一期一会の意味

 こんなことなら、もう少しアイツと喋ったりしたのに、、、

 一期一会(いちごいちえ)とは、茶道に由来する日本のことわざ・四字熟語です。
 私は歓送迎会などの挨拶で、好んでこの言葉を使います。大勢の飲み会、数人の飲み会でも、そのメンバーその人とまた同じよう集まれて会話ができるかというと、なかなかそんな保証はないものです。実際の6人以上のメンバーを、同じように集めるだけでも難しいものだと話しました。
 茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えを意味するです。茶会に限らず、広く「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう」という含意で用いられ、さらに「これからも何度でも会うことはあるだろうが、もしかしたら二度とは会えないかもしれないという覚悟で人には接しなさい」と言う言葉通りです。


 還暦を過ぎたら、人生の師や先輩の訃報にも接することも増えます。
 そして、さらに悲しいことに同じ学び舎で過ごした友、職場で切磋琢磨した同年代の悲報も耳に入ります。いくら平均寿命が延びても60も過ぎればいつ亡くなっても当たり前と思っていても、自分と自分の周りだけは違うとバイアスがかかっているものです。

 一生に一度だけの機会「一期一会」という言葉の持つ意味も、自分が年齢を重ねるにつれさらに深いモノに変わってきた気がします。

 千利休の言葉かともされますが、献杯はお酒で。

湖西今昔 50年以上前の鉄道を追う

 滋賀県の湖西地方は京阪神から近く、湖西線が走っていますが山と湖に挟まれそれほど広い土地がありません。
 湖西線の前身には江若鉄道という単線非電化のローカル鉄道が走っていました。1921年開業ですから大正時代から昭和の戦後まで長閑に走っていたのです。1969年に廃止され、多くの路盤が国鉄末期の湖西線に引き継がれていて顕著な廃線跡は少なく、浜大津近辺の遊歩道ぐらいです。
 当時の最新鋭技術を使った全線踏切の無い高架、複線電化でハイスペックな路線をサンダーバードなどの特急が走る湖西線は、短絡のためトンネルを設け一部は江若の廃線跡とは離れているところもあります。
 湖西北部で風光明媚な近江の厳島と言われる白髭神社あたりも、山が湖に迫り湖西線はトンネルで通過し、最寄り駅もなく、湖西線ではこの光景は見られません。
 クルマでの観光で短時間通過する人も多いようですが、琵琶湖の東側の近江八幡、彦根、長浜などの主要な観光地に比べると、規模も小さく鄙びた感じです。
 短絡新線の湖西線もかつては寝台特急日本海、トワイライトエクスプレス、雷鳥、白鳥といった名物特急が走り、今も高頻度でサンダーバードが駈けますが、特急以外は新快速が走るとはいえローカル線でとくに堅田以北は1時間に1本のダイヤで70年代開業の面影を残す古い駅施設です。
 湖西は湖東ほどは発展せず北陸新幹線が延伸すれば、並行在来線扱いで特急はなくなり、3セクのローカル鉄道へ戻るかもしれません。
 何だか、人生を見るような鉄道の発展、成長、栄枯盛衰があります。

守秘義務スレスレで話します 役所の個人情報管理

 ある程度良識ある方は、公務員の仕事は、一見安定はしているけども堅苦く、何か問題が起こると非難の矢面に立たされる辛い面もある忍耐だとご理解いただいているのではと思います。
 もちろん、官僚の上の方へ行くと、俸給も高く、かといって政治家の顔色を窺って結構楽しでいるとも思われがちです。
 少なくとも、一般の国民にとって、ネットで呟けても、身近に文句を言える相手は、近くの役所や公的機関の窓口や電話に直接出た人です。
 そんな人に岸田総理や、デジタル大臣、官僚や市長クラスへの文句を言っても始まらないのはわかるのですが、世の中ボヤキたくなるこのは多いのでしょう。だから忍耐のいる仕事です。これは正職員も有期雇用の非正規も変わらないのがまた辛いところです。
 民間企業を定年退職して、何の因果か公的機関のお仕事をしています。その中で守秘義務があって、退職しても軽々には言えないこともありますが、違反にならない程度に、今騒がれているマイナンバーカードに関連した部分で、個人情報の取り扱いってどうなっているのかを書きます。もちろん、全ての役所の現場を知る由もないので、自分の経験や伝聞から、誰でも想像、推理できる程度のものです。

 前置きが長くなりましたが、結論をひとつ、
「役所、公的機関はマイナンバーカードやそれから導かれる個人情報をとても大切にしています」
 それは窮屈で、面倒くさく、時には残業になったり、細かなミスを糾弾したり、煩雑な申請を書き、承認や管理のハード、ソフトの仕組みがあります。
 もちろん、マイナンバーカードの連携による電子申請なども急速にできたものもあり、現場の省庁、役所にもよりさまざまな温度差や格差はあります。
 もちろん、映画やドラマに出てくるような超絶スキルのハッカーが侵入しないとも限れませんが、パソコンそのものからUSBメモリでデータが簡単に抜かれるようなことはできません。未だにテレビでは、USBメモリに大事なデータを移すシーンが描かれていますが、私が最後にいた会社もそうでしたが、その後の公的機関もパソコンそのものが基本USBメモリは使えません。挿し込むだけでウイルス感染するかもしれませんから、そんな甘い体制のところはもうよほど田舎の役場でもあまりないでしょう。個人情報管理の研修はどこもやらされています。そういう点は、過剰なほど手間をかけているので安心と断言できます。

「マイナンバーカードで、家族構成や所得の情報だってとれるのに、何で未だに公的な手続きにはいろんな書類が必要なの?」
 相続や、年金受給の手続き、扶養の手続き、マイナンバーカードで、一本化されたのに、戸籍であるとか、いろいろ添付書類を求められるのはなぜなのでしょう。役所の人は調べたら何でもわかるなら、いちいち細かいことを求めないで欲しいとも言われます。
 一部は過渡期だからかもしれません。しかし、この必要書類がいまだにいるというのは、法律で決まっているものと、先に述べたマイナンバーカードのセキュリティの強さ、個人情報の管理の裏返しなのです。
 マイナンバーカードを記入して、申請しただけで、その書類を受け取った職員が役所のパソコンを叩けばその人のあらゆる個人情報を見れるわけではないのです。
 例えば悪質な所得隠しや、財産隠しがあって、国税とかで調べるとしたら、マイナンバーから、上司を通して関係部署、いろんな手続きを踏んで閲覧許可や記録もとり、限られた時間と用途で、一切別の目的を外して許可が下ります。こういうことは、少し考えれば想像がつきます。
 ですから、マイナンバーカードを渡しても、ストーカー的な変な職員がいても、記入情報以上のことは調べられないし、落したとしてもそこから何かを引き出すことは難しいのです。
 そして添付書類が必要なのは、それが入手できることで本人である信頼度が高まり、手続き業務が早くなるのです。これも過渡期のものもあるかもしれませんが、仮に添付書類なしから、所得や雇用や家族状況にたどり着こうとすれば、1枚の申請書から申請が回るまでに担当者は大変なセキュリティを外す時間を強いられます。
 あとは添付による申請が、条件と決められているものです。年金の免除であれば、添付必要と「失業の証明」「所得激減を申告する申立書」と書かれてれていたら、「俺が失業したのは、あんたら調べたらすぐわかるやろ」「ウチの店が売れていないのは調べれば分かるはず」といっても決められたことだから、それには書類が要るのです。書類さえ添付されていればルーティンで早く流れることです。
 マイナンバーを書けば、名前も住所も要らないじゃないかと言われても。申請の名前の欄には本人の名前がないと申請書にはなりません。保険診療を受けるのには、保険証の提出が必要で、それがマイナンバーカードでできるようになったわけであり、マイナンバーの数字と、顔写真の入った運転免許証を持ってきて、「本人だと分かって、番号もわかるから、どうせ機械に番号を入れて診察させろ」と言われても、それは従来通りで保険証がないのと同じで不可能なのは、わかると思います。
 多くの添付書類も今の段階では、決め事と、マイナンバーカードからのセキュリティのためと迅速な処理のため必要なのです。
 そのために、役所の人は結構苦労して、煩雑で間違いなく面倒な仕事をしています。

天使が舞い降りる25の法則

「天使が舞い降りる25の法則」
タカラヅカの楽屋に貼られている「ブスの条件25」の戒めを、自分なりに新解釈してみました。
逆説的に美男美女?で仕事をして、ひとが集まり楽しくできるかにはどういう条件が必要かです。
.笑顔がいい挨拶ができる
苦虫を噛んでるみたいで挨拶もできない人に誰も仕事を一緒にしたいとは思いませんね。
2.お礼を言える
3.美味しいと言える
4.精気がある
5.自信がある
6.愚痴をこぼさない
愚痴らず人の倍働く。時間が倍にならなければ倍工夫する、考える考え抜く誰かに聞いたり本を読んだり最低でも人の倍努力してみる
人と同じだけのことをしていても、つまらない仕事でしかない。人の倍やると、つまらない仕事がつまらなくなくなる。
非凡な人は普通の人の、最低でも3倍働いている。面白くないこと辛いことも経験であり、コヤシとなって人を大きくする。
経験していくことは決して無駄ではない。毎日がつまらないなら、それは君自身がいつまでもつまらないからだ。
つまらない毎日から脱却するのは、自分自身を面白くするしかない。
7.希望と信念がある
8.悪いときも周囲のせいにしない
「仕事が面白くないのは〇〇がバカだからだ。会議ばかりやってる。幹部はちっとも現場をわかっていない。こんな仕事やっていても意味ない」
今が楽しくないのは〇〇が悪いからだ(自分は悪くない)と思うことこそが、諸悪の根源である。自分の好きなことだけしないこと。
みんな「自分のすきなことで、自由にやれて、楽で、給料もよくて、楽しい仕事がしたい」と本当は思っている。でもそんな仕事は絶対にどこにもない。
なのでせめて自分の好きなことをしようとする。それもかまわないが、自分の好きなこと『だけ』をしていると、
結局はそれしかできないことになる。どこにもつながらないし、誰も相手にしないし、何も広がらない。
9.自分をよく知っている
10. 声が大きく元気
11.なんでもないことに傷つかない
12.他人に嫉妬しない
同期や同僚、同じ程度か自分以下の仕事しかできない人が評価されたり先に出世する不公平や不合理はどこにでもある。
自分の能力以上に評価され、昇進することほど、ある意味不幸なことはない。
高いレベルの学習・経験をつもうが、誰も褒めてもくれなくなり、自分を律して成長していくエンジンをうしないかねない。
嫉妬も不平も言わず、ひたすら自分に与えられた職務とそれ以外も、職階以上の仕事をしていく姿が、実は最高にカッコイイ。
13. 目が輝いている
14.いつも口角が上り気味
への字の口の両側を上げ、笑顔になるだけで、毎日すこしずつ面白くなる。
15.責任転嫁しない
16.共感したり感動したりする
17.楽観的に物事を考える
人間は何にでもなれる
必ずなると決意すれば、天使が舞い降り、不思議な力を発揮して、成りたいものに必ずなれる。
周囲を苦しめず 周囲を喜ばす 一歩一歩なりたいものになる努力をする。
天使の心に周囲の天使の心が集まり、なりたいものになるのを手伝ってくれ、幸運の出会いが始まり成りたいものに必ずなれる。
自分の中の天使の力を信じて、決意した理想は必ず叶えられる。
18. 問題意識を持っている
19. 他人に尽くす
自分の身の回り 机の周り クルマ 家 会社 せめてキレイに整理整頓。
他人とのネットワークはやがて自分が助かるときがある。
20.他人を信じる
21.人生においても仕事においても意欲がある
22.傲慢でなく謙虚である
23. 他人のアドバイスや忠告を受け入れる
24. 本当に正しいことは何か常に追い求める
いろんな情報があふれる時代。すぐに結論に飛びついて行動を起こしたくなる。
でも常にこれが正しいことなのかは、始める前に、最悪やり始めてからでもよく考える。
ときに集団も間違った意思決定をしてしまう。
昔は誰もが正義のヒーロー&ヒロインだった。いつからか悪の手下と手を結んでいるような自分がいないか!
25. 存在自体が周囲を明るくする
2017年秋イベントで一緒にお仕事したヘア&メイクアーティストの方
本当に明るく、積極的で仕事が好きで勉強が好きで、毎日が楽しくて輝いてるような人でした。
オフがほとんどないほど、仕事をかけもって、でも収入や保障は大会社のようにはいかない。
それでもあの人にまた会いた、話を聞きたい、指導を受けたい。
大会社で高給とってても、笑顔一つなく、ろくにゴミの片づけもできない人が残念ながら多かったです。
(美を売る会社、掃除道具売る会社だったんですが)
仕事って本来、苦しみ苦行であってはいけない。ましてそれが顔にでるようでは周りが迷惑な話です。
輝いていてまた会いたいなって魅力的な人に天使は舞い降りてきます。

西九州新幹線、整備新幹線の課題

 関西、京都では北陸新幹線延伸問題がよく話題になり議論されています。何かと各地で揉める新線の工事、こちらも佐賀県の反対で暗礁に乗り上げていた西九州新幹線。

 もう部分開業して3年以上経つのですが、西九州新幹線の長崎駅から佐賀県武雄温泉駅まで初乗りしました。

 白い車体に筆文字で書かれた「かもめ」のまだまだ真新しい新幹線車両で各駅に停まり30分ほどですが快適な移動です。

 

 博多に行くには武雄温泉で在来線特急、かもめリレー号に乗り換えるのですが、新幹線車体の方向掲示には博多行と出ています。

 駅の案内では武雄温泉行になっていますから、まあ、シンプルな行き先しかないとはいえ、一部混乱する人もいるかもしれません。もちろん博多まで新幹線ではいけません。同一ホームで乗り換えです。

 武雄温泉から県庁佐賀を経由して九州新幹線新鳥栖駅に乗り入れる区間は未成です。

 この表示方法は先に部分開業して、のち全通した九州新幹線の鹿児島から新八代までの部分開業時代もやはり博多行としていたようです。

 この理屈でいうと北陸新幹線の「かがやき」「はくたか」とかの敦賀行は新大阪行となりそうですが、さすがにJR西日本はそれはしていません。

 

  さて、この未成区間も佐賀県の反対で未だ着工に至っていません。

 整備新幹線の複雑なルールで、佐賀県にとってメリットが少なく負担が多く不便を強いられるので反対が大きいのです。

 西九州新幹線は長崎ルートとも言われて陸路では遠い長崎県のメリットが大きいのに比べて、元々在来線特急で博多に近く至便な佐賀にとっては短縮時間も少ないのです。新幹線料金の割高や在来線特急がなくなり平行在来線を押し付けられるのは困るということです。

 東北新幹線の青森とか、北陸新幹線の富山、金沢あたりまでは順番に東京から進んで行きました。首都県に行くのが便利になっていき、在来線分離の問題はあるにせよ負担は受け入れやすかったし、金沢延伸などは地元に大きな経済効果を産み大成功と言われました。

 しかし、北陸新幹線のその先の延伸と西九州新幹線延伸はそれぞれ問題の形は違いますが、現行のルール適用では不満が出て、複雑で難しいところです。

 西九州新幹線も、九州新幹線新鳥栖に繋げす、博多の南から分岐して新線を設けて直接佐賀につなぐ最短ルートの案まで出るくらい、佐賀県の反対は大きいようです。

 しかし、このまま西九州新幹線を長崎から武雄温泉の30分だけの短い区間で放置するのはいくら何でも変です。

 元々フリーゲージトレインという在来線直通予定の頓挫もあって、根は深い問題とはいえ、北陸新幹線延伸に比べるとJR九州内での完結と反対は佐賀県だけと、ややシンプルです。

 国土軸の整備ということで、JRと国も柔軟に対応して欲しいものです。それでも今まで負担してきた各地の整備新幹線沿線と不公平の出ないような、整合性のある解答を出さればならず大変な難問です。

 それでも、ここで、地元を納得させて、クリアして進めていくのは他の整備新幹線、リニアへの解答の出し方の模範になり、弾みにもなるはずです。

 関西から長崎3時間強でダイレクトで結ぶのは、リニアとは違う昔の寝台特急のようなワクワク感はあります。

 自治体のエゴと言うと失礼ですが、ここは寛大な思いで、早く解決して欲しいものてす。

 

春分の星空に

 星座の名を冠したブログなのてすが、なかなか星や星座のことを書いていませんでした。

 満天の星を見るのさえ久しぶりでした。

 普段は都市部に住んでいるマンションの廊下などからでは、数個の星が見えればいいところでした。山村に住んでいたり、登山とか航海をよくする人には珍しくないなかもしれないですが、多くの人には星をたくさん見る機会は減っていると思います。

 星座がわかるほど、むしろ多すぎてわからないほど、いくつもの星を、夜の海を運行するファリーから見ることができました。おとめ座のスピカ、うしかい座のアークトゥルスらの1等星がひときわ美しい輝きでした。

 たまたま、占星術、星座の1年の始まり春分の日の夜でした。

 五島列島など離島まで旅をして、灯台を訪れ、昔の人、遣唐使などは、星を頼りに方角を航海をしていたのもわかります。

 灯台も航海にとても大切な道標であったのがわかります。

 船を動かすのも、灯台を建て維持するのも大変な仕事です。

 GPSもない時代、動力も航海技術も現代ほど優れていない頃の星座の大切さは今の比ではないでしょう。

 星に方位を頼り、運命を占った時代と、AIの進んだ現代、人間にとってどちらが幸せなのかはわかりません。

 星に祈り、願いつつ、決意をこめ、新しい1年を旅していきます。

 

長崎への思い

 長崎を訪ねたのは3回目、10年ほど前はビジネスで佐世保へ往くのに長崎市内は通過したのみでした。

 はじめて行ったのはもう記憶も薄い40年前20代でした。

 車窓途中の有明海は穏やかなイメージでしたが、長崎市内に入ると雨だったのを覚えています。

 平和公園まで大雨の中何とかたどり着いたのが苦い思い出でした。

 眼鏡橋近くに学生時代の友人の実家の店があり、路面電車でぶらぶらと訪れた記憶だけあります。

 その人が今、何処にいて何をしているかはもう知りようがありません。

 40年ぶりの平和公園、長崎は今日は雨ではありませんでした。

 若い頃は、終戦からは時間の経過も短かったのに、戦争とか平和の意味を噛みしめ考えることは少なく、ひたすらに目の前の仕事と青春に悩んでいました。

 それでも日本は経済成長を遂げバブル期で、都会も地方も元気でした。

 まだまだ高速道路や新幹線も未発達でしたが、鉄道の営業キロ数はこの頃が最長でした。長距離で地方に行くのは鉄道と路線バスが中心でした。

 離島など地方の人口もこの頃がピークに近いところが多く、スマホもウォシュレットも無くとも、暖かい平和な家族が今よりたくさんあったのでしょう。

 福岡や長崎など主要都市の駅前や中心街は発達しましたが、人の流れは変わり、昔からの町や島は置き去りにされたところがいくつかあります。

 全ての地域、人を平等、公平に扱うことはできないので、運不運は仕方ないかもしれません。しかし、もう少し日本の中だけでも救いあう平和で暖かい時代になる選択はあったのではと、取り戻せない時間に思いを寄せます。

 

WBC敗退、日本野球ファンの奇怪?

 オールドマスコミや野球ファンを中心に大騒ぎで、日本の優勝も予想されたWBC.ワールドベースボールクラシックでしたが、日本は準々決勝で敗退し、ベネズエラの優勝で終わりました。

 トーナメントの国際大会の優勝まして連覇となると難しいものです。

 昔の高校野球と違いエースの連投もきかないので、組み合わせの当たりハズレもあるでしょう。

 世界一を決める大会と言い切るのは日本人だけで、他の国とは元々温度差もありました。日本人と広告代理店や主催者のため、放映権料は爆上がりして、今回は150億で落札したNetflixでしか見れないというのも騒がれました。

 大谷、山本由伸、鈴木誠也、吉田正尚、菊池、菅野ら錚々たるメジャーリーガーをかつてないほど今回は揃えました。優勝間違いなしと日本のファンの多くがNetflixにも入ったものの、優勝したベネズエラにはホームランを打たれまくり逆転負けで、準決勝にも進めずマイアミラウンドは1試合しただけで終わりでした。

 一番の感想は、トンデモないお金が動いて、もったいないというか、あれ?もうおしまい?という感じです。

 一部は監督や打たれた選手をバッシングしていますが、よく頑張ったという声が多く、相手がメジャーリーガーを揃えて、本気を出してきたら力の差があったという声も多かったようです。

 1番から7番まで長打のある日本の4番クラスを揃えながら、打ち負けた上、投手も抑えきれずでした。

 しかし、1試合だけではわからないものです。それだと、前回大会まで、世界一と言いながらも、韓国や台湾以外他国はメジャーリーガーを集めて真剣に取り組まなかったから勝てたというだけで寂しすぎます。

 今回、実力差があったと分析し、嘆く人は前回までの優勝、世界一というのも薄々は内心怪しいものと気付いていたのです。ベネズエラは政治的には大変だったのにアメリカに勝ち優勝しただけはあります。メジャーから多くのメンバーを集め、研究もして、取り組み姿勢も確かに良かったようです。

 ベネズエラでほとんどの試合勝ちパターンのセットアッパーを任されたのは日本のオリックスで抑えのマチャドという投手です。しかも、日本よりもキツい3人の救援陣で全試合を回した感じで層が厚いとは言えませんでした。日本の救援陣は故障や辞退もありましたが、このあたりは不運であって実力差ではないと思います。

 予選リーグでは巨人の抑え大勢が連投の場面がありましたが、決勝ラウンド勝ち進んだとして、3連投はしたかのか、メジャーやNPBで開幕前に肩の消耗を考えここまで酷使できるかというと難しい面があります。沢山の一流の投手、野手を選びながらも、出番のない選手も多く、このあたりは酷使されても困るし、かと言って所属チームの仕上げのオープン戦にも出られないで主力が調整できないのも、監督の力量だけの問題ではなく、深い問題です。

「Netflixでしか見られないから、日本人の熱い応援が伝わらなかった」とかいうトンデモな意見もありました。

 どんなにテレビ局がぼったくられようと、タダの地上波で野球がみたいというファンが、「国民的スポーツだから」「天覧試合まであったのに」とかこつけますがサブスク文化が浸透しないのが、日本のオールド野球ファンなのでしょうか。

 さすがに専門家にはいないですが、「あのパワーに対抗するのは、日本のスモールベースボールだ」と言う人も未だにいます。送りバントや盗塁、堅実な守備とかでは、ドカンとホームランでヤラれたら追いつけないし、総得点でかなわないのが、なかなか昔のファンはわからないのです。

 パワーをつけて強い球も打ち返しホームランにしていく力をつけないと、今回の負けはバントの練習では克服できないのです。

 私は高校野球からもっとバントではなく、パワーをつけてホームランを狙う野球をしていかないといけないと思います。

 ピッチクロックという投球間隔の制限もなかなか日本人は感覚的に苦手なようです。

 投手や捕手が相手の出方を観察して、熟考して球種を選びサインを決めるという、将棋のような間が日本人は好きなのでしょう。

 日本のプロ野球の時間はこのせいで長過ぎるのです。娯楽やコンテンツで普通に3時間、4時間では一部のコアなファンしかついていけません。

 あらかじめ分析した相手に組み立てた球種で投げていく、牽制もあまりしないのが、メジャー流なのでしょう。

 高校野球のセンバツが始まり、初めて指名打者制が実施されています。

 時代は徐々に変わりつつあります。

 大谷選手という超新星も全盛はあと数年、日本の底辺の野球人口は少子化もありますが人数もシェアも減っています。

 メジャーの年俸は魅力としても、その経営はアメリカ、日本や各国の野球ファンの視聴契約料が主です。

 野球はルールや戦術が複雑で、マニアックな玄人受けする要素が多いのですが、ファンはオオタニさんのようにカッコいい選手が見れてホームランが出てひいきが勝てばいいのです。

 高校野球をはじめ7回制や5回制すら検討されていて、とんでもないと憤慨する解説者もいますが、それもありでしょう。

 出場機会が減る減ると騒ぐよりも、時間やチームの維持が大事です。プロサッカーのJリーグは時間も試合数も少ないですが、地域に根ざしプロのチーム数は野球より多いのです、野球関係者はここを真剣に考えないと未来は暗いです。

 国や都道府県を代表するナショナリズム的人気を維持し、パワーとスピードの分かりやすいスポーツに変わっていくのがこれからの野球であり、スポーツでしょう。

 

 

辺野古高校生研修船転覆

 船旅をしている途中で入ってきたニュース。京都の高校生が亡くなったという痛ましい事故です。

 しかも、私の母校の姉妹高校で、辺野古の社会研修ということで、何やらネット上で政治的な論議を呼んでいます。亡くなった71歳の船長というのが、左翼系の活動家ということもあり、保守系の人からの非難の声も強いです。左翼系の人からは救助に回った海自の対応が遅いとかの非難もあり、実際のところは分からない炎上になっています。

 政治的な問題は別にして、報道の映像で見た船の小ささに驚きます。大型フェリーに乗っていてさえ、外洋では晴天で波が激しくなくとも、それなりに揺れます。

 問題は波浪注意報が出ている中、小さなボートに定員いっぱいに乗っての研修というところに疑問は感じます。その定員も基準が専門家に言わせると微妙な感じがするそうです。

 あんなボートでは、波浪があるなら転覆しなくても、かなり揺れます。片方に人数が偏りバランスが崩れると危ないです。多くの人が何人かは確実に船酔い、体調不良にはなりそうです。その面でも、保護者や学校側に細かい状況が報告されて判断を仰いでいないのは何故か、事故を止められなかった可能性もあり疑問は湧きます。

 船長が左翼なのは百歩譲ってたとして、ボランティアでこの研修を請け負い、何年も続けているので、いろいろ疑われる可能性はあります。謝礼などは実際どうなっていたのか、営業ではなく、無償と言いいつつ燃料代などで無税の報酬があったとしたら、かなり黒い要素は否めません。

 詳しいことはわかりませんが、どこかの段階で海を甘く見た人がいて、悲劇につながったのではと思われ、残念でなりません。

押し寄せるイランの影響

 旅行中、タイミング悪く、ちょうどレンタカーを借りた日に、満タンで返さないといけないのにそのガソリンスタンドが値上がりしていました。

 偶然その夜、ホテルで見たローカルニュースのまさに当事者となってしまいました。

 ガソリンぐらい多少在庫があるのにとも思いましたが、難しい仕組みもあるようです。離島のガソリンは元々高く、私なんぞは軽自動車で一日乗り回しただけですが、毎日使う人は死活問題ぐらい困るでしょう。

 次に泊まった温泉ホテルでは、大きな浴場の一部の営業を止め閉鎖していました。やはり、お湯を沸かすボイラーにも石油を大量に使うのです。

 それならフェリーなどの船舶はもっと重油を使います。

 電力会社もですが、直接、石油のイメージはないですが、化学の会社の多くも石油価格に関係しています。私がいた洗剤を売る大手企業も、石油依存を下げてバイオマス燃料、製品に植物由来のバーム油を一部使っていますが、やはりナフサの価格変動が株価に連動していました。

 備蓄放出や、他国との交渉など、できることはやはり一刻も早くして欲しいものです。

 1970年代私の中学生ぐらいの時のオイルショックは原油価格がイッキに10倍に上がり、ガソリンの統制さえありました。

 その時に比べると、大したことはなく、ホルムズ海峡以外のルートやエネルギーの代替手段はあるはずで、下手に煽らず落ち着くのと、こんな時に火事場泥棒のような輩を監視することも必要です。

 イラン攻撃そのものはいろんな政治的裏があります。慌てて対応を誤ると、日本社会全体が沈んでいきます。政治家も市民も落ち着いて、対処していくことです。

 

 

離島の光と影

 旅に出まして、行ってみたかった長崎県五島列島福江島に入り、観光しています。

 レンタカー屋さんは、港とチェックインするホテルの送り迎えなど至れり尽くせり、見学先で2回一緒になったツアーガイドさんも親しみやすく、何度もいらんな情報をいただき親切でした。優しい土地なのがわかります。

 某ホテル予約サイトの最安値で予約した宿は、予約も入ってなくて、設備もトンデモで、かなりハズレでしたがそこは旅あるあるの御愛嬌。

 五島市福江島には一日10便近くフライトがある空港もあり、フェリーと合わせ、それなりの団体、個人、インバウンドの観光客が平日でも来ていました。

 沖縄を除けば、日本の西の端国境の島として、日本遺産にも指定されています。

 しかし、一番大きなここ福江島でこそ人口3万人を超えてしますが、その他の小さな有人離島は二桁以下で、インフラや買い物、防災、教育、医療、全ての面で楽ではありません。

 川口春奈さんの出身である福江島ですが、観光でこそ美しい景観で感動しますが、ここで一生暮らすと決断できる若者がどれくらいいるのでしょうか。

 レンタカー屋さんの若者、観光ガイドさん、ホテルの老いた店番の人ら、頑張ってはおられます。コンビニもドラッグストアもありますが大きなスーパーやSCは進出できる規模ではないのでしょう。

 日本中の有人離島が、こういう状況で、厳しい未来と戦っています。

 日本中の多くの自治体が、少子高齢化で人口も減り、税収が減っていて、離島だけの問題ではありません。というか、離島を助ける余裕はありません。

 東京や大阪、名古屋、福岡などのターミナルのデカさ、繁華街の人の賑わいと比べても仕方のない不公平な話です。あそこに溢れている何か少しでも分けて上げられないものかと思い、祈りたくなります。

 便利な都会で、特に東京は税収も多く住めば得な気がするのでしょうが、離島には都会に無いものがあります。

 幸運に便利なところに住んでいる人が、不便な地方を見捨てる日本であってはやはりダメです。国防上も人情としてもいけないでしょう。

産業転換の発想とサポートが国策として必要

 社会が大きく変革していくとき、喪われていく仕事があります。

 武士という身分と職業が江戸時代にはありました。維新後は士族の不満もあり内乱もありましたが、警察官や軍人になっていた人も多くいました。

 かつて日本経済の発展を支えた職業も、時代とともに無くなったものもあります。日本中にあった炭鉱や鉱山の労働者もそうですし、繊維や鉄鋼、林業、造船、映画なども随分縮小されました。

 近年でいうと、機械、家電などもその衰退、斜陽の代表でしょうか。

 仕事が無くなると、補償や退職金、年金などが必要になります。軍人や、鉱山の坑夫の恩給、年金の始まりで、その後働く場がなく、それなり厚い待遇でした。

 日本の今の問題は廃れゆく産業が既得権益で、新たな成長市場を抑えてしまうことです。

 確かに業界の安定は必要ですが、もはや衰退していくところが政官財癒着して規制緩和を妨げるとこが、経済の低迷の一因でもありました。

 悪い例は、医療とか運輸、電波など、どこにも見られます。それぞれの省庁を見れば、必ず業界がくっついて新規参入や斬新な事業の邪魔をします。

 自動運転なども、世界的に実用化されていて、日本ではタクシーもバスも運転手がいないのに、タクシー業界などが反対して進まないのです。

 規制をするのではなく、業界を見極めて新しい市場へ、雇用をシフトするのが政府の仕事ではないかと思います。

 誰も今浸かっているぬるま湯から出たくはないですが、それを上手く進めるのが政府です。古い業界といつまでも献金を受けて結託してる場合ではないのです。

 成長戦略とお題目では繰り返され、数値目標は出ますが、税金の投入は新しい分野へ雇用を動かし、古い産業を丁重に葬ることです。

国が県になり、都市は県庁になれたかで大きな違い

 日本は世界的にも国家としては歴史のある古い国です。しかし、現在の道府県の形がおよそ整ったのは明治維新以降でまだ150年足らずです。

 もちろん、その後文明の発達で交通網も整備されました。昔は何十日もかかった行程が、日帰りになり、わずかの時間で往復できるようになりました。

 通勤や通学で当たり前に毎日遠距離を行き来して、昔でいう国境を越えるのも当たり前になっています。

 それでも都道府県の区割りかの影響や、交通の発達はかつての国の要衝だった都市の様相を変えている場合もあります。

 単独で県にはならず他の県の一部に扱われ、県庁は遠い別の旧国にある場合もあります。

 県庁には、省庁の地方支所ができ、県議会や地方裁判所などもできますし、その県を取りまとめる企業や銀行の支社、支店、支所もたいていできます。

 その分、人が要り、交通機関や住宅、商業施設もできます。

 ところが、この県庁になれなかった都市は、ワンランク下がってしまう場合が多くなり、県庁都市へ集中する流れはなくなります。

 それでも、地域の雄ともいうべき、中核都市や衛星都市となり栄える場合と、寂れていくケースがあります。

 新幹線や便利な鉄道などがあり、交通が便利でも少子高齢化問題にさらされるのに、ましてや県庁でもなく、交通も不便ではこの先厳しいのは目に見えています。

 日本海側に多く、県としては新幹線の恩恵を受けた石川県の能登半島旧能登国のや七尾市、福井県旧若狭国の小浜市などと取り巻く地域がまさにその例です。

 県庁になれなかった藩の城下町としては、磐城国会津藩会津若松が有名です。やはり朝敵扱いなのか、新幹線や国鉄幹線も避けました。県庁を争って惜敗したのは、松本、弘前なども有名で、高崎や四日市などは県庁都市よりも頑張っているとも言えます。

 県としての例では石川県は加賀、福井県は越前は潤うも、旧能登国、旧若狭国は取り残されています。

 敦賀に北陸新幹線が通ったと思われる方がいそうですが、敦賀市は福井県嶺南地方ではありますが、旧国としては越前の入り口にあたり、小浜との間には距離もあり、実際時間もかかります。

 小浜あたりは京都府に近く、舞鶴市の方が敦賀より早く行けます。

 なかなか反対で進まない北陸新幹線を小浜市が熱望されるのもこのあたりの心理があります。

 実際、近畿地方、中部地方とか分ける場合、この福井県嶺南地方だけ、近畿地方に食い込んでいるのに、福井県ということで、京都府との間に中部と近畿の境目の線が引かれます。

 もし、若狭国がそのまま若狭県なら、近畿地方に入っていたのではと思います。

 そこに県庁があり、交通機関も整備されていたら、小浜市の今の局面は変わっていたのではと思います。小浜市は関西の企業や役所の管轄になり、福井や名古屋にも行かなくてすみ、地方所管は大阪に行けます。

 都道府県の線引き、県庁の都市の決定も、他地域の決定を見ても不可解な要素もあり、それだけにここまでの小浜市の不運、何ともやりきれなく、悲しく思います。

 伝統的なお祭りもあり、古刹も多い小浜市、早く交通機関を充実させてあげたいものです。

名君がいない現代では公共工事が進まない?

 豊臣兄弟がドラマのおかげで注目されています。秀吉の人物については、晩節の外征などは微妙ですが、立身出世したのは英傑であり、才能の持ち主だったのは間違いありません。

 天下人となって京都や大阪では多くの城や街づくりなどの土木、都市計画でも優れた才能を見せています。

 時代が違うとはいえ、土木や建築の技術が未発達だった昔に、人の力で大きな石や木材を運んで、巨大な建造物ができていたのには感心します。

 土地の所有が細分化され、居住権などの人物が確立した現代、いくら労働力があっても、公共工事は進みません。

 万里の長城やピラミッドなどの時代でも、暴君が命令したら、使役はもちろん、土地の提供など当たり前でした。

 最近では今太閤と言われた田中角栄、賛否分かれますが、日本列島改造論で全国に新幹線や高速道路を作る計画を立て今の日本の繁栄につながっています。

 現代では土地の立ち退きも難しく、地権の及ばない深いトンネルであっても流域や地下水に影響が出て井戸水が止まるかもしれないとか、人権も工事側には難しくなりました。

 人間どころか、野生動物に影響があると言われて工事がストップする場合さえあります

 工事が長引くと、払うトータルの税金は増え、契約した関係者はその間それなり潤います。

 利害のある住民は反対するのは当たり前で、昔なら打ち首になっていたのが、今は平気で事業主体の国などへの悪口を拡散できます。

 関係ない住民は少しじわじわ税金が上がるかもしれないのと、道路や鉄道、橋のできるのが遅れます。

 秀吉の時代や、明治、戦前どころか、高度経済成長期よりも反対反対で遅々として進まない。それでいて、その時代の遺跡を尊み、インフラの恩恵を受けてはいる。

 勝手なものです。いったいどちらの時代がいいもんなのでしょうか。