京都発 子供の不幸な事件二つ

 京都に住んでいますが、関西のニュース番組はもちろん全国的にも大きく報道されていると思います。

 二つとも子供を持つ親には特に我が子を考えればいたたまれないような事件です。

 一つは事件そのものは沖縄、辺野古での発生ですが、京都にある同志社国際高校の研修旅行での女生徒の事故死。これは政治的な要素もからみ、学校側もかなりの非難を受けています。

 そして、もう一つは南丹市園部の小学生の失踪、死体遺棄事件です。こちらは、いろいろ捜査が進んでいますが、これまた微妙な案件ですが、巷間囁かれる通り、父親の関与なら悲しすぎる話です。

 特に自分の腹を痛めた母親の子への愛は深いかもしれませんが父親であろうと、実子でなかろうと、子供は自分の分身のように可愛いと思うのですが、憤ります。

 京都だからとか、母校がらみとかで強く思うわけでもないですが、「逆縁」といわれる言葉の通り、親より先に子が死ぬというのは、家族や知る人の思いをはかるだけでこちらもつらくなります。

 私の両親は先に亡くなり、妻の両親はだいぶ老いましたが、健在で、私どもに孫ができて、曾祖父、曾祖母になられました。

 孫の面倒は、大変だとは言いながらも娘の親はそれなりに義務感と愉しさで迎えるものです。子供たちも随分世話にはなりました。もう曾孫になると、そこまで体力はありません。順に巡るようで、今妻が甲斐甲斐しく孫の世話をしています。祖父母たちは初孫たちを世話したのを懐かしく振り返っておられます。

 やはり、順に巡る縁が自然です。子供たちはこれからも生きていくのは楽ではなく、厳しさも味わうでしょうが、生きていてこそ楽しいこともあります。親も子もみんな頑張って欲しいものです。

 

 

Uターンできる地方都市

 産業遺構や鉄道を訪ねて、いろんな地方を旅しました。

 観光地も行きますが、祭りだとか、桜や紅葉、花火の日とか混雑するトップシーズンはなるべく避けています。

 当日より、祭りの準備中とかの日、郷土資料館や保存館で地元の人の意気込みを見るのが好きです。

 日本の地方都市はどこでも少子高齢化で人口が減り、若い人の後継は難しいとは聞きます。

 自治体も財政が厳しく、子育てを支援する体制はどうでしょう。

 最低限、働く場所としての工場、企業などがあり、商業施設、教育機関が揃っていないと、Uターンして故郷を支える若い人は来ないでしょう。

 観光客が見るお祭りや郷土行事は、さらにプラスしての、街を活性させ、人を繋ぎ元気にさせるものです。

 日本のあらゆる地方にそういう素晴らしいものがあります。

 古くから、産業があり、地域の要衝だった地方都市も、これからどれだけ頑張っていけるでしょうか。

 東京や大阪への集中は、やはりどこかで歯止めをかけて分散する仕組み作りが必要でしょう。

「柔よく剛を制す」日本人がスポーツに求めたもの

 日本には「柔よく剛を制す」「判官びいき」と言う言葉があり、強い敵に対して、劣る戦略、不利な状況から作戦を駆使したり、気合で勝つのが好まれます。

 少人数で大敵を翻弄した楠木正成公などは、太平洋戦争の際、戦中の日本が物量に勝るアメリカに立ち向かう時必ず好例に挙げられました。

 まさに判官びいきの語源源義経も、体格で勝る弁慶を翻弄した牛若丸の姿、その後兄頼朝に冷遇された悲運への同情もあり、日本人の感性に訴え、人気があります。

 桶狭間の戦いで、小人数で大群の今川義元を討った織田信長や、大坂の陣で圧倒的に有利な徳川家康を最後まで苦しめた真田幸村なども、やはり根強い人気があります。

 明治の開国以来、文明の格差や体格の違いは日本人にはコンプレックスではあったので、欧米列強に追いつけ追い越せと必死に頑張りました。

 いくつかのニッチな分野では、日本の技術は世界的にも優れたものに育ち、戦後高度経済成長により、有数の経済大国となりました。

 食生活は改善され、体格は随分良くなりましたが、戦後の長い間は、それでも欧米人との体力差はまだありました。

 陸上競技など、基礎体力ではまだまだ欧米人にかなわず、ニッチな球技、持久力の勝負になるマラソンで善戦する程度でした。こちらもアフリカ勢には勝てませんでした。

 ボクシングや重量級上げで、世界タイトルを狙えるのは軽量級でしたし、お家芸の柔道でさえ重量級では外国人に苦戦しはじめました。

 戦後の復興時期に、日本人のコンプレックスを払拭し、勇気を与えたのが、プロレスの力道山です。

 彼こそ、牛若丸宜しく、大柄な外国人レスラーから八面六臂の活躍で、当時放送され始めたテレビ中継で国民的人気となりました。

 小さな力道山が、巨漢のアメリカ人に反則までされて苦戦するが、最後は伝家の宝刀空手チョップで、スカッと逆転で勝つという試合に日本国民が酔いしれました。

 今、プロレスの裏側もある程度明らかになっており、アングルとも業界用語でいわれるヤラセ、筋書きがあったのは誰もが知っているでしょう。

 そんなに日本人が世界タイトルを取り、世界の、強豪を集めたリーグ戦で優勝するなど、他のスポーツではそうそうはあり得ないことでした。

 それでも、真剣勝負らしく真面目くさってやっていて、国民みんなが騙されていたのです。

 当時の国民のリテラシーが低かったのか?過去の結果を知る現代だからそう思えるので、現代もまた未来から見ては大衆は扇動されやすく、たやすく洗脳でき、迎合したがるものです。「推し」という言葉で、収入の多くを娯楽につぎ込む人も増えて、スポーツビジネスといわれる興行も昔以上にスケールが大きくなりました。

 プロレスだって、毎日のように巡業していたら、手抜きの日もあれば、ガチで喧嘩になるケースもありました。

 大相撲は、プロレス以上に興行色が強く、以前は毎場所毎週のように無気力相撲や八百長が週刊誌に取り上げられていました。それでも日本人の小兵力士が大きな外国人力士に善戦するのは未だに盛り上がります。

 プロ野球も永久追放など厳しい処分は謳われていますが、逆に言えばそれだけ忖度も多い競技です。公式戦で引退試合も行われます。チーム数が少ないので、優勝争いやタイトル争いの終盤は、直接関係のないチームの意思一つで結果が決まりますから、優勝やタイトルの決定はファンが思うほど、ギリギリに決まってる訳ではありません。人気球団や人気選手は、大きなアクシデントがない限り興行的に優遇されています。

 プロの格闘技やスポーツは、ピュアに真剣勝負かと言うと、程度の差こそあれ興行なのです。少なくとも、潰し合いや殺し合いではもちろんありませんし、忖度は当然あります。

 大きなマネーが動く興行ですから、完全なシナリオ通りには行かなくとも、こういう場合は相手をリスペクトするという暗黙の了解はあります。

 力道山の時代から、変わってきたのは、その体格が良くなったので、外国人との明確な体力差ではなくなってきました。

 グローバル社会で海外の情報も早くリアルタイムで正確に、入るようななったことでしょう。

 お金の力で動くのが興行です。かつては野球では大リーグ、サッカーだとヨーロッパのプロリーグで日本人選手など歯牙にもかからず出場しただけで大ニュースでした。オオタニさんのニュースや中継が毎日というのは隔世の感です。

 その大谷翔平が、技術もですが、体格もパワーも外国人に勝ってるのが、また驚きです。

 日本人の感覚も、体格的コンプレックスが薄まってきたのは感じられます。ナショナリズム や判官びいき的感性も変化してきているのでしょうか。

 今は、ビジネス的にも日本が大きな市場になってだけでなく、日本人の出場はビジネス、興行的にも保証されているのです。

 WBCの決勝ラウンドはもちろんですが、昔は出場が危ぶまれたサッカーのワールドカップ本大会も、あれだけ放映権料を払っている日本代表が出られないというケースはありえません。

 WBCでベネズエラにパワー負けした時、もっとパワーをつけてホームランを打てるようにすべきという人と、やはり日本人はバントや守備を固めたスモールベースボールだという人とに別れました。

 大谷翔平のような体格とパワーで勝る選手がどんどん出ないとと思える人が増えてきて、だんだん日本人の中に「判官びいき」派は減っているように思えます。

 

今の新幹線延伸問題を語る前に読んで欲しい

 何となく北陸新幹線反対に回る一般の京都市民の方、米原ルートの再検討を言い出した維新の会などにも、読んで欲しい本です。

 夢の超特急と言われた東海道新幹線から、懸案の北陸新幹線、ミニ新幹線、リニア新幹線まで、ルート選定から、工事の内容までが語られています。

 昔の国鉄総裁も、各自治体や地元の政治家の要望を抑え、調整するのは大変だったことも語られています。

 鉄道を新たに作るのは、軟弱な地盤への対策や、長いトンネル工事も、大変です。

 上越新幹線も、その後の北陸新幹線も大変な山を掘り進むチャレンジングな計画を進めました。

 この上越新幹線一つとっても、確かに田中角栄の政治的なものもありますが、もしこれが無かったら、今の上越地方はどうなっていたでしょう。地方を活性というモデルすらなく、格差はもっと酷いものになっているとも想像されます。

 残土や環境以前に、穴を掘り貫通させるのに生命をかけての情熱が、日本の近代化を進めたのです。

 新幹線についての歴史や、目的、仕組みなどの基礎知識をあまり知らずに、将来の国民にとって非常に大事な事項を、浅はかな知識で反対とか賛成と述べていると思えます。

 どのルートであろうと、反対する方や賛成の方でも、イメージだけで反対されて、勉強不足という感じがします。報道の中には分かっている人もいるはずなのに、あえて戦略的に問題をややこしくしているやり方もあります。

 どうも感情的になられたり、目の前のことしか見えなくて、歴史を紐解くことも、未来を想像することもできない人が多くちょっとそこは残念に思いました。

 もちろん、自分が利害に関わるところに住んでおられる当事者なら、やはり反対とかそういう風になるとも思いますが、そこを一歩下がって俯瞰して見えれば、考えもまた変わる時もありそうです。

 それなりの立場の方、政治家でさえ、新幹線のことを知らない、まともに勉強していないのにも呆れました。

 今の各地の新幹線やそれ以前の鉄道も、反対や、誘致合戦、そして国や国鉄の抱えた大赤字、時代時代でさまざまな問題をクリアしてできてきたのです。歴史を知ること、この本を読めばよく分かります。

 昔の政府も国鉄もその後のJRも、もちろん国交省とゼネコンなど利権も絡んではいても、日本の発展のため、苦労を重ねてきました。

 明治の初めにも権力を奪われた昔の侍たち、士族が西南の役を起こしました。その混乱の中、国内交通を馬車と海運を維持したらという既得権益も絡んだ保守派と、西洋の最新技術の鉄道で西京(京都)と新首都東京を早く結ぶべしと主張する勢力とに分かれました。

 後者の意見が通ったからこそ新幹線に代表される鉄道技術の今日の日本があるのです。

 西南戦争の鎮圧のための、屯田兵や近衛兵まで召集された全国からの大量の派兵は、初めて港湾への鉄道により迅速に行われました。

 それ以降、戦中戦後、高度経済成長期を経て、常に日本の国土軸を支えて、地域経済の発展に寄与しました。

 田中角栄の提唱した「日本列島改造論」により、1982年に開通した首都圏から新潟まで開通した上越新幹線、同時期に盛岡までの東北新幹線もできました。

 二つの新幹線は東海道・山陽の人口や産業が集約された地域を結ぶのではなく、地方都市と首都圏をつなぐ役割でした。

 そして、私も忘れかけていたことですが、この二つの新幹線ができるともう国鉄は赤字でお金がなく新しい新幹線は作らないように凍結を決めました。 

 田中角栄が、最初に日本列島改造論をブチあげた時、その人気も凄いものでしたし、地方の期待は凄まじいものがありました。しかし、その後の財政も悪化し、ロッキード事件のスキャンダルで人気は急降下、全国に新幹線を通すという話も一時忘れ去られました。

 その内に高速道路網が追い越し、新幹線が全ての、地方活性の解決手段ではない時代になりました。

 北陸新幹線も、数奇な運命で、計画が何度か頓挫し、長野五輪の開催決定で長野まではできても長くそこで止まりました。ほくほく線のスーパー特急方式での延伸も決まりかけたところで、やはりフル規格の新幹線方式に戻り、紆余曲折で金沢延伸をして、結果は大成功で、その後ようやく近畿の手前、福井県敦賀まで2年前ようやく延伸しました。

 1972年、田中角栄が約束した福井県小浜市の新幹線、実現は何度も危ぶまれ、随分待たされて、時は流れましたがもう少しです。

 既に交通至便となった京都や大阪などの都会の人が、地方からの新幹線延伸を拒むというのは、各地方の均衡ある発展を望むという当時の趣旨からして、日本人としては言ってはおかしいと私は感じます。

 昔から大きな問題を何とかクリアして、今の新幹線があるのです。

 北陸新幹線延伸だけが、残土処分や水問題があった訳ではありません。

 そんなことは百も承知で、アセスメントをし、検討を重ねてルートが決定されているのです。

 米原から敦賀が50㌔程度で近く早くできそうだという全くの素人考えです。

 反対するというのは公共交通の将来、地域政治の維持、国土軸の未来、これらの大義と自分の今の生活という相反する利害であり元々本質的な議論にならないのです。

 新幹線の設置基本事項には、「新たな旅行需要が見込まれる」というものがあり、誘発旅客による推定取扱収入が増えることが必要とされているのです。

 ただ、この本にも少し書かれているミニ新幹線、現在東日本の秋田新幹線と山形新幹線で実現し良い実績も上げて、車両も更新されています。しかし、何故か、山形新幹線の新庄延伸以来、ミニ新幹線を作る声は一切上がりません。

 西九州新幹線が当初計画されたフリーゲージトレインが技術的に難しく頓挫してしまいましたが、ミニ新幹線は現在も東北の2線を走っています。東北新幹線内では併結運転して、分離して在来線に乗り入れます。

 フリーゲージトレインやスーパー特急方式は一時期は、「ウナギを頼んだのに、アナゴやドジョウが来た」と総スカンを食い、やはり新幹線を作るならフル規格でということが言われ出しました。

 確かに在来線の高速化では、地元のインパクトは弱いし、既存の駅を使い工事発注額も小さいので経済効果は限定的です。

 実際に東京圏で1km地下鉄を作るよりも、山形や秋田の新幹線が安くできたとまで言われています。

 それなら、石破総理の時代にも言われた遅い在来線の中速化と通じます。

 これだけ、地元負担を嫌がられ、その後も運賃が上がり直通も無くなる三セクを押し付けられるなら、新幹線よりミニ新幹線の方がありがたいのではと思います。

 湖西線には大きな都市は少ないですが、近江今津、大津市堅田などにはビジネス、観光のチャンスが広がります。

 路線にはそれぞれ難易度もありますが、湖西線は元々踏切のない高架の複線路線です。風対策を抜本的にシェルターなどでやれば、琵琶湖を眺めて走る車窓の美しい新幹線路線になります。

 私がもし知事なら、路線は引き受けるけど、そこの条件なのです。ただ反対では延びるだけで解決しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運動不足も運動過剰もよくない

 老後はお金も心配ですが、健康寿命も大事と言われます。

 還暦を過ぎると、同年代の方からは、それぞれ何処かしこと不調の話を聞きます。お金がいくらあっても健康は買えないとも言われています。

 歩けることが大事とさわれながらも、加齢で勤続疲労からくる経年劣化は誰にも来て、足腰は時に悲鳴を上げてしまいます。

 高齢者の体調も、劣化の進捗も一人一人が違い、個人差が著しくあります。

 実際に急に自分がその身にならないとわかりませんし、身体の何処に来るかもそれぞれ違います。また、その個人差が言い訳にもなり、怠ける人、改められない人が多いのです。

 一般に、運動不足で飲み食いが止められない人は太り過ぎになり、高血圧や脳出血などの生活習慣病のリスクは高まっていきます。添加物の多い食べ物、喫煙や飲酒、ストレスも加齢を早めると言われています。

 かと言って急に運動を始めるのは、危険です。

 かえってケガをしたり、関節やじん帯を痛めるなど、悪い結果も呼びます。

 群馬県の中之条町で、有名な統計をとった研究があります。長寿された方の目安が早歩きのウォーキングで、4000歩5分から8000歩20分と比較的信憑性の高いデータで明らかになっています。

 しっかりした姿勢と速度で早歩きすると、鬱や認知症の予防から心肺機能や筋肉、骨を鍛えて生活習慣病を予防できます。

 逆に足りないと運動不足、これを超えるとケガなどのリスクが増えますし、心肺を鍛えるメリットは相殺されて減ります。

 5分でもしっかり早歩きするのはそれなりにかなりの運動です。連続で20分続けなくとも、朝夕など分散でも良いそうです。

 ダイエットのために、カロリー消費は必要ですが、過剰な負荷をかけると、膝や腰をやられると元も子もありません。

 私の経験から言うと、ダイエットはやはり食生活からですし。運動では限界があります。脂肪を燃焼しようとするあまり、膝や足首、関節などに過度な負担がくるのです。

 負荷をかける運動も若い頃に比べると、限界が早くなります。無理をしないこと、この見極めが難しいところです。適度な疲労か、慢性化する傷みかで結果は変わります。

 歩いたり、走って、痛いと感じたら腫れているのですから早くやめて休息することです。

 それ以上の負担は、弱い所を悪化させる一方なのです。

 たくさん歩くとか、運動すれば筋肉がついて骨や軟骨の劣化をカバーするというのはありがちな勘違いです。姿勢が悪く運動するたびに軟骨が筋肉に当たるから痛みを伴うのであって、そんな場合に運動しても悪化するだけです。若い世代の運動とは違うのです。

 痛みを伴いだせば、筋肉は硬くなり骨折やじん帯損傷など最悪の状態に向かいます。

 一箇所悪くなると、かばうために、姿勢がますます悪くなり別の箇所に負担がかかり、別の所から傷みが走ります。

 骨折というと、アクシデントのような衝撃によると思われがちですが、高齢者は悪い姿勢での痛みをガマンしての「いつの間にか骨折」が多いそうです。

 痛みなど、体調の機微、変化に敏感になり、受け止める気持ちが必要です。

「何キロ、何歩歩けなくなった」とか「あの坂を楽に登れなくなった」など、受け入れ難いショックで無理をしがちです。衰えを素直に受け入れながら、無理せず休息をいれてぼちぼちと進むことです。

 かつて、高速で走り回った新幹線の運転手やF1ドライバーでも、今は各駅停車に乗り、ママチャリでまったり景色を楽しんで進む感じです。

 そんな気持ちを受け入ること、そして、それでもちゃんと前に進むことです。

 

 

 

国民と日章旗を結んだ鉄道

 国旗損壊罪が話題となっていますが、そこまで政治的な話ではありません。

 鉄道のファン撮り鉄に分類されるのかな一部の人の中には、人気の高いのが天皇陛下や皇族が乗車され行幸に使われるお召し列車があります。

 任される運転手も大変な名誉で、車両設備や整備も戦前戦後通じて最高のものが充当されます。

 菊の御紋に、日章旗を掲げて走行し、沿道にはやはり日の丸を振って歓迎する国民たちが鈴なりになります。

 この光景、日の丸が国民にいつからかというと、この鉄道の創生期からです。

 日の丸の小旗を振ったり、祝日に玄関に飾るのも明治の鉄道の開通時期からだそうです。

 日章旗は江戸時代後半から、日本の船舶に国際航海のために幕府や薩摩の船にも掲げられていました。

 しかし、明治3年に国旗に選定された日章旗を日本人が国旗として意識して振り、掲げたのは明治5年9月12日の横浜〜新橋の鉄道開通式、関西では明治10年の京都から大阪、神戸の開業式典あたりからです。

 西南の役など、士族の不満も残り、まだまだ明治政府が安定しない中で、鉄道開通は国威高揚とともに、実際に各地の軍の拠点から戦地へ迅速に物資や兵士を運ぶための重要で不可欠な輸送手段でした。

 当時、軍を動かす大量輸送手段は海運しかなく、港湾までの迅速な移動は治安維持と国防上喫緊の課題でもありました。

 明治政府は主要軍事施設と港湾を結ぶ鉄路を、厳しい財政の中で最優秀に開通させました。国威高揚のため天皇陛下も開通式典には出席されました。

 日の丸の小旗を国民が打ち振る習慣はこの時期の鉄路開通からで、150年ほどの歴史です。古くからの長い歴史ととるか、近代からのまだ短い歴史ととるかは政治的解釈です。

 シベリア鉄道に代表されるように、鉄道は国民の便益は二次的なもので、主流だった水運から陸路への転換です。

 軍隊の大量輸送の必要で、まずは戦争のためにできました。

 鉄道のルートや駅は、昔の技術的問題で、地形や地盤などで今考えると変な場所にできたり、妙なルートを通ります。もう一つの要因に、今は無くなった軍事施設や鉱山を通るためというのもあります。

 どこでも新たな鉄道ができると大きな祝典があり、走る列車は日の丸の旗を振って歓迎されたのです。

 今の日本のアイデンティティの多くが明治期に確定したものです。

 日本の国旗も明治期に、こうして庶民に定着していったのです。

桜の季節に思う

 

 先日、満開のお花見の帰りに大学生の入学式帰りの集団に遭いました。

 毎年の開花時期や天候などを考えると、記念すべき日に桜が満開というのは幸運です。満開の桜に期するものをしっかり刻めるかもしれません。まあ、最近の学生は気にもしていないかもしれません。

 桜が咲き誇る時期は短いです。

 日本人は桜が好きで、あちこちに桜が植樹され、多くのアーティストも桜をテーマにした名曲をリリースしており、毎年このシーズンに繰り返し聴かれています。

 歌詞をいちいち列挙して解説するとキリがないほどで、やはり季節として、卒業や入学、そこでの恋愛、刹那の別れを綴ったものが多いです。

 J-POPと呼ばれる時代よりも昔の歌を語ると、いかにも高齢者のように思われ笑われそうでイヤなのですが、ご容赦ください。

 42年前の1982年に柳葉敏郎が所属した一世風靡セピアという踊りながら歌うグループがありました。「前略、道の上より」という曲はテンポも良く、歌詞には桜に込められた日本人の思いがよく描かれています。

「咲き誇る花は散るからこそに美しい」という冒頭の歌詞です。

 まさに、かつては軍歌の「同期の桜」で謳われた早く散ってこその日本人の美学、哲学です。

 戦地から復員した遠く南方やロシアや中国まで進んだ兵士たちが、再び日本の地で桜を見たときの思いもいくばくのものだったでしょうか。

 戦後、経済成長を遂げ、医学も進歩して、戦争で死ぬことも無くなった日本人の寿命は飛躍的に延びました。

 かつて、20代で散る覚悟をして、眺めらた桜を、今の高齢者は毎春80回、90回と愛でることができるようになりました。

 時代とは言え、それもまた幸せなことなのか、長生きできるのは早死よりもありがたいのに、どこかで日本人としての美学を失ってしまったのかとも思います。

 

 

北陸新幹線延伸 小浜〜京都ルート

「京都の地下に新幹線は要らない」??

 ことさらに騒ぐ人がいます。

 それなら地上はいいの?その方が景観的に問題ですし、大深度工法で地下を利用しないと、用地買収は高くつきます。

 私自身は北陸新幹線が小浜経由のルートで京都に延伸するのは問題無いと考えます。知事選挙で騒がれますが、そもそも知事や県議に北陸新幹線延伸ルートを決める権限はありません。共産党系の候補に至っては、地方選挙で戦争反対と言い出す意味不明さです。

 代替ルートや財源の具体的なスキームによって、私は賛成でも反対でもあり得ます。湖西線や山陰本線を三セク化するかどうか特急を残すとかも全く見えない中、賛成も反対もないのです。どうしても財政が厳しいなら、湖西線でミニ新幹線という方法も選択肢です。

 市民税や府民税が他所より高いのに、この上、何の手だてもなく、地元負担を受け入れるのはさすがに困りものです。

 ただ、鉄道ファン、乗り鉄、経済鉄系のマニアとしては反対する人やそこ代替案にあまりにも誤解が多いのにはつい意見したくなります。

 水問題とか残土処分とか新しい鉄道や高速道路を作るのには何処にでも発生している問題で、それよりは自治体の負担がどうなるのか、並行在来線がどうなるかが問題です。

 京都の町に住む人、あるいは東京や大阪とか便利なところに住んでる人が「要る要らない」ではなく、かつて裏日本と言われた不便なところ、福井、石川、富山の北陸地方が乗り換え無しで結ばれ、福井県小浜市と関西の都会を結びます。

 東南海トラフ地震で東海道新幹線が不通になった際のバックアップも兼ね、国土軸を均衡に強くするために必要と決まったことです。そのことに関しては異を唱えることはしません。

  
 京都盆地の水事情は井戸の水が出やすく掘りやすい地域でした。元々川が氾濫しやすく、洪水を繰り返すほど水は盆地の地下に溢れていました。

 平安京以来、明治以降も先人が治水し、なおかつ発電もできる琵琶湖から疏水を作っていて飲料水には全く困りません。
 お酒や豆腐、和菓子というのは文化とは言えますが、イメージを守りたい贅沢品です。地下を大深度で掘っても、井戸水が急に全て枯渇するというものではありません。
 新幹線ができて毎日の水や農業用水に困る地域ではありません。この点は、過去の他地域の水問題とは異なる「贅沢な悩み」程度です。
 残土は、日本中の高速道路や新幹線の長いトンネルをどこも適切に処理してきてます。
 こんなことはちょっと調べて、考えればわかることです。

 もう一つ気になるのは「京都には要らないから米原ルートでいい」という意見です。

 確かに地図を見ると敦賀〜米原は短く見え、工事費用は安く抑えられ、早くできそうに見えます。実際に50kmしかありません。それでも、この区間に新幹線を建設するのには、問題がありすぎて、建設する意義は見いだせないのです。

 維新の会も党として、ここを誤解して米原ルートを昨年参院選あたりから言っています。米原には既に東海道新幹線の駅があり、北陸新幹線と結んで現在の北陸本線を三セク化したなら、地元は不便になるだけで何ら利益はないのです。

 多額の建設費用をかけて、米原駅を新幹線→北陸本線の乗り換え駅の現状を、東海道新幹線→北陸新幹線の乗り換え駅にするだけです。今も米原駅には降りてすぐ観光する人も少なく、駅弁を買われるぐらいでした。

 新幹線駅ができる!経済効果がとかいう喜びも刺激も何もない米原ルートは、東海道新幹線に乗り入れるとかの技術的な面以前に、整備新幹線の趣旨の基準から外れてあり得ない選択なのです。

 逆に小浜市は今閑散なローカル線しかありませんから、新幹線が来た時の喜びと変化は当然劇的なものが予想されます。京都や大阪に30分程度で行ける通勤圏ともなり、観光やビジネス需要は現状のゼロから大きく飛躍した数値になります。

 小浜には伝統的なお祭りも、由緒ある寺社もあり、京都との親和性も強いです。反対する最近の京都の人がその辺りは知らなすぎるのです。

 
 新しいもの、新幹線や鉄道は以前から、いろんな誤解による反対や賛成を繰り返してきました。

 京都人は本来、よそ者を拒まず、文化など新しいものをどんどん受け入れてきて発展してきたのです。

 鉄道が最初にできた時代にも京都の市中に蒸気機関車を通すのには反対の意見も多かったようです。新幹線が京都に通る際にも、伏見のもっと南を通す案が出たり、京都駅に新幹線駅が併設となっても、超特急の「ひかり号」は停めなくてもいいと忌避の意見もありました。

 今は全列車が停まる京都駅に、もし「のぞみ」や「ひかり」が通過していたら、京都の発展は今ほどではなかったと思われます。

 そして、小浜から北陸に繋がることで、想像しきれない可能性が開くのです。

 何とか難しい問題をクリアして早期実現を願うものです。

「本線」廃止、最東端「廃駅」、北海道の鉄道事情厳しさ増す

 JR北海道の厳しい経営状況もあり、3月31日をもって留萌本線の最後の残存区画、石狩沼田〜深川が廃止となり、全国初の「本線」が喪失するという事態となりました。

 最後に残された区間はたった14.4kmで留萌にも行かず支線ももちろんない詐欺のような名前で、それでもいわゆる「葬式鉄」など廃止を寂しがるファンで月末は大混雑だったようです。

 この熱気が以前からあればと思われるほど、最終日は3両に増結した車両が超満員で、引退コンサートさながらのように惜しまれて鉄路は閉じられました。

 多くの貨物私鉄も従え、石炭輸送で活況のあった時代から、札沼線、羽幌線と支線が次々と廃止されたのが転落の始まりでした。

 本線の末端区間、珍名で知られた増毛から留萌が2016年に廃止されて、2023年には線名の留萌から石狩沼田の心臓部ともいえる部分が廃止となり、わずかに残った石狩沼田〜深川が今般廃止となりました。くしの歯が欠けるように寂しく、段階的に廃止が進みました。

 防雪、防寒対策で車両や線路保守にコストがかかる路線ばかりのJR北海道の厳しい状態は続きます。

 北海道は大赤字路線の廃止が続いてきました。ひとまずは予定は終わりですが、赤字路線は多く次の検討もなされているでしょうし、ひとたび災害となると復旧はされず放置→廃止となるパターンです。

 北海道新幹線の延伸とともに、並行在来線となる函館本線の通称「山線」の小樽以西は、地元は三セク化を引き受けずに廃止となります。

 昔、青函連絡船で函館に着くと、室蘭本線の「海線」経由の特急と函館本線をそのまま山線経由の特急が並んでいて、猛ダッシュしてきた人がチョイスできたのが懐かしく思われます。

 整備新幹線延伸問題はルートや並行在来線でどこでも問題になって工事が遅れたりしています。

 しかし、この函館本線の有無言わずに廃止は残念というか、東京〜札幌を優先して、いかにも過疎地を切り捨てるようで個人的には一番モヤモヤしたものが残ります。

 西九州新幹線、北陸新幹線、リニア中央新幹線もそれぞれ問題はありますし、要る要らないやルート、地元負担や三セク化で揉めるも分かりますが函館本線山線のバッサリ廃止は文句を言う声すら少ない寂しさがあるのです。

 昭和50年、お金のない学生だった私たちの世代は、飛行機という選択は無く夜行列車と青函連絡船で、周遊券で北海道へ行く一択でした。航空会社はスカイメイトなど格安の割引サービスをはじめ、この頃国鉄が毎年運賃値上げをして、北海道へのシェアは一気に飛行機はシフトしていきました。

 寝台特急も全廃され、今、関西からはもちろん首都圏からでもよほど酔狂なマニア以外は鉄道や船で札幌へ行く人はいなくなり、99%のシェアを飛行機が握っています。格安航空会社もでき、空港アクセスも便利となったからです。

 そんな中で、今さら札幌と新幹線が繋がるのに、在来線を犠牲にして、どれほどの新たな需要が見込めるかということです。

 かつての新幹線延伸は広島、博多、仙台などから航空機のシェアを奪い返し、新潟、長野や山形、富山、金沢などを東京と最速で結び沿線も含んだ観光やビジネスに劇的な利便性を生みました。

 私はリニアは別にして、地方創生という意味で西九州新幹線、北陸新幹線は早く延伸完結すべきと思いますが、これだけ鉄道が廃止されシュリンクした北海道に、さらに在来線を減らしてこういう形での延伸はやはり疑問です。

 札幌延伸ありきの苦渋のルート決定かもしれませんがルート決定は強引でした。

 沿線に都市や観光地、旭川延伸を考えると空港アクセスもある室蘭本線沿いの海線に近いルートが選ばれませんでした。過疎地の山あいを抜ける山線廃止前提でルートが決定しました。

 本来の新幹線の地方活性の原則からは外れて、ただトンネルトンネルで札幌だけを目指すします。東京から乗ったとして、車窓の楽しみも何もない退屈な時間にしかなりません。これでは航空機の方が時間も早ければ、ずっと楽しいのではと、乗り鉄の私でさえ思います。

 学生時代に北海道各地にあった鉄路を懐かしむ身としてやりきれない思いで、廃線鉄として札幌への北海道延伸を待ちます。

 長くなりましたが、最後にもう一つ今年3月の話題で、3月14日のダイヤ改正で閑散駅のJR東日本根室本線東根室駅が廃止されました。

 これによって日本最東端の駅が、根室駅に変わりました。路線は廃止ではないですが、根室本線の終点近くが一度東の端に行ってから北へ曲がりそこから市街地に回るため西方向に行って根室駅があるのです。

 途中にあった東根室駅が日本最東端だったのです。どちらも訪れたことはあります。個人的な日本の東西南北の端の駅制覇は変わりませんが、これもJR北海道の厳しい状況を示す話題です。

 

https://seizafpkotodama.com/2025/11/04/14316/

京都府知事選挙、予算10%カット、マイナスシーリングという考え

 年度変わり、お花見や入学式のシーズン、京都府知事選挙が4月5日に投開票、同日には府議の補欠選挙もあり、わが町が選挙の喧騒でもありました。

 共産党が強いと言われながらもジリ貧で、このところ与野党相乗り対共産党という馴れ合いの無風に近い府知事選挙でしたが、今回は第三極として日本保守党.NHK党の元参議院議員浜田聡氏が立候補しています。

 なかなか、エッジの効いた政見放送で、さすが立花流もありネットやXなどでは注目されて、少し面白い構図になっています。

 全国区では参議院選挙で30万票以上集め落選者では最多得票でしたが、地方選挙ではまだまだネットの力だけでは勝ち切れないでしょう。

 現職の西脇知事を脅かすのはさすがに難しいとは思いますが、組合や業界に根強い組織票を持つ共産党系候補と並んでいること自体も凄いことです。少なくとも供託金没収はない、一定のインパクトを与えるでしょう。

 公約も保守色が強く、既得権益に媚びないで、同和利権の切崩しなどタブーにもチャレンジしておられます。

 共産党系候補が、相変わらず財政の厳しい中、夢物語のような給付や福祉を訴えるのに対し、浜田聡氏は府の予算の10%カット、マイナスシーリングを財源にすると公約にされています。

 府知事選挙の行方は別にして、この考え方はなかなか当たり前のようで画期的というか、主張している政党が意外と少ないのです。

 地方でも国あるいは企業でもスケールや構成要素は違っても考え方は一緒です。

 財政が厳しいとなった時に、それでも減税や給付、社会保障にお金が要るなら、新たな財源を求めるか無理なら節約、企業でいう広義のリストラです。

 リストラ、本来の意味は事業の再構築です。セグメントした事業に集中して、効率の悪い部門をシュリンクしていく、上手く生き延びた企業はこれをやっています。逆に希望退職だけ募り、事業が旧態依然の会社は倒産しています。

 積極財政か緊縮財政かとよく2択の議論になりますが、企業の再生で見るとこれは本来2択ではないのです。両方やるのが当たり前なのです。

 企業が新しい部門に参入するとか、大規模な設備投資をするとして、その財源を社員の給料やボーナスをカットしたり、辞めさせてということはないでしょう。

 不採算の部門は縮小、閉鎖して新たな部門にシフトして集中するのが当たり前です。

 公務員の組織はこのごく当たり前がなかなかできません。

 選挙で共産党の話が出ましたが、共産党系とか組合、あるいは官僚の主張はいつも公務員の立場、仕事内容や勤務地、待遇まで守って現状維持したままで、福祉予算を増やせというので、社会は回らないのです。

「小さな政府」の考えは、いつも絶対的に正しいとは限りませんが、官僚機構は掘っておくと、自己増殖して淀み既得権益で国家のシロアリになります。

 国家や地方が税収もどんどん増えて財政が安定しているならまだしも、高齢化と人口減少で国際情勢も不透明な時代です。 午後と言われ、国民の所得、手取りが少ないと叫ばれて国民的課題になっています。

 官僚ばかりが安定して高所得な上、無駄な独立行政法人などが林立していてるのに、さらにに何かしようとすると、財源!財源!と国民から税金を絞り取る策ばかり考えています。

 もっと民間を見習って、不採算な部門は縮小、幹部給与含めてマイナスシーリングが当たり前という考えが浸透しないと立ち行かないのです。

 浜田聡さんの主張がそれなりに風となって、今後の全国の流れに繋がればと思います。