
戦後80年という年があと少しで暮れそうな時期になって、どうもきな臭い情勢です。
戦争も辞さないという保守と、あくまで戦争そのものまで否定するリベラルのかみ合わない論争は過去にも書いています。
しかし、心配なのはナショナリズムの煽られ方です。嘘でも真実でも、ある国の政治体制が悪い、◯国人が信用できない。それは真実相当性があるのでしょう。
けれども、この雰囲気の中、次に何らかの事件がもし起こったとして、それがその国が犯人なのか、その国に見せかけた開戦派、軍部なのかは結局、わからないのです。歴史的にも、たいてい開戦のトリガーは陰謀です。
それでも勝てば官軍、歴史はいいようになります。
このナショナリズム世論の後押しの怖いのは、止めるタイミング、休戦の水面下の交渉が難しくなることです。
世論に嫌われる唾棄すべき国にも外交のパイプはつないでおかないと、休戦の交渉のテーブルさえできません。
昔は騎士や武士が名乗りを上げて尋常な戦いをしていました。
火器を使い始め、無差別な攻撃も始まり、戦争の被害は時代とともに増えました。それでもルールが皆無な戦いではないのです。
ウクライナでもガザでも交渉はあります。戦争はルールがない喧嘩に見えますが、やはり国際法や暗黙のルールが存在します。
その境界をギリギリ破ってきたのが、過去の勝者でもあります。
戦争はただのガチ喧嘩ではなく、どこかで密な交渉がなされます。
兵力、国力以上に世論を誘導したしたたかさも必要です。国民も賢くならないと、悲劇が繰り返されるのです。
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