80年前の日本を想う

戦前生まれの父も母も亡くなっています。世の中にリアルに従軍はおろか戦争体験を語れる人も少なくなっています。
戦争を知らない世代と言われて育った私たちですが、3歳上の、もう70手前の兄と、いつだったか、「自分たちが生まれるわずか10年か15年前が戦争やったって考えたら驚くよな。それから生きてきた時間の方がずっと長いんだ」
そう、限りなく戦中には近い頃に生まれ、まだまだ日本は発展の途中で、恵まれない戦争で家族を失った人も、傷痍軍人もいました。
「火垂るの墓」で涙するかは別にしても、コンビニも自動販売機もネット販売、も無ければ、スマホもウォシュレットついたトイレももちろんない時代で、ハエがたかる食べ物を争って取り合っていたのだと聞きました。
焦土での無力に、被爆し、病死や餓死をするのも、招集されて戦地や特攻で死ぬのも、映画やドラマの話ではない時代が、自分の生まれるつい15年前にあったのです。

戦後に生まれたのが僥倖とも言えますし、またその意味も考えて行かないといけないものです。

いたずらに戦争を逃げるように、否定して考えないないのではなく、保守であろうと左翼であろうと、まっすぐモノを伝える責任は担っている世代だと思います。

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