会議は踊る されど長引いても結論出ない

 私の長年勤めた会社、いくつかの職場でも、よく長いムダな会議がありました。

 販売などのノルマがキツい時代は、未達成者への幹部の叱咤激励、ようするに吊るし上げなのです。それで他のやる気が出るかというと大きな昭和の勘違いがありました。

 もちろん、そういう雰囲気で緊張感を高めて、施策を徹底する意味あいは全くムダではありませんが、非効率ではありました。

 営業や販売、外交などはいかに現場にのぞみ多くの相手と接触し、情報を得てコミュニケーションを取るかが重要で、頭数揃えて、長々と訓話するなんぞ人件費のムダそのものです。

 会社でもそうですが、国でも大事な政治、経済、社会保障、外交でも会議は繰り返されても、進まないことが多いです。

 大事な問題は一時的な棚上げも一つの方法ですが、国民がのぞみ、公約した公党の重要案件などが実現されないままというのは困りものです。

 ここ2年ほど、いわゆる年収の壁問題から、税と社会保障の改革案件を、超党派で社会保障国民会議というのもやっていますが、絞り出さそうな結論は全くしょぼい感じです。

 これならば、一つの党の元からの意見や、評論家の意見をそのまんま活かした方がはるかにマシです。

 健康保険や年金などのそれを取り巻く諸問題もですし、憲法改正、少子化人口減少への対策、インフラ整備はじめ棚上げとは言わないまでも、ほっておいてますます悪くなり大丈夫?という課題が積み上がっています。出てくる話は目先をごまかしやってる感だけだすしょぼいものです。

 政治があれだけ与党多数でも官僚がいたり抵抗勢力の既得権益者がいて、権利を守るために巧みに、野党や反主流派、マスコミを使ってあたかも国民の権利のように抵抗する。

 政治を推し進めるには、痛みも伴うもの、平等に利害の反するものの意見を聞く会議では何も決まらないのです。

 小さな会社の販売会議や役員会議ならいざ知らず、国の最高峰の国会や、議員や官僚、有識者を集めた会議で、踊るだけで進まないのはもはや末期的です。

 ホント、こんな簡単な図式がなぜわからず、ウダウダになるのか嘆かわしいです。

 

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