議員さんはいろいろ大変?

 選挙期間中なので議員さんの話を書きましょう。

 国会議員と地方議員とは役割も違うでしょうが、多くが政党に所属して、選挙を勝ち抜かないと議員になれない点は変わりません。

 国会議員、地方議員で言うと、親族や、先輩後輩、友人関係にも何人かはいます。仕事がらみでも何人かお会いした人がいます。

 京都市内の真ん中あたりの商店街に実家があったので、昔は票田だったし、父親も商店街の理事長や業界組合の理事をしていたので、議員さんもいろいろ挨拶に来ました。

 たまたま、前職では役所で市議会に関わる仕事の補助をしていたので、市会議員さんのアテンドなども経験しました。

 各委員会、部会のような分野に入り細々とした仕事もあります。まあ、議員さんも大変な仕事だとは思います。

 そんな中で議員さんにも、人当たりの良い丁寧な人、慇懃無礼、傲慢、役人を顎で使う偉そうな態度の人もいました。

 選挙中で政党の名前を上げるのも、微妙なのですが、反省を促したり、期待をこめて実名政党か、少し考えれば解る名前にしときます。

 父は、戦前生まれで自衛隊も経験し、一つ上の叔父も予科練に入ったバリバリの右翼、保守でした。しかし京都市の特徴なのか、左翼系の議員の方が小回りが利き懇切丁寧に話を聞くとはいわれていました。結果、適当な全方向にポスターを貼る家で、投票は人を見て随時のようでした。

 二世で地盤を継ぐ場合でなければ、政治家、議員になるのに、最初に主張や党是で党派を選ぶのではなく、入れる党や繋がりの人の党からスタートするの人が多いようです。

 就職したい業界と考えると、自動車メーカーが先にあって、トヨタに入れず、ホンダに入ったみたいな形で、やはり最大手が自民党のようで、ダメなら◯◯党のような人が多かったようです。

 自民党のある議員さんも、「アイツは自民党に入れずに民主党に行ったんや」とかいう話をされていました。

 最近だと、維新とか国民民主、直近は参政党とかに勢いがあって風を読むとそれがあたりの時もあるようです。小泉チルドレンとか、安倍チルドレンなど、自民党が圧勝する時は比例下位まで議員になれた時があります。

 内閣の安定、国の政策の多数決が決めやすいかだけで見ると、政党の人数の多寡なのでしが、それだけが政治や行政ではありません。

 外交とか消費税とか派手なパフォーマンスだけではなく、コツコツと地味に部会でああだもないこうでもないとやらないといけないことが政治の多くです。

 国の官僚までいくと彼ら自身も横柄かもしれませんが、基本的に役人は真面目にコツコツと課題を議会のためにあげます。

 とても個人的な一面の印象ですが、私が取り次いだ市議会でいうと、維新や地域政党京都党の方はすごく腰が低く柔らかく物腰でした。逆にベテランの自民党、共産党に横柄は人がいました。とくに自民党の某は最悪、あんなのを見ると国政よ含めて党が嫌いになりそうでした。

 年金事務所にいた時の経験で言いますと、年金問題で政権を奪取し厚労大臣も勤めた民主党の某議員もダメでした。年金の専門家のようにいわれてましたが、依頼された側には優しいのでしょうが、機構職員には大変残念な態度を取られました。そもそも地頭が良くないし、大局が見えない感じの発言や行動でした。

 そういう点、自分が落選するとか当選するだけでなく、やはり党を代表している自覚が必要です。

 概ね議員は、専門の役人よりも無知ですから、よほど勉強しないとなかなか具体的なところに踏め込めないのは、国政でも地方でもあります。

 そういう面では、国政はとくに各議員が党派関係なく、専門部会での仕事を長く深くやるようにしないととは思います。

 首班指名選挙はしかたないとして、つまらない議員自身のスキャンダルなどで予算委員会がやたら滞るなど愚の骨頂です。

 税金をどうしようとかいうのは、今回も選挙でみんな大なり小なり言ってるので、大きな部会を作りオープンにしてやり合えば、多少まともな結論も出そうだと思うのです。

 

 

 

不祥事に思うこと

 

 この本には間に合わないタイミングだったのか、京都に本社を置く大手企業ニデックも上場廃止すら検討される銘柄に落ちた粉飾決算がありました。

 直近では、外資系大手のプルデンシャル生命も随分と不祥事がありました。企業ではないですが、東京大学も贈収賄で逮捕されるなど、いろいろやらかしています。

 私のいたカネボウのことももう世間から忘れられたと思ってましたが、この本には書かれています。

 著者はカネボウ再建に乗り込んだ産業再生機構にも属しておられた方です。さらに以前はリクルート事件当時にその社員だったようです。

 戦前は日本最大の民間企業だったカネボウの崩壊に関しては先日も某有名YouTuberが東レなどの繊維業界を取り上げていました。カネボウの中興者であり、崩壊へと導いたといわれる伊藤淳二元会長の闇の話を詳しく振り返って解説したのを見ました。

 その後、平成から令和とコンプライアンスが厳しく言われ出した時代で、多くの大企業も不祥事が明るみに出ました。

 粉飾もパワハラも無くなるわけでもなく、東芝、ダイハツ、宝塚歌劇、フジテレビ、名だたる有名企業や一流大学、団体が雁首並べています。

 カネボウが糾弾された時、社員としては痛恨の思いでいっぱいでした。

 何処でもやってるというのは免罪符ではないですが、その後も当たり前に大きな企業トップが謝罪で頭を低く下げる姿を見ました。

 人間は弱い生き物だし、組織となって悪い方向に向かうと、止められないケースが多いのを痛感します。

 やはり財務系に強く、倫理をトップに進言できる人材がいるかどうかが重要なポイントです。これは政治でも、町内とか小さな組織でも同じでしょう。

 まさに、昭和のカネボウから令和のニデックまでそうですが、成功した起業家や中興者が権力に溺れたせいです。偉そうな哲学を語り、業績の不振を見られたくなくないエゴがヤバいということです。

 こんな透明でガバナンスがしっかりしてるはずの時代の方が罪が重いとも言いきれないですが、とにかく人間は弱いから正しい方向への導きが必要なのでしょう。

 

珈琲豆の値上がりの話から

 

 図書館のカフェコーナーで話していると、珈琲豆の値上がりから話が盛り上がりました。少しご年配の男性ばかり3-4人です。

 珈琲豆に限らず、米はもちろん、チョコレート、ヨーグルト、牛乳、チーズ、卵、コンフレークと何から何まで上がって困るよねという話で盛り上がりました。

 選挙なので、税金の話で、消費税の廃止や、京都市の市民税やら国保料、介護保険料、水道代も高いと愚痴は止まりませんでした。

 珈琲の場合、豆を一定の品質のものとなると、円安や世界的不作、輸送コスト増大とまあ上がる要素のオーパレードです。

 おコメより条件は悪い。と言うかおコメは流通などやり方でまだ抑えられる要素はありますが、珈琲豆は厳しいだけです。コンビニの珈琲も10年ぐらい前にセブンから出た当初は挽きたてが本当に美味しかったのに、今はかなり質の悪い豆を使っていて、イマイチです。

 価格を据え置きしたい売り手の気持ちもやまやまなので、パッケージの見た目を変えずに量を減らすダウンサイジングというやり方はよく使われます。何のことはない、くな小さくっただけでグラムあたりは値上がりしています。

 おコメ5㌔だとか、牛乳1リットルのパックなどはその点ごまかしは効かずある意味正直に値段が分かります。

 困るのは、珈琲豆のように質の悪い安い中身に変えて価格を維持するやり方です。珈琲の場合、ダウンサイジングで昔400g程度あったパックが今は250g以下になっている上、モノによっては質も相当低下しています。

 長年、私は価格維持、定価販売の商売をしてきました。今のようなインフレは経験がなく、むしろ安売りを抑えてブランドを維持する仕事をしてきましたが、質を下げることはブランドを失墜させ顧客を手放すことになります。

 確かに安くて美味しいから、流行っていたお店、唐揚げでも、たこ焼きでも、饅頭でもラーメンでもあったとして、そこの店の味が落ちちゃうと、アイデンティティに関わるのです。それでも価格もまたそこの店、メーカーやサービスの企業が選ばれた理由であるとすると経営者は悩む、考え出して、苦渋の選択をしているのでしょう。

 消費税の軽減や、所得税の軽減で手取りを増やすとかでは抜本的には解決できません。賃金が上がり、大部分の人の可処分所得が上がらないと解決しないのです。

 大手企業は好決算を報告して、株も上がっていますが、ここらの構造、社会全体への分配に問題はあります。勝ち組に集中し過ぎるのか、勝ち方が弱者を出し抜く新自由主義の弊害なのかです。

 選挙の結果はどうあれ、美味しい珈琲豆が手軽に買えるようになって欲しいものです。

わざわざお金をかける旅はムダ?

 旅というのは時間と体力と、お金を浪費し、節約した貧乏旅でも贅沢と言えば贅沢なもの、ムダと言えばムダです。

 今や、書物はもちろんリアルは映像で世界中の街を知ることができます。

 大金をかけ、時間と体力をかけて、行ったことがない場所だから実際に見てみたいと思って行ってもガッカリする場合もあります。

 目的にもよりますが、季節や天候が悪かったり、交通機関や宿泊施設のトラブル、自身の体調や同行者の具合によっても、思っていた楽しい旅にはならない場合もあります。

 旅番組やネットなどの情報を信じて行くと、天候が悪いならあきらめはつくものの、もう廃止や休業の場合があったりしますし、ドローンを駆使したり、タクシー移動や膨大な待ち時間を使わないとそんな光景や体験ができない場合もあります。

 それでも現地に行くと安心し、満足してしまい、お土産を買いインスタに上げ、◯◯に行ったと自慢したがるものです。

 別に知り合いが行った自慢を見なくても、他にもっとプロが撮った美しい画像はあるのです。

 ましてや、天候が悪いとかイベントでもないとなるなと、そんなに自慢のものでもありません。

 歴史や文化、映像を見るなら実は旅行しなくても、十分です。

 逆にその土地の文化、風俗、歴史、気候などを本当に知るなら1〜2年住むぐらいでないとわからないものです。日本国内ですが、北日本から中四国まで転勤であちこち住んだ私だ

からわかることです。

 あえて今さらそれができない場合は、同じ旅先に季節やイベントを狙って何度も行くことです。旅の醍醐味はむしろそこかもしれないと思います。

 初乗りや廃線好きの乗り鉄であり、旅大好きの私があえている旅の持論です。

 旅に対する考えも人それぞれですから、旅の目的、ツアーが好きな人や一人旅が好きな人もいて感性が違うのはしかたないところでしょう。

 私は鉄道そのものと、最近は産業遺産にハマってますが、城とか歴史が好きな人とかが、そこに行ってみたいというのは、その目的がはっきりしてるとスッキリします。

 私はあまりプライオリティは高くないのですが、グルメや温泉目的という人も、リアルでないと味わえないのは分かります。まあ、東京や大阪ではたいていのグルメは味わえて、お土産はネットで取寄はかなりできる時代ではあります。

 まあ、やはり旅は気分転換の時間とお金の贅沢な使い道で、旅に行かずにできることは行かずに済ますことです。

 

訪日外国人を増やすのは国策

 インバウンドで外国人が溢れると、街が汚れるとか日本の情緒が無くなるとか毛嫌いし、ヘイトな発言を繰り返す人がおられます。

 外国人の労働者受け入れや、難民や移民の受け入れの問題とは違います。ごっちゃになる人もいますが、ここではその話、政治的な問題ではなく、経済、旅行業や観光などの範疇のファクトでよお話です。

 寺社仏閣、文化や歴史的な遺産、観光地がキレイに整備されています。それは所有者や地元の人のためだけでなく、やはり見てもらって親しんでいただき、感心され、興味を持って貰うとか、喜んで貰えるためです。

 せっかくキレイにして、誰も来ないでガラガラ、連休や土日にちょっと来る程度なら、甲斐もないですし、経済的にももったいないです。

 外国人の観光客が、曜日に限らずホテルや交通機関、観光地に来るのは、業界にとってこれほどありがたいことはありません。

 日本は国として、観光立国を宣言しインバウンドを柱にした政策を掲げ、訪日外国人を増やしおもてなしをする約束をしています。

 現在4000万人ぐらいの訪日外国人を2030年には6000万人と目標も定め、9.5兆から、15兆円の売上を目指しています。

 今の150%近い目標ですから、交通のルートや宿泊、ゴミや騒音含め、これは受け入れる体制をしっかり考えるべき問題です。

 観光税なども、うまく回し、自治体がもらって街全体が潤うようにして、観光客が増えることを喜ばないとおかしい話です。

 観光地全体の分散ももちろんですが、混雑が予想されるところは予約制度や入場制限を設けることですし、またその周知徹底です。地元民と価格を変えたり、交通機関も変えたりする工夫も必要です。

 確かに、海外の方にまだあまり知られていないスポットや、地域も多く存在します。その周知と、分散も必要です。

 観光産業のポテンシャルは十分あるのと、整えるポイントは明確に分かっているのです。

 外国人にどんどん来てもらっても、地元の人が住みづく感じるのではなく、誰もが喜ぶ、しっかりした受け入れ体制とそこの理解が必要です。

温暖化、雪は減ったのに弱いJR北海道?

 今シーズン何度目かの大きな寒波で特に日本海側は交通も大変なようです。

 北海道は特に先日も札幌駅が大混乱したようですが、また計画運休をするようです。

 バス代行を大規模で行うようですが、本来は雪対策のラッセル車やロータリー車もある鉄道の方が凍結する道路を走るクルマやバスよりも雪に強かったのですが、近年はそうでもないようです。

 地球温暖化で、相対的に雪も減ったシーズンもあり、本州の日本海側、近畿や山陰ではラッセル車や雪かきの出番があまり無い年もありました。

 本州の日本海側や、北海道でも昔に比べると冬の気温は随分上がっているのですが、雪によるJRの運休、とくに北海道は増えています。ポイントの融雪装置などは、雪国の鉄道の方がしっかりしていて、いきなり太平洋側で雪が積もった時よりも準備万端のはずです。温暖化で平均気温が下がる中なぜJR北海道はよく止まる?ミステリめいています。

 本州の人間が、大した思考能力でもなく、聞きかじりの情報を組み合わせての考察になります。

 安全基準が厳しくなったため無理に走らせない運休が増えたのだけではないようです。やはり最大の原因は、JRの経営危機かで、人手不足や設備投資ができないからでしょう。

 かつて石炭の輸送や開拓で拡がっていた北海道の路線網は、著しく縮小されて、人員も大きく削減されました。

 人口も減り、その経営は悪化の一方であり、新型車両の導入もままならない中、雪害対策にもそれほどの予算は掛けられません。安全のためには、運休して雪を人力でどけるしかないのでしょう。

 地球温暖化とはいえ逆に、かつてサラサラだった北海道の雪が湿って重い雪になり、近年集中豪雨と同じく大雪も局地的に激しくなり、一度鉄道施設がやられると復旧に時間がかかるようになったとも聞きます。

 安全対策のため、予備的に計画運休をするようになったのは、台風の時の、本州など同じ理屈です。

 北海道は寒冷地仕様で、車両や設備にもお金がかかり、単独の鉄道事業会社での維持がますます厳しくなります。

 鉄道を走らせるのにお金はかかるが、乗る人はどんどん減る。赤字は増えて本数や設備や車両を削ると、不便でますます乗らないという悪循環です。

 もう一つ、全く外野のただの鉄道ファンがいうのも僭越なのですが、モチベーション、言葉を変えれば鉄道を意地でも走らせるやる気がないのです。やる気があっても、人やお金がないのですが、走らせても赤字や廃止とか残念な言われ方ばかりで、鉄道を守ってきたベテラン社員もいないのでは、運行させる側もモチベーションが上がらないのは容易に想像できます。

 いくらクルマ社会の北海道とはいえ、公共交通としては、国や道がもっと考えて鉄道の維持はして欲しいところです。

寒中の選挙に思う

 昨日も別の用事で役所に行くと期日前投票をしていて、出口調査のマスコミもいました。

 情勢は、まあ予想の範囲内で、あまり大きな変化はないでしょう。高市政権が揺らぐこともなく続くのでしょう。

 自民党も勝ち方、維新・中道・国民民主・参政党・れいわ新選組あたりは負けるにせよ、内容が悪いと党体制の存続に関わりそうです。

 しかし、選挙の関心はどうでしょうか、政権の選択ではなく、いい悪いは別にして、高市政権、連立与党の承認のようなもので争点や勝敗というのがあいまいな感じです。

 参議院で自民党は単独過半数ではないので、例え単独過半数の圧勝をしても連立の枠組は変わらないのでしょうが、自民党が勝ち過ぎると与党内での維新の立場は微妙です。

 公明党と立憲民主党の合体は、元々衰退必至だった両党が一時的にせよ話題を独占した点では大正解で、本来のジリ貧予想と結果を比べるべきなのです。それでもやはり負け方次第ではバラバラになりそうな危うさはあります。

 消費税、消費税と減税ばかり唱えられますが、やはり本当に手取りを増やすには社会保険料を削減すべきなんです。これを唱えた維新が国保料逃れで摘発されているあたり、深い闇がありそうです。

 多くの国民生活が厳しく、一部の業界以外長く経済が低迷している閉塞した状況は続いています。

 高市総理は、政経塾上がりで大変頭も良く努力もされてきました。スタートラインで有利な世襲の貴族議員ではありません。歴史的には、偉業を成すのは、上級貴族だろうと、下級からののし上がった政治家であろうと、政策と人物が優れて国を支える熱意があるかです。

 保守的な面がクローズアップされますが、国を憂うことは国民生活を憂うことであり、そのバランスと突破力が試される時です。

 選挙結果はわかりませんが、良い政治になることを期待し、投票に行きましょう。

映画レビュー 雪風YUKIKAZE 残念なラスト?

 当たり前なんですが、役者もスタッフもどんどん若返り、戦争を知らないというか、戦争の語り部から直接話を聴いたせだもいなくなっています。

 玉木宏さんら俳優の頑張りは一応評価されてるものの、概ね映画は酷評です。戦後80年の戦争の記憶の風化が痛いほど感じられる映画です。

 CGなどの技術が、かつての戦争映画よりも進んでるはずの時代ですが、とにかく戦争の恐ろしさの伝わらないのは残念です。

 とりあえず若い人に戦争があったということは伝わるのでしょうが、これでは怖くもないし、反戦派でも保守派から見ても、これではダメでしょう。

 司令官役の、中井貴一さんは1981年の映画連合艦隊では特攻隊員でした。谷村新司さんの群青のテーマ曲でしたが、丹波哲郎、鶴田浩二、小林桂樹、森繁久彌、財津一郎、高橋幸治さんらみんな鬼籍に入られた重厚な役者さんが揃っていました。もっと以前にも雪風をテーマにした長門勇さんの映画がありました。特撮は稚拙でも役者の伝える雰囲気は違います。

 太平洋戦争を描いた戦争映画は大作として、以前はもっと高頻度で作られていました。戦争を全く知らない世代が増えると、描き方は難しいですね。

 雪風は実際にあった駆逐艦で何度も生還した幸運な船です。エンタメと割り切れば、出来が悪くても我慢できるのでしょうが、中途半端に戦争を軽く描かれるのは残念な印象しかありません。

 部分的には好演もあり、現代の日常の日本の有難さに繋げるところも嫌いではないのですが、全体にそれを台無しにする軽さというのか甘さが何とも不満に繋がります。

 テレビでも毎週見かけるキラキラした俳優たちの画面がキレイ過ぎると、雪風の帰還が当たり前に映って感動にはほど遠くなってしまいます。

 戦艦の中、司令部、残された日本の家族、時系列で未来にあたる70年万博や、現代に近い未来、場面や時代で視点が変わるのも、数字の取れるキャスティングをしたいだけのように感じます。

 比較的マイナーな雪風の掘り起こしがテーマなら、もっとそれぞれの人間個人と戦争を深く抉って描けそうなのに残念です。

日本の西の果て国境の島

 モンゴルが専門の歴史学者の歴史ウンチクと紀行、旅日記みたいな書物です。

 私も九州や沖縄でも数えるほどしか旅していないです。長崎も長崎市内と佐世保、天草を一度ずつ訪れただけで、五島列島はおろか西海、平戸島さえ行ってはおりません。

 日本の最西端は正確には沖縄県与那国島ですが、五島列島も長く国境の島であり、神州西端と言える重要な場所でした。沖縄は南の端で、沖縄本土復帰後でも、確かに日本の西の端というと、五島列島、このあたりのイメージはあります。

 遣唐使や、元寇、倭寇、秀吉の朝鮮出兵、南蛮貿易、太平洋戦争、今また、東アジアの緊張と常に日本史の中でも、この島の人たちは翻弄されつつ、おおらかな自然と生きてこれれたのでしょう。

 沖縄やハワイ、グァム、欧米など外国には行ったことがあっても日本の隅々にはまだ行ったことのない人の多いこと。

 アクセスはそんなに悪くないので、一度訪れないとと思います。歴史的にも、政治的にも見ておきたい場所がまだまだ日本にあるなあと痛感しました。

読書レビュー:「ヒロシマ」ジョン・ハーシー

 米軍従軍記者が、原爆投下直後の広島から.生き延びた6人を追ったルポ。

 医学博士、ドイツ人神父、牧師、開業医、女性労働者、市井の後家さん、それぞれ家族や友人を失い、自らも原爆病と戦いながら生きていきます。

 当たり前のことですが、原爆の日からしばらくは、爆弾の威力も病気になることも誰もわからなかったのです。ガソリンやマグネシウムを前もってまき散らしたのかとも思われていました。

 普通の市民や医者が考えて、当時想像された火器の威力を遥かに超えていました。人道上使用されるべき兵器として、殺傷力だけでもケタ違いすぎていました。

 東京裁判はもちろん戦勝国の主催の法廷であり、公平公正を願うのは無理ですが、日本人に限らずドイツ人やアメリカの一般市民でさえ原爆を投下を決定した者こそ絞首刑にすべき戦犯ではないかと言うのは本音でしょう。

 かと言って、ルポは淡々と綴られます。家が崩れた後にやがて草花が生えだすとかいうのは、やはり取材されてないとわからない描写です。

 1985年までの各人の生き様を追っています。その間に、アメリカはビキニ環礁で核実験、第五福竜丸の事故を起こし、ソ連、中国、インドと核を開発し実験を行う時系列が書かれています。

 ヒロシマの訴えは、常に警鐘を鳴らしておかないと、原爆の惨劇を知らない世代の国会元首や軍人が何をしでかすかわからない時代に入ってきています。

 焼夷弾の空襲には訓練され、防空壕が各所にあった時に比べて、何の危機感もない軟な世代です。ゲームや映画のオブラートに包んだ表現しか見ずに、あれが戦争と思っています。

 しかも家族、地域や近所で助けあい励ましあうような関係も稀有な社会、人口の密集した都会にこんな核攻撃が起これば一体どうなるのか。

 喉が渇けば、冷蔵庫に蓄えがあり、自販機もコンビニもあり、キレイなトイレも風呂もいつでも使える現代。その当たり前の快適の対局に戦争があることは、少なくとも反戦とか思想、政治信条以前の問題として、事実認識と伝えることは必要なのでしょう。

 暑い、苦しい、水を求める人々、重症でもはや見捨てられる人の描写はやはりキツいですが、世界のどこかの戦争ではこういう場面が今もあるのかと思うと、人類は何をやっているなかと思います。

 核はやはり禁じ手にしないと