とんでもない大河小説がまだ続いていた件

 一昔前は「青春の門」と言えば知らない人はいないぐらいの勢いでした。五木寛之、近年はシニア向けのエッセイでも知られます。

 最近の若い方は元々小説をあまり読まれていないでしょう。私の高校生ぐらいの頃はカッコよく人気のある有名な作家でした。戦前生まれ93歳の年齢から、おそらく一番読まれたは私より、もう一回りぐらい上の世代だったでしょうか。

 同年同日生まれの石原慎太郎、野坂昭如、遠藤周作、北杜夫らが当時の人気作家でした。

 他界された方が多い中、何と五木寛之は今だに未完の大作「青春の門」を第9部まで書き、まだ完結目指し書き続けておられます。

 主人公は戦中生まれで、第9部でもまだ1961年を20代後半で青春真っ盛りとして描かれています。60年ぐらいに渡って一人の青春時代だけを描いた稀な大河小説です。

 日本の場合、アニメや漫画で原作者が死んでも年数も重ねていく作品はあります。人気が出ると全く年をとらないで、エピソード、事件が起こっても同じ年代で繰り返し、いつの間にか世の中は携帯電話が出てスマホに変わっても主人公は年取らないシリーズが多いです。

「青春の門」は、最初の筑豊編と自立編が、かつてドラマや映画にもなり、覚えている方も多いでしょう。作者は平成に入って長く休篳もされていて、第7部あたりからはよほどのファンでないと続いていたことさえ知らないでしょう。

 ストーリーをレビューするのはまたの機会にしますが、なかなか戦後すぐのこの頃の若者を詳しく描いた小説は少ないので、時代の情景だけでも面白いです。

 早稲田大学時代の自立編では、演劇青年緒方、娼婦カオルが出てきて、劇団をやっていた私も共感もありました。

 しかし、学生運動もですが、売血や赤線が出てくるリアルに出てくるのにはやはり驚きます。たった、15年か20年ぐらいの間に随分日本は小綺麗になったとは思います。

 みんなが、まともに大学を出てサラリーマンになるか、家業を継ぐ時代に、こういう奔放に放浪する若者像はどう響くのでしょうか。また、最近のドラマだとどうしてもタブーが映像化されないのです。制約も多いのと、そもそも若い制作者らが時代考証を軽んじて知らないので、実感が歪曲して伝わってしまいます。自販機やスマホ、ウォシュレットがないだけが時代ではなく、淘汰されたもの、不便や不適切なものがあり過ぎる時代なのです。

 戦後を紐解くには、生き証人の文筆しかないのです。

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