人生には無限の選択肢があったのか

 道を歩いていると、二つの道の分岐点があって、どちらを選ぶか迷う時があります。

 別れ道です。カーナビや地図アプリがある今でも、それに頼っている人でも選択を誤ったり、迷うことがあります。

 迷った時、どちらを選ぶか。道だけではなく、今日のお昼に何を食べる、どの店に入り、誰と会うか避けるか、一日でも選択肢は山のようにあります。

 あの学校に入るために勉強するか、しないか。

 結婚するとかしないか、するなら誰と、仕事に就く就かない就職先は、比較的大きな人生の別れ道もあれば、今日何食べるとか、どこの道から帰るとか地位さ選択もあります。

 どうでも良さそうな、別れ道もたくさんあります。

 元々、親ガチャとか家ガチャとも最近言わるれようで、生まれ育った選べない環境で、人生の多くは決まっているという説もあります。

 ところが、名門やお金持ちの家に生まれた人間を、ハングリーな貧しい環境に育った人間が追い抜くこともあります。トータルの稼ぎや資産は別にしても、幸せな人生に見える時もあります。

 それは、毎日の小さな選択によるものかもしれません。

 毎晩夢を見て、少し違う人生の自分を見ると、実はそっちが本当の自分かもと思う時はないでしょうか。それは、選ばなかった自分の人生かもしれません。

「胡蝶の夢」や「夢応の鯉魚」というお話があります。

 ひょっとしたら、明日の朝は別の人生の自分に生まれ変わってるかもしれません。

 だからこそ、ある意味では今の自分も、立場や環境の違う周りの人も大切にしないといけないと考えるのです。そして、今日目覚めたら、思い出した自分の人生の新しい1ページを精一杯生きることでしょう。

 親ガチャ、家ガチャなんて、妬んでも始まらない、全てのことは、時期が経てば夢のまた夢です。

それぞれの時代の女性

 化粧品会社にいた時代、女性を上手くやる気にさせて、またこちらも上手く使われるような仕事でした。中には随分、イケズな女性もいれば、出来の悪い子もいましたが、中には本当に私の至らない点をかばいながら頑張ってくれた女性もいました。

 そんな印象的な女性たちが長い時を経て走馬灯のように夢に出てくることもあります。これは死期が迫ってるのかとも複雑に回想しました。

 退職後の年金事務所や労働局、地方裁判所、市役所などにも良く働く魅力的な女性もいました。まあ相性が悪いのか逆に随分嫌な態度を取る人もいました。

 私が若い頃は、子育て環境も今と違う時代でしたが、シングルマザーで実母に子育てを頼みながら、綱渡りのような勤務でも結果を出してくれる人もいました。

 細腕で、忍耐強くよい仕事をする人でしたが、なぜバツイチになったのか、訊いてはいませんが、私なら理解できないほど優秀で貞淑な感じの人もいました。

 美しく忍耐強い人はけっこう男運が悪い場合もあるのでしょうか。

 化粧というか、化け方というかも、昭和、平成と時代とともに、ナチュラルになり、それでも偏差値は随分上がっています。

 平成の終わりの花王時代に入ってきた若手たちは、タレントか女子アナばりの容姿でした。

 地裁にも芦田愛菜さん並みの可愛いヤンママの事務官が赴任されて驚きました。旦那様は新進気鋭の裁判官で、なかなか人生勝ち組を誇っている感じでした。裁判官や役所には知性と美を兼ね備えた人が、たまにキラッとおられ印象的でした。

 それでも、不幸なのか?性格の不一致なのか、バツを繰り返している人もいました。

 産まれた環境、育った環境でも大きく運命は異なります。才能ややる気はあっても恵まれない人もいれば、親ガチャに始まり常に運命がそれなりに好転する人もいました。常にラッキーかと思うと、思わぬ転落もあり、男女の幸せはわからないものです。

 

 

 

また新たな日常

 仕事を辞めると、いわゆる毎日がホリデーで、長い旅も金銭や家族の制約さえなければ時間としてはいつでも行ける自由な身でした。

 京都ではなかなかな見られない海をたっぷり見て一週間以上過ごし、このまんま気楽な余生かなと思ったこともあります。

 ところが、縁は異なもの味なもの、因果ともいうのか、また働くことになりました。

 衰えた体力も整えつつ、まさに老骨に鞭打ってとはよく言いました。心地よい緊張感は老化を止め身体に良いかもしれません。

 とは言え最初の一週間、フルに月曜日から金曜日と働き、土曜日も所用がありました。花粉症の時期もあり、怠けていた身体のリズムが変わり、やはり週末は疲れきってました。

 

 働き出すと、余裕がなく花を愛でるのもちょっと後回しになるかもしれません。

 休日が限られると、混雑する世間と同じ休みしか取れず、長い旅行がしにくいのはデメリットです。

 少しお金を貯めて、また長い旅を考えるまで少し時間はかかるかもしれません。

 人生そのものが、長い長い旅でいろんな人と出会い、いろんな経験をするのですが、ちょっと言い訳っぽいですかね。

 

Uターンできる地方都市

 産業遺構や鉄道を訪ねて、いろんな地方を旅しました。

 観光地も行きますが、祭りだとか、桜や紅葉、花火の日とか混雑するトップシーズンはなるべく避けています。

 当日より、祭りの準備中とかの日、郷土資料館や保存館で地元の人の意気込みを見るのが好きです。

 日本の地方都市はどこでも少子高齢化で人口が減り、若い人の後継は難しいとは聞きます。

 自治体も財政が厳しく、子育てを支援する体制はどうでしょう。

 最低限、働く場所としての工場、企業などがあり、商業施設、教育機関が揃っていないと、Uターンして故郷を支える若い人は来ないでしょう。

 観光客が見るお祭りや郷土行事は、さらにプラスしての、街を活性させ、人を繋ぎ元気にさせるものです。

 日本のあらゆる地方にそういう素晴らしいものがあります。

 古くから、産業があり、地域の要衝だった地方都市も、これからどれだけ頑張っていけるでしょうか。

 東京や大阪への集中は、やはりどこかで歯止めをかけて分散する仕組み作りが必要でしょう。

スマホもカーナビもない時代があったのに

 昔は駅に伝言板があり、待ち合わせに片方が都合が悪くなった場合など、メッセージを板書していました。

 待ち合わせに遅れるとか行けない時の連絡に、今やスマホは欠かせないように思えます。

 道がわからなくても、マップやナビ機能がついています。待たされたら、動画やニュースサイトをみたりして時間も潰せます。

 昭和の時代と言わずスマホが普及するまでの十数年前は旅行や外出の待ち時間など、いったいどうやって暇つぶししたのか、思い返さないぐらいになってしまいました。

 カーナビもほとんど標準装備になり、やはり無かった時、道に迷いかけたらどうしていたか、忘れかけています。もはや当たり前すぎて、ないとそれだけで、取り残されたような不安に苛まれるほど、頼りきる感じになりました。

 道や時間を訊いてくる人は少なくなり、近づくのは今どきは怪しい輩、ひったくりなど危ない存在です。便利なものが増えた分、コミニュケーションはなくなり、人は親切ではなくなりました。

 洗濯機、掃除機、冷蔵庫と戦後、人力でやっていたものが、どんどん便利な家電に取ってかわりました。

 考えることもAIに変わられ、そのうち親の介護もロボットがやるようになり、それでも人間は忙しく、心にゆとりの時間がなくあくせくするのでしょうか。

 先日、旅先でバス停の行き先表示や、時刻表が分かりづらく、愚痴っぽくつぶやいてウロウロしていると、お年寄りの方から話しかけてもらい、親切に詳しく教えてもらえました。

 こういうおせっかいな世代が減ると寂しい気もします。それと、こういうのはやはり地方ならではなのかとも思います。東京ではみんな忙しく殺伐としていて、歩く速度も早いので田舎者も高齢者も置いてきぼりになりそうです。

 早くロボットが人情味を身につけて欲しいものです。

癒しと萎えは紙一重?

 とてもアッケラカンと性体験や、下ネタ、下半身の話などを話す女性がおられます。

 年齢差や既婚で恋愛対象と思われていないとか、無頓着・無防備なケースもあります。

 それがとても欲望に火をつける。美味しい?愛らしいと思う人もいれば、異性への憧れを砕かれ幻滅するという人もいます。

 社会人になって女性が多い化粧品の会社で20代の頃、それなりにモテたと思われがちですが、自分の中ではあまりそういう思いがありません。

 同期や若手連中のなかちは随分と遊んでる輩もいましたが、堅物と言われるぐらいに、高校時代に理想とした人を想うような保守ぶりでした。

 地方の営業所に赴任した時も、今思えば相当な美人さんでおっとりとした性格の子がいました。

慰安旅行だったと思いますが、何人かで寛いでいる時、脇毛を抜いていたようです。

 他の世話好き?のような方が、わざわざその毛を私に持ってきてくれて、「若い女性の毛興味ないの?」とまあ野放図というのかワイルドな感じでしたが、確かに興味はありませんでした。その無関心ぶりに相手はどういう気持ちになったかはわかりません。

 人間の欲望と、その心の動きはとても不思議なものです。特に性欲、性の嗜好は千差万別で、その流れも気まぐれ、複雑怪奇です。

 自分の妻や娘とかでもそうてすが、身内とかでもない妙齢の異性でも、あんまり恥じらいもなく普段隠すところや行為を見せられても、案外何も感じないものです。

 それこそ嗜好とか、タイプにもよるのでしょう。関西のある美人アナウンサーが、彼氏とラブホテルでいざプレイに入る時に、お手入れされず生え放題の脇毛を見て、笑われた上萎えてしまった話をされていました。何となく、その男の気持ちが分かる気がします。

 身体の部分のフェチや変態行為、それこそスカトロなんかを好む人もいて、まあ、それぞれだとは思います。

 しかし、まあそういう変な趣味のない人にとっては、本当に何が楽しいのかという感じにはなります。

 SMっぽいのも、映像だとそれなりなのかもしれませんが、やはり実際の人間って普通は、責めて楽しいとな、責められて美しいとはならないのです。

 たぶんそこを映像とかだけで勘違いしてると、リアルではそこで幻滅とかになりそうです。

 愛するとか、好きになるというのはどこの部分か非常に難しいです。

 20代のかなり遠い昔の話からでした。

 

 

旅をしても、ハレの日は地元にいたい

 今年も桜の季節が来まして、日本のどこでも学校や公園、神社、お寺、名所旧跡、大きな会社などいろんなところに、ここにも桜があったのかと咲き誇ります。

 私は子供の頃は、桜などあまり意識もしませんでした。

 会社に入って多くの転勤で各地の桜も見ました。4月の人事異動で転勤する時上司から「4月の異動はいいぞ、アイツが行った時、キレイな桜が咲いていたなあと思い返される」

 桜の季節の異動は送る方も、送られる方も思い出に残ると言われました。

 そういうものかと思うと、各地の桜が送ってくれるようで感慨深いものがこみ上げました。ある時は、東北に異動して、桜に送ってもらい、迎えてもらう時も、まだ向こうでも桜が咲いてくる時期で、歓迎してくれているようで、また感慨深い気持ちになりました。

 桜守りをする人も大変な苦労と聞きます。名勝といえど、その地の桜を維持するのは大変です。

 仲間や家族と花見へと簡単にいっても、年によって開花はバラバラで曜日を選んでいると天候が悪かったり、その間に散っていってしまいます。

 京都に落ち着いて居を構えてからは、近くにも花の名所があり、春のこの時期には地元の桜を愛でることが落ち着きます。

 春先に旅をしていると、「ここは桜の名所で、あと何日かで絶景だったのに」といわれる時もありますが、その時期は今は地元の花を見る方が安心できます。

 転勤で2年以上その地に住むと、幸いにもその地の絶景が見られます。静岡の富士山をバックにした桜、八郎潟の菜の花と残雪とがマリアージュした桜、三陸海岸の海沿いの桜、天橋立や宮島なとの名勝の桜も見たことはあります。

 それでも、桜や紅葉だとか、祭りや花火なども、旅でその日だけ見に行くのではなく、地元に住む人のものだと思うのです。開花時期などや、天候や曜日の都合で、旅行などで1シーズンだけでは、その土地を知り、語ることは難しく、そこで樹木や祭礼、文化財を護る地元の人たちに失礼な気がするからです。

 京都は確かに大きな町ですが、家から歩いて行ける範囲でも地元の祭礼もあり、桜も紅葉もその他の自然も、社寺仏閣もたくさんあります。毎年、その様子も変わり、じっくり楽しめます。

 旅先のベストシーズンの絶景はお金をかけなくても映像で十分見れますし、無理して行ったところでその通りに見られるとは限りません。

 地元のハレの日には家にいて、地元を支えてくれる人に感謝しつつ、ゆっくり楽しみたいものです。

ドラマも終了、時代が流れ難儀なコトばかり?

舞い上がれの舞台になった五島列島福江島 鬼岳

 私も毎期見ていた訳ではないですが、テレビ離れの中、未だにそれなりに見る人はいるNHK朝の連続ドラマ、通称朝ドラをめぐる過去と現在のお話です。

 思い出すと朝の出勤前の時計代わりに見ていた時期や、職場の昼の休憩時にチラ見していた時代があったりで、歴代の主題歌や主演女優はそれなり懐かしいです。

NHKホームページより

 今回の「ばけばけ」は113作目だそうで、比較的無名俳優でマイナーな映画などで活躍していた高石あかりさんが、なかなか良い演技をしていたようです。主題歌がまったりとしていて、心を打つものがありました。

 ヒロインの母親役で池脇千鶴さんが好演されていましたが、2001年朝ドラ65作目「ほんまもん」のヒロインでした。25年前はアイドルというかかなり美少女的なイメージでした。

 そういう面では、今クール、この冬から春の時期のドラマはかつての朝ドラのヒロインが主演もしくは主演級の役どころで頑張っておられました。

 一番時代を遡るヒロインなのが、1996年54作目「ひまわり」松嶋菜々子さんが「おコメの女」で熟年パワーで、まだまだ主演を張っておられました。

 2010年少し低迷に落ちた時期の朝ドラを強化し、人気を取り戻したのが「ゲゲゲの女房」、水木しげる役の向井理の女房を演じたのが松下奈緒さんでした。今クールは「夫に間違いありません」の主演。重たいサスペンスで難しい役どころを安定の演技でした。

 同年後半83作目「てっぱん」で明るく初々しいダンスが記憶に残る瀧本美織さん、久しぶりな見ました。今クールでは「身代金は誘拐」で目まぐるしい展開に翻弄される主人公の妻役です。

 さらに続いて84作目の2011年「おひさま」のヒロイン、井上真央さんが「再会〜Silent Truth〜」で、子供時代の犯罪が現代に繋がる難事件の重要な役どころ、正統派の美人女優だった、彼女も久しぶりに落ち着いた年齢でも役どころでした。

 そして東日本大震災後のエポックでもあり、話題をさらった2013年88作「あまちゃん」の能年玲奈(現のん)さんが「こちら予備自衛英雄補!?」というコメディで久しぶりに地上波連続ドラマの主演に返り咲きです。事務所独立の事情で干されて、名前も変えて、苦労もあったでしょう。映画や配信、BS、CMなど徐々に復帰され、演技力はさすがです。

 記憶に新しくなりつつある101作目2019年「スカーレット」のヒロイン戸田恵梨香さんが今クール日曜劇場「リブート」で鈴木亮平とダブル主演です。この枠らしい豪華な配役と面白い設定のドラマでした。この頃から、NHKの朝ドラは視聴率稼ぐため、もう売れている俳優が主演になるケースも多く戸田さんも既にドラマや映画で人気者でした。むしろ旦那さん役の松下洸平が脚光を浴びました。

 翌2020年の103作目の「おちょやん」主演の杉咲花さんが今クールでは「冬のなんかさ、春のなんかね」で小説家のヒロインでした。どんな役でも可愛くて、演技力は凄い俳優さんです、

 2023年108作目「らんまん」で植物学者役の神木隆之介のお相手を務めた浜辺美波は、大河ドラマ「豊臣兄弟!」でヒロインではありませんが秀吉の奥さん寧々を演じ重要な役どころです。同番組で主演仲野太賀演じる秀長の幼なじみを演じる予定だったヒロインはスキャンダルで辞退され白石聖さんが代役となりました。2019年98作目「半分、青い」のヒロインだった永野芽郁さんは残念ながら、地上波のドラマではしばらく見られないかもです。

「ばけばけ」の前作112作目、昨年の「あんぱん」に主演した橋本環奈は「ヤンドク!」で元ヤンキーの医師役、その前々クールでも「天久鷹央と推理カルテ」でも変人天才医師でしたから、ドクター役がハマる?超売れっ子で何をやっても橋本環奈、キャラ立ちが難しいですね。

 以上、つれづれでタイトルが少し違うとか漏れてる俳優さんがいるかもしれません。

 107作目2022年の「舞い上がれ」の舞台五島列島福江島をレンタカー借りて、朝ドラ主題歌メドレー聞きながら走っていてこんな回想をつれづれに書きました。

 もう、あの俳優さんが落ち着いた母親役とか、時代の移ろいを感じます。

 ヒロインではなくても、かつてピチピチのアイドルや若かった俳優さんか、ベテラン俳優になられてるのに驚き、時の流れを感じます。

 あの俳優がデビューした頃、あのドラマや映画を見てCMが放送され、あの歌が流行ってた頃は、会社でこんなことしてたとか、家族がどうしてたかとか、懐かしく思いながら今の時を走り続けます。

 

 

70年前全通に歓喜した路線が廃止へ

 福岡県北九州市小倉南区の日豊本線城野駅と大分県久大本線夜明駅を結ぶ日田彦山線。旧国鉄なは珍しく、二つの地名を合わせた線名の路線です。そこには数奇な悲喜こもごもの盛衰があります。

 北海道や九州には高度経済成長期までに炭鉱からの石炭などの輸送にできた多くの鉄道が、廃止されるか、地域住民の細細とした利用でつないでいます。

 先日たまたま見ていた昭和の鉄道風景という本に、日田線と彦山線が1957年待望の全通を果たし、現在の日田彦山線ができ、街中が歓喜してお祭り騒ぎになった写真が載っていました。

 2017年の九州北部豪雨で甚大な被害を受けて南側の添田と夜明間は長らく不通となり、バス輸送システムBRTが代替していました。

 炭鉱は閉山し、地域輸送のローカル路線で、その以前から既に貨物列車も、急行、快速などの優等列車もなく、莫大な費用をかけての復旧の目処は立ちませんでした。

 鉄道としての再開は無理と決定して、本年2026年3月31日をもって鉄道としては廃止となります。

 古い写真に見られたあれほど待望され、喜びで溢れて全通した鉄道だったのに、歳月は無常です。

 鉄道での復旧には地元が線路や鉄道施設を負担する上下分離方式でとJR九州が要求しました。費用負担はできないと地元自治体は財政難で難色を示して廃止という悲しい結末を迎えます。

 BRTの方が細かく鉄道駅より増えたバス停も増え、物珍しさで観光客も増えたそうです。BRTの開通時もそれなりに賑わいましたが、今後は地域に定着するかは課題です。

 地方の鉄道のいくつかが元々赤字体質なのに、災害に見舞われて被災から復旧することができずに廃線という憂き目に遭っています。

 廃線跡を歩くのを趣味としている私ですが、鉄道の跡地は意外と転用が難しい土地です。BRTのバスレーンもですが、自動運転の車や、ライドシェアの車、電動キックボードやアシスト自転車などの新しい交通機関の専用道に使うアイデアも良いかと思います。法律的な規制を緩和して実現して欲しいものです。

 鉄道の駅は必ずしも、学校や病院、仕事場、観光地に近いとは限りません。駅から2次交通が必要な場合があり、安全基準をクリアし廃線跡から小回りの利く乗り物を使えればとても便利です。

 廃止の鉄道路線の後は、運転手不足でバス転用すら難しい場合もあります。地方交通のあり方、交通弱者救済は待ったなしです。

 過疎の進む地方で高齢者の運転免許返納をという全国一律の押し付けをする前に、実態に合った交通機関や移動手段を確保し、交通弱者を救い雇用を産んで経済を回すことを国は考え実現すべきです。

少子化人口減少で家が余るはずの計算が

 趣味の散策で鉄道廃線や産業遺産などの遺構を探していると、今となっては相当リフォームしないと不便そうな住居もよく見かけます。

 古い団地はもちろん、一戸建てでも地域全体で、公共交通機関や医療機関へのアクセス、上下水道や電気・ガスの容量、ネット環境などのインフラと、若い世代ならいくら家賃が安くとも住むのは難しいでしょう。

 まだ私が40代の頃、勤めていた業界のライバル会社の人と雑談していた時、「私は次男なので、これこら家をどうするか考えないといけない」と吐露したのを覚えています。

 その時、年嵩の彼は、当時からも予測された少子高齢化人口減少を分析して、「大丈夫!日本でこれから家は余ってくるから」と安心できると理論で諭してくれました。フェルミ推定かもしれませんが、私が50歳、60歳となる頃には、日本の人口も世帯も減り、住宅は余ってくると論理立てて話していただきました。

 その推定、全く間違っていたわけではなく、実際に日本の人口は推定以上に減っていきました。

 ところが、限界集落をはじめ、インフラが追いつかない住居が増えていきます。

 かつて高度経済成長期には憧れだった団地やニュータウン、郊外の分譲地は、老朽化、陳腐化し、鉄道やバスの減便、廃止など交通の便さえ悪くなっていきました。

 冒頭に書いた多額の予算をかけリフォームしないといけない若い世代はとても住めない住居が余っているのです。

 昔なら、雨露を凌げ、食事と睡眠が保証されたら住めたものが、今はそうはいかないのです。

 公共交通機関はガマンできても、ネット環境や電気水道はマストな人も多く、やはり全てが揃わないと、若い世代の定住はあり得ないし、それにはやはり都会かそれに近い場所です。そうなると手に入りにくく、お金も昔よりはるかに多くかかるのが現代の住宅事情です。

 鴨長明の方丈記ではないですが、現代人でもカプセルホテルやキャンピングカーなどでも凌げはするのですが、毎日、通勤通学する多くの人がとなると、やはり都会でないとと、なってくるのでしょうか。

 それが、便利のように思える流行りであって、ネット通販やオンライン会議など、必ずしも都会に高いお金で住まないといけない理由も減ってはいます。

 最低限のインフラがあれば、もう少しシンプルに地方でも生きていけ、働くこともできそうなのですが、地方への移住、人口分散、上手くいかないものです。