
怪獣や侵略宇宙人を倒すべく出撃した防衛チームの新鋭戦闘機が、敵に制御されてしまいます。300人もの乗客の民間旅客機に撃突してしまう危機。もはや双方に回避の手段はなく、300人の生命を救うには自ら、自爆スイッチを押して一人の犠牲で300人を救うしかない。
そんなハーバード大学サンデル教授の白熱教室における「トロッコ問題」のような究極の命題を描いた特撮作品が60年近く前にありました。
比較的、大人向きのSF色の強かったウルトラセブン。1960年代に、今私たちが生きる現代60年後の未来を想像し、警鐘するように描かれていました。
第26話「超兵器R1号」第14ー15話「ウルトラ警備隊西へ」(前後編)など、侵略者との星間戦争から地球の平和を維持するのための兵器開発は、現代の戦争、核保有問題や軍拡の問題を描いているのではと思える回もありました。
第41話「ノンマルトの使者」も先住民が侵略者なのか物議をかもす、永遠の問題作です。宇宙人の侵略と言えば、相手が一方的に悪いと思われますが。星間とは言え、戦争にはそれぞれ双方に正義の大義があることも、現代のウクライナや中東における国と国の戦争と同じです。60年前の特撮シリーズで描かれていたのです。
宇宙人の中には、地球を武力で侵略するだけではなく、宇宙人側の種族の事情で、地球人の若い生命エネルギーや血液、金属資源などを奪いに来る者もいました。
人間も長い間、海や山、森や里の自然を奪い資源を枯渇させ、他の種を絶滅しながら、勢力を拡大してきました。
ウルトラセブンは勧善懲悪で分かりやすい話ではありませんでした。
巨大ヒーローが怪獣を倒す回だけではなく、深いテーマで、怪獣は登場せず、等身大の宇宙人だけという回もあり、そこは小さい子供には前作ウルトラマンよりも難しく当時は理解が追い付かず、子供人気が今一つでした。後年、リマスターなどもされ、そのSF色の凄さには今の大人を感心させる内容がいくつもあります。
怪獣の出ない回の一つ第43話「第四惑星の悪夢」は、ロボットに人間が支配された惑星へ、主人公たち隊員が拉致され、その悪夢のような光景を見ます。
何だか、AIやロボットがこの先地球でも、同じように、なまくらな人間を支配していきそうで、今見た方が怖いです。

冒頭のトロッコ問題のような課題も、敵の新しい怪獣が予算の都合で出てこない第24話「北へ還れ!」の場面です。
北極上空で次々と航空事故が起こした宇宙人は、民間機と防衛機の衝突をはかったのです。
防衛チーム、ウルトラ警備隊のフルハシ隊員(毒蝮三太夫こと石井伊吉)に、参謀や隊長も迷うことなく、脱出しての自爆を命令します。しかし、脱出装置も作動せず、フルハシ本人は、防衛軍を辞めて故郷に還れと言った母を思いながら、自爆して旅客機を助ける選択をします。
トロッコ問題に比べると、自爆しなくても自分は助からない可能性が高いので、究極の選択ではないかもしれません。それでも数分でも先に自爆して確実に自分たけ死んでしまう選択は特攻のようで、重い決断です。
おりしも、子供を想い、危険なウルトラ警備隊を辞めさせて実家の牧場に戻そうと説得に指令室に来ていたフルハシの母親と、会話の機会が与えられます。自分の最期を前にして、そんな危険な任務で自爆する寸前の状況だとは言い出せないまま、北極地点なので、「母の声が寒いと震えている」と強がって笑い続けます。2人は、長い間笑い合うのですが、この笑い合いは20秒ぐらいの尺をとります。
フルハシは、死への恐怖を押し殺しながら、母親を心配させまいと笑い続けます。
その不自然な笑いが、見ていて胸が締め付けられるシーンで、最後にはフルハシの頬に涙が伝ってきます。石井さんの渾身の演技だと思います。

ウルトラセブンの活躍で、寸前で事故を回避して帰投したフルハシに、あえて(母親は帰ったフルハシの故郷である)北海道上空のパトロールを指示する隊長、ありえないような配慮をします。
夕景の中、母を思いながら飛ぶフルハシの戦闘機というラストシーンもなかなかのエンディングです。
現実には、その後、自衛隊機や米軍機が、民間機と衝突や接触、民間の施設に墜落して、多くの民間人が犠牲になったこともあります。
はたしてこのような状況で、人間はあっさりと迷いなく犠牲になる選択ができるのでしょうか。
60年前の特撮作品が、予想したよりも、人類は悪い方に進んで、ドラマの侵略宇宙人に近づいて、地球や他の星の生命を奪う側になっていくのかもしれません。









