Jリーグ欧州に合わせた日程で開幕

日本にプロサッカーが誕生し、34年目のJリーグが8月7日開幕しました。欧州トップリーグに合わせ、夏の終わりに始まる秋冬制で2026/27リーグのように言われます。
開幕戦とされた、鹿島アントラーズと横浜Fマリノスは大激戦で0-2から鹿島が4-3の逆転勝ち、面白い試合でした。私の地元で推しの京都サンガFCは、アウエイで長崎の原爆記念日にヴィファーレン長崎と対戦する勝ったら拙いような状況で1-2で惜敗しました。
ワールドカップで盛り上がったサッカー、バブル期にスタートしたJリーグは当初はプロ野球を上回る人気でしたが、その後、日本経済のように低迷をしていました。秋冬制への移行で、どう変わるかのでしょうか。
私の住んでいた東北も仙台と山形にはJ1経験のチームがありますが、秋田ではスタジアム問題で膠着する問題も起こりました。
秋田も過疎、少子高齢化が進み、サッカースタジアムに厳しい財政下で税金を投入するのに賛否、むしろ反対も多くあったようです。しかし、山形に比べて、スポーツ熱が低いのかというとそうでもないとは思います。
地方に娯楽、人気のあるフランチャイズスポーツのはやはり必要でしょう。東北には楽天ゴールデンイーグルスがありますが、仙台がホームで、広い東北の各県からはそう簡単にはいけません。NPBは巨人一極からそれなりに地方分散してきてはいますが、セパ12球団しかなく半数以上が首都圏と関西圏ですから、サッカーに比べると、おらが県のチームの応援とはいきません。
何だかんだ批判もあり、伝統ある野球も巻き返していますが、対立ではなく、地方の活性というのか、希望というか楽しみとして、当たり前に1県に一つはプロスポーツチームがあり、それなりのスタジアムやアリーナがあるのは素晴らしいことだと思います。
地方出身で、中央に出て活躍する経営者などは、ジャパネットのようにとまでは行かずとも、地元の県に、ファンド、寄付や投資で還流して、都会と地方の格差は少し埋まるのではと思います。
Jリーグの仕組みも、その他の公共事業の仕組み、お金の流れも「利権」「税金の無駄遣い」効率のためと反対する向きもありますが、ではなくてもいいのかというと、それでは地方がどんどんジリ貧、何もないふるさとになってしまいます。

夢のサッカーW杯終わる、日本の位置は

少し、いろいろあってもう熱も醒めているような時期になりますが、サッカーのFIFAワールドカップ北中米3か国共催の大会が7月20日にスペインの優勝で閉幕しました。
決勝戦のハーフタイムショーもアメリカならではの豪華さで物議でしたし、準決勝でフランスを破っていたスペインがメッシ擁するアルゼンチンを1-0で下し、最多48か国参加の大会の頂点に立ちました。

表彰式にも出張ったトランプの政治介入や、48か国にも肥大させたFIFAの商業主義にも賛否はありますが、昔はサッカー不毛の国と言われたアメリカでどの会場もアフリカや東欧の試合にさえ6-7万人とか会場は大盛況で、あらためてアメリカのパワーを思い知らされました。
同時期に、メジャーリーグで大谷翔平や山本由伸らの活躍も伝えられて、日本人の存在感というより、アメリカのマーケットの広さに驚きます。
野球よりも、アメフトやバスケが人気があり、アイスホッケーもメジャー級であり、プロレスやボクシングの市場もデカイです。
ドーハの悲劇で日本が初の本大会進出を阻まれたのが1994年のアメリカ大会でしたが、この頃Jリーグができ、次のフランス大会で悲願の初出場を果たし、その4年後2002年に韓国と共催で日本でワールドカップが開催されました。思えば、まだ海外で活躍する選手は少なく、体格、テクニックや足さばきも今よりは劣っていした。しかしバブル経済ははじけても、日本の経済はこの頃まだ世界に存在感を大きく持っていた時代です。その後の20年はリーマンショックもありましたが、スポーツビジネスにおいても、日本の地位は凋落していきます。
その後はドイツやブラジルでも開催されましたが、南アフリカ、カタール、次々回のサウジアラビアと、日本に声もかからないし、開催できる意欲やパワーのようなものが感じられません。
人口やGDPもどんどん世界での順位、ランクを下げていますし、単純な人口が抜かされたのではありません。
今世界1ー2位の人口のインドや中国、その他のアジアアフリカの新興国に対して輸出や経済や技術的な交流を積極的に図り、一部の企業は除き。リーダーシップを取ろうという国としての強い、確かなプランが見えてきません。

日本のサッカーや野球もそれなりに人気がありますが、国内の組織は旧態依然の既得権益を守る保守的体質で大きな伸長はありません。
この閉鎖性、保守性が日本経済と同じです。漠然とボールを蹴り、投げるだけで、名選手に憧れるだけでは大きな成功の可能性は少ないということです。

今大会でもベスト4やベスト8に勝ち残ったチームはしたたかで、決勝でもかなりの遺恨の残るラフプレーもありました。日本も海外の一流チームで激しいリーグ戦に揉まれた選手が多い割には、代表では今一つテーマも意志も不明瞭であり、また4年後、興味は煽られ期待はして、注目は受けても、同じようにな結果になりそうな予感です。4年なんてすぐのようで、思い入れの少ない人はすぐに課題は忘れます。
日本人の才能や、恵まれた環境や市場は決して捨てたものではない、それなりに活かせて世界を再び席巻できるポテンシャルはあります。ただ、今のままでは、あおられ、サブスク的にぼったくられて、おだてられて、主導権は握られ、見えない不平等条約のような、長い低迷が続くのでしょう。
スポーツで勝つなら、もっとタブー破りでもいいのです。ロッカーやベンチ、応援団も含めて、ゴミの清掃までするのがいつまでも日本チームの評価では情けないです。

審判するのはやはり人間か?

 審判と聞くと、スポーツ、今だと、ワールドカップの開かれているサッカーや大谷選手らの活躍するMLBの審判をイメージされるかと思います。

 スポーツや競技にジャッジをする人は重要です。相対するチームだけでは、試合は成立しません。草野球、草サッカーなど、遊びの延長に近いアマチュアでも、審判員は要ります。ある程度のレベルの大会になると、審判組織があり、次の試合のチームの補欠が駆り出されたりしますが、それもなかなか大変な根回しがいるものです。

 多くのスポーツでは、ビデオアシスタントなど機械に一部の判定を委ね出しましたが、まだ完全な機械化は進んでいません。

 野球のストライクかボール、ファウルやフェア、アウトかセーフなど人間よりも機械の方が正確な気がします。

 サッカーの反則、退場かどうかも、重要な場面はビデオで時間をかけて検証されるようにはなりました。

 審判の中には、試合をコントロールするとか、学生の場合などプレイヤーを指導するという使命感のような意思を持ってジャッジに臨まれている人もいるようです。

 しかし、正確かどうかの問題は別にしても、少子高齢化の現在、無償で炎天下や寒空で審判をやる人も少なくなりそうですし、視力が衰えるなど判断力が鈍ると正確な審判とはほど遠くなります。

 コストは別にしても人件費は掛からない機械の導入は今後進むでしょう。

 プロの場合、審判員という職業の雇用の問題もありそうですが、機械がメインになっても人間は必要だとは思います。

 審判というと、もう一つ裁判、司法の言葉です。こちらもおおきな問題をはらんでいます。警察や検察の問題でもありますが、起こってはならない冤罪などの人間臭い不祥事が後を絶ちません。

 こちらも警察、検察、裁判所に至る司法の仕組みには、社会秩序を保ち、犯罪の抑止などの重要な思惑も絡んでいます。

 それでも、人間的なメンツのようなもので、ストーリーが描かれて、無実の人間が犯罪者扱いされてはたまりません。

 法律があり、それに罪状を適用するというのはシステム化しやすいごく簡単に機械でジャッジできそうです。

 そこで、あそこの警察は甘いとか厳しい、あの裁判官は甘いとかはむしろ絶対あってはいけないことです。

 何キロオーバーのスピード違反を擦れば、罰金と減点の処分がこうなるというのは、日本全国一律のはずです。

 犯罪だと、証拠や事情、自供や言い分など複雑に絡みますが、それでも立件の主体をシステム化してAIがやった方が早く正確だと思います。

 再審に何十年もかかるなんてのは、人間のなせる愚行以外の何ものでもないです。

https://souden-kyoto.bento.mtinc.jp/?utm_source=footer

サッカーでなく感動した車椅子アスリート

 サッカーのワールドカップが始まりました。

 私は中学生だった1970年代、日本がまだ出場もかなわない頃からワールドカップを録画などさまざまな環境で見てきました。

 日本がこんなに期待されて、配信含め全試合リアタイで見れるなど夢のような時代です。

 ヨーロッパの一流クラブの精鋭を揃えた層の厚い代表チームですが、かつて予選落ちしていた頃ほど、熱くはなれません。

 ひねくれ者と思われるかもしれませんが、もうあんなに注目され一般の方もにわかも含めて応援されてるなら、もういいかなという醒めた感じになるのです。

 なぜか、この時期にサッカーではなく、パラスポーツの車椅子ラグビーのドラマをやっていましたが、あれは良かったです。

 動画配信で車椅子ラグビーを見ましたが、理屈抜きに面白いですし、迫力があります。

 健常者のアスリートが恵まれてるとか、パラスポーツはルールもレギュレーションも全く違うとか、言い出せばキリがなく、比較などできるものではありません。

 車椅子ラグビーもですし、毎年私の地元で開催される車椅子マラソンも迫力があり、見応えがあります。

 スポーツって何を観て愉しむのか人それぞれの勝手です。

 サムライブルーをまとって応援し、メジャーリーグも追いかけるのももちろん、愉しんでおられるのでしょう。

 でも、結局あんなにたくさんのお金が動き、人気があるのが当たり前になったところには、やはり私はちょっと醒めちゃいます。

 お金をたくさん出した国やチームは有利だし、勝負はわからないなしろ、勝って当たり前になってきます。

 世界一のプレーといっても勝負にこだわれば必ずしも華麗なプロの技が高いチケットや放映権料でも見られるとは限りません。

 マスコミの誘導とか、みんなが見てるからとかの誘導にハマっているのです。

 スポーツ、アスリートのプレーを愉しむのは、本質的には別のところに醍醐味があるのではと思います。

 メジャーリーグを観ていたら、少年野球などのアマチュアのプレーが全然つまらないかというとそんなことはないのてす。

 演劇なんかでも、メジャーの大劇場の後方から有名な俳優を観てるより、小劇場で汗や唾が飛ぶぐらいのが迫力もあり、楽しめるのと同じです。

 車椅子競技には、ルールやその背景にも考えるだけで、重い部分もありますし、それぞれの生き様に触れるような興味深いものがあります。

 

 

昭和のテレビ、映画もナイター中継も2時間半まで

 大ヒット映画「国宝」がようやく配信で見られるようになり、さらに多くの人が見られるようになっています。

 劇場に足を運ぶ人も多かったなのですが、3時間を超え休憩なしという大作に、トイレに行って良いシーンを見逃したくないと高齢者は二の足を踏んだという人もいたようです。

 しかし、たかがトイレのわずかな時間です。昔のテレビ映画などは、電波にのせる前に何十分もぶつ切りにされていました。ノーカット放送は珍しく、それでストーリーもわかったようになり、映画を観たつもりになっていました。

 ビデオも一般的でなかった時代は、CM中にトイレに行き、途中で用ができ、誰かが電話してきたら、そこは見れませんでした。

 プロ野球中継も始まって1時間ぐらい過ぎてから中継が始まり、放送終了時間が来れば民放はそこで終わり、接戦で盛り上がっていても結末は見れませんでした。

 序盤に大量点で試合の大勢が決まったり、最終盤延長でサヨナラとかでも、肝心の場面が見られない場合が多かったです。

 今のように試合開始から終了まで、BS、配信含めると全試合が見られることなかったのです。見られるのは巨人戦だけでした。

 映画も何ヶ月かすると、配信でノーカットで見れます。

 コンテンツなんて言葉も無かったのですが、娯楽として見れる時間の限界が2時間半までというのは、国宝や野球の例でもわかります。

 そういう面でも、今の日本のプロ野球はちょっと長過ぎるとは思います。メジャーや高校野球は2時間台で収まっています。

 毎日国宝級の試合時間、時には4時間超えもあり、マニアしか全部見ていないのはちょっと何だかです。

 ダラダラとビール呑んで野次りながらが良いとか、それ球場が儲かるというまことしやかな説が流れてますが、時間が長いとコストもかかり得でもないのです。

 肝心の結着が終電の都合で見れないなんてのは、コンテンツとして失格です。今は高齢者のファンはそれでもいいとしても、長い目で見れば健全な子供連れのために改革しようという動きは正しいのです。

 高校野球が7回制を検討と言われていますが、プロ野球こそ、ピッチクロック導入や、ダラダラがやめられないなら、7回制で十分だと思います。

 伝統、保守の高齢者の野球ファンが猛反対しそうですが、昔は7時か7時半から野球見て、9時には結末わからなくても終ってたんです。それなら7回でその時間にまとめられたら最高のはずです。

 完全版の映画が配信されても、倍速とかで見てレビューする輩が多い時代。

 タイパの時代です。

 

https://souden-kyoto.bento.mtinc.jp/?utm_source=footer

「柔よく剛を制す」日本人がスポーツに求めたもの

 日本には「柔よく剛を制す」「判官びいき」と言う言葉があり、強い敵に対して、劣る戦略、不利な状況から作戦を駆使したり、気合で勝つのが好まれます。

 少人数で大敵を翻弄した楠木正成公などは、太平洋戦争の際、戦中の日本が物量に勝るアメリカに立ち向かう時必ず好例に挙げられました。

 まさに判官びいきの語源源義経も、体格で勝る弁慶を翻弄した牛若丸の姿、その後兄頼朝に冷遇された悲運への同情もあり、日本人の感性に訴え、人気があります。

 桶狭間の戦いで、小人数で大群の今川義元を討った織田信長や、大坂の陣で圧倒的に有利な徳川家康を最後まで苦しめた真田幸村なども、やはり根強い人気があります。

 明治の開国以来、文明の格差や体格の違いは日本人にはコンプレックスではあったので、欧米列強に追いつけ追い越せと必死に頑張りました。

 いくつかのニッチな分野では、日本の技術は世界的にも優れたものに育ち、戦後高度経済成長により、有数の経済大国となりました。

 食生活は改善され、体格は随分良くなりましたが、戦後の長い間は、それでも欧米人との体力差はまだありました。

 陸上競技など、基礎体力ではまだまだ欧米人にかなわず、ニッチな球技、持久力の勝負になるマラソンで善戦する程度でした。こちらもアフリカ勢には勝てませんでした。

 ボクシングや重量級上げで、世界タイトルを狙えるのは軽量級でしたし、お家芸の柔道でさえ重量級では外国人に苦戦しはじめました。

 戦後の復興時期に、日本人のコンプレックスを払拭し、勇気を与えたのが、プロレスの力道山です。

 彼こそ、牛若丸宜しく、大柄な外国人レスラーから八面六臂の活躍で、当時放送され始めたテレビ中継で国民的人気となりました。

 小さな力道山が、巨漢のアメリカ人に反則までされて苦戦するが、最後は伝家の宝刀空手チョップで、スカッと逆転で勝つという試合に日本国民が酔いしれました。

 今、プロレスの裏側もある程度明らかになっており、アングルとも業界用語でいわれるヤラセ、筋書きがあったのは誰もが知っているでしょう。

 そんなに日本人が世界タイトルを取り、世界の、強豪を集めたリーグ戦で優勝するなど、他のスポーツではそうそうはあり得ないことでした。

 それでも、真剣勝負らしく真面目くさってやっていて、国民みんなが騙されていたのです。

 当時の国民のリテラシーが低かったのか?過去の結果を知る現代だからそう思えるので、現代もまた未来から見ては大衆は扇動されやすく、たやすく洗脳でき、迎合したがるものです。「推し」という言葉で、収入の多くを娯楽につぎ込む人も増えて、スポーツビジネスといわれる興行も昔以上にスケールが大きくなりました。

 プロレスだって、毎日のように巡業していたら、手抜きの日もあれば、ガチで喧嘩になるケースもありました。

 大相撲は、プロレス以上に興行色が強く、以前は毎場所毎週のように無気力相撲や八百長が週刊誌に取り上げられていました。それでも日本人の小兵力士が大きな外国人力士に善戦するのは未だに盛り上がります。

 プロ野球も永久追放など厳しい処分は謳われていますが、逆に言えばそれだけ忖度も多い競技です。公式戦で引退試合も行われます。チーム数が少ないので、優勝争いやタイトル争いの終盤は、直接関係のないチームの意思一つで結果が決まりますから、優勝やタイトルの決定はファンが思うほど、ギリギリに決まってる訳ではありません。人気球団や人気選手は、大きなアクシデントがない限り興行的に優遇されています。

 プロの格闘技やスポーツは、ピュアに真剣勝負かと言うと、程度の差こそあれ興行なのです。少なくとも、潰し合いや殺し合いではもちろんありませんし、忖度は当然あります。

 大きなマネーが動く興行ですから、完全なシナリオ通りには行かなくとも、こういう場合は相手をリスペクトするという暗黙の了解はあります。

 力道山の時代から、変わってきたのは、その体格が良くなったので、外国人との明確な体力差ではなくなってきました。

 グローバル社会で海外の情報も早くリアルタイムで正確に、入るようななったことでしょう。

 お金の力で動くのが興行です。かつては野球では大リーグ、サッカーだとヨーロッパのプロリーグで日本人選手など歯牙にもかからず出場しただけで大ニュースでした。オオタニさんのニュースや中継が毎日というのは隔世の感です。

 その大谷翔平が、技術もですが、体格もパワーも外国人に勝ってるのが、また驚きです。

 日本人の感覚も、体格的コンプレックスが薄まってきたのは感じられます。ナショナリズム や判官びいき的感性も変化してきているのでしょうか。

 今は、ビジネス的にも日本が大きな市場になってだけでなく、日本人の出場はビジネス、興行的にも保証されているのです。

 WBCの決勝ラウンドはもちろんですが、昔は出場が危ぶまれたサッカーのワールドカップ本大会も、あれだけ放映権料を払っている日本代表が出られないというケースはありえません。

 WBCでベネズエラにパワー負けした時、もっとパワーをつけてホームランを打てるようにすべきという人と、やはり日本人はバントや守備を固めたスモールベースボールだという人とに別れました。

 大谷翔平のような体格とパワーで勝る選手がどんどん出ないとと思える人が増えてきて、だんだん日本人の中に「判官びいき」派は減っているように思えます。

 

日本の野球はもっと面白く、パワフルに変われるのに

 球春と言うのでしょうか、桜もチラホラ咲き出した昨日、メジャーリーグと日本のプロ野球がNPBが開幕しました。センバツ高校野球は先に開幕して、決勝までもう少しです。

 今年からセンバツ高校野球でDH制が導入され、先に延長タイブレークも実施されているのでなかなかゲームとして面白いです。

 日本のプロ野球はまだセ・リーグのDH制は来年導入が決まっただけ、クライマックスシリーズのアドバンテージをちょこっと調整しただけです。

 WBCで日本がベスト8で敗退すると、ピッチクロックやピッチコム制の導入を慌てて検討するとか、外国に負けないパワーの野球をとかあたふたとはしています。

 しかし、朝MLBを見て、その後、NPBを見ると大谷らスターがいるとか、推しのある無しは別にしても、パワー以前にスピーディさで敵いません。

 高校野球はスピーディなのに何で日本のプロ野球はこんなに試合が長いのか?これでは現地観戦でも視聴コンテンツとしもゲンナリです。

 昨日も早い試合でも2時間半、3時間超えが当たり前で4時間近く、開幕戦から延長10回の広島対中日は4時間超えて、終わったのは深夜10時半頃です。開幕カードを楽しみに来た人で、子供連れや交通機関の事情で帰らなければならず勝敗の結末を知らずに帰る人も多かったでしょう。

 ナイターは、ゆっくりビール飲みながら球場でああだこうだ言いながら観戦する人が多いからいいと反論する人がいますが、そういう問題ではないでしょう。

 野球は日本で長年伝統があって、OBや支える団体も多いですし、利権もからみますからなかなか改革できません。テレビ中継にCMをたくさん挟む、球場のビールや食べ物、グッズをたくさん売るなど、冠スポンサーなど興行全体を含めさまざまな利害関係者がいて、観る者はないがしろにされます。

 ピッチャーの交代も長くやたら多いCMタイムです。ピッチクロック、ピッチコム含めて投球間隔もですし、イニング間ももっとイベントや宣伝を減らしてテキパキできるはずです。

 Jリーグで今年は引き分けなしのPK戦をやっています。世界的にも珍しい試みです。これは面白いです。帰りのファンは必ず勝つか負けるかになる訳で、一戦必勝のトーナメントと同じで、緊張感と迫力があります。

 日本のプロ野球はダラダラと延長をして、結局12回で決着がつかないと引き分けになります。

 勝率で順位を決めるのに、引き分けがあると、不公平にかり、そこも大きな問題ですが、やたら長い4時間超えての試合で決着がつかないというのは見て消化不良もいいところです。

 負けより、引き分けがマシ、引き分けに持ち込みのも戦術にはなっていると言われ反論もあるでしょうが、世界的にはタイブレークが主流です。

 NPBは継続した記録を重視もしますが、延長12回で先行が点を取れず、後攻の負けがなくなり、勝ちか引き分けしかないというのは、モチベーションが大きく異なって記録の価値は違います。観る側もしらけます。

 タイブレークは戦術的にも面白いですし、10回にはたいてい決着はつきます。

 もっと面白いのはドバイのプロ野球リーグで導入されているホームラン競争で決着というのは、サッカーのPK戦のパクリのようですが、これは楽しそうです。

 高校野球でも、延長なしでホームラン競争で決着なら、高校球児はバントや盗塁ばかりをチマチマやるより、ホームランを狙うパワーをつける練習をするでしょう。

 すると、高校のうちから、外国人に負けないパワーを養うことになり、楽しさと一挙両得なアイデアだと思います。

 日本がベネズエラに負け「実力が上」だったとか「パワーの差

で負けた」ガッカリしている人が多くいました。

「パワーをつけないといけない」「いややはり日本はスモールベースボール」だと意見が出ますが、スモールベースボールでは今さら勝てないし、一部のオールドファンしか受けないのです。ではパワーをつけるのにどうするのかというと、やはりホームランを狙う真剣な機会を増やすことです。

 日本の野球は監督の「待て」とか「バント」とか「流し打ちで転がせ」とか細かいサインが出て、ホームランだけを狙って集中する機会が少なすぎる気がします。これではいくらウェイトトレーニングしても、ホームランは打てない気がします。

 大谷選手のようなパワーヒッターをどんどん産むには、高校野球からバントではなく、ホームラン競争をやればいいだけです。

 まあ、カンタンなことですが、野球ファンというのは日本では保守志向で改革嫌がるから難しそうです。

 

 

WBC敗退、日本野球ファンの奇怪?

 オールドマスコミや野球ファンを中心に大騒ぎで、日本の優勝も予想されたWBC.ワールドベースボールクラシックでしたが、日本は準々決勝で敗退し、ベネズエラの優勝で終わりました。

 トーナメントの国際大会の優勝まして連覇となると難しいものです。

 昔の高校野球と違いエースの連投もきかないので、組み合わせの当たりハズレもあるでしょう。

 世界一を決める大会と言い切るのは日本人だけで、他の国とは元々温度差もありました。日本人と広告代理店や主催者のため、放映権料は爆上がりして、今回は150億で落札したNetflixでしか見れないというのも騒がれました。

 大谷、山本由伸、鈴木誠也、吉田正尚、菊池、菅野ら錚々たるメジャーリーガーをかつてないほど今回は揃えました。優勝間違いなしと日本のファンの多くがNetflixにも入ったものの、優勝したベネズエラにはホームランを打たれまくり逆転負けで、準決勝にも進めずマイアミラウンドは1試合しただけで終わりでした。

 一番の感想は、トンデモないお金が動いて、もったいないというか、あれ?もうおしまい?という感じです。

 一部は監督や打たれた選手をバッシングしていますが、よく頑張ったという声が多く、相手がメジャーリーガーを揃えて、本気を出してきたら力の差があったという声も多かったようです。

 1番から7番まで長打のある日本の4番クラスを揃えながら、打ち負けた上、投手も抑えきれずでした。

 しかし、1試合だけではわからないものです。それだと、前回大会まで、世界一と言いながらも、韓国や台湾以外他国はメジャーリーガーを集めて真剣に取り組まなかったから勝てたというだけで寂しすぎます。

 今回、実力差があったと分析し、嘆く人は前回までの優勝、世界一というのも薄々は内心怪しいものと気付いていたのです。ベネズエラは政治的には大変だったのにアメリカに勝ち優勝しただけはあります。メジャーから多くのメンバーを集め、研究もして、取り組み姿勢も確かに良かったようです。

 ベネズエラでほとんどの試合勝ちパターンのセットアッパーを任されたのは日本のオリックスで抑えのマチャドという投手です。しかも、日本よりもキツい3人の救援陣で全試合を回した感じで層が厚いとは言えませんでした。日本の救援陣は故障や辞退もありましたが、このあたりは不運であって実力差ではないと思います。

 予選リーグでは巨人の抑え大勢が連投の場面がありましたが、決勝ラウンド勝ち進んだとして、3連投はしたかのか、メジャーやNPBで開幕前に肩の消耗を考えここまで酷使できるかというと難しい面があります。沢山の一流の投手、野手を選びながらも、出番のない選手も多く、このあたりは酷使されても困るし、かと言って所属チームの仕上げのオープン戦にも出られないで主力が調整できないのも、監督の力量だけの問題ではなく、深い問題です。

「Netflixでしか見られないから、日本人の熱い応援が伝わらなかった」とかいうトンデモな意見もありました。

 どんなにテレビ局がぼったくられようと、タダの地上波で野球がみたいというファンが、「国民的スポーツだから」「天覧試合まであったのに」とかこつけますがサブスク文化が浸透しないのが、日本のオールド野球ファンなのでしょうか。

 さすがに専門家にはいないですが、「あのパワーに対抗するのは、日本のスモールベースボールだ」と言う人も未だにいます。送りバントや盗塁、堅実な守備とかでは、ドカンとホームランでヤラれたら追いつけないし、総得点でかなわないのが、なかなか昔のファンはわからないのです。

 パワーをつけて強い球も打ち返しホームランにしていく力をつけないと、今回の負けはバントの練習では克服できないのです。

 私は高校野球からもっとバントではなく、パワーをつけてホームランを狙う野球をしていかないといけないと思います。

 ピッチクロックという投球間隔の制限もなかなか日本人は感覚的に苦手なようです。

 投手や捕手が相手の出方を観察して、熟考して球種を選びサインを決めるという、将棋のような間が日本人は好きなのでしょう。

 日本のプロ野球の時間はこのせいで長過ぎるのです。娯楽やコンテンツで普通に3時間、4時間では一部のコアなファンしかついていけません。

 あらかじめ分析した相手に組み立てた球種で投げていく、牽制もあまりしないのが、メジャー流なのでしょう。

 高校野球のセンバツが始まり、初めて指名打者制が実施されています。

 時代は徐々に変わりつつあります。

 大谷選手という超新星も全盛はあと数年、日本の底辺の野球人口は少子化もありますが人数もシェアも減っています。

 メジャーの年俸は魅力としても、その経営はアメリカ、日本や各国の野球ファンの視聴契約料が主です。

 野球はルールや戦術が複雑で、マニアックな玄人受けする要素が多いのですが、ファンはオオタニさんのようにカッコいい選手が見れてホームランが出てひいきが勝てばいいのです。

 高校野球をはじめ7回制や5回制すら検討されていて、とんでもないと憤慨する解説者もいますが、それもありでしょう。

 出場機会が減る減ると騒ぐよりも、時間やチームの維持が大事です。プロサッカーのJリーグは時間も試合数も少ないですが、地域に根ざしプロのチーム数は野球より多いのです、野球関係者はここを真剣に考えないと未来は暗いです。

 国や都道府県を代表するナショナリズム的人気を維持し、パワーとスピードの分かりやすいスポーツに変わっていくのがこれからの野球であり、スポーツでしょう。

 

 

オリンピック、WBC、W杯で思い出す昭和プロレス

 今年はスポーツイベント目白押しで、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックが終わったと思えば、日本では人気の野球のワールドクラシックベースボールがあり、6月にはサッカーの北中米カリブ海ワールドカップが開かれ、9月には愛知県でアジア大会も開かれます。

 なんと言ってもサッカーのワールドカップは世界中で行われて注目される世界最大のスポーツイベントです。サッカーはほぼ世界中の国で盛んなスポーツで、野球やウインタースポーツは限られた国、地域で世界中とは言えません。

 日本では元々野球が人気で、一時下火で競技人口はサッカーに抜かれたようですが、大谷選手の活躍でメジャーリーグの人気に火がつきました。代表チームの国際大会WBCも、シーズン前のエキジビション的大会ですが、メジャーリーガーも出場して、日本のファンは世界一のかかった大会だと信じて熱狂します。

 野球は北中米、東アジアぐらいしか広がっていないスポーツですから、世界一とか世界大会といっても無理やりルーツをたどって欧州の国の代表にしたりして参加国を作っています。権威のある世界大会とは言い難い面があります。

 国際大会の国の基準は大会によって異なり、サッカーワールドカップは国籍要件で一度国の代表で戦うと国籍を変えても別の国では出られません。オリンピックは国籍要件はありますが、国籍変更は3年ほどの待機期間があり、2大会連続で2か国の代表での出場はできないのです。

 ラグビーは国籍ではなく、協会の所属で代表になれますが、通算10年の居住が求められます。

  これに比べると野球のWBCは、国籍、永住権、出生地、両親のルーツと広く認められ、まあユルユルです。大会そのものも、公式のシーズン前の宣伝、エキジビションでどこまで選手が参加し、全力で戦うかは微妙です。

 この感覚で、思い出すのは、昭和のプロレス、ブックと言われる筋書きや国籍ギミックなどです。

 プロレスもあのような形式ではアメリカと日本ぐらいしか行われていないので、とても世界のスポーツではありません。それでも、世界タイトルの選手権、世界の代表を集めたワールドリーグ戦、チャンピオンカーニバルだとかインターナショナルレスリンググランプリとかを信じて熱狂していた時代がありました。

 各国代表と言いながらもプロレスの国籍、特に悪役は、ショーのようなアメリカンプロレスでは嫌われるロシア人やナチスドイツのような衣装をつけ、プロフィールを偽って戦います。また、権威づけのために世界各国の代表を名乗っていても、実際にはプロレスの行われているアメリカ人でした。

 日本でも戦後すぐの時期、プロレスは敗戦で自信を失った日本人に、ウソでも勇気を与えました。

 力道山が大きな外国人を空手チョップでバッタバッタと倒すのに快哉を叫び、日本人は希望と活力を取り戻したのですから、ウソも方便かもしれません。

 当時はプロレスが、筋書きのあるものとはみんな思わず、力道山が苦しめられても最後には勝つのかハラハラして応援していました。

 少し後の世代はアニメのタイガーマスクでプロレスを知り、馬場や猪木がしのぎを削る時代でやはり内心嘘くさい面もあると子供心に思いながらも業界や団体ぐるみの虚構の世界とは思わず、タイトルマッチとかにはそれなりの権威があると興奮していました。

 ワールドリーグという大会に出場する相手レスラーも、オリンピックのように各国の予選を勝ち抜いた代表か、チャンピオンだと信じていたものです。

 プロレスの場合は、大会のレギュレーションもチャンピオンベルトだとかタイトルも、今となって知ると、全てが作り物、商売で、全く嘘くさいものです。

 それでもウソも方便のとおり、スポーツを見て喜ぶ心理はプロレスもその後の総合格闘技も、オリンピック、野球やサッカーを見るのと何ら変わらないと思います。

 母国や地元、ひいきの選手やチームが、勝てば良い。少し目が肥えると、内容も良く勝てば良い。それでも負けるよりは勝つ方が良い。

 昔の力道山など、ルールもいい加減で、とにかく人気者が勝てば拍手喝采でした。それは今、大谷選手がホームランを打つ、日本人が金メダルを取るのと何ら大差はなきのです。

 もう少しファンの目が越えると、最強のメンバーが集い、試合としても、接戦で競り合い、逆転などスリリングな展開で最後は推しが勝てればいいと思うレベルになります。本来のスポーツのルールを知り、技術の深さや面白さも知って見ている人はどれくらいいるのでしょう。

 やはり自国人や地元の推しが負けるよりは、理由は相手のケガなどのコンディション不良などであれどうであれ、勝てた方が良いと思うのが心理なのでしょう。

 スポーツを全く見ない人から見れば、見るのにかける時間もましてやサブスクやチケットにかけるお金ももったいないと思う程度の娯楽です。

 

 

 

冬季五輪楽しめる国は幸せ?

 ミラノ・コルティナ冬季オリンピックが終了しました。

 リアタイではほぼ見ていないのですが、ニュース番組などで映像はおよそ見ました。

 種目も増えたのですが、日本の活躍する競技も増え、魅せ方?ストーリーやビジュアルコンテンツとしても優れたものになっています。

 オリンピックになれば思い出したように注目されるカーリングなどのマイナースポーツや新しい競技が特に冬季は多いのではと思います。1972年の札幌は黎明期の昭和ですし、ジャンプの日の丸飛行隊だけがメダルでした。

 その後の1998年の長野に比べても、ウインタースポーツがさまざまな面で進化し、関係者の努力もですし、演出や推しの手法も見せ方も上手くなったのだと思います。

 夏季でもそうですが、昔は競技も少ないうえ、全くテレビにも映らない競技がけっこうありました。

 会社にいた北海道の支店幹部に札幌オリンピックのボブスレー代表だった人がいましたが、自慢はされていましたが、現代と比べると自虐ネタでした。

 放映権料の高騰とかも、コンテンツの魅力と関係がありますが、タイムや距離、点数を極限まで競うアスリートの姿にはやはり素直に感心し、感動します。

 15歳からオリンピックに選ばれ通算10個ものメダルを胸にかけた高木美帆さんの挑戦し、力を出し切って、姉に労われる涙も素晴らしかったです。

 フィギュアやスノーボード、カーリング、ジャンプなど、女子も台頭し、見ても楽しくメダルの期待にワクワクする競技が増えました。

 しかし、元々冬季オリンピックは特にヨーロッパ、北半球の国が中心で、暑い国、イスラムの国の女性を見ることはありません。その意味では世界中が集い競い合うスポーツの祭典かと言うと疑問は残ります。

 日本では女性の社会進出が叫ばれ、欧米とともに男女機会均等が当たり前になりつつありますが、世界でも人口の多いイスラムの国はまだまだ女性のスポーツ参加、ましてや海外に試合で出ることは稀です。

 戦禍の国もある中、これだけ女性も活躍し、スポーツを楽しめる国はやはり平和なのだとは思い、ありがたいことだと思います。