景気が悪ければ減税、福祉や年金、税金は財源ありきではない

高市総理が公約を守るためと、積極的な財政発動に対し、反対する勢力とも綱引きされていると言われます。
いろいろ裏のありそうなところで、正解はわかりにくいです。
積極財政も間違いではありませんし、緊縮財政にも一理はあります。
最近の財務省や、彼らに洗脳された政治家や評論家、一部の国民まで、何か成そうとすると、「財源は?」という楔を打って、ブレーキをかけてしまいます。
税収などというものは、本来景気が良ければ増えて、悪ければ減るものです。国の安定のため、恒久財源を抑えようとする考えでしょうが、人口が1億人として、企業がそれなりの数があるとして、かかる税金が、その所得や売り上げに関わらず一定ということはあり得ない話です。
売上が減り潰れかかった店や、リストラされた人は、失業手当など補償や手当、免除制度はあっても、順調な時のような納税があるわけがありません。
社会全体が厳しいなら、税金は下げて、景気の回復を図るのは、経済学の常識です。
そんなことが、国家の安定財源のお題目の前にはコロリと忘れて、財源をという宗教めいた考えがまかり通ります。
もちろん、公務員さんは真面目だから、予算が決められたら、1円たりとも計画していない科目にお金を払うことはできません。
税の原則は公平で、中立、簡素(シンプル)と、かつての経済学者は説いています。
なんか、財源と結びつける名目で、複雑な名前を付けた税金が増えています。紐づけないと、お金をおろさない会計元財務相の締め付けなのか、名目を復興とか、森林環境、子育てなどとつければ、徴収しやすいとでも思っているのでしょうか。そんなものは、名前を変えず、所得税や法人税から取るべきです。

もう一つ、難しい問題で、緊縮財政側の論者は、これからの人口減少、少子高齢化社会で政府を維持するための、税の割合を増やし、財政支出を抑えようという巧みな誘導をしています。
しかし、結局は自分たちの立場や使う予算を抑えるのではなく、ぶんだくる歩合を増やすのですから、その負担はどんどん国民にかかり、五公五民に近くなると、不満は増えます、
勤労意欲もなえ、脱税などの脱法に走り、国の力は確実に弱ります。
民間に自由に任せ、「小さな政府」というのは、実は緊縮財政とは全く違います。
公的な機関が推進するインフラ、福祉などのエッセンシャルワーカーは一定割合で必要ですが、上級国民面の官僚や管理事務者などの公務員はもはや組織として必要がない時代です。民間はどんどん合理化されて、AIやデジタル、ロボットも導入され、職員数も減っています。
企業間の厳しい競争にもまれ、最先端のマーケティングやマネジメントを追求している民間に比べ、典型的なセクト、前例主義でなかなか組織が改革できない国では、そもそも民間を規制する資格などないのです。
犯罪だけを取り締まり、福祉や社会保険に特化して、業界擁護などはもう民間に任せて、指図するの組織こそ解体すべきです。世論や業界の言うままに、間違った政策判断をする政府や官僚は小さくなるべきです。
こんな管理職に高給はいらないですから、自衛官や消防職員、警察官、介護士、配管工、土木作業員などに厚遇を回すだけで,国の力は増します。
価値観の大きな転換を早く迎えないと、逆に日本はますます弱い国に成り下がります。

オールドメディア?マスコミは消えないのか

世間の会社は短い大人の夏休み、実は民間企業定年後、公務員系で働いていたので、職場自体にはお盆休みはなく7年ぶりに先祖を敬い、終戦の日を迎えるこの期間に休みをとっています、

いまだに紙の新聞を購読しておりますが、もう50代ぐらいの人も多くは新聞をやめているという話を聞きました。新聞もテレビのニュースも公務員などでは仕事がらチエックしていましたが、今の職場ではそういう必要性もなく、共通の話題にもなり得ないので、だいぶ注目度も下がりました。
テレビはデバイスとしてコンテンツのドラマやスポーツを観る程度で、地上波ニュースは災害時のみとなりました。
先日の熊本地震でも、テレビに視聴者がAIで捏造した動画が流れてしまって大問題となっていました。取材や検閲の劣化というのか、そこを独自にやって、しっかり確認すらできないなら、テレビなど信頼度がネットと同じクラスになっていまいます。見る方がフェイクや偏向を考えながら見るならば、早くて面白いネットの方がいいに決まっています。
新聞の発行部数は、かつて読売が1000万部で西側諸国一だと、ナベツネが自慢していた時代1980年代あたりから、半減どころか3分の1ぐらいに減っています。
朝日もかつて企業の入社試験には「天声人語」から出題があるからと言われた時期もありますが、この40年で内容も著しく劣化し、部数も水増しをしても転がり落ちるように下がっています。
現場記者がリストラで減れば、記事の質も落ちれば、チエックする機能も落ちます、
オールドメディアというマスコミの質はどんどん下がっています。
テレビ局も、少し前大物タレントの不祥事が続き、そのタレントは謹慎や引退となり、某局の会長も辞任はしていますが、広告自粛期間が終わると、何事もなかったのように、通常運転に戻っています。
兵庫県の斎藤知事のパワハラ問題も、真実は分からないものの一方的なバッシング報道に関しては、一時は反省の色も見せました。しかし、やはりネットなどのニューメディアに取って代わられるのは嫌なのか、曖昧なまま批判的なスタンスは変えません。
かつては新聞記者というのは社会悪に立ち向かう正義感に溢れたイメージでしたが、今は己自身が、自己保身、組織防衛に回る保守です。大手新聞も大手テレビ局も、政府から払い下げられた巨大な不動産に自社ビルを建て、世間の会社が売り上げが半分にでもなれば、存亡の危機になるはずが、幹部も管理職も東京の一等地で高給にあぐらをかいています。
保守の方には朝日やTBS,NHKが偏向、左翼と非難もされますが、その土台や立地から国に真剣に歯向かうことなどできるものでもなく、弱い犬がキャンキャン吠えてるだけで、エサは貰う飼い犬です。大手広告代理店とともに、政府のスポークスマン報道をしながら、ウケを狙い、国民に寄せるように、ちょこっと批判を乗せてくる。
そこにはスクープの気概も、正義感や使命感など欠片もないのです。この点こそ、オールドメディアが個人で意識の強い1インフルエンサーにすら及ばなく、つまらなくなっているところです。

5年後、10年後にはもう紙の新聞をとる人、地上波を見る世代はさらに減るとともに、もっと新しい潮流も生まれるでしょう。
なかなかそれでも企業としてのオールドメディアが消えてなくなるには時間がかかりそうです。地方では統合や閉鎖は会っても、中央の大手新聞やキー局は不動産などの盤石な資産をもっていて、企業として本業は小さくなってもよほど無謀な出資などしない限り、細々とでも安泰なのです。
おじいさんが、仕事をやめて、年金生活でも、不動産を持って、資産運用しながら優雅な老後を暮らせる感じです。そのおじいさんが、黙ってればいいのですが、いまだにごちゃごちゃと、昔の頭で世間に関わろうとするのです。
レコード盤やカセットテープ、VHSビデオのような希少でありつつ、迷惑ジジイのようなのが10年後の〇〇新聞、〇〇テレビなのです。

 

【決定版】北陸新幹線延伸の誤解2 工期と予算 

少し間が空きましたが、シリーズの2回目 各回は
1.新幹線の意義や目的。
2.30年、5兆かかる公共工事の意味。
3.ルート選定、米原や湖西線はそもそも無理、サンダーバードで金沢までというのもまったく無理な話ということ
4、京都市内水問題のファクトと誤解、
5.4に関連して。京都仏教会は京都市民の代表でもなく、お寺の代表ですらないこと
6、小浜と関西、とくに京都の結びつきは大事。

この予定で、今回は2の工期と予算です。
これも誤解や曲解されやすい問題です。
まず、報道によりますと、
工期: 約26年
建設費(予算): 約3.9兆円〜5.5兆円規模(物価高騰分や採用する詳細条件により変動)
とされています。工期も今現在ルートも正式の地元が納得はしていないので、着工がまだとすると30年ぐらい先と項目名にいれました。特にオリンピックのような目安の時期もないので、ややダラダラ伸びるのか、やる気を出せば少し早まるのかもよくわかりません。
いずれにせよ、28年、30年というのはなかなか長い期間です。
小浜・京都ルートに与党プロジェクトが決めたという報道を受けて、北陸から大阪の医療機関へ通えると難病を抱えた人が安堵する投稿が掲載されて、賛否を呼んでいました。「捏造だ」とか、「どうせ開業がそんな後なら間に合わない」とも反対派からは言われています
前回も書きましたが、よく「自分が生きてるかわからないし、乗れない」
という反応は聞こえてきます。
しかし、まあ医療の現場では日々一刻を争う救急搬送が行われています。インフラが整備されることによって、助かる命といのは日常的な通院も含めてありうる話です。
立場が変わればすごく必要だという人は、医療や介護、帰省、ビジネス、観光など、さまざまな目的でおられるはずです。

トンネルの採掘などの技術が格段と進歩しましたが、大深度を掘り進む距離も長く、残土などの問題も増え、アセスメントも時間がかかるようです。
いろんな社会の情勢などこのところ10年といわず5年で加速するように変化する時代で30年というと、どうなっているかわかりません。
経済や交通の専門家でも30年後を予測して確実に当てることは難しいでしょう。
本当に30年後、そして50年後以降の日本に必要かは肯定も否定もできません。整備新幹線は国鉄の財政破綻もあり、凍結されていた時期もありますが、最初の着工から長野までそしてその後金沢まで、一昨年やっと敦賀とここまででも30年以上経過しようとしています。最初の高崎~長野の開業からは実に60年を経てようやく全通させるならなかなかに偉業といえます。
長野オリンピック当時、平成の始めなど、まだ生まれていない若者もいますし、やはり社会はいまほどデジタル化もされていないひと時代前です。
ちなみに、サムネはE7系という現在では最新鋭ですが新幹線の車両は15年程度での寿命で交換されます。長野新幹線と言われた開業当時は初期の東海道新幹線ゼロ系がみ緑色になったような300系がまだ走っており、その後E2系に変わり今は3代目です。この年数だと、このサムネのE7系は延伸開業まで車齢は持たず、次の世代かさらに次の世代の車両になります。
人間はも少し寿命が長いですが、それでも今の40代50代が70代80代の後期高齢者になる計算です。
今の10代、20代でさえ、壮年の域に達する年数です。ちょっと日本がどうなっているか想像できないでしょう。
鉄道ができて150年、新幹線ができて50年以上経過しましたが。計画があり、賛否がありながらも、街と町を結び、人を運び、社会の発展に寄与してきた公共事業です。
建設費の4~5兆というのも。リニアに比べれば半分以下ですが、それなり十分巨額です。整備新幹線の場合、JRと国、地方自治体が3者で建設費を分かあい、JRが30年かけて償還していくような形です。並行在来線をJRから分離し自治体負担にして、その分償還を増やすなど計算は複雑です。年商1兆という企業はそこそこありますし、トップクラスの企業は5兆を超えているところもあり、JRの事業の中では大きいですが、年度で償還し、儲けていければそうでもないのです。
実際に、その負担割合や金額を理解して、地元の財政負担や、利用便益の少ない市民が反対しているわけではないです。何となく漠然とお金がかかりそうで、物価も上がったので反対しておこうという、イメージ的な思い込みです。
公共工事がその地域に入るのは、インフラとか鉄道施設、構造物ができてからの恩恵もですが、工事に入っているだけでも、年間1700億円もお金が動いてくるのですから、地域経済、景気に与える影響はとても大きいものです。
工事をされると、渋滞するとか、騒音がとか、汚染土とか残土処理、さまざまな悪い面もありますが、こと経済に関しては直接間接にたとえ大幹事の元受けが東京の会社でも地元業者には下請け孫請けがあり、その社員や作業員が地元にお金を落とす、また元受けが潤うとトータルとしてはそこの会社の株価や給料、待遇が上がり、日本経済全体が底上げされるのです。
この経済の仕組みが分からない人が、やみくもに反対し、税金を全て福祉や年金、生活保護や非課税世帯に回せばとか、物価対策にと言います。それでは経済は回らないのです。福祉のお金も大切で予算は必要ですが、経済効果とか景気対策ではなく、まさにバラマキなのです。
利権とか談合とか公共工事の建設は悪いイメージの言葉を連想する人がいますが、福祉や医療や年金といっても対象が変わるだけで利権の行き先が変わるだけです。
物価が上がるのは経済の自然菜緒で、そこにお金をつぎ込んでも結局、利権につながるのです。ガソリンにしろ、米にしろ、利権が歪んで、平等にいきわたらないのは見てきて分かるはずです。
一番は景気が良くなり、給料が上がる会社が増えることです。公共事業で景気対策をするのはこういう訳ですし、それは金額が大きいほど効果のある対策になります。5兆円の北陸新幹線延伸、11兆円のリニア中央新幹線、IR統合型リゾートとまさに、素晴らしい経済対策です。
何しろ、日本海側の小都市と、東海道の大都市が初めて20分で結ばれるのです。夢もある素晴らしい公共事業です。かつて裏日本と呼ばれ、長く不便を強いられた日本海側の地方が短時間で大都会と結ばれ、格差が縮まるのは、日本の国土の強靭化や効率としても素晴らしいことです。
もちろん30年と言わず早く実現して欲しいものです。

【決定版】北陸新幹線延伸の誤解1 新幹線の意義 – 天使の星座

年金が増えたのはたった1.9%

 6月に年金が支給されて、4月からの年金が物価や賃金を反映して改訂されていました。
 しかし、たった1.9%の上昇です。0.2%のマクロスライド調整が入っているから、将来の世代のため年金財政を安定させるために、物価よりも年金額の上昇を抑えていると、マスコミも含めてしたり顔に納得させようとする人がいます。

 その話が本当ならば、物価や賃金のここ1~2年の上昇は1.9+0.2で2.1%のはずです。ところが2025年の消費者物価指数は前年比3.2%上昇、民間企業を反映した人事院勧告の給与は3.6%昨年引き上げられています。
 たかが1-2%のちがいとはいえ、この辺が総合物価などを鑑みた実態に近いのではと思います。

 それならば、年金の上げ方は少なすぎて、年金を中心に生活している方は苦しくなるに決まっています。
 まして人事院勧告は毎年4月に遡り、12月に賃上げ分が振り込まれます。
 年金は2年間をみてその次の4月の年金からなので翌年6月から微増するだけです。1年-2年と大きく物価が上がればせめて年末に年金分の調整として支給しないと生活が苦しい人は出てきます。
 財政が厳しいのは単年の問題ではないですが、民間なら賞与もベースアップも止まり、下手すると早期退職を募りリストラが進められるはずです。公務員が悠々と、4月に望外のベースアップ差額を貰い、ボーナスも出勤さえしていればほぼ満額貰えるのは、年金生活者は首をかしげざるを得ません。
 元々、大枠の中で誤魔化すような計算を、厚化粧するように正当化するのに、時間をかけて資料を作って制度も複雑にしているのも、ごまかしのように見えて不信感しかありません。この2.1%の計算根拠と、公務員給与の上昇率との差を、うまく私が納得できるような説明を聞かせて欲しいものです。

 それと、せめてもう少し物価の上昇に早く対応して、年金額を上げる仕組みを作らないと、まともな反応としては遅すぎます。
 

年金生活者支援給付金の難解

 年金生活者支援給付金制度と聞くと多くの年金生活者が自分も対象ではと思うのではないでしょうか。

 実際に雑誌や動画サイトに「申請しないと貰えない給付金」と煽られて特集されています。厚労省御用達みたいなファイナンシャルプランナーが得々と説明しています。

 確かに基礎年金いわゆる国民年金のみの方に、月5,620円の給付は無いよりは有り難いでしょう。

 知らずに申請をしなかったら貰えない、典型的な日本のお役所の申請主義給付です。

 広い周知が必要ですし、御用達のメディアやインフルエンサーが取り上げるのを否定はしません。本年も物価にスライドして微増しています。

 前にも批判しましたが、対象者が年金の年収88万以下なのです。この壁を調整するために90万ぐらいの人にも逆転しない程度に給付するご丁寧なケアをしています。

 しかし、本当の意味での年金生活者、年金だけで生計を立てているという人は、厚生年金をもらっている年収200万ぐらいまで対象となるはずです。

 国民年金だけの人というのは、それだけでは生活できているとはとても思えず。貯蓄や運用で賄うとか、自営で収入があるとか、家族の扶養とかが実態でしょう。

 逆に実際の年金生活者とは言えない人もむしろ多いのではとも思えます。

 対象を広げる財源がないと言われがちですが、厚生年金は余裕があるはずです。

 2年後の改訂よりも毎年早急に支援給付金を申請できる制度にするか、年金の改訂をせめてその人事院勧告による公務員給与のように、年末に間に合わせるようにすべきです。

 自分たちは他の民間企業の賃金や物価が上がれば、その年にすぐ後追いで差額を支給するのに、年金生活者は最低限の文化的生活をおくれなくても、改定は2年ほど経った6月の振り込みからです。

 高齢者が増えて給付の財源、ひいては国の財政が厳しいので、どうも筋の通らない難解なまま放置された仕組みが多すぎるのです。

 国は年金の支給年齢を70歳に上げたい、後期高齢者の保険料も上げ負担割合も3割にしたいホンネもあると噂されます。

 それが事実であったとしても、一つ一つの仕組みはちゃんと、筋道が通っていないと納得はできません。

 若い頃から社会のために働いた人が安心できる老後、それがイメージできないのでは若い人も安心して働けないのです。

 仕組みを周知して、郵送で申請をやり取りして、審査して給付など、本当に一律で年金額を改定、そのやり方が事務手続きは全く要らないのに、こんな小賢しくめんどくさい制度でアリバイを作るのはムダとしか言いようがないです。

 

http://seizafpkotodama.com/2023/12/03/%e5%b9%b4%e9%87%91%e7%94%9f%e6%b4%bb%e8%80%85%e6%94%af%e6%8f%b4%e7%b5%a6%e4%bb%98%e9%87%91%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e3%82%af%e3%82%bd%e3%81%a4%e3%81%be%e3%82%89%e3%81%aa%e3%81%84%e5%88%b6%e5%ba%a6/

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高齢者に厳しい社会昆虫

 働きバチ、働きアリといった集団で役割を決めて組織に従う社会性昆虫がいます。

 そんな虫たちの生態、意外と知られているようで誤解されている方も多いと思います。

 働きバチ、働きアリと言われるので、オスだと思われがちですが、みんなメスです。

 アリとキリギリスの話でも過労気味と言えるくらい、計画的に働いてしっかりしてる印象ですが、働きアリの2割ぐらいはフラフラと群から外れてサボっています。それも群を守るのには必要な習性なのです。

 そして、外に出て暑さや外敵にさらされるのは、高齢のおばあさんアリやおばあさんハチです。若い虫は巣の中の安全で楽な仕事をしています。

 これも種を守っていくには、先の寿命の長い若い世代を大切にする生物としての必然の習性です。

 まるで、高齢者が炎天下で交通誘導とか、配達、介護に汗水垂らす人間社会を思わせます。

 若い者には未来があるから大切にしないといけない。社会性昆虫もそういう仕組みになっているのです。

 うーん、そうなると年金だけでは食べていけない社会を作るのは必然なのでしょうか。

 確かに老い先短い人間が、原発作業など危険な仕事をした方が理にかなっているのも真理です。

 高齢や障碍で働けなくなったら、どうなるのでしょうか。

 人間と重ね合わせて見ると、ちょっと、寂しくなるような虫の世界です。

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年金額改定が物価高に追いつかない

 あまり、活動していない地域型年金委員を委嘱され、継続しています。

 日本年金機構に3年ほどお世話になり、年金制度を紹介、啓蒙し、国民年金や厚生年金の未納を減らす仕事をする立場でもありました。

 年金委員は機構のOBが委嘱るボランティアのような役割です。

 しかしながら、年金制度の複雑さと、杓子定規で慇懃無礼な機構の態度には少し頭に来ていました。

 そして、今般改定通知のあった今年の年金支給額も、ここ2年ほどの賃金や物価高を反映しているとは、お世辞にも言えない僅かの増額です。

 年金財政は厳しいというアナウンスは流れていますが、これでは、つつましやかに年金生活をしてきたもう働けない人がどんどんじわじわと破綻していきます。

 恐らく、年金生活者で非課税ではない金額の人の微増は、自治体によって健康保険料、介護保険料、住民税が上がれば、また少し減額され、実質物価高との乖離は大きくなります。

 家賃や、おコメなどの食料品の値上げすら吸収できないでしょう。

 議員とかいろんな立場の人が、つぎはぎで給付とか減税といいますが、年金額そのものは、いくら財政が厳しくとも、物価にスライドとし上げるがっつりとした堅牢なシステムでないといけないでしょう。

 官僚の上級の方は、そんな心配もなく天下りの退職金で潤っていると、肝心の多くの民の人心が全くわからないのでしょう。

 老後安心して暮らせるボーダーラインがじわじわ、じわじわと上げることは社会の不安です。少子高齢化というのを錦の御旗にするのは間違いで、今の少子の若い層も高齢になるので、働けなくなった高齢者や障碍者を支える仕組みは当たり前に守られるべきものなのです。

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会議は踊る されど長引いても結論出ない

 私の長年勤めた会社、いくつかの職場でも、よく長いムダな会議がありました。

 販売などのノルマがキツい時代は、未達成者への幹部の叱咤激励、ようするに吊るし上げなのです。それで他のやる気が出るかというと大きな昭和の勘違いがありました。

 もちろん、そういう雰囲気で緊張感を高めて、施策を徹底する意味あいは全くムダではありませんが、非効率ではありました。

 営業や販売、外交などはいかに現場にのぞみ多くの相手と接触し、情報を得てコミュニケーションを取るかが重要で、頭数揃えて、長々と訓話するなんぞ人件費のムダそのものです。

 会社でもそうですが、国でも大事な政治、経済、社会保障、外交でも会議は繰り返されても、進まないことが多いです。

 大事な問題は一時的な棚上げも一つの方法ですが、国民がのぞみ、公約した公党の重要案件などが実現されないままというのは困りものです。

 ここ2年ほど、いわゆる年収の壁問題から、税と社会保障の改革案件を、超党派で社会保障国民会議というのもやっていますが、絞り出さそうな結論は全くしょぼい感じです。

 これならば、一つの党の元からの意見や、評論家の意見をそのまんま活かした方がはるかにマシです。

 健康保険や年金などのそれを取り巻く諸問題もですし、憲法改正、少子化人口減少への対策、インフラ整備はじめ棚上げとは言わないまでも、ほっておいてますます悪くなり大丈夫?という課題が積み上がっています。出てくる話は目先をごまかしやってる感だけだすしょぼいものです。

 政治があれだけ与党多数でも官僚がいたり抵抗勢力の既得権益者がいて、権利を守るために巧みに、野党や反主流派、マスコミを使ってあたかも国民の権利のように抵抗する。

 政治を推し進めるには、痛みも伴うもの、平等に利害の反するものの意見を聞く会議では何も決まらないのです。

 小さな会社の販売会議や役員会議ならいざ知らず、国の最高峰の国会や、議員や官僚、有識者を集めた会議で、踊るだけで進まないのはもはや末期的です。

 ホント、こんな簡単な図式がなぜわからず、ウダウダになるのか嘆かわしいです。

 

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産業転換の発想とサポートが国策として必要

 社会が大きく変革していくとき、喪われていく仕事があります。

 武士という身分と職業が江戸時代にはありました。維新後は士族の不満もあり内乱もありましたが、警察官や軍人になっていた人も多くいました。

 かつて日本経済の発展を支えた職業も、時代とともに無くなったものもあります。日本中にあった炭鉱や鉱山の労働者もそうですし、繊維や鉄鋼、林業、造船、映画なども随分縮小されました。

 近年でいうと、機械、家電などもその衰退、斜陽の代表でしょうか。

 仕事が無くなると、補償や退職金、年金などが必要になります。軍人や、鉱山の坑夫の恩給、年金の始まりで、その後働く場がなく、それなり厚い待遇でした。

 日本の今の問題は廃れゆく産業が既得権益で、新たな成長市場を抑えてしまうことです。

 確かに業界の安定は必要ですが、もはや衰退していくところが政官財癒着して規制緩和を妨げるとこが、経済の低迷の一因でもありました。

 悪い例は、医療とか運輸、電波など、どこにも見られます。それぞれの省庁を見れば、必ず業界がくっついて新規参入や斬新な事業の邪魔をします。

 自動運転なども、世界的に実用化されていて、日本ではタクシーもバスも運転手がいないのに、タクシー業界などが反対して進まないのです。

 規制をするのではなく、業界を見極めて新しい市場へ、雇用をシフトするのが政府の仕事ではないかと思います。

 誰も今浸かっているぬるま湯から出たくはないですが、それを上手く進めるのが政府です。古い業界といつまでも献金を受けて結託してる場合ではないのです。

 成長戦略とお題目では繰り返され、数値目標は出ますが、税金の投入は新しい分野へ雇用を動かし、古い産業を丁重に葬ることです。

100年安心と言われた年金制度改革の巧過ぎる罪

 年金制度の改革は1980年代の共済年金に手をつけた当時から国民年金は破綻寸前で、積立金の豊富な厚生年金や共済と比べ、元々徴収が難しく給付もきつかくなっていたのです。

 官民格差も騒がれて、基礎年金番号を統合して、いわゆる一階の基礎部分を揃えて、国民年金の財政危機は救えました。しかし異なるシステムの統合により、消えた年金という大問題も生まれました。

 元々バラバラだった上に、職場を変わり、姓が変わつた人、支給が近くまでは放置しているも多く、自己申告がないと年金機構側も知りようもなかったので統合しけれなかったのです。しっかりした大企業が全てならまだしも、保険料も届出も遅れがちな雇用主もいたでしょし、マイナンバーもない時代、不明になったこと自体はしかたなかった面もあるとも言えます。

 酷いのはバブル時代に、厚生年金保険料は莫大なお金が集まり、当時はバブル崩壊し、少子高齢化で先細る未来が見通せず放漫は投資で積立を散逸してしまいました。

 グリーンピアに見られたような厚生年金の積立運用失敗は責められます。これがトラウマともなり、なかなか積極的な運用も図れず、保険料と税金の枠での制度適用で、ジリ貧の経済の煽りを受けます。

 20世紀末には年金財政が厳しくなり、切迫した課題となりました。

 支給率は徐々に下げながらも、現役世代の負担は増えていきます。

 それでも「このままでは年金制度は崩れ、将来貰えないから、さらに改革すべき」となり、官僚や年金部会議員が知恵を巡らせます。

「年金100年安心プラン」を当時人気があった小泉純一郎総理と坂口厚生労働相が宣言し、今となっては悪名高い「マクロ経済スライド制」が始まりました。

 年金制度は100年経っても枯渇しないという財政上の制度の持続制可能性を指しているのでしたが、小泉さんの勢いで何だか100歳まで十分な給付で安心とか、国民年金だけでも老後年金制度で暮らせるような錯覚を抱かされました。

 現実は大きくは2度にわたり、厚生年金の標準報酬月額からの給付割合は減らされ、所得代替率は3分の2から、半分に減ったばかりか、そこに時限爆弾のようにマクロスライドがじわじわと作動をはじめ、令和になってからの年金生活者はどんどん苦しくなっていきました。

 この年金受給年齢到達による率の低下はまだしばらく続きます。そして、国民年金も元々苦しかったのが、デフレでストップしていなマクロ経済スライドがキャリーオーバー分含めて作動をはじめて、ますます苦しくなったのです。

 この間には住民税、厚生年金保険料や健康保険料や介護保険料も跳ね上がり、天引きされる金額は増えるので、手取りはますます減っていきます。

 本来は貰いすぎの世代からだけ減らして取るべきところですが、それも無理があり全体を下げて行くしかないのです。

 マクロ経済スライド制も、デフレが続きその厳しい顔をなかなか見せず、百年安心の笑顔だけのイメージが残っていたのもタイミングが悪い罪でした。

 本来は100年安心とか美辞麗句ではなく、「もうウチの家にはお金がないから、おじいちゃんのお小遣いは毎年減らすから、切り詰めてくれ」とはっきり言えば良かったのです。厳しくなるけど我慢してと言えば節約や対策もできたのに、選挙の影響を考えるとバレないようにクリアに言わないまま、じわじわと下げたのです。

 昔なら、物価にスライドして年金を1年後に(それでも遅い気がしますが)上げていたのが、それでは賃金が上がらない現役に対して不労の高齢者だけ上がるのはおかしいということで、賃金と連動を加味することになり、ますます物価への連動は遅れていくようになります。

 マクロ経済がさらに悪質で狡猾な面は、デフレで本来年金を下げるべき時はあえて下げず騒がれにくいようにして、インフレの時に上げる分から加算して引くようにしているのです。

 何でこんなややこしいことを考えたかと言うと、年100万円もらっていた人が物価が5%のデフレで支給わ95万円にすると気付いて騒ぎます。その場合は100万円のままにして、次にインフレで8%上がった時に108万円のところをキャリーオーバー分差し引いて103万円に止めるのです。これだと気付くのが難いという小手先の知恵です。

 ただでさえ、わかりにく年金の計算がますます難解になっていくのです。スパゲッティコードといわれる他の業界の知恵者、学識経験者でさえ、理解して解きほぐすのが難しくなっています。

 この間、非正規雇用が増え、元々の標準報酬月額も減り、賞与や退職金も減る世の中となりました。

 年金受給が60歳から65歳になった段階で、多くの人の老後の破綻が誰の目にも明らかになったのです。

 制度として老後を支える公的年金があって憲法で決められた最低限の文化的生活を保証しするには、年金財政も生活保護などの財政も厳し過ぎるのことも、政治家や官僚は気づきました。

 老後2000万円必要問題は、誰言わず財政の実情を遅ればせながら、明言して美辞麗句で誤解された年金100年安心を正したのです。

 年金だけの問題ではなく、賃金や退職金、他の税金や社会保険料で手取りは少なく、ここへ来ての物価高で、現役世代も年金世代も不満と不安が溢れてきたのが、しばらく前からの「年収の壁」「財務省解体」などの問題です。

 いわゆる五公五民の限界を超えた不平不満の爆発なのでしょう。

 さすがに繕っても今の税金や社会保険料は高すぎで、取りすぎです。かと言って高齢者の年金が潤沢かとなるとそこに回しているから現役世代が高いというほどではなく、本当に恵まれているのは今80歳以上の厚生年金受給の高齢者ぐらいです。

 高齢世代の◯◯を削ろうとか、健康保険の率をとやると、結局はこれから老後を迎える現役世代はもっと厳しくなってブーメランが返ってくるのです。

 この大きな国の課題は与野党以上に国会なのか国民会議や、省庁の枠を超えた政治と行政のリーダーたちが、傷みを怖れず改革していかないと進まないでしょう。

 自民党が大きくなったのも良い面悪い面がありますがポジティブに考えたいです。圧倒的な勢力ですから、目先の選挙はもうないのでふ、選挙の支持でお世話になった団体、いわゆる業界などでも改革のためにスバっと切って行く決断ができれば、改革は進みます。

 保守だからといった、憲法さえ変えようというのですから、公務員や官民癒着の構造を改革するのはできます。

 デジタル化の波で改革できるところはいっぱいあるのですが、既得権益に気を使うのと、実際に仕事や利益を失う不安を解消するアイデアや仕組み作りです。

 デジタル化でも人は必要です。特に過渡期ではある程度の人員は必要です。

 自動運転やロボットの登場で、バスや電車、タクシーも専門免許をもった運転士は要らなくなります。ここで業界を守るのではなく、過渡期の監視の人員や自動運転の企業へのシフトなどを上手く回すような仕組みをリードしていかないと、日本は取り残されていくのです。

 憲法も大切ですが、細かい法律を社会の変化に合わせて、既得権益を打破するよう変えることが、財源や雇用を産むのです。

 50年後の日本が素晴らしい国家で残っているかは、今の地味な改革が重要です。