たくわんとおにぎり

 久しぶりにたくわんでごはんを食べました。

 昔の素朴な味です。

 いろいろな食材が溢れる時代で、かつての食生活が忘れられています。

「てんびんの歌」という近江商人の丁稚奉公の成長を描いた映画が思い出されました。跡取りの少年が修行に入ると昼めしがおにぎりとたくわんだけで嘆く場面があります。

 昔でさえ、質素に思えるランチですが、実際に私もボランティアで離島の民宿に行った時、そういうお昼でした。

 最低限の文化的生活がどういうレベルかわかりませんが、何千円とランチに掛けてしまう時もありますし、今でも昼めし抜きになってしまう人もいるでしょう。

 ごはんは握ってるおにぎりですから、見かけよりもお腹は膨れます。

 たくわんも、繊維分からいろいろビタミンや酵素も入っています。

 米が高いといいますが、その気になれば白米が簡単に食べられる時代はありがたいです。

 もう亡くなっている方が多い戦中を生きた世代は、高度経済成長期とかでもバブルを過ぎても、飽食は嫌い、いつか食べられなくなる時代がきっとまた来ると戒めるような話をよくされました。

 機械的に生産され、コンビニでも売っているものでも、ありがたく食べないといけないとは自戒しながら思いました。

https://souden-kyoto.bento.mtinc.jp/

ドラマレビュー:配信、コンテンツつれづれ

 ネットフリックスの配信ドラマ戸田恵梨香さんが怪しげは占い師、細木数子を演じています。

 小悪魔的な彼女らしい魅力と年齢を重ねた新境地が見られます。

 地上波局のドラマにとっては黒船来航のようなネトフリ進出です。

 岡田准一他出演の「イキガミ」も大作映画並みの豪華キャストで、娯楽やアクションとして見応えはありました。

 もちろん、既存の映画や地上波ドラマのコンテンツを飲み込んで、ある程度共存しながらもサブスク配信系がやがては完全に主流となるでしょう。

 NHK初め地上波もそれぞれ制作の予算や枠組等の制約はありますが、与えられた条件の中で毎クール良作も出てはいます。

 NHK制作の「魯山人の竈」は愉しく見れました。食の巨人の伝記的ドラマですが、脚本も演技陣も良かったと思います。

 古川琴音さんが素晴らしかったです。アイドルよりも個性派演技派に分類される。NHKらしいテーマの絞り方です。

 民放ではやはりTBS日曜劇場「GIFT」車椅子ラグビーに着目した慧眼と、コロンボ警部のような飄々とした堤真一演じる学者がいいです。

 それほど多くのドラマはまだ見てないのですが、黒木華と野呂佳代ダブル主演「最後の一票」を愉しんで見てます。やはり演技派の主演ドラマは安定しているのと、コメディかと思えば真面目に政治や社会の問題を選挙の場から捉えています。

 サッカーワールドカップも始まりスポーツ観戦も含めたコンテンツのライバルは多く、低予算でショボい企画のドラマは見向きもされない時代になっています。

 テレビが娯楽の王様でもない時代ですが、高齢者にとつても、昔のものからコンテンツは、充実して何を見たらいいのかと思うでしょう。 

 一度に楽しめるのは一つ、そして一日のほんの短い娯楽の時間。休みといえども、テレビばっかり見てられない。娯楽産業はそれなり厳しいです。 

 

 

 

ブルーやホワイトの区別、キャリアもプロパーも無くなる時代へ進むか

 先月、日経に載った記事でアメリカの話だが、Amazonを解雇され配管工となり収入が3倍になった話がありました。

 雇用の仕組みでは、解雇が難しい日本ではありえなさそうなドラスティックさの話です。

 日本では、この雇用の問題と、背広組のホワイトカラーが現場労働のブルーカラーを見下す風潮がある限り無理そうです。既得権益の問題、業種、職種別の賃金も変わらないので、とっくにAIで代替できることも、高給を取って居座り続けます。

 人間しかできない労働を厚遇するシフトチェンジができない。官僚や経営陣に代表される生産性の低い事務や管理への配分が止まらない状態が続き、実質的なデジタル化が遅れると、日本はもう一段階国際社会から転落しそうに思います。

 Fランクの大学なんぞ要らない、厳しい時代かもしれないし、若い間に頑張って働けば生涯暮らせるような体制も必要なのでしょう。

腹を立てない心を丸く

 久しぶりに、ある公務員さんの対応に対してブチ切れました。

 自分が公務の窓口やサービスの窓口もやっていたので、あまりにも至らない態度には腹が立ち、かなりの苦情をもうしたてました。

 なかなか禅の境地には至らないとつくづく、自分は小さい人間だと思います。

 確かに、こうあるべきという正しい知識と考えの元での行動なのですが、感情的になってしまうと、お互いに受け入れられない時があります。

 国の国の戦争や、グループ同士のケンカでも、それぞれに、正しいと思っての諍いからです。

 聞く人も、話す人もタイミングが悪かったり、機嫌が良くない時もあります。そんなことさえ、考えに及ばす自己の理屈を通そうとしても、うまくは行きませんし、苛立ちだけが残ります。

 確かに正しいことを、証明できるならば、まずは腹に収め深呼吸して、じっくりと分かってもらえるように、よく表現の仕方も考えて、実現できるようにすることが大事です。

 それにしても、イラッと来るヤツが世の中にいるのはわかります。

地方の時代の盛衰

 都会と地方、過疎化した地域との格差が激しいと言われます。

 都会というのも恵まれているのは、大都会というか東京一極集中、小池都政だけの一人勝ちというのが現状です。

 確かに子育て環境や、さまざまな施設や助成制度、雇用機会の多さも東京がズバ抜けています。

 高度経済成長期以降には、活気のあった地方も今や衰退して、限界集落も増えています。

 では農村など地方が厳しいのは現代だけかというと、戦前戦中やインフラが進む前の高度経済成長期でも格差はずっと大きかった時代がありました。

 高度経済成長期を過ぎて、一億中流などと叫ばれ、ふるさと創生、バブルの時代ぐらいまでに日本の地方と都会の差はかなり詰まっていました。

 私の実家にも、私が子供の頃、兵庫県の山奥の村から出稼ぎに来ていたお手伝いさんがいました。

 しかし、平成ぐらいにはもう、そんな現象な全く無くなり、そこの村も市となり、お手伝いさんの実家も、大きな家になって、私の家と立場は逆転するぐらいになりました。

 地方の時代と言われ、首都圏機能の移転や分散も声高に叫ばれた平成の初めあたりが地方のピークだったのかとも思われます。

 もちろん、その後も地方都市も大手コンビニや飲食、ロードサイド店舗、配送インフラも出来ました。昭和の初めより、格差は縮まり、土地も安く広い、空気もキレイな住環境に住める時代になっていきます。

 サムネ写真のような娘を人身売買するとか、そこまで行かずとも学校を卒業して、集団で都会に行くしか就職がなかった昭和の時代でほぼ終っていました。

 その地方バブルが弾け、地方と言われる地域でも格差が広がりました。

 少子高齢化とともに、先祖代々開拓されて住んでいた町や村が遺棄されそうなほどに衰退してきました。

 現代の人権やらの基準で考えるから、貧富とか格差などと、考えてしまうからなのでしょうか。娘を売るほどの厳しさ以上のものは、なかなかあり得ないはずなのに、もう日本人の中にそこまで苦労して生きていく活力が無くなっている。いわば贅沢病のような、地方の衰退とも思われます。

 それでも、東京一極集中の危うさを思うと、地方の中心都市にはもう少し分散をして、リスクヘッジだけでなく、経済や産業の富や税の分配をバランス良く考えないと、国土の弱体は止まりません。

 地方の伝統、文化の大切さなど、もっと広がりをもって伝えないととも思います。ネットが進化して、生成AIも発達し、東京という場所がなくても、仕事ができて、経済や産業が地方を潤せる時代にあと一歩とも思います。何か東京の利権が強くて、災害等がきっかけに大きな変革は起こるかもしれません。

大衆的なケーキを誰もが好きだった子供の時代

 何の縁なのか、パティシエさんと、一緒に仕事をしています。

 羨ましがられそうな貴重な経験です。

 他のグルメでもそうなんですが、スイーツとなるとそんなにいろいろ食べてきた訳ではありません。

 詳細なレシピをパソコンで修正するのを手伝ったりしています。

 たくさんのスイーツを作る時が、凄く楽しいと話されているパティシエさん。

 やはり、その情熱のアドレナリンにこちらも何とか少しでもたくさんの人に食べて貰えるよう営業や企画に知恵を絞りたくなります。

 私も子供時代から甘いものは好きでした。特にその頃は和菓子よりケーキが大好きでクリスマスや誕生日なども楽しみでした。

 スイーツや、パティシエなんて言葉も知らず、大衆的な不二家やナガサキヤなどのショートケーキを親が買ってきてくれると本当に大喜びでした。

 生クリームというだけで、グレードが高い感で満足していました。

 今は、こじゃれた店というかのか、本当に凝ったケーキのお店が増えて来ました。

 大衆的な不二家なんてとかシャトレーゼなんてとか、もっといろいろ美味しいとこがあると決めている人も多いでしょう。戦後の貧しい時代には、ケーキが食べられただけで夢のようでした。

 私たちが子供だった時代もそうですし、うちの親たちも不二家のケーキが至高の贅沢のままでした。たまにホテルに行っても、そこまでのグルメを味わうこともなく、満足したまんま、平凡な日常を終えました。

 そう思うと、今の世代は飽食と、至高の追求のあまり、かえって何かを喪っているのかもしれません。

 

 

お酒何となくやめました

 別にお酒で大きな失敗をしたとか、肝臓とかどこか数値や体調が悪い訳ではなく、お酒を何となくやめました。

 フワフワっとですが、たぶんお酒もう飲まないんじゃないかと思います。少しは付き合いで飲みかな程度です。

 前にも書きましたが、お酒飲むメリットが少なく、デメリットが大きく上回るからです。

 同世代などで、元々飲まない方、飲んでいたけど共感できる方、いやオレはやめない酒が好きだから共感できないという意見はそれぞれお聞きしました。

 共感を持たれた方は、圧倒的に健康面です。今は大丈夫でも、やはり今後のことを思うと、百薬の長とは言い切れないのです。

 私がお酒を飲むデメリットは、

 ①クルマの運転ができなくなる。罰則も強化され、自転車すらダメ。

 ②シラフでも忘れ物や勘違い、転倒、記憶違いなど不注意が増えて、酩酊した状態では危険が増す。

 ③芸術を楽しむ、本を読む、勉強をする、何か鑑賞するとか、調べる、味わうという、この先短くなる貴重な楽しい時間が奪われる。

 ④水分を多く取る上、アルコールが入ると、これは明確に睡眠の質の低下を招く。

 そして、実際、週末にはたいてい晩酌をしていなのをここ何ヶ月かノンアルコール飲料だけにすると、驚くほど身体が軽く体調が良いのです。

 元々、お酒は酒税が多く掛かっている上、酒造りは大変とはいえ、特に高級なウイスキーやワイン、大吟醸酒などの原価率は低く、コメや小麦粉、珈琲などあらゆる食品が値上がりする中、スッパリとリストラしたら家計が助かります。

 ノンアルコール飲料もまあ、それなりの値段ですが、さすがにヴィンテージな価格のものはありません。しかも、前にも書きましたが最近出たものは、酒の味を知っていると、ほぼその味覚が味わえるほど見事に再現されています。

 ここまで書くと、お酒造ってる人には悪いですし、愉しんでる人には恐縮ですが、ほぼお酒をやめない理由はありません。

 付き合いが悪くなるとかは言われますが、友人の中にも、若い頃からお酒を飲まずとも凄く付き合いも広い人もたくさんいます。

 まあ、飲み会で酔っぱらいの面倒を見るのが、まどろっこしいぐらいです。

 これも前に書きましたが、未だにお酒が強い?とか、たくさん飲まないと酔わないという人が本当に謎であり、たくさん税金を納める不幸な人だと思えてきます。

https://seizafpkotodama.com/2026/01/02/%e3%81%8a%e9%85%92%e3%81%ab%e5%bc%b7%e3%81%84%e3%81%af%e8%87%aa%e6%85%a2%e3%81%ab%e3%81%aa%e3%82%89%e3%81%aa%e3%81%84/

人生には無限の選択肢があったのか

 道を歩いていると、二つの道の分岐点があって、どちらを選ぶか迷う時があります。

 別れ道です。カーナビや地図アプリがある今でも、それに頼っている人でも選択を誤ったり、迷うことがあります。

 迷った時、どちらを選ぶか。道だけではなく、今日のお昼に何を食べる、どの店に入り、誰と会うか避けるか、一日でも選択肢は山のようにあります。

 あの学校に入るために勉強するか、しないか。

 結婚するとかしないか、するなら誰と、仕事に就く就かない就職先は、比較的大きな人生の別れ道もあれば、今日何食べるとか、どこの道から帰るとか地位さ選択もあります。

 どうでも良さそうな、別れ道もたくさんあります。

 元々、親ガチャとか家ガチャとも最近言わるれようで、生まれ育った選べない環境で、人生の多くは決まっているという説もあります。

 ところが、名門やお金持ちの家に生まれた人間を、ハングリーな貧しい環境に育った人間が追い抜くこともあります。トータルの稼ぎや資産は別にしても、幸せな人生に見える時もあります。

 それは、毎日の小さな選択によるものかもしれません。

 毎晩夢を見て、少し違う人生の自分を見ると、実はそっちが本当の自分かもと思う時はないでしょうか。それは、選ばなかった自分の人生かもしれません。

「胡蝶の夢」や「夢応の鯉魚」というお話があります。

 ひょっとしたら、明日の朝は別の人生の自分に生まれ変わってるかもしれません。

 だからこそ、ある意味では今の自分も、立場や環境の違う周りの人も大切にしないといけないと考えるのです。そして、今日目覚めたら、思い出した自分の人生の新しい1ページを精一杯生きることでしょう。

 親ガチャ、家ガチャなんて、妬んでも始まらない、全てのことは、時期が経てば夢のまた夢です。

穏やかに、ダイナミックに

 長く生きてると、ついついイライラしたり、怒ったり、他人と比べ妬んだり、憤ったり、落ち込み、悩む、マイナスの感情が湧く時がしばしば来ます。

 まあ、それほ仕方のないことですね。

 それが生きているという証かもしれません。

 そういう感情が湧いてくるのを、いなし、抑えつつ、また穏やかに愉しみ、ダイナミックにまた活動する。

 そんな分かりきったことが簡単ではないですが、みんなそれなりにスピードは違えども乗り越えて、また進んで、また悩んでなんではと思います。

 そんなこんなでまた一日がすみ、一年がすみ、一生です。

少子高齢化問題、人口減少は悪いこと?

 日本の国力が落ちて、経済が低迷して、国際的地位が落ちたと言われて久しいです。

 人口が減って少子高齢化になっているせいだとされています。

 確かに太平洋戦争で人口が減り人口も減った時代から、高度経済成長にかけて人口は増えて、ジャパンアズNo.1と持て囃されたイケイケの時代がありました。

 しかし、人口が増えることはスケールメリットを産むものの、それだけが経済が成長する要因ではありません。

 かつても日本より、人口が多い国はいくつもありましたが、経済やGDP、生産性で負けていませんでした。

 人口が増え過ぎても、狭い国土では限界があり、一時期は増え過ぎが問題にもなりました。

 今でもインバウンドの観光客の多い地域は、これ以上客が増えるのは困ると言い、観光資源のない地域が過疎に悩んでいます。

 人口もそうですが、増えても減っても、騒ぐ人は騒ぐのです。

 サステナブルとか、コンパクトシティとかが叫ばれて、少ない人口の中で機能的に住みやすい地方都市を目指す動きは出てきています。

 日本の国全体の問題としては、人口が減ることは、働き手の問題が挙げられますが、それだけが経済の致命的な低迷の問題ではありません。今、AIが発展して人ってそんなに要らない時代です。本当に必要な部門、産業にシフトできていないだけです。

 高度経済成長期に比べると、明らかに生産性が下がって来ていることです。

 かつてIT革命とか叫ばれ、デジタル化の時代を迎え、大きな変革の時代と言われましたが、ここ10年ぐらいで生成AIの発展で予想された未来は分野によってはかなり早く来ました。

 既に人間がやることの非効率や、人間の仕事として残ることはだいぶ洗い出されているはず。

 しかし、戦後80年の既得権益など、悪い慣習が残り、権利だけは増えましたが、生産性の低い人間ばかりが要らない仕事に就いたまんまになっているのです。

 労働者も確かに休暇やらは恵まれてきていますが、それ以上に生産性の低いのが、天下りポストなどに代表される特権階級です。

 既に、そんなムダなポストは要らないという結論は出ていても、しがらみと抵抗でズルズルと改善できないうちに、日本は二流の国へ沈んでいます。

 既にAIが適格な回答は出していても、それを見つけた者は自分や身内の利権を考えれば、大きな改革ができないのが、日本の滞る現状でしょうか。

 人口減少や少子高齢化は隠れみの、言い逃れだけです。国もそれで税金ばかり上げては、経済が悪くなるのは当たり前です。

 人口が減っても国は成り立ちます。コンパクトに活気のある国は作れます。大きな改革まであと一歩先んじないと。