何となく北陸新幹線反対に回る一般の京都市民の方、米原ルートの再検討を言い出した維新の会などにも、読んで欲しい本です。
夢の超特急と言われた東海道新幹線から、懸案の北陸新幹線、ミニ新幹線、リニア新幹線まで、ルート選定から、工事の内容までが語られています。
昔の国鉄総裁も、各自治体や地元の政治家の要望を抑え、調整するのは大変だったことも語られています。
鉄道を新たに作るのは、軟弱な地盤への対策や、長いトンネル工事も、大変です。
上越新幹線も、その後の北陸新幹線も大変な山を掘り進むチャレンジングな計画を進めました。
この上越新幹線一つとっても、確かに田中角栄の政治的なものもありますが、もしこれが無かったら、今の上越地方はどうなっていたでしょう。地方を活性というモデルすらなく、格差はもっと酷いものになっているとも想像されます。
残土や環境以前に、穴を掘り貫通させるのに生命をかけての情熱が、日本の近代化を進めたのです。
新幹線についての歴史や、目的、仕組みなどの基礎知識をあまり知らずに、将来の国民にとって非常に大事な事項を、浅はかな知識で反対とか賛成と述べていると思えます。
どのルートであろうと、反対する方や賛成の方でも、イメージだけで反対されて、勉強不足という感じがします。報道の中には分かっている人もいるはずなのに、あえて戦略的に問題をややこしくしているやり方もあります。
どうも感情的になられたり、目の前のことしか見えなくて、歴史を紐解くことも、未来を想像することもできない人が多くちょっとそこは残念に思いました。
もちろん、自分が利害に関わるところに住んでおられる当事者なら、やはり反対とかそういう風になるとも思いますが、そこを一歩下がって俯瞰して見えれば、考えもまた変わる時もありそうです。
それなりの立場の方、政治家でさえ、新幹線のことを知らない、まともに勉強していないのにも呆れました。
今の各地の新幹線やそれ以前の鉄道も、反対や、誘致合戦、そして国や国鉄の抱えた大赤字、時代時代でさまざまな問題をクリアしてできてきたのです。歴史を知ること、この本を読めばよく分かります。
昔の政府も国鉄もその後のJRも、もちろん国交省とゼネコンなど利権も絡んではいても、日本の発展のため、苦労を重ねてきました。
明治の初めにも権力を奪われた昔の侍たち、士族が西南の役を起こしました。その混乱の中、国内交通を馬車と海運を維持したらという既得権益も絡んだ保守派と、西洋の最新技術の鉄道で西京(京都)と新首都東京を早く結ぶべしと主張する勢力とに分かれました。
後者の意見が通ったからこそ新幹線に代表される鉄道技術の今日の日本があるのです。
西南戦争の鎮圧のための、屯田兵や近衛兵まで召集された全国からの大量の派兵は、初めて港湾への鉄道により迅速に行われました。
それ以降、戦中戦後、高度経済成長期を経て、常に日本の国土軸を支えて、地域経済の発展に寄与しました。
田中角栄の提唱した「日本列島改造論」により、1982年に開通した首都圏から新潟まで開通した上越新幹線、同時期に盛岡までの東北新幹線もできました。
二つの新幹線は東海道・山陽の人口や産業が集約された地域を結ぶのではなく、地方都市と首都圏をつなぐ役割でした。
そして、私も忘れかけていたことですが、この二つの新幹線ができるともう国鉄は赤字でお金がなく新しい新幹線は作らないように凍結を決めました。
田中角栄が、最初に日本列島改造論をブチあげた時、その人気も凄いものでしたし、地方の期待は凄まじいものがありました。しかし、その後の財政も悪化し、ロッキード事件のスキャンダルで人気は急降下、全国に新幹線を通すという話も一時忘れ去られました。
その内に高速道路網が追い越し、新幹線が全ての、地方活性の解決手段ではない時代になりました。
北陸新幹線も、数奇な運命で、計画が何度か頓挫し、長野五輪の開催決定で長野まではできても長くそこで止まりました。ほくほく線のスーパー特急方式での延伸も決まりかけたところで、やはりフル規格の新幹線方式に戻り、紆余曲折で金沢延伸をして、結果は大成功で、その後ようやく近畿の手前、福井県敦賀まで2年前ようやく延伸しました。
1972年、田中角栄が約束した福井県小浜市の新幹線、実現は何度も危ぶまれ、随分待たされて、時は流れましたがもう少しです。
既に交通至便となった京都や大阪などの都会の人が、地方からの新幹線延伸を拒むというのは、各地方の均衡ある発展を望むという当時の趣旨からして、日本人としては言ってはおかしいと私は感じます。
昔から大きな問題を何とかクリアして、今の新幹線があるのです。
北陸新幹線延伸だけが、残土処分や水問題があった訳ではありません。
そんなことは百も承知で、アセスメントをし、検討を重ねてルートが決定されているのです。
米原から敦賀が50㌔程度で近く早くできそうだという全くの素人考えです。
反対するというのは公共交通の将来、地域政治の維持、国土軸の未来、これらの大義と自分の今の生活という相反する利害であり元々本質的な議論にならないのです。
新幹線の設置基本事項には、「新たな旅行需要が見込まれる」というものがあり、誘発旅客による推定取扱収入が増えることが必要とされているのです。
ただ、この本にも少し書かれているミニ新幹線、現在東日本の秋田新幹線と山形新幹線で実現し良い実績も上げて、車両も更新されています。しかし、何故か、山形新幹線の新庄延伸以来、ミニ新幹線を作る声は一切上がりません。
西九州新幹線が当初計画されたフリーゲージトレインが技術的に難しく頓挫してしまいましたが、ミニ新幹線は現在も東北の2線を走っています。東北新幹線内では併結運転して、分離して在来線に乗り入れます。
フリーゲージトレインやスーパー特急方式は一時期は、「ウナギを頼んだのに、アナゴやドジョウが来た」と総スカンを食い、やはり新幹線を作るならフル規格でということが言われ出しました。
確かに在来線の高速化では、地元のインパクトは弱いし、既存の駅を使い工事発注額も小さいので経済効果は限定的です。
実際に東京圏で1km地下鉄を作るよりも、山形や秋田の新幹線が安くできたとまで言われています。
それなら、石破総理の時代にも言われた遅い在来線の中速化と通じます。
これだけ、地元負担を嫌がられ、その後も運賃が上がり直通も無くなる三セクを押し付けられるなら、新幹線よりミニ新幹線の方がありがたいのではと思います。
湖西線には大きな都市は少ないですが、近江今津、大津市堅田などにはビジネス、観光のチャンスが広がります。
路線にはそれぞれ難易度もありますが、湖西線は元々踏切のない高架の複線路線です。風対策を抜本的にシェルターなどでやれば、琵琶湖を眺めて走る車窓の美しい新幹線路線になります。
私がもし知事なら、路線は引き受けるけど、そこの条件なのです。ただ反対では延びるだけで解決しない。