
日本は世界的にも国家としては歴史のある古い国です。しかし、現在の道府県の形がおよそ整ったのは明治維新以降でまだ150年足らずです。
もちろん、その後文明の発達で交通網も整備されました。昔は何十日もかかった行程が、日帰りになり、わずかの時間で往復できるようになりました。
通勤や通学で当たり前に毎日遠距離を行き来して、昔でいう国境を越えるのも当たり前になっています。
それでも都道府県の区割りかの影響や、交通の発達はかつての国の要衝だった都市の様相を変えている場合もあります。
単独で県にはならず他の県の一部に扱われ、県庁は遠い別の旧国にある場合もあります。
県庁には、省庁の地方支所ができ、県議会や地方裁判所などもできますし、その県を取りまとめる企業や銀行の支社、支店、支所もたいていできます。
その分、人が要り、交通機関や住宅、商業施設もできます。
ところが、この県庁になれなかった都市は、ワンランク下がってしまう場合が多くなり、県庁都市へ集中する流れはなくなります。
それでも、地域の雄ともいうべき、中核都市や衛星都市となり栄える場合と、寂れていくケースがあります。
新幹線や便利な鉄道などがあり、交通が便利でも少子高齢化問題にさらされるのに、ましてや県庁でもなく、交通も不便ではこの先厳しいのは目に見えています。
日本海側に多く、県としては新幹線の恩恵を受けた石川県の能登半島旧能登国のや七尾市、福井県旧若狭国の小浜市などと取り巻く地域がまさにその例です。
県庁になれなかった藩の城下町としては、磐城国会津藩会津若松が有名です。やはり朝敵扱いなのか、新幹線や国鉄幹線も避けました。県庁を争って惜敗したのは、松本、弘前なども有名で、高崎や四日市などは県庁都市よりも頑張っているとも言えます。
県としての例では石川県は加賀、福井県は越前は潤うも、旧能登国、旧若狭国は取り残されています。
敦賀に北陸新幹線が通ったと思われる方がいそうですが、敦賀市は福井県嶺南地方ではありますが、旧国としては越前の入り口にあたり、小浜との間には距離もあり、実際時間もかかります。
小浜あたりは京都府に近く、舞鶴市の方が敦賀より早く行けます。
なかなか反対で進まない北陸新幹線を小浜市が熱望されるのもこのあたりの心理があります。
実際、近畿地方、中部地方とか分ける場合、この福井県嶺南地方だけ、近畿地方に食い込んでいるのに、福井県ということで、京都府との間に中部と近畿の境目の線が引かれます。
もし、若狭国がそのまま若狭県なら、近畿地方に入っていたのではと思います。
そこに県庁があり、交通機関も整備されていたら、小浜市の今の局面は変わっていたのではと思います。小浜市は関西の企業や役所の管轄になり、福井や名古屋にも行かなくてすみ、地方所管は大阪に行けます。
都道府県の線引き、県庁の都市の決定も、他地域の決定を見ても不可解な要素もあり、それだけにここまでの小浜市の不運、何ともやりきれなく、悲しく思います。
伝統的なお祭りもあり、古刹も多い小浜市、早く交通機関を充実させてあげたいものです。
