湖西今昔 50年以上前の鉄道を追う

 滋賀県の湖西地方は京阪神から近く、湖西線が走っていますが山と湖に挟まれそれほど広い土地がありません。
 湖西線の前身には江若鉄道という単線非電化のローカル鉄道が走っていました。1921年開業ですから大正時代から昭和の戦後まで長閑に走っていたのです。1969年に廃止され、多くの路盤が国鉄末期の湖西線に引き継がれていて顕著な廃線跡は少なく、浜大津近辺の遊歩道ぐらいです。
 当時の最新鋭技術を使った全線踏切の無い高架、複線電化でハイスペックな路線をサンダーバードなどの特急が走る湖西線は、短絡のためトンネルを設け一部は江若の廃線跡とは離れているところもあります。
 湖西北部で風光明媚な近江の厳島と言われる白髭神社あたりも、山が湖に迫り湖西線はトンネルで通過し、最寄り駅もなく、湖西線ではこの光景は見られません。
 クルマでの観光で短時間通過する人も多いようですが、琵琶湖の東側の近江八幡、彦根、長浜などの主要な観光地に比べると、規模も小さく鄙びた感じです。
 短絡新線の湖西線もかつては寝台特急日本海、トワイライトエクスプレス、雷鳥、白鳥といった名物特急が走り、今も高頻度でサンダーバードが駈けますが、特急以外は新快速が走るとはいえローカル線でとくに堅田以北は1時間に1本のダイヤで70年代開業の面影を残す古い駅施設です。
 湖西は湖東ほどは発展せず北陸新幹線が延伸すれば、並行在来線扱いで特急はなくなり、3セクのローカル鉄道へ戻るかもしれません。
 何だか、人生を見るような鉄道の発展、成長、栄枯盛衰があります。

守秘義務スレスレで話します 役所の個人情報管理

 ある程度良識ある方は、公務員の仕事は、一見安定はしているけども堅苦く、何か問題が起こると非難の矢面に立たされる辛い面もある忍耐だとご理解いただいているのではと思います。
 もちろん、官僚の上の方へ行くと、俸給も高く、かといって政治家の顔色を窺って結構楽しでいるとも思われがちです。
 少なくとも、一般の国民にとって、ネットで呟けても、身近に文句を言える相手は、近くの役所や公的機関の窓口や電話に直接出た人です。
 そんな人に岸田総理や、デジタル大臣、官僚や市長クラスへの文句を言っても始まらないのはわかるのですが、世の中ボヤキたくなるこのは多いのでしょう。だから忍耐のいる仕事です。これは正職員も有期雇用の非正規も変わらないのがまた辛いところです。
 民間企業を定年退職して、何の因果か公的機関のお仕事をしています。その中で守秘義務があって、退職しても軽々には言えないこともありますが、違反にならない程度に、今騒がれているマイナンバーカードに関連した部分で、個人情報の取り扱いってどうなっているのかを書きます。もちろん、全ての役所の現場を知る由もないので、自分の経験や伝聞から、誰でも想像、推理できる程度のものです。

 前置きが長くなりましたが、結論をひとつ、
「役所、公的機関はマイナンバーカードやそれから導かれる個人情報をとても大切にしています」
 それは窮屈で、面倒くさく、時には残業になったり、細かなミスを糾弾したり、煩雑な申請を書き、承認や管理のハード、ソフトの仕組みがあります。
 もちろん、マイナンバーカードの連携による電子申請なども急速にできたものもあり、現場の省庁、役所にもよりさまざまな温度差や格差はあります。
 もちろん、映画やドラマに出てくるような超絶スキルのハッカーが侵入しないとも限れませんが、パソコンそのものからUSBメモリでデータが簡単に抜かれるようなことはできません。未だにテレビでは、USBメモリに大事なデータを移すシーンが描かれていますが、私が最後にいた会社もそうでしたが、その後の公的機関もパソコンそのものが基本USBメモリは使えません。挿し込むだけでウイルス感染するかもしれませんから、そんな甘い体制のところはもうよほど田舎の役場でもあまりないでしょう。個人情報管理の研修はどこもやらされています。そういう点は、過剰なほど手間をかけているので安心と断言できます。

「マイナンバーカードで、家族構成や所得の情報だってとれるのに、何で未だに公的な手続きにはいろんな書類が必要なの?」
 相続や、年金受給の手続き、扶養の手続き、マイナンバーカードで、一本化されたのに、戸籍であるとか、いろいろ添付書類を求められるのはなぜなのでしょう。役所の人は調べたら何でもわかるなら、いちいち細かいことを求めないで欲しいとも言われます。
 一部は過渡期だからかもしれません。しかし、この必要書類がいまだにいるというのは、法律で決まっているものと、先に述べたマイナンバーカードのセキュリティの強さ、個人情報の管理の裏返しなのです。
 マイナンバーカードを記入して、申請しただけで、その書類を受け取った職員が役所のパソコンを叩けばその人のあらゆる個人情報を見れるわけではないのです。
 例えば悪質な所得隠しや、財産隠しがあって、国税とかで調べるとしたら、マイナンバーから、上司を通して関係部署、いろんな手続きを踏んで閲覧許可や記録もとり、限られた時間と用途で、一切別の目的を外して許可が下ります。こういうことは、少し考えれば想像がつきます。
 ですから、マイナンバーカードを渡しても、ストーカー的な変な職員がいても、記入情報以上のことは調べられないし、落したとしてもそこから何かを引き出すことは難しいのです。
 そして添付書類が必要なのは、それが入手できることで本人である信頼度が高まり、手続き業務が早くなるのです。これも過渡期のものもあるかもしれませんが、仮に添付書類なしから、所得や雇用や家族状況にたどり着こうとすれば、1枚の申請書から申請が回るまでに担当者は大変なセキュリティを外す時間を強いられます。
 あとは添付による申請が、条件と決められているものです。年金の免除であれば、添付必要と「失業の証明」「所得激減を申告する申立書」と書かれてれていたら、「俺が失業したのは、あんたら調べたらすぐわかるやろ」「ウチの店が売れていないのは調べれば分かるはず」といっても決められたことだから、それには書類が要るのです。書類さえ添付されていればルーティンで早く流れることです。
 マイナンバーを書けば、名前も住所も要らないじゃないかと言われても。申請の名前の欄には本人の名前がないと申請書にはなりません。保険診療を受けるのには、保険証の提出が必要で、それがマイナンバーカードでできるようになったわけであり、マイナンバーの数字と、顔写真の入った運転免許証を持ってきて、「本人だと分かって、番号もわかるから、どうせ機械に番号を入れて診察させろ」と言われても、それは従来通りで保険証がないのと同じで不可能なのは、わかると思います。
 多くの添付書類も今の段階では、決め事と、マイナンバーカードからのセキュリティのためと迅速な処理のため必要なのです。
 そのために、役所の人は結構苦労して、煩雑で間違いなく面倒な仕事をしています。

天使が舞い降りる25の法則

「天使が舞い降りる25の法則」
タカラヅカの楽屋に貼られている「ブスの条件25」の戒めを、自分なりに新解釈してみました。
逆説的に美男美女?で仕事をして、ひとが集まり楽しくできるかにはどういう条件が必要かです。
.笑顔がいい挨拶ができる
苦虫を噛んでるみたいで挨拶もできない人に誰も仕事を一緒にしたいとは思いませんね。
2.お礼を言える
3.美味しいと言える
4.精気がある
5.自信がある
6.愚痴をこぼさない
愚痴らず人の倍働く。時間が倍にならなければ倍工夫する、考える考え抜く誰かに聞いたり本を読んだり最低でも人の倍努力してみる
人と同じだけのことをしていても、つまらない仕事でしかない。人の倍やると、つまらない仕事がつまらなくなくなる。
非凡な人は普通の人の、最低でも3倍働いている。面白くないこと辛いことも経験であり、コヤシとなって人を大きくする。
経験していくことは決して無駄ではない。毎日がつまらないなら、それは君自身がいつまでもつまらないからだ。
つまらない毎日から脱却するのは、自分自身を面白くするしかない。
7.希望と信念がある
8.悪いときも周囲のせいにしない
「仕事が面白くないのは〇〇がバカだからだ。会議ばかりやってる。幹部はちっとも現場をわかっていない。こんな仕事やっていても意味ない」
今が楽しくないのは〇〇が悪いからだ(自分は悪くない)と思うことこそが、諸悪の根源である。自分の好きなことだけしないこと。
みんな「自分のすきなことで、自由にやれて、楽で、給料もよくて、楽しい仕事がしたい」と本当は思っている。でもそんな仕事は絶対にどこにもない。
なのでせめて自分の好きなことをしようとする。それもかまわないが、自分の好きなこと『だけ』をしていると、
結局はそれしかできないことになる。どこにもつながらないし、誰も相手にしないし、何も広がらない。
9.自分をよく知っている
10. 声が大きく元気
11.なんでもないことに傷つかない
12.他人に嫉妬しない
同期や同僚、同じ程度か自分以下の仕事しかできない人が評価されたり先に出世する不公平や不合理はどこにでもある。
自分の能力以上に評価され、昇進することほど、ある意味不幸なことはない。
高いレベルの学習・経験をつもうが、誰も褒めてもくれなくなり、自分を律して成長していくエンジンをうしないかねない。
嫉妬も不平も言わず、ひたすら自分に与えられた職務とそれ以外も、職階以上の仕事をしていく姿が、実は最高にカッコイイ。
13. 目が輝いている
14.いつも口角が上り気味
への字の口の両側を上げ、笑顔になるだけで、毎日すこしずつ面白くなる。
15.責任転嫁しない
16.共感したり感動したりする
17.楽観的に物事を考える
人間は何にでもなれる
必ずなると決意すれば、天使が舞い降り、不思議な力を発揮して、成りたいものに必ずなれる。
周囲を苦しめず 周囲を喜ばす 一歩一歩なりたいものになる努力をする。
天使の心に周囲の天使の心が集まり、なりたいものになるのを手伝ってくれ、幸運の出会いが始まり成りたいものに必ずなれる。
自分の中の天使の力を信じて、決意した理想は必ず叶えられる。
18. 問題意識を持っている
19. 他人に尽くす
自分の身の回り 机の周り クルマ 家 会社 せめてキレイに整理整頓。
他人とのネットワークはやがて自分が助かるときがある。
20.他人を信じる
21.人生においても仕事においても意欲がある
22.傲慢でなく謙虚である
23. 他人のアドバイスや忠告を受け入れる
24. 本当に正しいことは何か常に追い求める
いろんな情報があふれる時代。すぐに結論に飛びついて行動を起こしたくなる。
でも常にこれが正しいことなのかは、始める前に、最悪やり始めてからでもよく考える。
ときに集団も間違った意思決定をしてしまう。
昔は誰もが正義のヒーロー&ヒロインだった。いつからか悪の手下と手を結んでいるような自分がいないか!
25. 存在自体が周囲を明るくする
2017年秋イベントで一緒にお仕事したヘア&メイクアーティストの方
本当に明るく、積極的で仕事が好きで勉強が好きで、毎日が楽しくて輝いてるような人でした。
オフがほとんどないほど、仕事をかけもって、でも収入や保障は大会社のようにはいかない。
それでもあの人にまた会いた、話を聞きたい、指導を受けたい。
大会社で高給とってても、笑顔一つなく、ろくにゴミの片づけもできない人が残念ながら多かったです。
(美を売る会社、掃除道具売る会社だったんですが)
仕事って本来、苦しみ苦行であってはいけない。ましてそれが顔にでるようでは周りが迷惑な話です。
輝いていてまた会いたいなって魅力的な人に天使は舞い降りてきます。

書評&映画レビュー 瀬尾まい子「夜明けのすべて」

 小説と映画イッキ見です。朝ドラファンにはこのお二人萌音と松村君、どこかで見かけたと思います。「カムカムエブリイバデイ」では二人は戦中に結婚して、すぐに死別する運命でしたが、こちらはさてどうでしょう。
 小さな工場のような会社が舞台で、月に1回のペースで訪れるPMS(月経前症候群)の影響で怒りやすくなってしまう女性藤沢さんと、如何にもやる気がなさそうで彼女に八つ当たりされる転職社員山添くん。彼もパニック障害を患い生きる希望すらも見失っていました。互いに恋愛感情や友情すらも感じていないのに、いつしか2人は互いの心の病を治せるのでは、それぞれに助けられるのではと思い始めるというハートウォーミングなストーリー。
 映画と原作は例によって、いくつか設定を変えてあり、想像できる事情で出てこないエピソードもあります。(以下ネタバレ注意)
 ただ、原作ではタイトルの割に気象に関しての描写がそれほどなかったのが、会社自体をプラネタリウムを作っていることにしたのは秀逸です。小説だと漠然と会社や工場で事務とかの描写で許されても映像だとそうはいかない部分でもあります。
 小説からはカットされたエピソードもそうですが、二人の人気俳優に過剰に配慮しすぎ、ここは減点大です。とくに松村君はイケメンでヘアスタイルもおしゃれなままで、前の会社への復帰意欲も満々に描いているのが少し引っ掛かります。病気の苦しみがあまり伝わらないところです。
 上白石萌音さんは好演だし、ハマり度は高い役ではあります。萌音さんは元々歌がうまいはずなので、歌唱のエピードを外したのは原作ファンには大いに不満でしょう。別に彼女が音痴を演じてもそこで評価が下がる訳ではないのに残念です。
 結末というか、エンド部分もだいぶ違うのは、ううん、さすがにネタバレ過ぎてこれはですが、そこも小説のエンドでいいように思えますがそこは個人の好みでしょう。

 人生は思っていた以上に厳しいものがあるけれど、きっと誰かの心を癒せる救いの道は残されている。本作はそんな持病を抱えたり、トラウマや負の心を抱いてきた人たちに送る、生きるのがほんの少しだけ楽になる、心が温かくなる物語です。
 
 それだけにもうちょっと、あんなに可愛い子やイケメンなら人生なんとかなるよと観て嘆きを感じる人がいれば元も子もないのです。俳優さんは宣伝やら美しい絵を撮るところはあっても、導入部などもう少し地味で汚しても良かったような気がします。
 有名な俳優さんを使うことで少しでも病気のことなどが社会に認知され、原作を読む人も増えればと思います。

あざとい生き方の人へ

 昨日は山本陽子の訃報で、俳優さんの運命について書きました。

悲しき女優の死 – 天使の星座 (seizafpkotodama.com)

 若い時、元気で若さのままビジュアルに秀で媚びてあざとく世の中を生きてきた人は芸能界以外にもたくさんいます。40代50代となり落ち着いて過ごせる人もいますが、どちらかというと若い時のスタイルが限界に来ているのに生き方を変えれず悩む人の方が多いようです。
 結婚してパートナーに支えられながらも、相手さえも以前ほど気持ちをこめて支えてくれそうではないのです。ましてや独身となるとチヤホヤされたモテ期は彼方に遠ざかり、かつての自分を思い出させる若い後輩たちをやっかみたくなるものです。肉食系の人でも、食べたくても近づくのは若い相手ではなく、他人のことは言えないはずなのに、年寄りがよってくるぐらいです。
 それでも年代に合った友達ができれば良いのですが、かつて女王様やアイドル的な存在でセンターにいた人はそうもいきません。かつての自分を知る相手に、矜持を捨て少しずつグレードを落としても媚びを続けていくか、自分を変えていくのか分かれ道です。
媚びがコミニケーションという能力に昇華していればいいです。
 ウソで固めたような媚びには誰もが気付いています。そのウソが魅力的かどうかが最後のチャンスかもしれません。
 私は個人的に、それでもウソをつく弱い人は可愛い、憎めないと思える時があります。
 

悲しき女優の死

 最近は女優というとやや不適切となるそうですが、私らの子供時代の美人女優の典型だった俳優山本陽子さんが81歳で先ごろ亡くなられました。
 現在だと、北川景子さんとか、広瀬すずさん、浜辺美波さんとかまあ一人には絞れないけれど典型的な時代を代表する、子供にとってはキレイなお姉さん女優でした。
 昨年末まで長年CMを勤めた海苔の会社を訪れるなどお元気そうで、彼女の場合不幸な人生とは言えないしょう。詳しい晩年は報道程度ですが、特に若い頃、元気さや美貌が印象的だった人の老いと死の報道は胸が締め付けられるようなものがあります。
 俳優さんやアスリートの中には、やはり若い頃チヤホヤもてはやされ、恋愛も遊びも自由でイケイケだった反動の悲しい晩年、地味な晩年というのもあります。、最終的には独りで孤独に晩年という人も報道されます。
 少し時代外れますが、大原麗子さんもやはり、時代を代表するような俳優さんでしたが、結婚運も良くはなかった感じで孤独死のような形で以前報道されました。
 もっと不幸な感じだったのが、若手時代は清楚な美人役で国際スターとも言われた島田陽子さんも、後年は借金で汚れた仕事もされ、寂しい晩年で病死されています。
 時代が変わり、比較的若い頃に俳優をやめ同僚の俳優、一般人、政治家や実業家の富豪と連れ添い幸せそうな人もいます。最近のアイドル女優は若く元気で美しい姿を人々の記憶に刻み、優雅に年齢を重ねていかれるのかもしれません。

少数野党の限界?

 GDPがとうとうドイツにも抜かれ、国際的地位も多くの国民生活も二軍落ち、2等国に下がりつつある日本です。多くの保守層もさすがに危機感はあります。
 それでも与党保守系支持の方は、よく共産党や立憲民主党、れいわ新選組のような野党なんか党方針もとんでもないし、政権担当さっせられないし要らないと思っています。自民安倍1強と言われた時代が続き、政府はやりたい放題で財政も経済も低迷、国民そっちのけで裏金問題の体たらくです。
 日本の選挙や政党政治の在り方がオワコンとも言われ、矛盾点や課題は山のようにあります。しかし、立法府として政治の中心のやりとりが今の国会ではいくら何でも情けなさ過ぎます。議員の在り方、政治家の金の使い方だけ見れば、野党の方がきれいだし、与党より言うことははるかにマシで、日本のためになる改革を語っています。
 別に野党を真剣に支持するわけではないですが、結局オール与党に近く、不信任案も倫理委員会や証人喚問など野党が要求しても屁の河童、糠に釘では国会をやっている意味はありません。
 その場しのぎのゴマカシを聞いていると、検察と警察、スクープ週刊誌があれば野党など要らないと思えるほどの微力な存在です。これでは巨大与党の中心の派閥が好き勝手にお金を集め勢力拡大を図るのが止められる道理は無かったでしょう。
 こんな緊張感のない国会でまともな法律が決まり、政策が決まっていくはずがないとは思います。
 与党の多くの議員を辞職させても政権は交替するほどではありません。ここは政権中枢はなるほどと唸れるくらいの改革を進めれば、政権は盤石になるはずです。
 逆に処分が甘ければ、急降下でバラバラになり、政権を失う可能性があるほど、今度の国民の怒りは燃え盛っています。
 しかし今の野党は、党の方向、政策や思想がバラバラで政権の受け皿になったとしても過去最悪の政権になりかねないのです。二大政党制の受け皿ができていない。澱んだ政権が続き、改善するのにひどく傷みをともなうので変わらないという閉塞した状況にイラつくわけです。だからこそ、現与党内で厳しい基準を定め、政治を地味に着実に刷新していくのがベストなのです。

自死か事件性のある死かテレビ局の闇

 日本テレビで昨年秋放送されたドラマ「セクシー田中さん」の原作者である漫画家の芦原妃名子さんが亡くなりました。その少し前にインターネット上でドラマの脚本家と原作者である漫画家、双方が異なる主張を発信していたことから、いりいろ物議をかもしています。
 最初私は、木南晴香さんがハマリ役だと思いドラマを見ていましたが、いろいろ状況を聞き調べてみるととんでもない奥の深い問題のようです。
 結構信憑性の高い情報もありますが、書けないほど酷い話です。絶対確かとはいえないので断言はできませんが、もしそれが事実なら、本当に今のテレビ界はとんでもなくブラックです。少なくとも悲しい不幸な死につながる土壌が明らかにあるのです。
 ドラマ部と報道部は違うとかあるでしょうが、新聞やら雑誌もたいがいですが、報道に比べ、局にもよりますが、地上波ドラマの制作はさらに酷い世界です。
 役者や漫画家、作家など優れた才能がある人がいろいろ頑張っているのに、何だか理不尽というところが多すぎます。対立があったというのでもちろん、どちらがどう、どこまで正しいというのは分かりませんが、とにかく残念ですし、それを誤魔化さないといけなかったならもう許されないレベルですね。

死刑とは 書評:中山七里「殺戮の狂詩曲(ラプソディ)」

 以前は本格ファンにも人気で「このミス」上位の常連だった中山七里も、どんでん返しや叙述トリックのパターンは尽きた感じです。社会派テーマとキャラミス的なシリーズ探偵人気にシフト、ややパワーダウンはいえ安定した読み応えです。
 悪徳弁護士の御子柴が主人公の司法がらみということで相変わらずテンポも良く、サクサク読了しました。 今回の依頼人は老人ホームで大量殺人を行った男、相模原の例の事件を想起させますし、御子柴自身が神戸の連続幼児殺害犯が更生、成人した設定の弁護士で、この二人が被告と弁護人で組むという話になります。
 ネタバレであらすじはここまでにしますが、大量殺人で死刑求刑かということでは京アニ事件もダブります。
 些細な面では、傍聴券の抽選の制度は、ほんの少しのタイムラグですがこれが書かれ2021年からは当日右腕にタグを巻き絶対に代理が不可で転売ができない仕組みになっています。
 作者は、音楽や法廷のミステリを書いていますがどちらも専門ではなく、表現がやや極端でバタ臭い印象を私は感じますが、最近の社会派的テーマがそこを薄める印象を与えるのでしょう。
 死刑制度、いわゆる永山基準も文中に登場し、問題を投げかけます。
 ここからは書評とは離れた情報と一般論です。相模原の実際の事件の判決はすでに控訴棄却で死刑が確定しています。京アニの方は控訴のようですが、ここまで来ると結局極悪の犯人が死にたいなら死刑は極刑、あるいは被害者遺族の恨みが深いから極刑と言えるかです。
 死刑と無期だと刑の重さがえらい違いやと、いまだに思い、無期懲役だと十年ぐらい我慢したら模範囚で身元引受があれば、シャーシャーと臆面もなくシャバに出てくると、結構誤解の向きもあります。今は10年では釈放されません。言葉どおり無期で、殺人罪なら何十年と出てくる可能性はありません。死ねば終わりの死刑よりも、永遠に罪の償いをさせられる無期懲役の方が、遺族の憎しみの対象があるからいいという話も聞きます。
 このあたりは、何か裁く方が粛々と罪に照らし行わねばと思うところです。

生活保護の誤解  物価高で誤った煽り報道

 厚生年金加入期間が40年近くあっても、退職金を65歳までに住宅ローンなどで減らすと年金だけで生活するのは確かにシンドイ時代になりました。
 光熱費や社会保険料がジワジワ上がるのも確かで年金は微増しても実質目減りです。年金は100年安心という話は、賃金が上がりインフレしてもスライドする年金支給は少し抑えて年金財政は破綻しないという意味であって、年金だけの生活はジワジワやはり厳しくなります。
 しかし、報道の中に失業などで厚生年金の期間が短く、国民年金中心の月5~6万の年金で生活している人が物価高の波に苦しんでいるという取材がよく出てきます。
 元々国民年金だけで生活するのは厳しいのは納得ずく当たり前の話のはずです。6万から健康保険を天引き。家賃を2万引かれ、光熱費を引いたら食費に回すお金がほとんどないと窮状を涙ながらに訴え、政府や行政の無策を今さら煽るのです。キャスターや経済評論家、弁護士などのコメンテーターまで、こういう映像の後、政治家や行政の無策を非難します。
 それはちょっと待ってください。国のセーフティネットはしっかり生活保護という制度があります。きめ細かく国民年金のみの生活の方は物価が上がる分は、支援金も給付しています。そしていざとなれば生活保護があるのです。

 持ち家があっても一定基準以下で贅沢をしなければ年金をもらっていても、生活保護の13万程度との差額は貰えます。
 そこらはしっかり周知することは報道の責任です。働けなくて本当に食費もないほど、苦しいなら生活保護の申請です。見栄などはらず、その前に身体でも壊してしまえば元も子もありません。
 憲法でも保証された健康で最低限の文化的生活は、残念ながら国民年金だけでは得られません。
 もちろん、生活保護は最終手段であり、それまでに働ける可能性がある、資産が売却でき支える家族がいたりすると認定はされえません。それでも仕事に就けてちゃんと高齢でも食べて入れるならいいはずです。
 また若い人が甘い考えで、年金なんて払わなくても、生活保護受ければいいとか、どうせそのうちベーシックインカムでみんな同条件になると思っている人もいますが、間違っています。生活保護は前述のとおり基準は甘くはないですから、楽に遊んでは無理です。またたとえベーシックインカムが実現しても、今までの制度改革を見ていると年金保険料を払った人には、しっかり差をつけた恩恵は設けられます。








「血を吐きながら続ける悲しいマラソン」って?

高齢者のマラソンではなく、高齢者が子供の頃見ていた特撮の中のお話。
 『ウルトラセブン』第26話「超兵器R1号」(初回放送1968年(昭和43年)3月31日)。兵器開発競争を皮肉ったウルトラセブン史上に残る重いエピソードです。当時は冷戦やベトナム戦争の真っただ中であり、このエピソード自体が核抑止による終わりの見えない軍備拡張を風刺したものであるといわれています。
 ソ連は崩壊したはずなのに、大国が武器供与をし核をちらつかせて局地戦が続く緊張は今も同じです。
 劇中、ウルトラ警備隊が属する地球防衛軍は侵略宇宙人への対抗策として、新型水爆8000個分の破壊力を持つ惑星破壊兵器「R1号」を開発し、ギエロン星で使用実験が行われることになったのです。セブンであるモロボシ・ダンは参謀たちに実験中止を進言に行くが、途中でフルハシ隊員に制止されます。
「忘れるなダン、地球は狙われているんだ。今の我々の力では守りきれないような強大な侵略者がきっと現れる。その時のために···」
「超兵器が必要なんですね」
「決まっているじゃないか!」

侵略者は、超兵器に対抗してもっと強烈な破壊兵器を作りますよ!

我々は、それよりも強力な兵器をまた作ればいいじゃないか!

「·········それは、血を吐きながら続ける···、悲しいマラソンですよ

 生物もいないだろうということでR1号の実験に使用され爆破されたギエロン星には生物が存在し、R1号の放射能の影響を受けてウルトラセブンのアイスラッガーも通用しない凶暴なギエロン星獣に変異し、復讐の為に地球へ降り立ち放射能の灰を吐き地球に甚大な被害を与えます。
 最終的にギエロン星獣はセブンに倒され、事件の反省から新型兵器R2号の開発も凍結され、物語はカゴについた回転車で、延々走り続けるリスの映像で幕を閉じます··
 ·地球の平和を守るという口実の元、人類が科学を暴走させてしまう警鐘めいた話はこの後の特撮アニメ作品にも登場します。
 
 ウルトラセブン自身が人類よりも優れた超兵器を持っている矛盾、星間戦争が本当に一方が正義で相手が悪いのかという問題もシリーズの他の作品にも見られるテーマです。反核とか、安保と自衛隊とかを揶揄しているなら当時の子供には難しい内容だったようです。この放映から50年以上経っても人類は当たり前に言い訳しながら苦しいマラソンを続けています。

クイズとしても最高の難易度とボリューム

 けっこう平積みで売れているようですが、3,000円もする分厚い本です。ていねいな文章を書く機会は減っている世代の方も多いはずに思うが、だからこそ必要なのでしょう。またクイズ感覚の表紙、帯がいいです。
 チャットなど画像に添える短い言葉だけでは、世の中さすがに渡っていけないのでしょう。動画を上げるにせよ、どこかで文章は使うわけですから、いざとなるとこういうハウツー本のようなものが必要なのかもしれません。
 前にも「新しい文章力の教室」(唐木元)という本も、ブログを立ち上げた頃随分勉強になりました。
 それでも、私自身の書いた文章随分長いわかりにくい表現が多く、後で読み返し今書いていながらも恥ずかしいものです。明確な誤字以外は遡って訂正しだすとキリがないものです。
 この本は分厚い内容ですが、クイズ形式でうんちくや読解力も試されます。
 人にもよるかもしれませんが、私はとても面白かった。半分店頭で見てもやはり「買い」だなと思った。ビジネスマンやインフルエンサー、ネット社会で文章を書く人も是非参考にして欲しいような気づきも多いです。
 画像の表紙の帯に出ている内容も、すぐわかるものもあれば、「これ何で間違っている?なんで不適切なのか?」と感じるものが誰でもいくつかはあるはずです。

被災地に神様は降りるか

 大災害の後、生き残ってもその後の避難で大事な家族を失い、劣悪な環境で患い死んでしまう災害関連死も報道されています。
 幸いにも命をとりとめたのに、結局死んでしまうのは悲しすぎます。学校の体育館などの避難所は、最近でこそようやく段ボールで間仕切りができたとはいえ、プライバシーがなく、水が十分でない中、食事やトイレなどの衛生面の不安、さまざまな不自由でストレスは溜まるでしょう。

 私の子供の頃、かつては、学校など外出に、ハンカチ、鼻紙忘れずには当たり前の習慣でした。ティッシュが出回るのはもう少し後の時代です。
 鼻をかむというだけではなく、万一出先で、大の方の用を足すとき、トイレットペーパーは必ず設置されているものではなく、公園などではまずない時代だったので絶対携行が必要だったのです。
 ここ十年ぐらいで、公共の施設、駅や公園でも随分トイレは改修され、洋式のシャワー温水付きの暖かい便座が当たり前になりつつあります。
 TOTOのウォシュレットの登場に驚いた時代からも30年以上経つそうですが、当初は一流ホテルぐらいでしたが、今ではコンビニや駅のトイレでも当たり前で、少し古い施設でシャワーがないとがっかりするぐらいです。
 かつては、人が腰かけたあとに座るのがイヤだと思っていた世代にも、今はペーパーで消毒する液も設置が多く、和式ができないという高齢者もいるほどです。
 コロナで一時停止していたジェットタオルも復活していますし、音を誤魔化してくれる装置も、炭などで消臭する設備もつういています。たいていの飲食店にはそれらがアメニティグッズとともに全て装備され至れり尽くせりです。
 自宅も含め、そんなトイレに慣れてしまうと、災害でのトイレ事情は昔以上に厳しいかもしれません。他人との狭い共同生活だけでも難しいのに、トイレが大勢で共同で悪臭も漂うような感じで、自分の匂いも十分に消せないなど、とても辛い人がいるでしょう。

 たかがトイレなのですが、命に関わるとなると昔の人のような逞しさがあった方が災害時には良いのでしょう。少々見栄えや味が悪くても何でも食べ、どこでも寝れて、快食快眠快便できるひとが、生き延びられるのはアウトドアや災害の時のサバイバルだけではないかもしれません。生きていくのに絶対必要なものは何か、やや過剰な装飾を必須と思わずに悟ることでしょうか。