一期一会の意味

 こんなことなら、もう少しアイツと喋ったりしたのに、、、

 一期一会(いちごいちえ)とは、茶道に由来する日本のことわざ・四字熟語です。
 私は歓送迎会などの挨拶で、好んでこの言葉を使います。大勢の飲み会、数人の飲み会でも、そのメンバーその人とまた同じよう集まれて会話ができるかというと、なかなかそんな保証はないものです。実際の6人以上のメンバーを、同じように集めるだけでも難しいものだと話しました。
 茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えを意味するです。茶会に限らず、広く「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう」という含意で用いられ、さらに「これからも何度でも会うことはあるだろうが、もしかしたら二度とは会えないかもしれないという覚悟で人には接しなさい」と言う言葉通りです。


 還暦を過ぎたら、人生の師や先輩の訃報にも接することも増えます。
 そして、さらに悲しいことに同じ学び舎で過ごした友、職場で切磋琢磨した同年代の悲報も耳に入ります。いくら平均寿命が延びても60も過ぎればいつ亡くなっても当たり前と思っていても、自分と自分の周りだけは違うとバイアスがかかっているものです。

 一生に一度だけの機会「一期一会」という言葉の持つ意味も、自分が年齢を重ねるにつれさらに深いモノに変わってきた気がします。

 千利休の言葉かともされますが、献杯はお酒で。

湖西今昔 50年以上前の鉄道を追う

 滋賀県の湖西地方は京阪神から近く、湖西線が走っていますが山と湖に挟まれそれほど広い土地がありません。
 湖西線の前身には江若鉄道という単線非電化のローカル鉄道が走っていました。1921年開業ですから大正時代から昭和の戦後まで長閑に走っていたのです。1969年に廃止され、多くの路盤が国鉄末期の湖西線に引き継がれていて顕著な廃線跡は少なく、浜大津近辺の遊歩道ぐらいです。
 当時の最新鋭技術を使った全線踏切の無い高架、複線電化でハイスペックな路線をサンダーバードなどの特急が走る湖西線は、短絡のためトンネルを設け一部は江若の廃線跡とは離れているところもあります。
 湖西北部で風光明媚な近江の厳島と言われる白髭神社あたりも、山が湖に迫り湖西線はトンネルで通過し、最寄り駅もなく、湖西線ではこの光景は見られません。
 クルマでの観光で短時間通過する人も多いようですが、琵琶湖の東側の近江八幡、彦根、長浜などの主要な観光地に比べると、規模も小さく鄙びた感じです。
 短絡新線の湖西線もかつては寝台特急日本海、トワイライトエクスプレス、雷鳥、白鳥といった名物特急が走り、今も高頻度でサンダーバードが駈けますが、特急以外は新快速が走るとはいえローカル線でとくに堅田以北は1時間に1本のダイヤで70年代開業の面影を残す古い駅施設です。
 湖西は湖東ほどは発展せず北陸新幹線が延伸すれば、並行在来線扱いで特急はなくなり、3セクのローカル鉄道へ戻るかもしれません。
 何だか、人生を見るような鉄道の発展、成長、栄枯盛衰があります。

守秘義務スレスレで話します 役所の個人情報管理

 ある程度良識ある方は、公務員の仕事は、一見安定はしているけども堅苦く、何か問題が起こると非難の矢面に立たされる辛い面もある忍耐だとご理解いただいているのではと思います。
 もちろん、官僚の上の方へ行くと、俸給も高く、かといって政治家の顔色を窺って結構楽しでいるとも思われがちです。
 少なくとも、一般の国民にとって、ネットで呟けても、身近に文句を言える相手は、近くの役所や公的機関の窓口や電話に直接出た人です。
 そんな人に岸田総理や、デジタル大臣、官僚や市長クラスへの文句を言っても始まらないのはわかるのですが、世の中ボヤキたくなるこのは多いのでしょう。だから忍耐のいる仕事です。これは正職員も有期雇用の非正規も変わらないのがまた辛いところです。
 民間企業を定年退職して、何の因果か公的機関のお仕事をしています。その中で守秘義務があって、退職しても軽々には言えないこともありますが、違反にならない程度に、今騒がれているマイナンバーカードに関連した部分で、個人情報の取り扱いってどうなっているのかを書きます。もちろん、全ての役所の現場を知る由もないので、自分の経験や伝聞から、誰でも想像、推理できる程度のものです。

 前置きが長くなりましたが、結論をひとつ、
「役所、公的機関はマイナンバーカードやそれから導かれる個人情報をとても大切にしています」
 それは窮屈で、面倒くさく、時には残業になったり、細かなミスを糾弾したり、煩雑な申請を書き、承認や管理のハード、ソフトの仕組みがあります。
 もちろん、マイナンバーカードの連携による電子申請なども急速にできたものもあり、現場の省庁、役所にもよりさまざまな温度差や格差はあります。
 もちろん、映画やドラマに出てくるような超絶スキルのハッカーが侵入しないとも限れませんが、パソコンそのものからUSBメモリでデータが簡単に抜かれるようなことはできません。未だにテレビでは、USBメモリに大事なデータを移すシーンが描かれていますが、私が最後にいた会社もそうでしたが、その後の公的機関もパソコンそのものが基本USBメモリは使えません。挿し込むだけでウイルス感染するかもしれませんから、そんな甘い体制のところはもうよほど田舎の役場でもあまりないでしょう。個人情報管理の研修はどこもやらされています。そういう点は、過剰なほど手間をかけているので安心と断言できます。

「マイナンバーカードで、家族構成や所得の情報だってとれるのに、何で未だに公的な手続きにはいろんな書類が必要なの?」
 相続や、年金受給の手続き、扶養の手続き、マイナンバーカードで、一本化されたのに、戸籍であるとか、いろいろ添付書類を求められるのはなぜなのでしょう。役所の人は調べたら何でもわかるなら、いちいち細かいことを求めないで欲しいとも言われます。
 一部は過渡期だからかもしれません。しかし、この必要書類がいまだにいるというのは、法律で決まっているものと、先に述べたマイナンバーカードのセキュリティの強さ、個人情報の管理の裏返しなのです。
 マイナンバーカードを記入して、申請しただけで、その書類を受け取った職員が役所のパソコンを叩けばその人のあらゆる個人情報を見れるわけではないのです。
 例えば悪質な所得隠しや、財産隠しがあって、国税とかで調べるとしたら、マイナンバーから、上司を通して関係部署、いろんな手続きを踏んで閲覧許可や記録もとり、限られた時間と用途で、一切別の目的を外して許可が下ります。こういうことは、少し考えれば想像がつきます。
 ですから、マイナンバーカードを渡しても、ストーカー的な変な職員がいても、記入情報以上のことは調べられないし、落したとしてもそこから何かを引き出すことは難しいのです。
 そして添付書類が必要なのは、それが入手できることで本人である信頼度が高まり、手続き業務が早くなるのです。これも過渡期のものもあるかもしれませんが、仮に添付書類なしから、所得や雇用や家族状況にたどり着こうとすれば、1枚の申請書から申請が回るまでに担当者は大変なセキュリティを外す時間を強いられます。
 あとは添付による申請が、条件と決められているものです。年金の免除であれば、添付必要と「失業の証明」「所得激減を申告する申立書」と書かれてれていたら、「俺が失業したのは、あんたら調べたらすぐわかるやろ」「ウチの店が売れていないのは調べれば分かるはず」といっても決められたことだから、それには書類が要るのです。書類さえ添付されていればルーティンで早く流れることです。
 マイナンバーを書けば、名前も住所も要らないじゃないかと言われても。申請の名前の欄には本人の名前がないと申請書にはなりません。保険診療を受けるのには、保険証の提出が必要で、それがマイナンバーカードでできるようになったわけであり、マイナンバーの数字と、顔写真の入った運転免許証を持ってきて、「本人だと分かって、番号もわかるから、どうせ機械に番号を入れて診察させろ」と言われても、それは従来通りで保険証がないのと同じで不可能なのは、わかると思います。
 多くの添付書類も今の段階では、決め事と、マイナンバーカードからのセキュリティのためと迅速な処理のため必要なのです。
 そのために、役所の人は結構苦労して、煩雑で間違いなく面倒な仕事をしています。

天使が舞い降りる25の法則

「天使が舞い降りる25の法則」
タカラヅカの楽屋に貼られている「ブスの条件25」の戒めを、自分なりに新解釈してみました。
逆説的に美男美女?で仕事をして、ひとが集まり楽しくできるかにはどういう条件が必要かです。
.笑顔がいい挨拶ができる
苦虫を噛んでるみたいで挨拶もできない人に誰も仕事を一緒にしたいとは思いませんね。
2.お礼を言える
3.美味しいと言える
4.精気がある
5.自信がある
6.愚痴をこぼさない
愚痴らず人の倍働く。時間が倍にならなければ倍工夫する、考える考え抜く誰かに聞いたり本を読んだり最低でも人の倍努力してみる
人と同じだけのことをしていても、つまらない仕事でしかない。人の倍やると、つまらない仕事がつまらなくなくなる。
非凡な人は普通の人の、最低でも3倍働いている。面白くないこと辛いことも経験であり、コヤシとなって人を大きくする。
経験していくことは決して無駄ではない。毎日がつまらないなら、それは君自身がいつまでもつまらないからだ。
つまらない毎日から脱却するのは、自分自身を面白くするしかない。
7.希望と信念がある
8.悪いときも周囲のせいにしない
「仕事が面白くないのは〇〇がバカだからだ。会議ばかりやってる。幹部はちっとも現場をわかっていない。こんな仕事やっていても意味ない」
今が楽しくないのは〇〇が悪いからだ(自分は悪くない)と思うことこそが、諸悪の根源である。自分の好きなことだけしないこと。
みんな「自分のすきなことで、自由にやれて、楽で、給料もよくて、楽しい仕事がしたい」と本当は思っている。でもそんな仕事は絶対にどこにもない。
なのでせめて自分の好きなことをしようとする。それもかまわないが、自分の好きなこと『だけ』をしていると、
結局はそれしかできないことになる。どこにもつながらないし、誰も相手にしないし、何も広がらない。
9.自分をよく知っている
10. 声が大きく元気
11.なんでもないことに傷つかない
12.他人に嫉妬しない
同期や同僚、同じ程度か自分以下の仕事しかできない人が評価されたり先に出世する不公平や不合理はどこにでもある。
自分の能力以上に評価され、昇進することほど、ある意味不幸なことはない。
高いレベルの学習・経験をつもうが、誰も褒めてもくれなくなり、自分を律して成長していくエンジンをうしないかねない。
嫉妬も不平も言わず、ひたすら自分に与えられた職務とそれ以外も、職階以上の仕事をしていく姿が、実は最高にカッコイイ。
13. 目が輝いている
14.いつも口角が上り気味
への字の口の両側を上げ、笑顔になるだけで、毎日すこしずつ面白くなる。
15.責任転嫁しない
16.共感したり感動したりする
17.楽観的に物事を考える
人間は何にでもなれる
必ずなると決意すれば、天使が舞い降り、不思議な力を発揮して、成りたいものに必ずなれる。
周囲を苦しめず 周囲を喜ばす 一歩一歩なりたいものになる努力をする。
天使の心に周囲の天使の心が集まり、なりたいものになるのを手伝ってくれ、幸運の出会いが始まり成りたいものに必ずなれる。
自分の中の天使の力を信じて、決意した理想は必ず叶えられる。
18. 問題意識を持っている
19. 他人に尽くす
自分の身の回り 机の周り クルマ 家 会社 せめてキレイに整理整頓。
他人とのネットワークはやがて自分が助かるときがある。
20.他人を信じる
21.人生においても仕事においても意欲がある
22.傲慢でなく謙虚である
23. 他人のアドバイスや忠告を受け入れる
24. 本当に正しいことは何か常に追い求める
いろんな情報があふれる時代。すぐに結論に飛びついて行動を起こしたくなる。
でも常にこれが正しいことなのかは、始める前に、最悪やり始めてからでもよく考える。
ときに集団も間違った意思決定をしてしまう。
昔は誰もが正義のヒーロー&ヒロインだった。いつからか悪の手下と手を結んでいるような自分がいないか!
25. 存在自体が周囲を明るくする
2017年秋イベントで一緒にお仕事したヘア&メイクアーティストの方
本当に明るく、積極的で仕事が好きで勉強が好きで、毎日が楽しくて輝いてるような人でした。
オフがほとんどないほど、仕事をかけもって、でも収入や保障は大会社のようにはいかない。
それでもあの人にまた会いた、話を聞きたい、指導を受けたい。
大会社で高給とってても、笑顔一つなく、ろくにゴミの片づけもできない人が残念ながら多かったです。
(美を売る会社、掃除道具売る会社だったんですが)
仕事って本来、苦しみ苦行であってはいけない。ましてそれが顔にでるようでは周りが迷惑な話です。
輝いていてまた会いたいなって魅力的な人に天使は舞い降りてきます。

北陸新幹線延伸 小浜〜京都ルート

「京都の地下に新幹線は要らない」??

 ことさらに騒ぐ人がいます。

 それなら地上はいいの?その方が景観的に問題ですし、大深度工法で地下を利用しないと、用地買収は高くつきます。

 私自身は北陸新幹線が小浜経由のルートで京都に延伸するのは問題無いと考えます。知事選挙で騒がれますが、そもそも知事や県議に北陸新幹線延伸ルートを決める権限はありません。共産党系の候補に至っては、地方選挙で戦争反対と言い出す意味不明さです。

 代替ルートや財源や地元負担など具体的なスキームによって、私は賛成でも反対でもあり得ます。湖西線や山陰本線を三セク化するかどうか特急を残すとかも全く見えない中、賛成も反対もないのです。どうしても財政が厳しいなら、湖西線でミニ新幹線という方法も選択肢です。

 市民税や府民税が他所より高いのに、この上、何の手だてもなく、地元負担を受け入れるのはさすかに困りものです。

 ただ、鉄道ファン、乗り鉄、経済鉄系のマニアとしては反対する人やそこ代替案にあまりにも誤解が多いのにはつい意見したくなります。

 水問題とか残土処分とか新しい鉄道や高速道路を作るのには何処にでも発生している問題で、それよりは自治体の負担がどうなるのか、並行在来線がどうなるかが問題です。

 京都の町に住む人、あるいは東京や大阪とか便利なところに住んでる人が「要る要らない」ではなく、かつて裏日本と言われた不便なところ、福井、石川、富山の北陸地方が乗り換え無しで結ばれ、福井県小浜市と関西の都会を結びます。

 東南海トラフ地震で東海道新幹線が不通になった際のバックアップも兼ね、国土軸を均衡に強くするために必要と決まったことです。そのことに関しては異を唱えることはしません。

  
 京都盆地の水事情は井戸の水が出やすく掘りやすい地域でした。元々川が氾濫しやすく、洪水を繰り返すほど水は盆地の地下に溢れていました。

 平安京以来、明治以降も先人が治水し、なおかつ発電もできる琵琶湖から疏水を作っていて飲料水には全く困りません。
 お酒や豆腐、和菓子というのは文化とは言えますが、イメージを守りたい贅沢品です。地下を大深度で掘っても、井戸水が急に全て枯渇するというものではありません。
 新幹線ができて毎日の水や農業用水に困る地域ではありません。この点は、過去の他地域の水問題とは異なる「贅沢な悩み」程度です。
 残土は、日本中の高速道路や新幹線の長いトンネルをどこも適切に処理してきてます。
 こんなことはちょっと調べて、考えればわかることです。

 もう一つ気になるのは「京都には要らないから米原ルートでいい」という意見です。

 確かに地図を見ると敦賀〜米原は短く見え、工事費用は安く抑えられ、早くできそうに見えます。実際に50kmしかありません。それでも、この区間に新幹線を建設するのには、問題がありすぎて、建設する意義は見いだせないのです。

 維新の会も党として、ここを誤解して米原ルートを昨年参院選あたりから言っています。米原には既に東海道新幹線の駅があり、北陸新幹線と結んで現在の北陸本線を三セク化したなら、地元は不便になるだけで何ら利益はないのです。

 多額の建設費用をかけて、米原駅を新幹線→北陸本線の乗り換え駅の現状を、東海道新幹線→北陸新幹線の乗り換え駅にするだけです。今も米原駅には降りてすぐ観光する人も少なく、駅弁を買われるぐらいでした。

 新幹線駅ができる!経済効果がとかいう喜びも刺激も何もない米原ルートは、東海道新幹線に乗り入れるとかの技術的な面以前に、整備新幹線の趣旨の基準から外れてあり得ない選択なのです。

 逆に小浜市は今閑散なローカル線しかありませんから、新幹線が来た時の喜びと変化は当然劇的なものが予想されます。京都や大阪に30分程度で行ける通勤圏ともなり、観光やビジネス需要は現状のゼロから大きく飛躍した数値になります。

 小浜には伝統的なお祭りも、由緒ある寺社もあり、京都との親和性も強いです。反対する最近の京都の人がその辺りは知らなすぎるのです。

 
 新しいもの、新幹線や鉄道は以前から、いろんな誤解による反対や賛成を繰り返してきました。

 京都人は本来、よそ者を拒まず、文化など新しいものをどんどん受け入れてきて発展してきたのです。

 鉄道が最初にできた時代にも京都の市中に蒸気機関車を通すのには反対の意見も多かったようです。新幹線が京都に通る際にも、伏見のもっと南を通す案が出たり、京都駅に新幹線駅が併設となっても、超特急の「ひかり号」は停めなくてもいいと忌避の意見もありました。

 今は全列車が停まる京都駅に、もし「のぞみ」や「ひかり」が通過していたら、京都の発展は今ほどではなかったと思われます。

 そして、小浜から北陸に繋がることで、想像しきれない可能性が開くのです。

 何とか難しい問題をクリアして早期実現を願うものです。

「本線」廃止、最東端「廃駅」、北海道の鉄道事情厳しさ増す

 JR北海道の厳しい経営状況もあり、3月31日をもって留萌本線の最後の残存区画、石狩沼田〜深川が廃止となり、全国初の「本線」が喪失するという事態となりました。

 最後に残された区間はたった14.4kmで留萌にも行かず支線ももちろんない詐欺のような名前で、それでもいわゆる「葬式鉄」など廃止を寂しがるファンで月末は大混雑だったようです。

 この熱気が以前からあればと思われるほど、最終日は3両に増結した車両が超満員で、引退コンサートさながらのように惜しまれて鉄路は閉じられました。

 多くの貨物私鉄も従え、石炭輸送で活況のあった時代から、札沼線、羽幌線と支線が次々と廃止されたのが転落の始まりでした。

 本線の末端区間、珍名で知られた増毛から留萌が2016年に廃止されて、2023年には線名の留萌から石狩沼田の心臓部ともいえる部分が廃止となり、わずかに残った石狩沼田〜深川が今般廃止となりました。くしの歯が欠けるように寂しく、段階的に廃止が進みました。

 防雪、防寒対策で車両や線路保守にコストがかかる路線ばかりのJR北海道の厳しい状態は続きます。

 北海道は大赤字路線の廃止が続いてきました。ひとまずは予定は終わりですが、赤字路線は多く次の検討もなされているでしょうし、ひとたび災害となると復旧はされず放置→廃止となるパターンです。

 北海道新幹線の延伸とともに、並行在来線となる函館本線の通称「山線」の小樽以西は、地元は三セク化を引き受けずに廃止となります。

 昔、青函連絡船で函館に着くと、室蘭本線の「海線」経由の特急と函館本線をそのまま山線経由の特急が並んでいて、猛ダッシュしてきた人がチョイスできたのが懐かしく思われます。

 整備新幹線延伸問題はルートや並行在来線でどこでも問題になって工事が遅れたりしています。

 しかし、この函館本線の有無言わずに廃止は残念というか、東京〜札幌を優先して、いかにも過疎地を切り捨てるようで個人的には一番モヤモヤしたものが残ります。

 西九州新幹線、北陸新幹線、リニア中央新幹線もそれぞれ問題はありますし、要る要らないやルート、地元負担や三セク化で揉めるも分かりますが函館本線山線のバッサリ廃止は文句を言う声すら少ない寂しさがあるのです。

 昭和50年、お金のない学生だった私たちの世代は、飛行機という選択は無く夜行列車と青函連絡船で、周遊券で北海道へ行く一択でした。航空会社はスカイメイトなど格安の割引サービスをはじめ、この頃国鉄が毎年運賃値上げをして、北海道へのシェアは一気に飛行機はシフトしていきました。

 寝台特急も全廃され、今、関西からはもちろん首都圏からでもよほど酔狂なマニア以外は鉄道や船で札幌へ行く人はいなくなり、99%のシェアを飛行機が握っています。格安航空会社もでき、空港アクセスも便利となったからです。

 そんな中で、今さら札幌と新幹線が繋がるのに、在来線を犠牲にして、どれほどの新たな需要が見込めるかということです。

 かつての新幹線延伸は広島、博多、仙台などから航空機のシェアを奪い返し、新潟、長野や山形、富山、金沢などを東京と最速で結び沿線も含んだ観光やビジネスに劇的な利便性を生みました。

 私はリニアは別にして、地方創生という意味で西九州新幹線、北陸新幹線は早く延伸完結すべきと思いますが、これだけ鉄道が廃止されシュリンクした北海道に、さらに在来線を減らしてこういう形での延伸はやはり疑問です。

 札幌延伸ありきの苦渋のルート決定かもしれませんがルート決定は強引でした。

 沿線に都市や観光地、旭川延伸を考えると空港アクセスもある室蘭本線沿いの海線に近いルートが選ばれませんでした。過疎地の山あいを抜ける山線廃止前提でルートが決定しました。

 本来の新幹線の地方活性の原則からは外れて、ただトンネルトンネルで札幌だけを目指すします。東京から乗ったとして、車窓の楽しみも何もない退屈な時間にしかなりません。これでは航空機の方が時間も早ければ、ずっと楽しいのではと、乗り鉄の私でさえ思います。

 学生時代に北海道各地にあった鉄路を懐かしむ身としてやりきれない思いで、廃線鉄として札幌への北海道延伸を待ちます。

 長くなりましたが、最後にもう一つ今年3月の話題で、3月14日のダイヤ改正で閑散駅のJR東日本根室本線東根室駅が廃止されました。

 これによって日本最東端の駅が、根室駅に変わりました。路線は廃止ではないですが、根室本線の終点近くが一度東の端に行ってから北へ曲がりそこから市街地に回るため西方向に行って根室駅があるのです。

 途中にあった東根室駅が日本最東端だったのです。どちらも訪れたことはあります。個人的な日本の東西南北の端の駅制覇は変わりませんが、これもJR北海道の厳しい状況を示す話題です。

 

https://seizafpkotodama.com/2025/11/04/14316/

京都府知事選挙、予算10%カット、マイナスシーリングという考え

 年度変わり、お花見や入学式のシーズン、京都府知事選挙が4月5日に投開票、同日には府議の補欠選挙もあり、わが町が選挙の喧騒でもありました。

 共産党が強いと言われながらもジリ貧で、このところ与野党相乗り対共産党という馴れ合いの無風に近い府知事選挙でしたが、今回は第三極として日本保守党.NHK党の元参議院議員浜田聡氏が立候補しています。

 なかなか、エッジの効いた政見放送で、さすが立花流もありネットやXなどでは注目されて、少し面白い構図になっています。

 全国区では参議院選挙で30万票以上集め落選者では最多得票でしたが、地方選挙ではまだまだネットの力だけでは勝ち切れないでしょう。

 現職の西脇知事を脅かすのはさすがに難しいとは思いますが、組合や業界に根強い組織票を持つ共産党系候補と並んでいること自体も凄いことです。少なくとも供託金没収はない、一定のインパクトを与えるでしょう。

 公約も保守色が強く、既得権益に媚びないで、同和利権の切崩しなどタブーにもチャレンジしておられます。

 共産党系候補が、相変わらず財政の厳しい中、夢物語のような給付や福祉を訴えるのに対し、浜田聡氏は府の予算の10%カット、マイナスシーリングを財源にすると公約にされています。

 府知事選挙の行方は別にして、この考え方はなかなか当たり前のようで画期的というか、主張している政党が意外と少ないのです。

 地方でも国あるいは企業でもスケールや構成要素は違っても考え方は一緒です。

 財政が厳しいとなった時に、それでも減税や給付、社会保障にお金が要るなら、新たな財源を求めるか無理なら節約、企業でいう広義のリストラです。

 リストラ、本来の意味は事業の再構築です。セグメントした事業に集中して、効率の悪い部門をシュリンクしていく、上手く生き延びた企業はこれをやっています。逆に希望退職だけ募り、事業が旧態依然の会社は倒産しています。

 積極財政か緊縮財政かとよく2択の議論になりますが、企業の再生で見るとこれは本来2択ではないのです。両方やるのが当たり前なのです。

 企業が新しい部門に参入するとか、大規模な設備投資をするとして、その財源を社員の給料やボーナスをカットしたり、辞めさせてということはないでしょう。

 不採算の部門は縮小、閉鎖して新たな部門にシフトして集中するのが当たり前です。

 公務員の組織はこのごく当たり前がなかなかできません。

 選挙で共産党の話が出ましたが、共産党系とか組合、あるいは官僚の主張はいつも公務員の立場、仕事内容や勤務地、待遇まで守って現状維持したままで、福祉予算を増やせというので、社会は回らないのです。

「小さな政府」の考えは、いつも絶対的に正しいとは限りませんが、官僚機構は掘っておくと、自己増殖して淀み既得権益で国家のシロアリになります。

 国家や地方が税収もどんどん増えて財政が安定しているならまだしも、高齢化と人口減少で国際情勢も不透明な時代です。 午後と言われ、国民の所得、手取りが少ないと叫ばれて国民的課題になっています。

 官僚ばかりが安定して高所得な上、無駄な独立行政法人などが林立していてるのに、さらにに何かしようとすると、財源!財源!と国民から税金を絞り取る策ばかり考えています。

 もっと民間を見習って、不採算な部門は縮小、幹部給与含めてマイナスシーリングが当たり前という考えが浸透しないと立ち行かないのです。

 浜田聡さんの主張がそれなりに風となって、今後の全国の流れに繋がればと思います。

 

高校古典、故事成句を懐かしく復習

「伊賀の影丸」や「仮面の忍者赤影」「鉄人28号」「ジャイアントロボ」などSFや忍者の漫画で知られる横山光輝さんは、歴史物の漫画もたくさん書いておられます。

「三国志」や「史記」「水滸伝」「項羽と劉邦」などの中国の古典の超大作も、抄訳しながら読みやすく著しておられます。それでも三国志は60巻にも渡る大作ですし、史記も15巻に及んでいます。

 史記は歴史家、司馬遷による伝説の五帝の時代から、始皇帝や項羽と劉邦の物語を含む前漢の武帝まで2000年もの間、三国志の前の時代の通史です。

 個人のエピソードを重ねるように、重大な歴史を描いています。

 中国の歴史、覇権をめぐる抗争がいかに昔からあり、現代に繋がる戦略や人事の教訓のような故事成句が、この時期にできていることに驚きます。

 横山光輝さんの取材や勉強、表現力や想像力にも頭が下がります。もちろん、専門家に言わせれば、細かい間違いなどはあるでしょうが、読者を引き込む力技に感服します。

 高校古典ぐらいで、久しく目にしなかった漢文の詩や故事成句が懐かしく甦ります。

「刎頸の交わり、臥薪嘗胆、背水の陣、四面楚歌、桃李物言わざれど下自ら渓をなす、完璧、虞美人草、先んずれば人を制す」等など、日本人の心に刻まれた数限りない言葉を生んだエピソードが描かれます。現代でもときおり使われる言葉が思い返されます。

 残虐や、卑劣な場面やセクシーな場面もありますが、横山光輝さんの絵は比較的そこはさらりと淡泊に描かれ、読者の想像に委ねてくれます。

 なかなか、読み応えある大作、電子書籍で手軽に読めます。

 

旅をしても、ハレの日は地元にいたい

 今年も桜の季節が来まして、日本のどこでも学校や公園、神社、お寺、名所旧跡、大きな会社などいろんなところに、ここにも桜があったのかと咲き誇ります。

 私は子供の頃は、桜などあまり意識もしませんでした。

 会社に入って多くの転勤で各地の桜も見ました。4月の人事異動で転勤する時上司から「4月の異動はいいぞ、アイツが行った時、キレイな桜が咲いていたなあと思い返される」

 桜の季節の異動は送る方も、送られる方も思い出に残ると言われました。

 そういうものかと思うと、各地の桜が送ってくれるようで感慨深いものがこみ上げました。ある時は、東北に異動して、桜に送ってもらい、迎えてもらう時も、まだ向こうでも桜が咲いてくる時期で、歓迎してくれているようで、また感慨深い気持ちになりました。

 桜守りをする人も大変な苦労と聞きます。名勝といえど、その地の桜を維持するのは大変です。

 仲間や家族と花見へと簡単にいっても、年によって開花はバラバラで曜日を選んでいると天候が悪かったり、その間に散っていってしまいます。

 京都に落ち着いて居を構えてからは、近くにも花の名所があり、春のこの時期には地元の桜を愛でることが落ち着きます。

 春先に旅をしていると、「ここは桜の名所で、あと何日かで絶景だったのに」といわれる時もありますが、その時期は今は地元の花を見る方が安心できます。

 転勤で2年以上その地に住むと、幸いにもその地の絶景が見られます。静岡の富士山をバックにした桜、八郎潟の菜の花と残雪とがマリアージュした桜、三陸海岸の海沿いの桜、天橋立や宮島なとの名勝の桜も見たことはあります。

 それでも、桜や紅葉だとか、祭りや花火なども、旅でその日だけ見に行くのではなく、地元に住む人のものだと思うのです。開花時期などや、天候や曜日の都合で、旅行などで1シーズンだけでは、その土地を知り、語ることは難しく、そこで樹木や祭礼、文化財を護る地元の人たちに失礼な気がするからです。

 京都は確かに大きな町ですが、家から歩いて行ける範囲でも地元の祭礼もあり、桜も紅葉もその他の自然も、社寺仏閣もたくさんあります。毎年、その様子も変わり、じっくり楽しめます。

 旅先のベストシーズンの絶景はお金をかけなくても映像で十分見れますし、無理して行ったところでその通りに見られるとは限りません。

 地元のハレの日には家にいて、地元を支えてくれる人に感謝しつつ、ゆっくり楽しみたいものです。

ドラマも終了、時代が流れ難儀なコトばかり?

舞い上がれの舞台になった五島列島福江島 鬼岳

 私も毎期見ていた訳ではないですが、テレビ離れの中、未だにそれなりに見る人はいるNHK朝の連続ドラマ、通称朝ドラをめぐる過去と現在のお話です。

 思い出すと朝の出勤前の時計代わりに見ていた時期や、職場の昼の休憩時にチラ見していた時代があったりで、歴代の主題歌や主演女優はそれなり懐かしいです。

NHKホームページより

 今回の「ばけばけ」は113作目だそうで、比較的無名俳優でマイナーな映画などで活躍していた高石あかりさんが、なかなか良い演技をしていたようです。主題歌がまったりとしていて、心を打つものがありました。

 ヒロインの母親役で池脇千鶴さんが好演されていましたが、2001年朝ドラ65作目「ほんまもん」のヒロインでした。25年前はアイドルというかかなり美少女的なイメージでした。

 そういう面では、今クール、この冬から春の時期のドラマはかつての朝ドラのヒロインが主演もしくは主演級の役どころで頑張っておられました。

 一番時代を遡るヒロインなのが、1996年54作目「ひまわり」松嶋菜々子さんが「おコメの女」で熟年パワーで、まだまだ主演を張っておられました。

 2010年少し低迷に落ちた時期の朝ドラを強化し、人気を取り戻したのが「ゲゲゲの女房」、水木しげる役の向井理の女房を演じたのが松下奈緒さんでした。今クールは「夫に間違いありません」の主演。重たいサスペンスで難しい役どころを安定の演技でした。

 同年後半83作目「てっぱん」で明るく初々しいダンスが記憶に残る瀧本美織さん、久しぶりな見ました。今クールでは「身代金は誘拐」で目まぐるしい展開に翻弄される主人公の妻役です。

 さらに続いて84作目の2011年「おひさま」のヒロイン、井上真央さんが「再会〜Silent Truth〜」で、子供時代の犯罪が現代に繋がる難事件の重要な役どころ、正統派の美人女優だった、彼女も久しぶりに落ち着いた年齢でも役どころでした。

 そして東日本大震災後のエポックでもあり、話題をさらった2013年88作「あまちゃん」の能年玲奈(現のん)さんが「こちら予備自衛英雄補!?」というコメディで久しぶりに地上波連続ドラマの主演に返り咲きです。事務所独立の事情で干されて、名前も変えて、苦労もあったでしょう。映画や配信、BS、CMなど徐々に復帰され、演技力はさすがです。

 記憶に新しくなりつつある101作目2019年「スカーレット」のヒロイン戸田恵梨香さんが今クール日曜劇場「リブート」で鈴木亮平とダブル主演です。この枠らしい豪華な配役と面白い設定のドラマでした。この頃から、NHKの朝ドラは視聴率稼ぐため、もう売れている俳優が主演になるケースも多く戸田さんも既にドラマや映画で人気者でした。むしろ旦那さん役の松下洸平が脚光を浴びました。

 翌2020年の103作目の「おちょやん」主演の杉咲花さんが今クールでは「冬のなんかさ、春のなんかね」で小説家のヒロインでした。どんな役でも可愛くて、演技力は凄い俳優さんです、

 2023年108作目「らんまん」で植物学者役の神木隆之介のお相手を務めた浜辺美波は、大河ドラマ「豊臣兄弟!」でヒロインではありませんが秀吉の奥さん寧々を演じ重要な役どころです。同番組で主演仲野太賀演じる秀長の幼なじみを演じる予定だったヒロインはスキャンダルで辞退され白石聖さんが代役となりました。2019年98作目「半分、青い」のヒロインだった永野芽郁さんは残念ながら、地上波のドラマではしばらく見られないかもです。

「ばけばけ」の前作112作目、昨年の「あんぱん」に主演した橋本環奈は「ヤンドク!」で元ヤンキーの医師役、その前々クールでも「天久鷹央と推理カルテ」でも変人天才医師でしたから、ドクター役がハマる?超売れっ子で何をやっても橋本環奈、キャラ立ちが難しいですね。

 以上、つれづれでタイトルが少し違うとか漏れてる俳優さんがいるかもしれません。

 107作目2022年の「舞い上がれ」の舞台五島列島福江島をレンタカー借りて、朝ドラ主題歌メドレー聞きながら走っていてこんな回想をつれづれに書きました。

 もう、あの俳優さんが落ち着いた母親役とか、時代の移ろいを感じます。

 ヒロインではなくても、かつてピチピチのアイドルや若かった俳優さんか、ベテラン俳優になられてるのに驚き、時の流れを感じます。

 あの俳優がデビューした頃、あのドラマや映画を見てCMが放送され、あの歌が流行ってた頃は、会社でこんなことしてたとか、家族がどうしてたかとか、懐かしく思いながら今の時を走り続けます。

 

 

40年前の現業改革は今よりマシだった

 私たちが学生で就職しようかというとき、まだJRもNTTもJTもありませんでした。それぞれ国鉄、電電公社、専売公社でした。

 就職で学ぶべき社会や時事用語に三公社五現業という言葉があり、国の直轄事業が大赤字を抱えているという時事問題でした。

 当時は政治や財界のトップが行政改革のため臨調といわれる、臨時行政調査会という組織を作りました。ここで大鉈を入れる改革をして、官から民にという流れができました。

 借金を国が肩代わりして、天下り先であって半官半民の部分は残りますが、40年前に今の携帯電話会社やJRの経営状態は誰にも想像できなかったと思います。

 その後も郵政の民営化や、事業仕分けなどはありましたが、その後の国家財政は少子高齢化を言い訳にどんどん厳しくなりました。何かを仕分けて、切り離して改革しようというより、小手先の政策を掲げて、どうやって税収を確保しようという税率を上げ新しい税金を増やすだけになりました。

 40年前の臨調で道筋ができ国鉄は分割民営化されました。その中でJR東日本は首都圏の電車や東北新幹線なども走らせていますが、上場し利益を上げ、今や鉄道事業以外の収入が8割を占めています。

 この民間の発想からの発展、企業の拡大はやはり国ではできなかったでしょう。

 当時はレーガンが実践した「小さな政府」という経済の考えが臨調の基本にありました。財政支出拡大か小さな政府かは賛否分かれるところですが、イケイケの高度経済成長期に膨張し、増殖したのが、オイルショックで戦後初のマイナス成長になり、大きな改革を世論も後押ししたのです。

 まだまだ組合の力も強い中で、国鉄やその他の現業を国から切り離して、別の会社や職種に就かせるのは大変な難行だったはずです。

 現代は国の組織は切り詰められたようで、残った所は自己の保身と増殖を繰り返している感じがします。

 生き残った官僚機構は切り離されないだけに悪質な病巣とも言えます。

 国のことを考える優秀な人材は厚遇して集めないといけませんが、保身や組織維持、自分の天下り先確保にその才能を発揮されてはたまりません。

 今こそ真剣な国の改革を考える時代なのです。40年前の臨調再びです。

 

70年前全通に歓喜した路線が廃止へ

 福岡県北九州市小倉南区の日豊本線城野駅と大分県久大本線夜明駅を結ぶ日田彦山線。旧国鉄なは珍しく、二つの地名を合わせた線名の路線です。そこには数奇な悲喜こもごもの盛衰があります。

 北海道や九州には高度経済成長期までに炭鉱からの石炭などの輸送にできた多くの鉄道が、廃止されるか、地域住民の細細とした利用でつないでいます。

 先日たまたま見ていた昭和の鉄道風景という本に、日田線と彦山線が1957年待望の全通を果たし、現在の日田彦山線ができ、街中が歓喜してお祭り騒ぎになった写真が載っていました。

 2017年の九州北部豪雨で甚大な被害を受けて南側の添田と夜明間は長らく不通となり、バス輸送システムBRTが代替していました。

 炭鉱は閉山し、地域輸送のローカル路線で、その以前から既に貨物列車も、急行、快速などの優等列車もなく、莫大な費用をかけての復旧の目処は立ちませんでした。

 鉄道としての再開は無理と決定して、本年2026年3月31日をもって鉄道としては廃止となります。

 古い写真に見られたあれほど待望され、喜びで溢れて全通した鉄道だったのに、歳月は無常です。

 鉄道での復旧には地元が線路や鉄道施設を負担する上下分離方式でとJR九州が要求しました。費用負担はできないと地元自治体は財政難で難色を示して廃止という悲しい結末を迎えます。

 BRTの方が細かく鉄道駅より増えたバス停も増え、物珍しさで観光客も増えたそうです。BRTの開通時もそれなりに賑わいましたが、今後は地域に定着するかは課題です。

 地方の鉄道のいくつかが元々赤字体質なのに、災害に見舞われて被災から復旧することができずに廃線という憂き目に遭っています。

 廃線跡を歩くのを趣味としている私ですが、鉄道の跡地は意外と転用が難しい土地です。BRTのバスレーンもですが、自動運転の車や、ライドシェアの車、電動キックボードやアシスト自転車などの新しい交通機関の専用道に使うアイデアも良いかと思います。法律的な規制を緩和して実現して欲しいものです。

 鉄道の駅は必ずしも、学校や病院、仕事場、観光地に近いとは限りません。駅から2次交通が必要な場合があり、安全基準をクリアし廃線跡から小回りの利く乗り物を使えればとても便利です。

 廃止の鉄道路線の後は、運転手不足でバス転用すら難しい場合もあります。地方交通のあり方、交通弱者救済は待ったなしです。

 過疎の進む地方で高齢者の運転免許返納をという全国一律の押し付けをする前に、実態に合った交通機関や移動手段を確保し、交通弱者を救い雇用を産んで経済を回すことを国は考え実現すべきです。

日本の野球はもっと面白く、パワフルに変われるのに

 球春と言うのでしょうか、桜もチラホラ咲き出した昨日、メジャーリーグと日本のプロ野球がNPBが開幕しました。センバツ高校野球は先に開幕して、決勝までもう少しです。

 今年からセンバツ高校野球でDH制が導入され、先に延長タイブレークも実施されているのでなかなかゲームとして面白いです。

 日本のプロ野球はまだセ・リーグのDH制は来年導入が決まっただけ、クライマックスシリーズのアドバンテージをちょこっと調整しただけです。

 WBCで日本がベスト8で敗退すると、ピッチクロックやピッチコム制の導入を慌てて検討するとか、外国に負けないパワーの野球をとかあたふたとはしています。

 しかし、朝MLBを見て、その後、NPBを見ると大谷らスターがいるとか、推しのある無しは別にしても、パワー以前にスピーディさで敵いません。

 高校野球はスピーディなのに何で日本のプロ野球はこんなに試合が長いのか?これでは現地観戦でも視聴コンテンツとしもゲンナリです。

 昨日も早い試合でも2時間半、3時間超えが当たり前で4時間近く、開幕戦から延長10回の広島対中日は4時間超えて、終わったのは深夜10時半頃です。開幕カードを楽しみに来た人で、子供連れや交通機関の事情で帰らなければならず勝敗の結末を知らずに帰る人も多かったでしょう。

 ナイターは、ゆっくりビール飲みながら球場でああだこうだ言いながら観戦する人が多いからいいと反論する人がいますが、そういう問題ではないでしょう。

 野球は日本で長年伝統があって、OBや支える団体も多いですし、利権もからみますからなかなか改革できません。テレビ中継にCMをたくさん挟む、球場のビールや食べ物、グッズをたくさん売るなど、冠スポンサーなど興行全体を含めさまざまな利害関係者がいて、観る者はないがしろにされます。

 ピッチャーの交代も長くやたら多いCMタイムです。ピッチクロック、ピッチコム含めて投球間隔もですし、イニング間ももっとイベントや宣伝を減らしてテキパキできるはずです。

 Jリーグで今年は引き分けなしのPK戦をやっています。世界的にも珍しい試みです。これは面白いです。帰りのファンは必ず勝つか負けるかになる訳で、一戦必勝のトーナメントと同じで、緊張感と迫力があります。

 日本のプロ野球はダラダラと延長をして、結局12回で決着がつかないと引き分けになります。

 勝率で順位を決めるのに、引き分けがあると、不公平にかり、そこも大きな問題ですが、やたら長い4時間超えての試合で決着がつかないというのは見て消化不良もいいところです。

 負けより、引き分けがマシ、引き分けに持ち込みのも戦術にはなっていると言われ反論もあるでしょうが、世界的にはタイブレークが主流です。

 NPBは継続した記録を重視もしますが、延長12回で先行が点を取れず、後攻の負けがなくなり、勝ちか引き分けしかないというのは、モチベーションが大きく異なって記録の価値は違います。観る側もしらけます。

 タイブレークは戦術的にも面白いですし、10回にはたいてい決着はつきます。

 もっと面白いのはドバイのプロ野球リーグで導入されているホームラン競争で決着というのは、サッカーのPK戦のパクリのようですが、これは楽しそうです。

 高校野球でも、延長なしでホームラン競争で決着なら、高校球児はバントや盗塁ばかりをチマチマやるより、ホームランを狙うパワーをつける練習をするでしょう。

 すると、高校のうちから、外国人に負けないパワーを養うことになり、楽しさと一挙両得なアイデアだと思います。

 日本がベネズエラに負け「実力が上」だったとか「パワーの差

で負けた」ガッカリしている人が多くいました。

「パワーをつけないといけない」「いややはり日本はスモールベースボール」だと意見が出ますが、スモールベースボールでは今さら勝てないし、一部のオールドファンしか受けないのです。ではパワーをつけるのにどうするのかというと、やはりホームランを狙う真剣な機会を増やすことです。

 日本の野球は監督の「待て」とか「バント」とか「流し打ちで転がせ」とか細かいサインが出て、ホームランだけを狙って集中する機会が少なすぎる気がします。これではいくらウェイトトレーニングしても、ホームランは打てない気がします。

 大谷選手のようなパワーヒッターをどんどん産むには、高校野球からバントではなく、ホームラン競争をやればいいだけです。

 まあ、カンタンなことですが、野球ファンというのは日本では保守志向で改革嫌がるから難しそうです。

 

 

少子化人口減少で家が余るはずの計算が

 趣味の散策で鉄道廃線や産業遺産などの遺構を探していると、今となっては相当リフォームしないと不便そうな住居もよく見かけます。

 古い団地はもちろん、一戸建てでも地域全体で、公共交通機関や医療機関へのアクセス、上下水道や電気・ガスの容量、ネット環境などのインフラと、若い世代ならいくら家賃が安くとも住むのは難しいでしょう。

 まだ私が40代の頃、勤めていた業界のライバル会社の人と雑談していた時、「私は次男なので、これこら家をどうするか考えないといけない」と吐露したのを覚えています。

 その時、年嵩の彼は、当時からも予測された少子高齢化人口減少を分析して、「大丈夫!日本でこれから家は余ってくるから」と安心できると理論で諭してくれました。フェルミ推定かもしれませんが、私が50歳、60歳となる頃には、日本の人口も世帯も減り、住宅は余ってくると論理立てて話していただきました。

 その推定、全く間違っていたわけではなく、実際に日本の人口は推定以上に減っていきました。

 ところが、限界集落をはじめ、インフラが追いつかない住居が増えていきます。

 かつて高度経済成長期には憧れだった団地やニュータウン、郊外の分譲地は、老朽化、陳腐化し、鉄道やバスの減便、廃止など交通の便さえ悪くなっていきました。

 冒頭に書いた多額の予算をかけリフォームしないといけない若い世代はとても住めない住居が余っているのです。

 昔なら、雨露を凌げ、食事と睡眠が保証されたら住めたものが、今はそうはいかないのです。

 公共交通機関はガマンできても、ネット環境や電気水道はマストな人も多く、やはり全てが揃わないと、若い世代の定住はあり得ないし、それにはやはり都会かそれに近い場所です。そうなると手に入りにくく、お金も昔よりはるかに多くかかるのが現代の住宅事情です。

 鴨長明の方丈記ではないですが、現代人でもカプセルホテルやキャンピングカーなどでも凌げはするのですが、毎日、通勤通学する多くの人がとなると、やはり都会でないとと、なってくるのでしょうか。

 それが、便利のように思える流行りであって、ネット通販やオンライン会議など、必ずしも都会に高いお金で住まないといけない理由も減ってはいます。

 最低限のインフラがあれば、もう少しシンプルに地方でも生きていけ、働くこともできそうなのですが、地方への移住、人口分散、上手くいかないものです。