一期一会の意味

 こんなことなら、もう少しアイツと喋ったりしたのに、、、

 一期一会(いちごいちえ)とは、茶道に由来する日本のことわざ・四字熟語です。
 私は歓送迎会などの挨拶で、好んでこの言葉を使います。大勢の飲み会、数人の飲み会でも、そのメンバーその人とまた同じよう集まれて会話ができるかというと、なかなかそんな保証はないものです。実際の6人以上のメンバーを、同じように集めるだけでも難しいものだと話しました。
 茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えを意味するです。茶会に限らず、広く「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう」という含意で用いられ、さらに「これからも何度でも会うことはあるだろうが、もしかしたら二度とは会えないかもしれないという覚悟で人には接しなさい」と言う言葉通りです。


 還暦を過ぎたら、人生の師や先輩の訃報にも接することも増えます。
 そして、さらに悲しいことに同じ学び舎で過ごした友、職場で切磋琢磨した同年代の悲報も耳に入ります。いくら平均寿命が延びても60も過ぎればいつ亡くなっても当たり前と思っていても、自分と自分の周りだけは違うとバイアスがかかっているものです。

 一生に一度だけの機会「一期一会」という言葉の持つ意味も、自分が年齢を重ねるにつれさらに深いモノに変わってきた気がします。

 千利休の言葉かともされますが、献杯はお酒で。

湖西今昔 50年以上前の鉄道を追う

 滋賀県の湖西地方は京阪神から近く、湖西線が走っていますが山と湖に挟まれそれほど広い土地がありません。
 湖西線の前身には江若鉄道という単線非電化のローカル鉄道が走っていました。1921年開業ですから大正時代から昭和の戦後まで長閑に走っていたのです。1969年に廃止され、多くの路盤が国鉄末期の湖西線に引き継がれていて顕著な廃線跡は少なく、浜大津近辺の遊歩道ぐらいです。
 当時の最新鋭技術を使った全線踏切の無い高架、複線電化でハイスペックな路線をサンダーバードなどの特急が走る湖西線は、短絡のためトンネルを設け一部は江若の廃線跡とは離れているところもあります。
 湖西北部で風光明媚な近江の厳島と言われる白髭神社あたりも、山が湖に迫り湖西線はトンネルで通過し、最寄り駅もなく、湖西線ではこの光景は見られません。
 クルマでの観光で短時間通過する人も多いようですが、琵琶湖の東側の近江八幡、彦根、長浜などの主要な観光地に比べると、規模も小さく鄙びた感じです。
 短絡新線の湖西線もかつては寝台特急日本海、トワイライトエクスプレス、雷鳥、白鳥といった名物特急が走り、今も高頻度でサンダーバードが駈けますが、特急以外は新快速が走るとはいえローカル線でとくに堅田以北は1時間に1本のダイヤで70年代開業の面影を残す古い駅施設です。
 湖西は湖東ほどは発展せず北陸新幹線が延伸すれば、並行在来線扱いで特急はなくなり、3セクのローカル鉄道へ戻るかもしれません。
 何だか、人生を見るような鉄道の発展、成長、栄枯盛衰があります。

守秘義務スレスレで話します 役所の個人情報管理

 ある程度良識ある方は、公務員の仕事は、一見安定はしているけども堅苦く、何か問題が起こると非難の矢面に立たされる辛い面もある忍耐だとご理解いただいているのではと思います。
 もちろん、官僚の上の方へ行くと、俸給も高く、かといって政治家の顔色を窺って結構楽しでいるとも思われがちです。
 少なくとも、一般の国民にとって、ネットで呟けても、身近に文句を言える相手は、近くの役所や公的機関の窓口や電話に直接出た人です。
 そんな人に岸田総理や、デジタル大臣、官僚や市長クラスへの文句を言っても始まらないのはわかるのですが、世の中ボヤキたくなるこのは多いのでしょう。だから忍耐のいる仕事です。これは正職員も有期雇用の非正規も変わらないのがまた辛いところです。
 民間企業を定年退職して、何の因果か公的機関のお仕事をしています。その中で守秘義務があって、退職しても軽々には言えないこともありますが、違反にならない程度に、今騒がれているマイナンバーカードに関連した部分で、個人情報の取り扱いってどうなっているのかを書きます。もちろん、全ての役所の現場を知る由もないので、自分の経験や伝聞から、誰でも想像、推理できる程度のものです。

 前置きが長くなりましたが、結論をひとつ、
「役所、公的機関はマイナンバーカードやそれから導かれる個人情報をとても大切にしています」
 それは窮屈で、面倒くさく、時には残業になったり、細かなミスを糾弾したり、煩雑な申請を書き、承認や管理のハード、ソフトの仕組みがあります。
 もちろん、マイナンバーカードの連携による電子申請なども急速にできたものもあり、現場の省庁、役所にもよりさまざまな温度差や格差はあります。
 もちろん、映画やドラマに出てくるような超絶スキルのハッカーが侵入しないとも限れませんが、パソコンそのものからUSBメモリでデータが簡単に抜かれるようなことはできません。未だにテレビでは、USBメモリに大事なデータを移すシーンが描かれていますが、私が最後にいた会社もそうでしたが、その後の公的機関もパソコンそのものが基本USBメモリは使えません。挿し込むだけでウイルス感染するかもしれませんから、そんな甘い体制のところはもうよほど田舎の役場でもあまりないでしょう。個人情報管理の研修はどこもやらされています。そういう点は、過剰なほど手間をかけているので安心と断言できます。

「マイナンバーカードで、家族構成や所得の情報だってとれるのに、何で未だに公的な手続きにはいろんな書類が必要なの?」
 相続や、年金受給の手続き、扶養の手続き、マイナンバーカードで、一本化されたのに、戸籍であるとか、いろいろ添付書類を求められるのはなぜなのでしょう。役所の人は調べたら何でもわかるなら、いちいち細かいことを求めないで欲しいとも言われます。
 一部は過渡期だからかもしれません。しかし、この必要書類がいまだにいるというのは、法律で決まっているものと、先に述べたマイナンバーカードのセキュリティの強さ、個人情報の管理の裏返しなのです。
 マイナンバーカードを記入して、申請しただけで、その書類を受け取った職員が役所のパソコンを叩けばその人のあらゆる個人情報を見れるわけではないのです。
 例えば悪質な所得隠しや、財産隠しがあって、国税とかで調べるとしたら、マイナンバーから、上司を通して関係部署、いろんな手続きを踏んで閲覧許可や記録もとり、限られた時間と用途で、一切別の目的を外して許可が下ります。こういうことは、少し考えれば想像がつきます。
 ですから、マイナンバーカードを渡しても、ストーカー的な変な職員がいても、記入情報以上のことは調べられないし、落したとしてもそこから何かを引き出すことは難しいのです。
 そして添付書類が必要なのは、それが入手できることで本人である信頼度が高まり、手続き業務が早くなるのです。これも過渡期のものもあるかもしれませんが、仮に添付書類なしから、所得や雇用や家族状況にたどり着こうとすれば、1枚の申請書から申請が回るまでに担当者は大変なセキュリティを外す時間を強いられます。
 あとは添付による申請が、条件と決められているものです。年金の免除であれば、添付必要と「失業の証明」「所得激減を申告する申立書」と書かれてれていたら、「俺が失業したのは、あんたら調べたらすぐわかるやろ」「ウチの店が売れていないのは調べれば分かるはず」といっても決められたことだから、それには書類が要るのです。書類さえ添付されていればルーティンで早く流れることです。
 マイナンバーを書けば、名前も住所も要らないじゃないかと言われても。申請の名前の欄には本人の名前がないと申請書にはなりません。保険診療を受けるのには、保険証の提出が必要で、それがマイナンバーカードでできるようになったわけであり、マイナンバーの数字と、顔写真の入った運転免許証を持ってきて、「本人だと分かって、番号もわかるから、どうせ機械に番号を入れて診察させろ」と言われても、それは従来通りで保険証がないのと同じで不可能なのは、わかると思います。
 多くの添付書類も今の段階では、決め事と、マイナンバーカードからのセキュリティのためと迅速な処理のため必要なのです。
 そのために、役所の人は結構苦労して、煩雑で間違いなく面倒な仕事をしています。

天使が舞い降りる25の法則

「天使が舞い降りる25の法則」
タカラヅカの楽屋に貼られている「ブスの条件25」の戒めを、自分なりに新解釈してみました。
逆説的に美男美女?で仕事をして、ひとが集まり楽しくできるかにはどういう条件が必要かです。
.笑顔がいい挨拶ができる
苦虫を噛んでるみたいで挨拶もできない人に誰も仕事を一緒にしたいとは思いませんね。
2.お礼を言える
3.美味しいと言える
4.精気がある
5.自信がある
6.愚痴をこぼさない
愚痴らず人の倍働く。時間が倍にならなければ倍工夫する、考える考え抜く誰かに聞いたり本を読んだり最低でも人の倍努力してみる
人と同じだけのことをしていても、つまらない仕事でしかない。人の倍やると、つまらない仕事がつまらなくなくなる。
非凡な人は普通の人の、最低でも3倍働いている。面白くないこと辛いことも経験であり、コヤシとなって人を大きくする。
経験していくことは決して無駄ではない。毎日がつまらないなら、それは君自身がいつまでもつまらないからだ。
つまらない毎日から脱却するのは、自分自身を面白くするしかない。
7.希望と信念がある
8.悪いときも周囲のせいにしない
「仕事が面白くないのは〇〇がバカだからだ。会議ばかりやってる。幹部はちっとも現場をわかっていない。こんな仕事やっていても意味ない」
今が楽しくないのは〇〇が悪いからだ(自分は悪くない)と思うことこそが、諸悪の根源である。自分の好きなことだけしないこと。
みんな「自分のすきなことで、自由にやれて、楽で、給料もよくて、楽しい仕事がしたい」と本当は思っている。でもそんな仕事は絶対にどこにもない。
なのでせめて自分の好きなことをしようとする。それもかまわないが、自分の好きなこと『だけ』をしていると、
結局はそれしかできないことになる。どこにもつながらないし、誰も相手にしないし、何も広がらない。
9.自分をよく知っている
10. 声が大きく元気
11.なんでもないことに傷つかない
12.他人に嫉妬しない
同期や同僚、同じ程度か自分以下の仕事しかできない人が評価されたり先に出世する不公平や不合理はどこにでもある。
自分の能力以上に評価され、昇進することほど、ある意味不幸なことはない。
高いレベルの学習・経験をつもうが、誰も褒めてもくれなくなり、自分を律して成長していくエンジンをうしないかねない。
嫉妬も不平も言わず、ひたすら自分に与えられた職務とそれ以外も、職階以上の仕事をしていく姿が、実は最高にカッコイイ。
13. 目が輝いている
14.いつも口角が上り気味
への字の口の両側を上げ、笑顔になるだけで、毎日すこしずつ面白くなる。
15.責任転嫁しない
16.共感したり感動したりする
17.楽観的に物事を考える
人間は何にでもなれる
必ずなると決意すれば、天使が舞い降り、不思議な力を発揮して、成りたいものに必ずなれる。
周囲を苦しめず 周囲を喜ばす 一歩一歩なりたいものになる努力をする。
天使の心に周囲の天使の心が集まり、なりたいものになるのを手伝ってくれ、幸運の出会いが始まり成りたいものに必ずなれる。
自分の中の天使の力を信じて、決意した理想は必ず叶えられる。
18. 問題意識を持っている
19. 他人に尽くす
自分の身の回り 机の周り クルマ 家 会社 せめてキレイに整理整頓。
他人とのネットワークはやがて自分が助かるときがある。
20.他人を信じる
21.人生においても仕事においても意欲がある
22.傲慢でなく謙虚である
23. 他人のアドバイスや忠告を受け入れる
24. 本当に正しいことは何か常に追い求める
いろんな情報があふれる時代。すぐに結論に飛びついて行動を起こしたくなる。
でも常にこれが正しいことなのかは、始める前に、最悪やり始めてからでもよく考える。
ときに集団も間違った意思決定をしてしまう。
昔は誰もが正義のヒーロー&ヒロインだった。いつからか悪の手下と手を結んでいるような自分がいないか!
25. 存在自体が周囲を明るくする
2017年秋イベントで一緒にお仕事したヘア&メイクアーティストの方
本当に明るく、積極的で仕事が好きで勉強が好きで、毎日が楽しくて輝いてるような人でした。
オフがほとんどないほど、仕事をかけもって、でも収入や保障は大会社のようにはいかない。
それでもあの人にまた会いた、話を聞きたい、指導を受けたい。
大会社で高給とってても、笑顔一つなく、ろくにゴミの片づけもできない人が残念ながら多かったです。
(美を売る会社、掃除道具売る会社だったんですが)
仕事って本来、苦しみ苦行であってはいけない。ましてそれが顔にでるようでは周りが迷惑な話です。
輝いていてまた会いたいなって魅力的な人に天使は舞い降りてきます。

梅雨入り 体調管理

 梅雨に入りまして、休みの朝、のんびりしています。

 個人的には4月から新しい仕事に就き、あっという間の2ヶ月でした。

 肌寒さと、花粉に悩まされる春よりは、雨が酷くない日の梅雨時期はまだマシで、梅雨明けの猛暑に比べると好きな季節と言える程です。

 もっと蒸し暑い日や、激しい雨の日も来るのでしょうが、雨具を整えたり、タオルや靴下の替えを準備するなどすると、少し気分も変わります。

 実際に濡れたまんまというのは、風邪とか感染症にもなりやすいです。

 呼吸器や関節などは気圧や、湿度で微妙に不調にはなりがちですが、リラックスしたり、お気に入りの飲み物や、好きなやり方で休憩して和み、心身を整えるのが良いでしょう。

 かく言う私も仕事モードの日は過緊張になりやすく、身体は疲れやすいのですが、意識して身体を休めまた集中することは大事だとつくづく思います。

 いやでもまたまた猛暑の日が来ますから、そこへ向けて晴れた日はお日様を拝み、暑さに身体を慣らすのも大事でしょう。

日本遺産を見ずに死ねるか

 国内旅行か海外旅行かという選択は好みのか、経験にもよります。

 お金や日数がかかるし、飛行機の搭乗が嫌いな方は海外旅行を敬遠する場合もあります。

 これは好みの問題でもあるし、国内も海外も良く旅行されている人もいます。

 海外はよく行く何カ国も行ったけど、日本は修学旅行と出張以外行ってないという人は割と多いです。

 たまたま日本遺産ソムリエのコミニテイに入って、鉄道の廃線跡ツアーや、京都市内の奥深いツアーにも参加するなどのグループにも入っています。

 世界遺産、国宝、史跡、国立公園、お城、古墳など、多くの部門にも検定があり、マニアもいてコミニティがあります。

 旅のあり方なのですが、私も知らない土地には一度行ってみたいとは思いますし、鉄道やフェリー、車での移動も厭いません。それでも一度旅をして、御朱印を貰ってそれでそこを済ますのも実は味気なくて、他の季節の花木はどんなで、お祭りやお正月の準備時期はどんなだろうかなどと思うと、別の季節にまた訪れたくなります。

 私はあまり移動にお金と時間をかけて、海外の名所に行って天気が悪くてガッカリというのは、限られた時間の中でとてももったいないと思うのです。

 ツアーガイドレベルの知識はネットでほぼ分かります。映像を自分のカメラで捉えてアップしても、プロのカメラマンやドローンまで使った映像には勝てないです。自宅でその美しい映像を見る方が納得する場合が多いです。

 実際には、旅ならではのトラブルや出会い、味わいもあり、それが面白いという経験は、私も国内外でありました。

 昔は日本の今の県や市が国であり、大名行列やお伊勢参りが海外旅行でした。それを思うと、新幹線や高速道路、快速列車の移動でさえ速すぎる気がします。各駅停車と徒歩で、眺められる空間が、それなり楽しいのです。

 

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会議は踊る されど長引いても結論出ない

 私の長年勤めた会社、いくつかの職場でも、よく長いムダな会議がありました。

 販売などのノルマがキツい時代は、未達成者への幹部の叱咤激励、ようするに吊るし上げなのです。それで他のやる気が出るかというと大きな昭和の勘違いがありました。

 もちろん、そういう雰囲気で緊張感を高めて、施策を徹底する意味あいは全くムダではありませんが、非効率ではありました。

 営業や販売、外交などはいかに現場にのぞみ多くの相手と接触し、情報を得てコミュニケーションを取るかが重要で、頭数揃えて、長々と訓話するなんぞ人件費のムダそのものです。

 会社でもそうですが、国でも大事な政治、経済、社会保障、外交でも会議は繰り返されても、進まないことが多いです。

 大事な問題は一時的な棚上げも一つの方法ですが、国民がのぞみ、公約した公党の重要案件などが実現されないままというのは困りものです。

 ここ2年ほど、いわゆる年収の壁問題から、税と社会保障の改革案件を、超党派で社会保障国民会議というのもやっていますが、絞り出さそうな結論は全くしょぼい感じです。

 これならば、一つの党の元からの意見や、評論家の意見をそのまんま活かした方がはるかにマシです。

 健康保険や年金などのそれを取り巻く諸問題もですし、憲法改正、少子化人口減少への対策、インフラ整備はじめ棚上げとは言わないまでも、ほっておいてますます悪くなり大丈夫?という課題が積み上がっています。出てくる話は目先をごまかしやってる感だけだすしょぼいものです。

 政治があれだけ与党多数でも官僚がいたり抵抗勢力の既得権益者がいて、権利を守るために巧みに、野党や反主流派、マスコミを使ってあたかも国民の権利のように抵抗する。

 政治を推し進めるには、痛みも伴うもの、平等に利害の反するものの意見を聞く会議では何も決まらないのです。

 小さな会社の販売会議や役員会議ならいざ知らず、国の最高峰の国会や、議員や官僚、有識者を集めた会議で、踊るだけで進まないのはもはや末期的です。

 ホント、こんな簡単な図式がなぜわからず、ウダウダになるのか嘆かわしいです。

 

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かつて鉄道ミステリの時代があった

 西村京太郎さんの十津川警部シリーズは今たまに再放送されていて、知っている若い人もおられるかもしれません。

 それでも、書店の大きなスペースを占め、テレビで毎月のようにシリーズを放映していた時代は昔です。

 実際、多くの鉄道ミステリの舞台となった寝台列車は廃止されています。当時でさえ、トリックの実行は不確実性が多く難しい机上パズル的なロジックでした。

 かつては、ミステリ界で鉄道ミステリというのは、特に日本では正確な時刻表どおりの鉄道運行を背景にアリバイ物として、大きなジャンルでした。

 雪や嵐に閉ざされた山荘など、いわゆるクローズドサークルものと並び、鉄道は時刻が決められて、動き出せば密室というスリリングで本格派パズラーの関心をそそるものがあったのでしょう。

 それだけ一時代前は、鉄道が移動手段の王様だったこともあります。

 鉄道に乗り遅れたら、簡単に高速道路とか、飛行機とかいう考えもなかなか選択肢に無かったのです。クリスティ「オリエント急行の殺人」が嚆矢に思われがちですが、ホームズ譚にも鉄道は出ています。

 乱歩やその後、松本清張、高木彬光、鮎川哲也らも鉄道ミステリを書き、注目のジャンルとなり、西村京太郎のあと、新本格を切り開いた島田荘司もサムネ写真の作品始め、いくつかの鉄道ミステリを独自の魅力ある謎と、大胆なトリックで描いています。

「奇想、天を動かす」は消費税が初めて導入された平成初めの背景、そしてミステリ舞台としてはもう少し前の時代ですが、その路線の一部や夜行列車はもう存在しないのです。

 平成の初めというと、最近のようでも、世の中の仕組み、社会や経済はすっかりかわっていることを、鉄道の廃止と重ねて寂しく、思い返してしまいます。

 それでも、社会の闇、弱者を描く鋭さと、強引な力技のトリックは見事でした。

 

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密かに絶滅した種がいる

 また、昆虫のお話から。

このイラスト、すぐ何なのか分かる人はそれなりの年齢です。

 私たち昭和30年代から40年代生まれの世代では、秋になると木からぶら下がるこんな虫の姿が都会でもよく見られたのです。

 みの虫、ミノガの幼虫が蛹を作って越冬する姿です。

 都会では見られなくなった?いえ、もう田舎や山奥、日本の多くの地方でオオミノガはほぼ絶滅に近い状態です。

 四国や宮崎県などごく一部で絶滅危惧種としてかろうじて確認されるレベルです。

 1996年以降、中国からの外来種のオオミノガヤドリバエの寄生が猛威を振るったせいです。

 ですので、今年30歳なる私の子供たちの世代は、秋冬にみの虫のリアルな姿を見たことはないのです。イラストや比喩的な表現では知っていても、どんなものかはわからないのです。

 昆虫は、個体が小さく、ゼネコンの工事による土砂の移動や、輸入木材や食品などにも紛れて、したたかにやってきて根づきます。

 日本中に安穏と暮らしていたオオミノガにとっては、とんでもない侵略者による悲劇の壊滅を迎えたわけです。

 これを、人間に例えると、日本にとっての外国人の侵略?SFなら宇宙からの異星人侵略、あるいは未知のウイルスや感染症によるカタストロフィ?

 人類も、いつか日本のオオミノガのように、あっさり絶滅危惧を迎える時は、案外近いのかもしれません。

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過剰な飾りは要らない

 ナフサの供給不安や流通の目詰まりにより、カルビーやカゴメなどのパッケージの簡素化やデザイン変更が話題になっています。

 少し前から環境配慮を考慮したペットボトル飲料のラベルレス化は、アサヒやサントリーなどで進んでいました。

 とは言え、コンビニやスーパーのお菓子や食料品棚に並ぶ、ド派手な包装で目を引くものがまだまだ多いです。

 日本人の潔癖症や品質管理への拘り、食品ロス低減の流れなどを受けて、個別包装はもちろん、鮮度を保つため、包装素材もプラ素材とアルミを重ねたりして、実はリサイクルに向かなくなっています。

 お菓子を対面販売で買っていたなら、すぐ皆で食べるのにそれほど包装も要らなかったのですが、今や賞味期限や消費期限は重視され、夜中に思い出して袋を開けても鮮度が保たれているのに越したことはありません。今のポテチはいつ開けても美味しく、確かに湿気っていることはまずありません。

 しかし、実際には重ね合わせて、インクも大量に使った包装は高コストで、かつリサイクルには不向きです。自治体ごとに細かく市民が分別しても結局は高温の焼却炉で燃やしてしまう場合が多いのです。

 ポテチの袋からアルミとプラなどを分けてリサイクルするのはさすがに無理というか、高コストなのは分かると思います。

 日本のリサイクルは「8割進んでいる」とか「いや2割強しかない」と言われることがあります。

 どちらも正しいのです。

 燃やしてエネルギーにして発電までするのも熱回収をサーマルリサイクルと言えば、8割です。残りが埋め立てです。

 いわゆるペットボトル素材の再利用や紙の再生紙というリサイクルの本当の意味でいうと2割ぐらいしか回っていません。せっかく市民が洗って分別したのに、結局燃やして熱回収するだけなら、昔とあまり変わっていないです。

 いろいろ自治体の事情や、利権で分別でゴミ出ししますが、ゴミ袋を有料、自治体の収入が増えて、自民もゴミが有料ならゴミを減らすだろうという思惑の話です。

 しかし、実際には家庭ゴミを店や公共のゴミ箱に捨てるとか、不法投棄に繋がっています。かえって普通のゴミ箱も街から減り、また不法投棄が増える悪循環です。

 メーカー側も、今回のナフサ不足で、よく分析して、考察するべきです。まずはムダな物を作らない。

 経産省や環境省も指導する基準を設けるべきなのです。

 過剰な包装や、不要不急の新製品投入、派手な外装パッケージはやめさせることです。

 カネボウ、花王の化粧品時代に、内容は少し違いますが、売り場の顧客の目線を徹底分析しました。

 当時のドラッグのバイヤーがこぞって大好きだった派手な飾り、フワフワしたカラーの不織紙や、手書きPOPが、本来の商品を隠してしまい、販促面で手間をかけても意外なほど、逆効果だという調査がありました。

 せめて過剰な飾りは要らないのを、ナフサ不足から学んで欲しいものです。

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介護と育児辛いのは?

 介護や育児は経験した人もまだの方、これから可能性の高い人もいれば縁のない人もいるかもしれません。こればかりはいつ、どういうふうにもそれぞれ違います。

 高市総理はご主人の介護にも苦労されているようです。

 それなりなの年齢になると、親やパートナーの介護の問題は重くのしかかるケースは多いです。今は介護保険制度もあり、施設もありますが誰にとってもしっくりカバーする場合は少ないでしょう。昔から家族が無償でやってきた歴史のある業態として始まっており、低賃金で人手不足の問題もあります。

 経済的な負担も含め肉体も精神も介護や育児は疲れます。

 高齢者の介護は言い方は悪いですが、年金を貰っている人の差額を埋めながら、何とか一時的なものと我慢するしかないとも言われます。

 その点、子供にかかるのは先が大きくなるまで長く、トータルの経済的負担は大きいです。障碍や難病などだとさらに重いです。

 確かに、天使のようにかわいいと端からは見える子供でも、毎日毎日、働きながら家事もしながら育児となると辛く、メンタル的にも疲れる場合があるようです。

 私も、子供の頃は、両親は商売をやっていたので、祖母に面倒を見てもらう時間の長いおばあちゃんっ子でした。

 昭和で保育園や託児はそんなに一般的ではない時代でした。そういう面では元祖共働きの子供ですが、やはり孫の面倒は祖父母がいる場合は、重要な分業だったのでしょう。

 専業主婦が多い時代から、今は世帯が分かれて、共働きで子育てというケースが多いのでしょう。近くに預けられる両親がいないと大変です。

 介護が必要な高齢者もまた世帯が離れて、成人した子供たちが一緒に見守ることも少なくなりました。

 孫を見てもらったり、もちろん自分も育ててもらった親が老いたのだから、本当は他人ではなく、直接介護してあげるのがと思うのですが、身体が不自由、認知などが始まるとなかなか厳しいものがあります。

 私の母が祖母を介護し、その後初孫らの面倒をみていた昔につぶやいたことを、今私の妻も初孫をたまに世話しながら、祖父母の面倒を見て同じようにつぶやいていることがあります。

 やはり、「同じ下の世話や、食事でも孫はこれからの希望や成長があって楽しい」「自分の親には感謝しているが衰えてしまったことが悲しく辛い」という感想のつぶやきです。

 親への感謝があるから、自分がやらねばと介護やお世話をするのでしょうが、これは複雑なことです。

 みんな共通して、自分が老いたらあまり子供に面倒をかけたくない、一人で何とかしたいという気持ちはあります。

 それでも自分の心身など、老いればいつどうなるかはわかりません。

 これは日本の延命第一の医療制度にも問題があるのですが、お金をかけて寝たきりで延命するのはみんなに負担です。

 健康で元気に歩きながらコロリと死に、少しばかりの財産と保険金を家族に遺すのがベストなのです。

だましギリギリのマーケティングはダメ

 

 長年勤めた会社は企業理念として基本となる重要な価値観に「正道を歩む」というのを掲げてグループ社員に徹底していました。豊かな共生社会を目指すには、法律をギリギリ守るのはもちろん、常に正しい道を模索して歩めということです。

 値上げ値上げで、メーカーや流通も大変な対応を強いられています。

 流通もメーカーも、できれば今までどおり売りたい気持ちもあるのでしょうが、多くは値上げ、ダウンサイジングなどでごまかしています。

 私も正道の行動基準は理解しても売上や利益のミッションもあるため悩むことはありました。

 しかし、目先のごまかし、提案資料の見栄えだけならまだしも、事実を隠したりはいけない。印象を良くする努力はしても、ミスリードを狙うやり方は好きではありませんでした。

 その前に所属し、破綻してしまい実上吸収された会社も「愛と正義の人道主義」と社是にはありました。しかし、人間関係の弱さか、業績が傾くと、どんどん粉飾やパワハラが当たり前、不正が蔓延るようになり、転落していきました。

 最近ではニデックの不正も、いまだにこんなワンマンのトップがいて、酷いことがまかり通るのに驚きました。

 こんな会社のモーターが市場にあること自体が心配です。

 今はテンプレートも充実し、AIが悩むこともなく提案資料も作りますが、良いモノを作って、それを買ってもらうのに、法律を守れば良いだけではない。それすら守れないのも最悪ですが。

 お客様の心に触れるのに、グレーではいけないし、儲けるためには感謝をしながら誠意を尽くして信頼を得ることてす。

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サッカーの月が来るので小ネタ

 サッカーワールドカップが来月始まります。今年は北中米3カ国、アメリカ、カナダ、メキシコの共同開催で、参加国も48カ国と過去にないスケールになっています。

 この参加チーム拡大は、一部にはレベルダウンの水増しとか揶揄批判もありますが、それでも優勝経験のあるイタリアが予選落ちして本大会に出れません。

 アフリカやアジアの出場枠が増えても中国なども来れずです。サッカーがいかに世界各地でメジャーなスポーツかが分かります。

 日本代表も三笘が負傷で選ばれませんでしたが、かつては海外で活躍するスター選手が限られていたのが、今はほぼオール海外組です。

 日本代表に期待するとともに、オールドサッカーファンの小ネタです。

 サッカーシューズ、今はスニーカーなど陸上含めてシェアはナイキが世界的に圧倒的です。しかし、その昔は3本線のアディダス、そしてそれに次いでプーマというドイツの2大ブランドが占めていました。

 この二つの会社、もとはダスラー兄弟商会というドイツ人の兄と弟が始めた会社がルーツです。ナチスの台頭、戦時下を経て二人は対立して、職人肌のアドルフダスラーのアディダスとと、デザインや経営に長けたルドルフダスラーのプーマに分裂します。

 2社は競合しながらも、世界的なシューズメーカーとなりました。

 商業的な成功としては、後発のナイキがさらに上を行くのですが、今はそれも頭打ちのようです。

 軍事の国威掲揚から、ビッグビジネスの商業主義の時代に入り、かつてダスラー兄弟がサッカーシューズに込めた思いは今の選手たちの足元にどこまで伝わっているのでしょうか。

 日本代表らの足技も50年前とは比べられないほど、素晴らしく華麗になりました。

 さあ、サッカーの月が始まります。

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「道」という日本語にも、いくつかの意味があります。

 二次熟語の後の部分に使われることも多いようです。

 私の好きな鉄道もその使われ方の言葉です。国道とか県道、私道などもありますし、同音で剣道という武術の道もあります。

 物理的に歩いたり動いたりする「道」、武術などの「道」は奥義を極める過程、修行のような意味あいです。

 そして、物事の筋道とか、秩序を指す場合の「道」は道徳、道理とか頭につく場合もあります。

 鉄道に関して、北海道など地方交通がどんどん廃止になるとか、鉄道ファンならずとも旅好きの方に寂しいという話を聞きます。

 一方、リニア中央新幹線や、整備新幹線といった新しい道の着工がなかなか進まないのも、旅好きの方にはもどかしいものがあります。

 同じ「道」なのに高速道路や一般の道路は、儲からないから廃止とか、走る車が少ないから作らないとか、整備しないで閉鎖とかはありません。

 事情は違いますが、鉄道だけが、やたらと採算に厳しく、廃止されたり、地方自治体に押し付けられたり、やはり作らないとか財務省が言ったりします。

 少なくとも、地方から新幹線の到来を待っていた自治体にとっては残念過ぎる話です。

 この辺の廃止や新線反対とか、それぞれのエゴや、身勝手で、国の腹を割った話も責任の取り方もあいまいなのほ残念です。

 かつても、我田引鉄と言って、政治家の力でルートや駅が変わりましたが、最近は高速道路や橋などには莫大な予算が投下されます。今も「人の道」を外れたエゴが蔓延するのは何とも残念です。

 

 

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