格差 都会と地方は昔の方がひどかった

 現代の日本では所得の格差や、都会と地方の格差が叫ばれている。
 しかし、昔の方が都市部と農村部の格差は大きかったのではないかという事象もあります。それぞれの時代や地域などいろいろな捉え方があるのでしょう。
 地方には農林業や漁業などしか産業がなく、田舎で凶作だと近代化以降、戦後でさえ、心中や子供を売るなどの話もあったのです。
 戦後、高度経済成長期はまだ地方から都会へ出稼ぎに来る時代でしたから、平成バブルあたりに地方創生があってだいぶ格差が詰まってきて、いろいろ女性や障碍者の人権や社会参加なども進んだのです。
 実際に、私の知る人で近畿地方の田舎からいわゆるお手伝いさんで京都に奉公に来ている人がきました。ところが京都の中心部の私の実家あたりより、地方でも土地があり農業も安定し副業にも成功され、インフラも充実しだすと、むしろ豊かになったように見えました。

 たしかに過疎も進んでいて、鉄道などの交通機関も廃止になり、インフラの維持が難しい限界集落も増えてきています。
 それでも、鉄道が交通機関の中心だった頃は、先ほどの出稼ぎや、中卒の集団就職、サムネ写真のその帰省風景などに見られるように、都会には多くの働き口や富、サクセスストーリーがあり、田舎にはまだそこまでの活力がなかった時代でしょう。
 大まかな意味で言うと、首都圏や京阪神の大都市圏、中核都市や県庁ぐらいまでの都市、その中でも郡部、過疎地となる離島など小さな集落との差は全体には延びていて、高低差は大きいかもしれません。
 コンビニがあり、amazonのクルマが来れるぐらいの道路があり、クルマがあるなら十分、昔の田舎より便利でしょう。なんだかここでも過剰な権利の主張、格差への不満のような煽られ方があるようです。確かに富裕層はうらやましく見えますが、現代日本はまだまだ福祉、衛生や治安、文化や秩序、優れた面もあり捨てたもんじゃないです。

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