「薬品メーカーに正義はあるのか」という本の感想

新型コロナのワクチン接種の時期に、あまりに物騒な話の本で何なのですが。
やはり薬の承認、ワクチンの相反といろんな見方も読んでおかないといけません。この方や、この方のグループの専門家もかなり今のコロナ対策に否定的な書き方の本も出版されています。
それらもどちらが正解かなんていうのは薬害エイズや子宮頸がんワクチンのように時が経って歴史にならないとわかりません。
今の段階で100対ゼロでどちらが正しいとか誰にも言えないのです。私はどちらにも組するつもりもありません。片方を盲信して爆走する人にはちょっと待てよと言いたくなるだけです。
この本普通に読まれるとちょっと怖くなるので、怖がりの方にはおすすめしません。下の要約だけで十分かもしれません。

まずは要約紹介


ディオバン事件で明らかにされた「製薬会社」と「医療」の近すぎる関係とは!?
徹底取材で「利益相反」の実態と癒着の核心に迫る。

第一章 カネで動いた子宮頸がんワクチン
1「心の問題」にされた少女たち
2製薬会社のセールスマンとなった専門家
3政治家を動かす製薬ロビイスト
4キャンペーンに加担したマスコミ

第二章 薬漬けにされるニッポン人
1高齢者の二人に一人が高血圧? ~隠された数字・NNT~
2カネで売られる「診療ガイドライン」
3病気をつくる疾患啓発広告
4そして我々は、高い薬を飲まされる

第三章 製薬会社のカネに依存する医学界
1タダ飯にたかる医師たち
2「奨学寄附金」という袖の下
3都合よくつくられるエビデンス
4利益相反が生んだ薬害

第四章 癒着を引き剝がす処方箋

最後の章では多少ポジティブに締めてはいますが、なかなか攻撃的な本の中身です。
しかもまんざら薬品、医療、厚労、マスコミのとりまく問題としては、嘘八百の罵詈雑言ではなさそうです。
しかもその体質、慣習が今度のコロナワクチンとは全く関係なく、コロナ関連はクリーンで正義と使命にのみ溢れてる等とは到底思えないでしょう。
ただここで全てを不信と思われたら、薬も医者も一切受け付けないのと一緒です。コロナもワクチンにもいろんな政治商業的的な大人の経緯は考えられますが、エビデンスが全てデタラメだというわけでもないのです。
またこの本で指摘された高血圧やメタボ等の過剰な脅しに関しては、コロナには従順に怖がった人が何だそんな裏があるのかと憤る場合もあるでしょう。
日本のこれからの行財政を考えれば、こんな澱んだ状態でどんどん薬品メーカーやその取り巻く医療、厚労が腹を肥やすことは許されない大きな問題です。
厚労だけでなく、行政とそれを取り巻く族とその膿は、どこかでキレイに揉みださないといっけないでしょう。
しかしそれを深く考えるのはもう少し高所に立つ人でいいはずです。確かに今後の社会保険料負担、今回のコロナワクチンや感染症対策や景気対策の税負担の是々非々は市民が見ていかないといけない点があります。
これほど厚労省の一挙手一投足が問題になり注目された時期もありません。厚労大臣やら関係閣僚、知事がこれほど露出しそのリーダーシップが問われたこともかつてありませんでした。ある意味ピンチのコロナ禍は改革のチャンスかもしれません。

政治をチエックする観点は社会参加として必要ですが、また行政の指示に従い、法に従う姿勢を忘れては国家の統制も国策も進みません。
いろんな知識や思考をめぐらすのも必要ですが、社会の成り立ちを支える義務ははたしていかないといけません。
自分や家族の未来までの健康を考え、よく情報をとり、社会への参加の義務をはたしていくことをこういう読書の中で強く感じます。

年金未納3兄弟とブーメラン

年金の仕事をしてて、政治や国会ウォッチにも関心のある私でさえ忘れてた。
政治スキャンダルって。流行りとかブーメランはいつの時代にもある。

2004年まだ政権奪取前の民主党菅直人代表が、自民党の麻生太郎、故中川昭一、石破茂の年金未納を追求し、「未納3兄弟」と揶揄した。しかし自身も年金未納記録が見つかり、豆腐代表を辞して剃髪しお遍路に出た。その後多くの与野党議員の未納が発表されました。
汚職とか贈収賄、買収といった犯罪ではなにので悪質なものとは言えません。国会議員という立場の割にはという程度であり、厚生年金の期間から退職等で未納のままになり2年で時効というのは、今私の仕事でもよく見かける現象です。
自分の年金の期間や金額に反映しない、所得が多く期間も長いと督促追徴される程度です。
この当時もマスコミは煽り、掘り下げ重箱の隅をつついたようです。
民主党の自分を顧みない甘い追及のブーメラン癖は当時からかと思います。
厚生年金喪失後自分で手続きしないといけない年金制度の煩雑さこそ追及されるべきでした。

醜女?でも性格の良い相手を選んだA君   カネボウで出会った人2 #カネボウ

写真は本人と関係ありません。

化粧品の会社でしたのですごく社内結婚された方々が多かったのです。私自身は違いますが、同期や同年代の8割がたが社内、美容部員さんもしくは事務の方が大卒男子とというパターンでした。
昭和50年代ですので、大卒女子というのがほぼ皆無の真っ黒な入社式の時代です。
そんな中でい学年下のA君。仕事もできる好感でしたが、部下のチームリーダーだった結婚相手大変ぽっちゃりしたというか太ったお世辞にもつり合いのとれた美人ではなかったです。
二人とも一緒にお仕事したことはありますが、周りはなぜあのA君がもうちょっとマシなん選ばんのかという声が多く、立候補する女性も多かったようです。
彼は笑いながら、暗いとこになったら女の顔などわからないと言いました。
正確や仕事等、若い時だけの美貌で選ばなかったのでしょうか。しかしこのお相手ますます太られてドスコイと呼ばれてました。仕事がら単身赴任も多く、子宝にも恵まれないで、二人別べつに独身のように気楽にやってました。
奥様は太り過ぎが原因かどうか、脳卒中を患い介護の亡くなられたようです。
A君自身も幹部登用手前で不祥事等もあり、長い単身赴任の後も介護等でシンドイ生活のようでした。
子供もなく妻もない、それでもクルマ好きでアウトドアが好きなので気楽な一人暮らしのようです。会社の体制にも無理に合わせず早期退職でがっぽり退職金貰って、すでに家もあるので悠々自適のようです。
多くの人が捻出に苦しむ、子供の教育、マイホームのローンには全く所得を回していないので全然ゆとりの生活です。
それはあえて選んだ運命ではないでしょう。奥様もよく美容講習の帰りに、ファミレスのランチバイキングに行くのを楽しみにされてました。食べるのが大好きで笑顔は可愛いものに映ったものです。
お二人それぞれ幸福だったのかどうか、本当のところは分かりません。出世した人しなかった人もそうですが、自分とは違ういくつも交錯していった人生がありました。

20代で年金生活は想像できない

私自身もそうでしたが、20代や30代で老後の生活の想像などできる人は少ないでしょう。退職金や年金が改訂されても今ひとつ漠然とした不安はあってもピンとこないのが当たり前です。
今の目の前の生活、仕事についていくのが精いっぱい。あるいは目の前の恋や、結婚、旅行や家等、お金の問題はあっても青春の悩みです。ただお金の問題は必ず将来、老後につながります。
貯金、投資は未来の自分のためです。年金は貯金だけでは賄えない生活を支える『長生きの保険』です。税金や健康保険はそれぞれ今の支払いですが、年金は未来のためでやはり必要になる可能性が高いです。
厚生年金加入のサラリーマンと、国民年金だけの自営業、農林水産業では差があります。国民金基金やIDECO等で年金を増やすことを考えないとこの差は埋まりません。
男女差はないです、結婚相手を選ぶとき将来の年金を考えるとサラリーマンは天引きされているのと扶養の配偶者は保険料負担がないことも大きいです。
国際結婚もロマンティックですが、相手国によって年金は通算されません。最後は日本で過ごしたいとか、離婚してしまう場合に日本で年金がもらえないケースもよく見かけます。
日本の年金と通算する仕組みのある社会保障協定を結んでいる国か、なければ海外に行っても日本の年金を任意加入で払っておくことができます。
若い方にわかりやすい制度や仕組みを説明が必要ですし、少子高齢の中、世代間で助け合う仕組みを議論し良い方向にもっていって欲しいところです。

後期高齢者も2割負担の時代へ

原則1割だった後期高齢者の医療負担が来年10月から半年以内に時期に、年収200万以上を2割負担とする改正法が成立しました。
この年収ベースは結構与野党で議論されていましたが、200万以上~383万円未満の収入の方が対象となり75歳以上の約2割だそうです。
この割合の表現は微妙ですが、7割以上は200万未満で問題ないようにも表現されます。団塊世代で厚生年金期間が長い人は年金で200万くらいになり、実質負担が平均2万円増えると言われます。現在の2割というのも予測される未来ではもう少し増えて捕捉される保険料は増えるのでしょう。巧な計算です。
基準収入を少し超えた人で、医療費負担が多いと影響は大きいです。平均でも+年2万円程度と言われています。1万円負担していたら2万円になります。
月単位で激変緩和措置が3年ほどありますが、長い目で負担増には変わりません。
病気しない健康寿命が何よりですが、この年齢で全く医者いらずは奇跡的なことです。健康増進と吝嗇にはげむしかないようなニュースです。

職業政治家小沢一郎  抹殺された大物政治家 #小沢一郎#職業政治家

最近のネットで政治をつぶやく方や新聞記者でさえ、もう小沢一郎の全盛期を知らないし時代になりました。その剛腕と言われ「反小沢」として小沢を止めることが政局の中心になるほどの強い力のある政治家でした。
それゆえに反対勢力、特にマスコミからも嫌われ、検察に起訴されたことによりその権力は削がれて、貶められて現在に至ります。
しかし自民党の幹事長を務め、総理を選ぶほどの権力を握り、自民党を離脱後は二度も自民党を下野に追い込んで政権をに握った政治家は後にも先にも小沢一郎だけです。
昭和から平成、令和にいたる政治の舞台で表でも裏でも常に中心にいて、総理大臣を凌駕する大物政治家です。
今振り替えると、一番近い民主党政権の末期のドタバタした失政的なものや、陸山会事件での起訴等で良いイメージはない方も多いでしょう。
しかし政治とカネの問題で小沢一郎は検察にハメられて結局無罪でした。このことはこの書には細かくは書いてません、しかし小沢をして金権政治家というのは政治を知らない素人向けにはわかりやすい誹謗です。金のかからない小選挙区比例代表並列制を作り、政治資金規正法を厳しく設け政治献金を戒めたのは小沢の功績が大きいのです。
私は街頭や新聞でも良く小沢一郎は田中角栄の弟子で、金権の手法を学んだとかの中傷で貶めている対立勢力がいました。ところが、政治とは金がかかり二枚舌が当たり前なのか、それを責めていた自民党や他の政治家も結局は金にまみれてスキャンダルが頻出しています。
私が直接京都で応援演説を聞いた渡辺喜美(渡辺美智雄という首相候補で結局えらばれなかった政治家の2世)なんかはひどいもので、他人の悪口はいい自分はクリーンに語りながら、サラ金会社とかから違法な献金を受けていました。
安倍前総理もカネの問題では相当追及されていましたが、何とか逃げていきました。
大事なことはお金そのもよりも、政策とその実現力です。
私は少々のスキャンダルよりは、小泉は劇場型で米国に追従、安倍晋三はあまりにも優柔不断に映ります。
昭和の行政改革は大失敗に終わり、日本はバブル崩壊とともに沈みました。官僚中心で、政官財、米国、マスコミが癒着した権力構造から、もう少し改革を重ねないと未来は広がりません。
そういう面では、小沢自身が民主党政権時に幹事長とはいえ、閣内に入れず国家戦略局として改革の中心に立てず。幹事長室の権限拡大だけに抑えこまれたのも痛いところです。民主党の中でも普天間問題はじめ、慣れない大臣の官僚からの抵抗、米国からの圧力、マスコミもそっぽを向きだしだんだん瓦解が始まりだします。
鳩山ー小沢を後の歴史から見て盟友、一枚岩と思う向きがありますがそれは間違いです。鳩山と小沢には距離があり、鳩山は自分一人で考え抜き結局自滅していきます。
小沢の今一つ爪の甘い、潔いような要領の悪いようなクセは常に、政局で裏目には出ています。細川内閣も、鳩山内閣もですが、もっと恒久的に構えられるように相手を崩しておくとか、マスコミや米国には一時的には休戦にしておくとかやりようがあったとも思えます。その時に先が読み切れなかって、たとえば野中広務のような執拗な切り返しに合うと投げだしてしまうのです。
それは今アメリカの横暴と中国の台頭を考えた時、小沢一郎が権力の中にいなことが惜しいことにもつながります。あるいは官僚に対しても、今回でいうとコロナに関してのワクチンの国際的な問題や自治体、厚労省、医師会との関係の中で剛腕発揮して進めることのできる政治家がいないのが何とももったいないのです。
政党を離合集散させたりと小沢の悪い点、嫌われる点も重々分かります。しかし政治家が官僚をビシリと従わせ改革しないことには有事に物事は進みません。
今の時代に官僚と戦って欲しい政治家です。

退職金は一時金で貰い運用を            シャープFP#退職金運用#ライフプランニング

コロナの話題ばかりで、メインのFPや占いの話をあまり書いてませんでした。
コロナ禍の失業や減収で随分厳しい生活を強いられている方もおられます。
殺伐とした世相ですが、年金生活の方やリタイア前の人は、高齢でコロナが重篤化しやすいことを除いてはファイナンス的には変化はありません。
もちろんこれから保険医療は国庫負担、自己負担とも上昇し、税金も上がる可能性は高いでしょう。自分の経済生活を見つめてどう暮らしていくか、どうプランニングしていくかは重要なポイントです。
すでにこの世代の方は、努めている企業でのセミナーや、FPに相談したりご自身で調べたりされ、ファイナンシャルプランニングをされている方もおられるでしょう。
退職金は一時金で全部もらうか、運用を委ねながら年金で貰うかは最初の大きな決断にいる選択です。
企業により終身か確定期間か条件も違い、税金などを細かく計算して何歳で特になるかも概ね分かっていると思います。
個人、勤めている企業により計算は違います。この計算でも常に情勢の変化で見直すことや、家族の意見をよく聞き取ることが大事です。
一時金の方が税負担は少ないです。そのあと、上手く運用し続ければ損はしません。いわゆる長生きでの損益分岐点を半ば永遠に先に延ばせます。多くの試算にこの運用収益を、元本割れのリスクなども考えて計算に入れず、年金が安心と思いこませる傾向があります。
しかし1000万~2000万の運用を信託銀行等に託して数年の間に激減することケース等はありません。
年金の場合、長生きしないと公的年金はほぼその時点でゼロ。企業年金でも多くは返ってきません。年金というと安全っぽく思いますが、そこも運用は入っており手数料等は何重にも搾取されています。そんなに安全で保証されたうまい話はありません。自分で考えて、プロの意見を聞きながら、老後の(当面の)剰余資金を運用することは極めて基本で大事なファイナンスです。

大きな買い物、家、子供の大学進学、そして介護。

お金にまつわる話は、聞く人それぞれの経済状況で違います。ただ満足され潤沢な方はそれほど多くはないでしょう。
一般的に大卒サラリーマンで管理職くらいまでなって年収1000万を超えていても、付き合いがあったり家や学校もそれなりのステータスを選ぶとあっという間に可処分所得や老後資金は無くなります。
元々年収300万でやっている人の吝嗇が、そうそうできないのが1000万超えたあたりの人々です。
「子供をそこそこの大学入れて、いい仕事について欲しい」
「やはりマイホームは欲しい。できれば一戸建てか都心の高層マンション」
「クルマもそこそこのが必要、ゴルフや旅行にも時々は」
「酒の席はことわれない。家族とも外出、外食はする」
手取り40万強はアッという間に消え貯金どころではないです。
ひとつ軸にしたいのは、住宅です。マイホームは税金等の購入資金から、管理費や修繕積立金もあり、ローン組むとかなりの金利負担を強いられます。完済するころには定年前後、もう広い家はいらない場合もあります。それなら家賃を払い続けるという選択はありです。
クルマも家もそこそこ高い買い物です。そしてこれでいいという限界はなく欲望は限りなく焚きつけられます。「足るを知る」「分相応」が経済活動の基本です。消費、出るものを減らし、貯蓄や運用に回すのがファイナンスプランニングです。
今の出ていくものだけで、収入がとんでいくなら将来はおろかリストラや不況、病気や事故であっという間に厳しい状況が来ます。万一のリスク、確実にくる老後リスクに備えて、まずは我慢と努力をしないといけないのです。
これはある程度の範囲で収入のある方、幅広い層にあてはまります。
そして子供を育て、親が老いて面倒を見る。自分もやがて年を取り介護や施設のやっかいになる。これもかなりの費用です。親子が元気で仲良く一緒なのが何より精神的にも良いのとともに、経済的にもすごく助かるのです。

やはり今の政治家が小物すぎるのか         #森喜朗#日本政治のウラのウラ#遺書東京五輪への覚悟 【読書レビュー】

文句なく面白い本です。
森喜朗さんを今称賛すると炎上しそうな感じですし、「老害」とかいくら実績があろうと女性蔑視はいかんと非難されそうな空気です。しかし、少し昭和後期~平成の政治史に興味があったり、国会をたまに見るような人には絶対おすすめです。
森さんは総理大臣としては「五人組密室での誕生」「神の国発言」「えひめ丸ゴルフ事件」と非難轟々で短命に終わりました。この頃の総理大臣としては、故小渕恵三や小泉純一郎が人気やあり実力も人望もある大物政治家のように錯覚されがちです。
確かに小泉の人気は高かったのですが。この本でポロリと語られる「田中真紀子応援密約」や「郵政民営化全く意味なし」を読んでると、小泉ブームを起こしただけの小物であることがわかり、森の今に至る外交力コネクションの強さには驚かされます。
小泉以降の劇場政治、ワイドショー政治の問題、小選挙区で選挙ばかり意識して外交のできない政治家が増えた問題。正解は見えないけど、今の政治家に足りないもの引き継いで欲しいものが多く語られます。
田中角栄、福田康夫の両大物に教えられ、安倍といえば晋三は小僧っこで父親晋太郎に官房副長官に任ぜられた。当時の外務族、大蔵族に比べて大臣の専門性がなくなりただポストの順列たらいまわしになっているのも嘆かわしいところを感じます。橋本龍太郎時代の行革、省庁再編、公務員人員削減せずってのが今の役所の末期的な体たらくを暗示していたのもよく分かりました。
書く内容が多すぎて、うんオリンピックも確かにこの人の力と思いは分かった。
もちろん政治家本ってそれぞれ自分はいいように書いてるから、同時期のライバルのもよく読まないといけないのです。そして沢山読むと、本人以外のところで本音がボロボロ出てくるのが面白い。今の政治家のダメダメぶりもまあ情けないほど面白く読めます。

年金をもらえずに死ぬのは不運か #年金給付

「努力したら必ず報われる」と池江選手の言葉を昨日語りました。
しかし、世の中には1等賞になる人や合格する人がいる反面、努力が報われない人はいます。保険料でいうと努力の掛け捨てです。しかしそれは本当に無駄な努力、無駄なお金なのでしょうか。若い人に中には年金は自分の老後の時期になるともらえないのではとか、先に死ぬのでは無駄ではないかと思ってしまう人がいます。
報われる公的年金の多寡は別にしても、年金は年金保険料をかけても早死にすると元がとれずに不運だとかもったいないとの考えです。。
親が早死にした人はそれを見て、年金保険料を払っても優雅な年金生活を送れないかもしれないと考え、払いたくない思いは何となくわかります。。
少子高齢での年金財政への不信、不安と相まって公的年金への期待はすぼむ傾向にあります。
しかし早死にでもらえないか、長生きで掛けたお金よりたくさんもらうかは、保険だから当たり前で仕方のないことです。多くの損失をする人のお金を、損失のない人や少ない人の掛け金で賄うのが保険です。
健康保険や医療保険、あるいは自動車保険、火災や地震保険だと沢山ケガや病気をするとか実際に災害に会うと、掛けたより多くの恩恵を受け元が取れ、医者や災害にかからず健康で無事だとまったく掛け金は無駄になります。だからといって健康だったのが不運、火事にならなかったのが不幸だと思う人は少ないのではないでしょうか。
老齢年金は長生きのリスクへの保険です。働かないで年金だけで生活する期間が短いのは残念かもしれませんが、長生きして家族に経済的にも介護や他の面でも迷惑をかけることなく死ぬことはある意味潔くキレイな死に方と言えます。長生きのリスクを回避したという面ではまんざら不幸ではないのです。
そして日本人寿命は延び、医学はますます発展します。
保険とは掛け金の元をとることが目的ではなく、リスクに会うかもしれない運命にたいして安心を買うものです。そう思えば、年金保険料に納得できるのではないでしょうか。
ちなみに現在の国民年金の給付金は被保険者の掛け金だけでなく半分近くを国庫負担しています。したがって元が取りやすいのと、受給資格を得ない人は支払った税金が受給資格のある人の年金給付に回ることになりこれは不運でありもったいないことです。