珈琲豆の値上がりの話から

 

 図書館のカフェコーナーで話していると、珈琲豆の値上がりから話が盛り上がりました。少しご年配の男性ばかり3-4人です。

 珈琲豆に限らず、米はもちろん、チョコレート、ヨーグルト、牛乳、チーズ、卵、コンフレークと何から何まで上がって困るよねという話で盛り上がりました。

 選挙なので、税金の話で、消費税の廃止や、京都市の市民税やら国保料、介護保険料、水道代も高いと愚痴は止まりませんでした。

 珈琲の場合、豆を一定の品質のものとなると、円安や世界的不作、輸送コスト増大とまあ上がる要素のオーパレードです。

 おコメより条件は悪い。と言うかおコメは流通などやり方でまだ抑えられる要素はありますが、珈琲豆は厳しいだけです。コンビニの珈琲も10年ぐらい前にセブンから出た当初は挽きたてが本当に美味しかったのに、今はかなり質の悪い豆を使っていて、イマイチです。

 価格を据え置きしたい売り手の気持ちもやまやまなので、パッケージの見た目を変えずに量を減らすダウンサイジングというやり方はよく使われます。何のことはない、くな小さくっただけでグラムあたりは値上がりしています。

 おコメ5㌔だとか、牛乳1リットルのパックなどはその点ごまかしは効かずある意味正直に値段が分かります。

 困るのは、珈琲豆のように質の悪い安い中身に変えて価格を維持するやり方です。珈琲の場合、ダウンサイジングで昔400g程度あったパックが今は250g以下になっている上、モノによっては質も相当低下しています。

 長年、私は価格維持、定価販売の商売をしてきました。今のようなインフレは経験がなく、むしろ安売りを抑えてブランドを維持する仕事をしてきましたが、質を下げることはブランドを失墜させ顧客を手放すことになります。

 確かに安くて美味しいから、流行っていたお店、唐揚げでも、たこ焼きでも、饅頭でもラーメンでもあったとして、そこの店の味が落ちちゃうと、アイデンティティに関わるのです。それでも価格もまたそこの店、メーカーやサービスの企業が選ばれた理由であるとすると経営者は悩む、考え出して、苦渋の選択をしているのでしょう。

 消費税の軽減や、所得税の軽減で手取りを増やすとかでは抜本的には解決できません。賃金が上がり、大部分の人の可処分所得が上がらないと解決しないのです。

 大手企業は好決算を報告して、株も上がっていますが、ここらの構造、社会全体への分配に問題はあります。勝ち組に集中し過ぎるのか、勝ち方が弱者を出し抜く新自由主義の弊害なのかです。

 選挙の結果はどうあれ、美味しい珈琲豆が手軽に買えるようになって欲しいものです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です