日野町事件 あまりにも時間が過ぎた再審決定

 どの程度騒がれたかわかりませんが滋賀県の事件ですが、それなりに全国ニュースになってると思います。

 1984年(昭和59年)に起こって強盗殺人事件で無期懲役確定が言い渡され、既に亡くなられた死後再審が認められました。

 事件から42年後、遺族の執念ともいえる熱意は再審決定となり報われました。しかし本人は無念のまま、15年前にはこの世にはいないわけです。

 既に証拠や証言といっても、今さら検察が動いても、新たな立証は難しいとされます。よほど何か見つからない限り、再審では無罪ではと見られています。

 本人は何十年もの間、懲役に伏されて、家族は人殺し、犯罪者の家の者と言われた時間は何だったのでしょう。

 当時の捜査うんぬん以前に、袴田さんの件もそうでしたが、あまりにも長い時間がかかっていることが問題です。

 警察、検察は国の秩序を守る役所ですが、国民を不当に傷つけ長く拘束する権利はないはずです。

 何も咎なく過ごした人から見た42年前の1984年、そこから日本人の多くには、さまざまな時間の流れがあったはずです。それを奪われた人、奪われた家族がいるのです。

 日弁連が左翼系とか、人権弁護士のことを忌み嫌うような、ヘイト的発信をする保守系の方がおられます。それぞれいろんな発信や発言、思想信条はあるでしょう。

 しかし、いざ自分が警察に不当に逮捕された時、個別に事実を確かめるとき、味方になり、助けてくれるのはその時の弁護士さんです。

 あくまで、その案件の事実関係の審理だけが重要です。その弁護士がどういう組織に属して、どんな活動をするグループというのはこの際些末な問題です。

 厚労省局長だった村木厚子さんの冤罪事件も好例です。官僚とか、政治家でさえいざ警察、検察につかまり、訴訟される立場になると、対峙する弁護士を選定し、検察という国家権力と正義をかけて争わないといけません。

 国家権力にすり寄る検察や弁護士だけになると、やはり社会は大変なことになり、恐ろしい世の中になると思います。

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