しみください。

梅田の奇跡 天使が舞い降りる1 #コイバナ #ラノベ #人生応援 #ハロウイン – 天使の星座 (seizafpkotodama.com)

 【怒涛の一日の船出、謎のニックネーム
 ハロインメイクのレッスンイベントは無難に立ち上がり、メイクアーティスト水野香菜さんはバツグンの動きの速さと、気配りと、明るさでたちまち会場を席捲しました。
 その動きは武道のすり足のようでもあり、優雅な舞踏やエネルギッシュなダンスも思わせた。わずかに光る汗が天使の輝きに見えた。
 混雑時には、早めに見事に仕上げて後の細かいテクニック指導や販売をスタッフに任します。引き継いだ後もクロージングに声をかけるのも忘れない。そして、予約制ではないため。混雑もあるが客がしまう時間もどうしても生まれると、さっとアプローチで客を掴むのです。基本は自分で選ぶ人も多いので強引に声をかけてもいけないが、アプローチ用に小さなチラシでブースへスタッフが案内する。昔は強引に百貨店でアプローチでもやったがそのアプローチ通称ナンパに香菜さんも加わります。
 アーティストは一日契約だし、集客が多かろうが少なかろうがギャラは変わらないし、集客までは当然本来の仕事ではなく責任はないのです。もちろん常に成功をおさめると、次回の指名も増えるが、たぶん彼女はそんなことよりも、仕事をしたくて楽しんでいる感じがしました。そのやる気は私も含めた周りのスタッフに伝わります。
 ハロウイン仮装用の猫耳をつけて、アイドル級天使がビラ配りをしてくれているのです。私も負けずと声を出してイベントを盛り上げました。館内放送もお願いし、店のバイト君にもチラシを増刷して手配り隊を増やします。
 香菜先生の猫耳姿には、フロア長酒居はじめ男性スタッフも驚き、異様なファンが写メを撮りに群がりだすほどでした。
 12時を過ぎて、少し遅いお昼を、私と香菜さん、ホンファの3人で近くに寿司屋に行った。会社のカードで少し上等のランチをごちそうした。コーポレートカードが神々しく見えたのか、二人とも感激していた。ホンファとも食事したのは初めてで、寡黙で水分もお茶も摂らない。でも美味しいとは言ってくれた。
 香菜さんは元々、大阪で国内の大手化粧品メーカーには就職できず元外資化粧品メーカーに受かり、百貨店ではライバル関係でもあったし、内部での競争は激しく、人生で一番苦労もして成長も出来た時期だという。
「ひさびさにナンパした。関西のお客さんは、結構シビアや」
「水野先生は元々大阪何ですか?」
「先生はやめて、カナとかカナカナ、ルカでいいの。井上さんはバディだから、そうね、マーベラスって呼ぶことにするから、元々徳島なの」
「徳島ってうどんの」とホンファが初めてボケる。
「よく間違われるけど、それは香川県、徳島は何もない。阿波踊りとすだちぐらい」
「すだち?」
「フレバリーシトラス?」
 何となく、親子ほどの年で相性は悪くなかった二人で安心しました。
「マーベラス、Kの一押しのブラックのアイライナーの在庫がちょっと厳しいかもです。融通ってできますか」
「当たってみましょう。これほど単品で出るとは予想以上でした」
「私が打ち合わせに行ってない責任です。ハロウインでも、奇抜な赤とかよりもベースで落ちにくいブラックの極細のアイライナーは全員に勧められますから」
「了解です。明日も入荷は一定量で今日の売上POS反映は来週火曜の入荷でっすから、店間バーターを考えます」
「午後は、店頭よりそっち優先で、最悪他のものを売りますから、状況を教えてください」
「了解、午後からもよろしく、、ルカ」
「ことらこそ、派手に行きましょうマーベラス」
 マーベラスがどういう意味かは分からないものの、午後は商品手配に追われる。
 大阪近隣で在庫の多い店を、酒居さんにパソコンで叩いてもらい依頼をかける。売上にはつあがるが、注文のリベートに繋がらないので通常は嫌がられるが、そこは先ほどからの香菜先生の魅力で、協力的になっている。対象は神戸三宮店と出た。梅田から30分、あとは移動往復だけ、香菜さんに報告すると、事務所が近いのでマネージャーに走らせるという。往復も私が現場を離れるのは拙いと言い、直ぐに直接電話して店間融通の手続きを伝えた。わずか1時間足らずで、100本のアイライナーを揃えられた。amazonよりも早いだろう。
 細面のイケメンマネージャーが、私と香菜さんの奮闘ぶりをさもありなんと確かめて、すぐに帰った。
 会場は夕方近くまでひっきりなしの盛況だが、それはそれで良からぬ輩も現れる。
 昼前にメイクをした中年の女性が、ご主人らしいいかつい男を連れて、目が腫れたとクレームをつけて来た。野々村さんいう方でした。
 大きな皮膚クレーム事件もあり、慣れて入る案件ではあるがそれはそれで丁重に扱わないといけないし、アーティストをあまり時間的ロスさせたくない。
 アイメイクで目がかぶれたのであれば、それ以上の使用は中断し、商品は回収して代金を返還する。スキンケアのような長期連用の肌トラブルではない。使用方法の説明はしてあるので、必要以上の謝罪で足元を見られてもいけない。アーティストも、関わったスタッフも一度大きく頭を下げたが、その後は私が引き継ぎ、医者に行って治療代がかかり、原因の書いた診断書と領収書があれば治療代は払うと説明する。商品自体や、接客、アーテイストのラインの入れ方にもクレームをつけるが、まさに売上本数最大の商品でクレーム率がゼロ近似であり、アーティストの技量の高さも説明し、そこは相手にしない。それ以上慰謝料めいたものはもらえないと思うと、野々村さん夫婦は捨て台詞を残し去っていく。
「ありがとう!マーベラス、問題なかった」
「大丈夫だよ、ルカ」
 このニックネームのやりとりは、スタッフには大うけでした。ムードも売上も最高潮で、初日は競合店の同様イベントに並ぶ実績でした。3カ所のイベントを回ってきた幹部には、盛り上がりは最高なのがここだったと賞賛されました。別にまあ、数字だとか競合は意識はしませんが、とにかく香菜さんと熱く激しく、楽しくできたのは良かったです。

 【聖地での告白と、急襲
 大変な盛況で、各人疲れた中でしたが、労いと明日も出勤の人にもう一日の奮闘をお願いして解散でした。明日は土曜日に出れないパート社員も多く、この勢いだと、当初は任せといて片付けだけと思っていましたがフル出勤を決めざるを得ません。土曜を利用して来る遠方からの役員や幹部社員もいる情報でアテントも必要でした。
 会場の問題点のケアもありましたが、24時間営業の店で逆に早朝からでも仕込み直しができるので、終礼しいったんブースを閉めて解散となり、香菜さんは事務所からのアーティストと落ちあい食事に3人で一緒にいくことになりました。どうせならとそっちの担当の若い営業の山城くんも電話して呼びました。深い意図はありませんが、山城君もイケメンだし、2対2のがいいかなと思いました、後輩で新婚だけど、こういう遊びすきな彼は尼崎の家の戻りかけでも喜んで駈けつけてくれました。
 たぶん170センチくらいある背の高いモデルのような西野さんといアーティストと、180センチはある山城くんがいてバランスはとれました。並ぶと肩ぐらいまでしかない香菜さんのちっこさが目立ちます。
 こじゃれたイタバルのような店で香菜さんと西野さんも近況報告してましたが、いつのまにか山城君が西野さんにアタックしだした感じで、私は香菜さんと昼の続きでいろいろな経験談とか、今日のイベントについてとか、仕事に関してああだこうだと話していました。
 結局、山城君はまあある程度想定した通り、西野さんとどこかに行く感じで、
香菜さんは歌いたくなったと言い「マーベラス、カラオケに行こう」と言われて、いい加減酔いも回ってきて、さんざん「残酷な天使の、」とか「檄、帝」とかアニメソングやAKBやらJPOP、などを歌いまくりました。
「ルカ、あした喉大丈夫か」
「マーベラス、あたし飲みすぎた、酔い覚ましに歩こう」
 もう、私も自宅の京都に帰るのはあきらめて梅田のビジネスホテルを抑えた。その辺を歩くことに、彼女の住まいは地下鉄で行ける天王寺なのでもう少し時間はありました。
 少し歩くと、そこには曽根崎心中で知られる通称「お初天神」正式名称を露天神社(つゆのてんじんしゃ)がありました。
 桜の花びらのようなピンクのハート型の紙が鈴なりになっていました。お初天神は知ってっいましたが、ここまで聖地化されているところとはしらずに酔い覚ましにきて驚きでした。
 何組かのカップルもいます。
「恋人の聖地」と書かれたプレートや、曽根崎心中の話に香菜さんは酔いを醒まして、興味津々で見入っていました。
「マーベラス、私たち、何だか運命のようなところに来てしまいました」
「ルカ、取りあえず、今日の出会いと仕事の成功に感謝してお詣りしましょう」
「明日もすばらしい一日になるのと、二人の恋愛が成就しますように」
「二人って?まさか」
「私とマーベラスに決まってる。私ね、アラサーちょっと、手前のファザコン、年上大好き、一目見た時から、マーベラスに運命感じた。胸がキュンときてこの2日間、いい仕事できるって思ったん」
「ちょっと、からかってないか。僕、結婚して子供いるって言ったよね」
「それは井上さんよ、わかってるわ。でもこの二日間はマーベラスだから。マーベラスは孤独な一匹狼。結婚!私結婚なんて当分考えてない、仕事ばっかりの毎日だもん、事務所の休みも全部仕事かレクチャー入れちゃって、家事も掃除も苦手だし、結婚しても即離婚よ。でも時々好きになる人はいる。マーベラス、私にだって人の心は読めるし、自分の相応もわかる。まんざらじゃない話だと思うけど。改めてお願いする。あと腐れなくこの二日間だけ恋人になってください」
 しっかりと、腕を抱かれて、緊張が走った。
 私は彼女を送っていくのか、どうしうようか。地下鉄かタクシーの手配か迷ってスマホを確認しながらも、半ば混乱して、メールや着信を確認した。
 腕をからませ、組み合い身体は密着に近づいていく、少し下を向かないと身長差があります。
 柔らかい天使の感触です。
(この柔らかさ、暖かさは何だ、このお初天神に本当に天使が舞い降りてきている?)
 こんな可愛い女性に深夜にこの状況で告白されてあまりの驚きに思考停止になりそうだが、騙されているのかという思いや、心のどこかで自分はモラル面で山城君とは違うという意識もめぐり、それでも彼女の思いを無碍に断ることもまた難しいとも考えつつ、時間が経過しました。
(お初、徳兵衛じゃない。マーベラス、ルカ、どうする、近松門左衛門。もう心中かな)
 そして、そんな二人を襲う邪悪な輩の影が、取り巻いてきた。好事魔多し!いかにも半分グレた、社会に反しているような連中数人だった。
                           
                       つづく
 

 

梅田の奇跡 天使が舞い降りる1 #コイバナ #ラノベ #人生応援 #ハロウイン

 本当は、この話をもっと早く小説風にしたかったのです。コイバナシリーズの原点?的な体験であり、それ以上に人生応援のブログスタートになったぐらいのエピソードなのです。しかしそれゆえ実在の方との調整もあり時間がかかりました。コイバナというか、いろんな方へ人生応援のハートウォーミングなお話です。今日は第一回
 

天使25法則:人生応援ブログの原点 – 天使の星座 (seizafpkotodama.com)

ハロウィンの淡き思い出 – 天使の星座 (seizafpkotodama.com)

 化粧品メーカー勤務ということで、若い頃からイベントで、メイクやヘアのアーティストと仕事をすることが多かったです。土日が中心で仕込みや片付けで深夜になり、それは若い営業時代の苦労話と思っていました。まさか50を過ぎて若手と張り合うそんな仕事が回ってくるとはと最初は乗り気ではなくイヤ感があふれてました。
 それが40年を勤め上げたメーカーでの仕事人生で、最高の2日間になろうとは、引き受けた時は思いませんでした。
フランス帰りのメイクアーティスト水島香菜
 メイクアーティストというのも男女、年齢、ギャラいろいろあって、お金を払うのはこっちだが、気難しい人もおれば、能力がマッチしない場合もある。通常はイベントが続く場合などは、必ず事前の綿密な打ち合わせをします。今回はハロウインで自社のプチプラメイクをディスカウント系バラエティストアで、ミニイベントでほぼ流動客に紹介して売るというものでした。
 事前に先方の神戸の事務所まで、他の企業や店舗を担当する営業写真と打ち合わせに出向きました。背の高い細いモデルのような女性と、ややグラマラスな茶髪の女性、アーティスト2人と優男のマネージャーが出てきました。
 ふたりとも170センチぐらいありスレンダーで顔に小さい、菜々緒さんとか、冨永愛さんみたいなイメージですね。韓国のダンスしたりするアイドルグループのような感じもします。
 詳細の資料を説明すると、私の担当店舗のアーティストだけパリから帰るのが遅れていて、前日ギリギリになるが力量はトップクラスなので当日の打ち合わせで大丈夫だと言われた。
「香菜はすごくパッションがあって、テクニックも表現力も超一流だから、井上さんが一番ラッキーですよ」
 男性マネジャーに待ち合わせ時間と場所の詳細は伝えましたが、どうも不安でした。
 実は私の担当は大手ではあるけど、カウンターパートナー酒居フロア長とのやり取りも結構シビアな上、化粧品を売る「格」としては新参のバラエティストアです。他の担当がドラッグストアやGMSであり、どうも舐められた感じはしました。実際、他の2人の社員が打ち合わせが進んだ後、伝言とぶっつけ本番という感じでその朝のアテントを迎えます。ただ、それでもこれから伸びる流通であり、インバウンドも多く、若者の圧倒的支持のある店舗への先見と、長年の営業経験を活かして負けたくないという気持ちはむしろ募りました。
 前日夜に、会場や流れ、当日の顧客誘導、トラブル対応などをフロア長と、ウチのスタッフリーダー、中国人通訳兼販売アシスタントと綿密に打ちあわせました。酒居フロア長は、集客と販売の拡大とトラブルがないことを強く要求、中国人スタッフのホンファは40がらみに見える年配の方ですが。化粧がうまく昔はかなりイケイケの美人だった感じのある気の強そうな人です。
 大阪を代表する繁華街ですから、早朝でもにぎわっています。
 24時間営業の店舗なので、早朝から化粧品やヘアケアなども買っていく若い人もいます。待ち合わせ場所は店舗入り口横の大きな水槽の前です。週末の金曜日でも、平日朝に男女や連れと待ち合わせて登校する学生も多くいましたが、時間になってもアーティストらしい女性は現れません。 
 やはり、なかなか待ち合わせのアーティストは現われない。次々と、出社や登校の待ち合わせの人は落ち合って足早に行きます。後は女子中学生か女子高生かわからない、寝ぐせの髪ですっぴんのタヌキ顔のちっちゃな女の子が、熱帯魚を所在なさげに見たり登校相手が来ないのか、きょろきょろしているだけ。
 打ち合わせ時間が短くなるので、こちらもイライラしてきます。
 事務所にメールを入れると、もう家は出てそろそろついているはずでの返信のみ。
 タヌキ顔の女の子は可愛らしいピンクのコートを着ていていましたが、よく見るとその下はセーラー服の制服に見えたのですがそういう私服のようでした。
 まさかとは思ったのですが、よく考えるとそこには彼女しかもういないのです。念のため声をかけようと近づくと、向こうもようやく恐縮したような感じの笑顔で話しかけてきました。
「〇〇事務所の水島香菜です。すみません今日メイクの仕事をする人間です。あなたが井上さん、会って話聞いてて言われてましたけど。ええっと、どういう人ですか、ここの責任者?あっ?メーカーの人ですかね。私あんまりわかってないんでごめんなさい。ちょっと朝がギリギリでメイクもしてなくてごめんなさい。衣装も持ってますし、メイクもしますからね」
 先日の事務所のアーティストたちのルックスや、パリから戻ったばかりというイメージとは大違いで認識が遅れました。私は自己紹介して、こちらの気づきの遅れも詫びました。
「今日のイベントの責任者です。よろしくお願いします。大丈夫です。これから説明します。従業員入り口まで行きましょう」
 背が低く、童顔で化粧していないので本当に高校生のような感じなので分かりませんでしたが、よく見るとタヌキ顔ですがふっくらとした丸顔で透き通るようなきれいな肌の女の子です。髪は寝ぐせがありますが、真っ黒で艶やかで輝くように朝日に照らされて丸い銀色の輪ができ天使のように見えました。
 内容的にはこれから、打ち合わせする内容が多く、しかも事前の認識もなさそうな申し送りの悪さにイラっと来そうな局面ですが、彼女は真摯によく内容を聞きました。そして流動性と集客が未知数なところが多い点を指摘、理解し臨機応変に対応し、スタッフの技量も追って掌握すると状況判断と理解の鋭さを見せました。
「すみません。少し寝坊しまして、すっぴんのままでした。すぐメイクすませます」
 試着室で着替えてきて、ケープをかぶり急造のメイクブースでアッという間に化粧とヘアメイクを自身で始めました。見る間に学級委員長にような清楚な女の子が、目元をばっちりメイクして坂道グループのセンターを取りそうなアイドル級の輝いた姿になりました。プリント柄のリボンのような襟で、チエックの入ったパープルと白でコーディされたブラウスとやや短めのスカートです。
 私も化粧品メーカーで、メイクアップ技術を駆使した多くの変身場面を見てきました。醜いアヒルの子が見事に美しい白鳥に変化する様や、逆にかなりの美人のすっぴんが実はとんでもない実像も見慣れています。それでも、その短い時間で、元々の素材も可愛い彼女があっという間に、超絶なアイドル級に変わる姿とそのテクニックには、正直度肝を抜かれました。
 笑顔で語りかけてきましたその瞬間、50年生きて来た私の人生で初めて、天使が舞い降りて来たと思えました。
「井上さん、お会いできた運命に感謝しています。素敵な時間にしましょう!」
 少し見上げるように見つめる彼女の瞳に胸がときめきました。それが、彼女との熱い二日間の始まりでした。
 一癖も二癖もある、フロア長、担当販売員や、インバウンド通訳、自社のスタッフも香菜の登場に驚きました。
「アーティストの水島香菜先生です」
 紹介したフロア長酒居さんは、こちらにこっそりと、「やるな、カネボウ!犯罪レベルに可愛くない?」とささやきました。中国人通訳のホンファも、少し驚きとジェラシーのこもった目線で見ています。
「よろしくお願いします。楽しく行きましょう!」
 香菜さんの笑顔は、そんな緊張をとく爽やかなものでした。

「若い頃は良かった」とか「私の人生ずっとつまらない平凡」「しんどい人生、いいことないし、死にたい」「外れガチャの人生」とか思っている人がいたら、私は声を大にして言いたい。
「人生にはいつか天使が舞い降りる」
 化粧品会社だから良かった?なんてことは、ほぼ無かった。ブラックなノルマ企業で、粉飾で事実上倒産、何とか身売りで生き残ったものの、大規模な皮膚クレームで、後半も円満な会社人生の時期など皆無でした。もう退職金を多めに貰って早期退職した方が良かったのかと思った時もあります。
 それでも、耐え忍んだあとに、いつか人生には天使が舞い降りる時があるのだということがその日分かったのです。
                               (つづく)