日本人の情緒の中に、8月は暑い夏とともに、原爆投下の日があり、お盆を迎えるとともに、終戦の日を迎えます。
テレビ番組も、生きている方が少なくなった語り部の替わりに、CGで再現したドキュメント、ドラマや特集を放映します。
猪瀬直樹さんの著書でも知られる、昭和16年日米開戦前の総力研究所の話や、それを受けて、日米間でも戦争突入を外交で止める交渉もしてきたこともようやく注目され再検証されるようにはなってきています。
日本中が好戦的で闇雲に国際秩序を見出し、反米英で戦争を仕掛け、その中心がA級戦犯となった東条英樹らであるのは、猪瀬氏やこの映画の中では否定されています。
いまや、リベラル、戦争反対一辺倒のマスコミや、大衆も、自分の家族を戦地に向かわせるのはイヤでも、憎きアメリカには鉄槌を下すべきで、外交解決などは弱腰と声高に叫んだ空気というのはあったのでしょう。
人間の社会とはこういうものですから、世界に不幸にも戦争は絶えないのですから、人間の宿痾には哀しい哀れなものがあります。
一人一人の命や、食べ物やそれを買うお金、今の日本で当たり前にあるものが消しとんでしまうのです。
今の戦争はゲームのようにスマートかというと、火器を扱い爆撃、民間人も巻き込まれるのは、ウクライナ、ガザ、イランでも81年前と何ら変わらないです。
映画と分かっていても戦争で死者が出る場面はイヤなものです。
現代も赤紙で招集されることはなくとも、いざ、戦争がはじまると、日常ではなくなります。戦場に老若男女市民が駆り出され、犠牲になる可能性があるのは間違いないでしょう。
外交による、戦争を止める交渉はとても大事です。それ以上に、戦争とは何だったのか、国際的な揉め事を解決するために、もっと武力行使以外の交渉はなかったのかです。
映画を見なかった若者の男女が話していましたが「もし戦争をしなかったら今の日本はどうなっていたのか」というIFの問題もあります。
総力戦研究所もアメリカの国力が10倍、20倍であるとか勝てないからやめるべきと、日露戦争のように国力や戦力で劣っても大和魂、精神力で勝てるとかの対立もあります。
しかし、戦争をしたら負けるから戦争をやめろというのも本質的には違います。勝てばいいのかとなると、負けそうな相手とだけは避け、力を蓄え、弱いもの虐めはするのでしょうか。
平和の維持のために防衛、武力が必要なのはわかりますし、国際情勢によっては核兵器さえ必要悪という考えも全否定はできません。
国と国のお互いの正義の言い分をかけた、ナショナリズムのぶつかり合いですから、なかなか国民が犠牲になり、国土が焼けても、戦いだした国は停戦して、簡単には戦争を終わらせることはありません。
8月は終戦の日に、太平洋戦争の英霊に心を寄せつつも、複雑な国際情勢の中で、日本がどう舵をきるのか難しい命題を一人でも多くの人が落ち着いて考える時ではと思います。
長い平和で安穏としてきた日本の官僚や閣僚がこの映画の研究所の若者のように、冷静に分析し、勇気をもって正しい答えを示し進言できるのでしょうか。それをちゃんと国のトップは判断できて、国を過ちに導かないことを祈るのみです。









