日本はアメリカの30分の1のままでいいのか

 今年も、日本のプロ野球から三冠王経験の村上選手や、巨人の主砲岡本選手、パ・リーグを代表する好投手今井選手らがメジャーリーグに行きます。

 毎度驚き不思議なのがその年俸の高さです。大谷選手の数十億も別格ですが、日本のトップクラスで1億や2億の年俸だった選手が20億や30億の契約です。

 日本のプロ野球ってWBCでアメリカに勝って世界一、今度も勝つと騒いでいるのでは?もちろんメジャーに行った選手も含めての代表でしょうが、この待遇格差は何で?これじゃ、誰も日本のプロ野球にずっといたいと思うスポーツ選手はよほどの飛行機嫌いしかいなくなりそうじゃないですか。

 なぜこんなにアメリカと日本の野球選手の年俸に格差があるのか。日本プロ野球界は格差を埋める努力をしているのか。

 格差の原因は調べるといろいろ書いてあり、訳知り顔で解説されてるのですが、どうもしっくりきません。

 アメリカは国土が広く人口も多く、経済もデカい?

 でも、人口ってせいぜい3倍、メジャーのチーム数30チーム、日本の2倍強。面積が広いといっても移動に飛行機使うだけで球団のコストがかかるだけです。

 アメリカは本場だから凄く野球人気があるかと言っても人気はアメフト、バスケ、アイスホッケーに分散されてるし、時折見かけるスタンドってドジャースホーム以外はガラガラもよく見かけます。

 調べてみると、一昨年の世界のプロスポーツ最多動員はドジャースですが、2位に阪神タイガースが入り、5位が読売ジャイアンツです。最近はパリーグ含み消化試合も動員が多くどこも盛況です。

 確かに外資系の業績反映の給与体系の企業は日本企業より従業員の所得は多くヘッドハンティングもされ、優秀な学生やキャリアも集まります。しかし、業界としてそれほど個別企業の業績に差がないのにこの年俸の差には呆れ、手をこまねいて放置する方にも情けなくなります。

 何でこんな差が生まれるか、最終的にもこれだけというのはないのですが、大きな一因として、テレビの放映権やグッズの売上のロイヤリティなどをメジャーが一括管理して分配しているからだと書かれてます。

 ケーブルテレビでサブスクの下地があったアメリカだからと言われますが、それが主因ならもうちょっと頑張ったら日本もだいぶ落ち着くんじゃないかと思うのですが、情けないけれどやる気がないようです。

 地元テレビ局との関係にこだわる球団が一括に反対しているのもあるようですが、そういう人たちはこのままの日米格差で良いのでしゃうか。

 参加選手や代表資格で何かと物議を醸すWBCですが、これも120億だとか放映権料をぼったくられます。全てメジャーリーグの収入でメジャーリーグの宣伝をして、日本プロ野球には分配はありません。日本企業は協賛してチケットを広告の景品にする程度、どちらにせよバカ高いチケットと放映権料は最終的に日本人の負担でなりたちます。

 通常シーズンのメジャーリーグの放映権もオオタニさまさまで、どんどん跳ね上がってます。150億とも200億とも言われます。NHKの受信料収入が5900億ですから、割引してもらっても、かなりの比率です。

 日本ではサブスクの意識が高齢者を中心に低く、NHKの受信料を納税義務のように支払い、ただで放送を見るのが当たり前と思っています。

 WBCもメジャーリーグや、サッカーワールドカップも配信会社が独占と言うと大騒ぎで反対し、NHKが放送してくれるとホっとする人がいますが、野球やサッカーが好きでない人もいます。スクランブルをかけ有料契約にしても良いはずです。

 野球の実質の世界選手権とはとても言い難い参加選手の編成で、世界一のタイトルさえ取ればいいと騒ぐエキジビション大会に大金などかけることは要らないです。

 ナショナリズムをかき立てられますが、アメリカが本気になったら勝てないのも内心わかっている心理がまた不思議です。メンバーが揃わないとか連係プレーの練習もままならないぐらいの選抜チームだから勝てるという考えは、本当のフェアな意味での強さとか世界一なのか、良く分かりません。

 メンバーさえ本気で揃えれば、勝てるなんて囁かれる大会が面白いのかと言うと疑問です。

 メジャーリーグは商売上手で、放送権料や看板広告も日本からぼったくって儲けてる訳で、それが国益も国力も削いでいるのです。

 別に毎日メジャーリーグ見たい人は個別に契約してもらってけっこうです。ニュースや災害情報だけは無料、ドラマだけ、歌合戦だけならそれぞれ契約でいいと思うのです。

 少なくとも、この30倍という年俸の差を日本人は屈辱だと思い、思考停止から脱却して、差を縮める努力はしないと、軍事でも経済でもアメリカになめられっぱなしです。

 

 

 

人生100年と言いながら高齢者冷遇の世?

 人生100年時代とは言われるものの、高齢者を取り巻く環境、さまざまな法律や制度、言葉の端々にしっくりしないものを感じます。むしろ、「老人など要らない」と燻したい印象もあります。

 平均寿命やら健康寿命やと言われるものは伸びて、100歳まで生きておられる方も自治体にはたくさんおられます。

 人生50年と言われていた時代もあり、私たちの子供の頃は定年が50歳から55歳になったとかでした。30代は今なら若手ですが、中年と言われベテランの域でした。今と比べると10歳から20歳ぐらい間違いなく落ち着いいて、ぶっちゃけ老けていました。現代はここ50年ぐらいの間にそれぞれ老いが遅く、寿命も活動時期も伸びています。

 そんな社会でも50歳過ぎあたりから、会社では風当たりが強くなり、シニアは役職定年、再雇用制度などに充てられます。企業で60歳、65歳を超えると働けてもせいぜい定年延長、新規で雇うところはないでしょう。とりあえず70歳までの雇用を政府は努力目標にしましたが、いかにも役所の考える上っ面の施策です。かえって高齢者の雇用の弾力を弱めてしまいます。

 人生100年だとあと何十年かは年金と貯金で食つなげということでしょうか。

 雇用保険は高齢者雇用制度、健康保険は後期高齢者制度など、やや差別的な名前の割にはそれほど恩恵はありません。後期高齢者が75歳というと100歳まで25年あり、前期よりも延々と長い期間です。

 こう書く高齢者側のひがみと言われるかもしれません。世代間の誤解は多く不毛な対立を生んでいます。「シニアにも割引や特典があり、年金を貰って逃げ切れているじゃないか」と若い人は思っています。

 一つには人口ピラミッドの歪さがあり、若者がたくさんの高齢者を支えて医療費等を負担しなければとの植え付けられたイメージがあるのでしょう。

 賦課方式の年金だと、賃金や物価の上昇に合わせるので、支払った年金保険料よりは長生きすれば貰える年金給付金は増えます。若者にすれば、「今の年寄りはそんなに払ってないのに沢山貰えて逃げ切れた。俺達が年取ってら年金がどうなるかわからないのに」という苛立ちがあるのでしょう。

 実際には今も年金だけの高齢者の生活はそんなに楽ではありません。

 高度経済成長期に入ったばかりでそれなりの標準報酬で厚生年金にずっと入り続けた人は、世代としてはそんなに多くないです。しかもそろそろ人数が減り、お金を使い遊ぶ世代ではありません。

 団塊の世代から今年金を貰い始めた人はだんだん年金支給率も現役の所得代替率も厳しくなりました。潤沢に年金がある人は社会保険料の負担が大きくなり、若者が思うほど楽ではありません。

 長年生きて働いてきても年金が少なく、ハードワークを強いられている高齢者を街中で見かけることが多いのも、決して世代が楽ではない証明か仮説にはなります。

 そう、小ぎれいな軽作業などでは高齢者ではほぼ仕事がないのです。憲法の平等でいうなら高齢者ももう少し楽な仕事があってもよく、70歳で厚生年金の資格が無くなるのも変な話です。低年金がわかっているのなら、せめて厚生年金に入らせてあげたら、身体が悪くなりどうしても働けなくなった場合に年金が増えていれば生活保護費も削減できるのにと思います。

 何だかんだと、戦争という大きな境目もなく、いろいろな豊かや発展を見てきた程度で、戦争を知らない高齢者と今の若者の価値観はそんなに違いません。植え付けられたイメージで世代間の対立が煽られているだけの気がします。

 どんなに少子化といっても国や制度は無くなりません。やがて今の若者も高齢者になるのです。100歳までどう生きればみんなが楽しく幸せになるか、そんな社会を考えないといけないのです。何歳からがこうだという名前や制度のレッテルは極力なくすべきです。

 

親分肌の弊害

 一昨日も書いた件で、少し長くなって書きたりなかったエピソードなどがありました。

 合併すると、よく旧◯◯派とかできます。合併しなくても、そこそこ大きな会社だとやはり派閥みたいなのがあって、誰々のグループにいて、親分のイエスマンになれば、少々トラブルを起こしても揉み消してくれるとかありました。

 信じられない方もいますが、私の化粧品会社だと、ザラにありました。どうしても女性の多い会社で、仕事はできるけど、女癖の悪い人も多くて、今なら人権、コンプラ問題のひどい話も多いです。

 親分が揉み消すのは、ほとんど金か女のトラブルで、豪傑も多く、真面目に働いてトラブル無い人よりも、むしろそういう奴のが出世して、処分されてもまた浮かび上がるのには、呆れるケースもありました。

 西日本を統括してる人が私の仲人でしたが、各県の支店長は自分がトラブルを揉み消した経験があると話してました。

 社長になった方も、名古屋時代に私の上司でしたが、パワハラやセクハラありありでしたが、見事に当時のチームを本社の側近に持っていきました。

 親分に取り立てられ、ミスも揉み消してもらったメンツで固めれば、ある程度結束は凄く強いですが、いかんせん不正には弱くなってしまいました。

 これは潰れそうになった民間企業の昔の話ですが、最近でも聞きますし、役所でもあるようです。

 国家や国家間はどうなんでしょう。人間がやってるのでは、やはり似たりよったりです。市会議員さんや、国会議員さんのお話でも、やはり政治もよく似たもんです。

 年明けにまた大きな戦争のニュースが入りましたが、世界の警察や親分となる国、それに従う同盟国はどういう感じなんでしょうか。

 戦争とまでなると、生命がかかりますから、親分が正しいかどうかはしっかり見極めないととんでもないことになりそうです。

http://seizafpkotodama.com/2026/01/05/%e6%8f%90%e6%a1%88%e3%82%84%e6%84%8f%e8%a6%8b%e3%81%af%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%81%a7%e8%a6%8b%e3%82%8b%e3%82%82%e3%81%ae%e3%81%a7%e3%81%af%e3%81%aa%e3%81%84/

未来の交通を阻むモノ

 全国的に一般にはあまり知られていませんが、JRの鉄道では唯一?JR九州福岡県の香椎線という路線で自動運転が行われています。

 複雑なポイントやらは少ない都市近郊ではシンプルな盲腸線です。ただ、踏切もある路線なので、自動運転の完全なレベルではありません。

 関西万博ではアクセスに自動運転バスも運行されていました。

 運転手がいない!と不安になる人もいるかもしれませんが、乗り物の安全性という面では状況にもよりますが、今後ますますロボットや機械に任せた方が、ムラのある人間よりは安定しています。今までの電車、機関車では運転手になるのに大変な熟練も必要で、今後の人手不足を考えても、人間が自ら運転するシステムは早めに淘汰されないといけないでしょう。

 ホームドアの位置に合わせてマスコン、ブレーキを毎回どの駅にもピタリと停めるのは明らかに人間よりAIの方が得意なはずです。

 人間に任せるのは、災害などの緊急事態や、高齢者や障碍者への配慮、運賃や行き先、乗り換えなど細かい問い合わせへの対応ぐらいでしょうか。

 役所の窓口での申請なども、ゆくゆくほぼデジタルで可能になります。中での処理も今後ロボット化が進むでしょうが、(法律の改正など諸問題はありです)こちらもデジタル難民的な人への対応に人が要り、少しそういう対応に人は残ります。

 介護等含めてロボット化が進めば、社会の中で人間のやる負担は減ります。

 とは言え、進化の袋小路なのか、狭い道路は昭和以来の古い建物が立ち退かず、道幅も広がらないままで膠着しています。

 介護サービスもなかなか保険料は高騰するのに実態に合わない割には、業界は低賃金でブラックは状態が長く続いています。

 日本だと、タクシー業界などが、自動運転に反対します。

介護サービスにロボット導入というと抵抗する人かまた騒いで時間がかかるのでしょう。

 既得権益をもった業界や役所の関係者は急激な変化を嫌がり、上手く反対意見を盛り上げ粘ります。

「絶対反対」とか「暫定に」とか、「段階的に」とかで新しいアイデアをなかなか認めません。

 官民で連携して考えるべきは、AIに仕事を任せた時、人間がやるべき仕事です。

 自動運転の鉄道などでは、マスコンの操作は無理でも、人員は要ります。

 安全の知識があり、トラブル時の再起動などができ、鉄道会社への要望を聴くなど乗客への対応ができ、普段はひたすら運転台横に座って前面車窓とモニターに張り付けるだけの運転補助のような人が必要です。

「デジタル化は困る!ロボットに仕事を奪われては嫌だ」という人が反対すると、ますます未来は遠ざかります。

 子供の頃に想像された未来の都市が実現されるには古い家、建物やら、古い考え方を変えられない人は、申し訳ないけれど邪魔になります。

 しっかり補償して、未来的住居に移転してもらうことです。かつて高度経済成長期には今から思うと狭い団地や、ニュータウンがトレンドの憧れの住居だった時代があります。人気が出るような、住みやすい未来型住宅を作り、道路幅をまず自動運転に揃えることです。

 デジタル化の第2の波はデジタル難民が減った段階で、国のインフラ系の集中整備で、統廃合が必要です。 

 スマホがほぼ全員に行き渡り、使えるようになった時に、まずは電波の届くエリアをインフラ整備エリアとしてセグメントすることが、これからの限られた予算の投下には必須かと思います。

 私はローカル線や廃線跡など、古い街並みを見るのは好きですが、未来を考えた場合、朽ちゆくもの、要らないからこそ可哀想ですが選別すべきものがあります。

 

 

提案や意見は人物で見るものではない

 友達や職場での議論や審議、あるいは上は外交の交渉、国や自治体の大事なことを決める提案などでも、「人物が」とか「そのグループ」が嫌いで決まらないことがあります。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という言葉がありますが、袈裟に罪はないという話です。

 それぞれを具体的に例示すると、いかに大事な考えかわかりやすいと思います。

 何か難しい問題が例えば10問なり50問あってとして、全問に最適の答えを出すのは秀才であっても至難です。90点ぐらいがせいぜいです。

 間違った問題に関しては誰一人正解ではないかというと、中には確率的に正解者がいます。その正解者は90点には及ばないけれどその問題には最適解を出しているというケースはあり得ます。

 50問中、一人しか正解のない最難易度の問題があったとして、その一人の成績は凡庸だという場合や劣等生という場合もあります。

 秀才を高市くん、凡庸以下を玉木くんとか、野田くん、山本くんとかに当てはめると政治の問題になります。あるいは小泉くんとか、石破くん、河野くんとかでもいいです。

 優秀な総理大臣、力ある与党なら常に最適解を出せるなら良いのですが、どう考えてもそうはならないということです。

 残念なのは、今の政治の仕組みでも、選挙に落ちた人が素晴らしい提案、最適解を一つだけ出していても、それをピックアップして実現されることはなきのです。

 アイデアをある分野で出せても総合力がないとか、良き親分の下でないと実現できないのは、政治以外の世界にもあります。

 派閥の長か、長老や親分、御局など、職場などでもグループを束ねる人がいます。正式な組織の長や影のボスでも、自分の気に入った人をかわいがり、他を排除して意見も聞かないことがよくあります。逆に子分や愛弟子は少々ミスしても、犯罪を犯してもかばう場合さえあります。

 こうなると主流の派閥とかグループ以外の人間だと良い意見が通る訳がありません。改革など良い提案などが遅れをとるのです。

 個人の場合も自分は差別しないひいきしないと、バイアスにとらわれないと言いながら、意見を言った人に対する好き嫌いで決めてしまうことは多いです。

 政治でも、ネットなどの論争でも、とても優秀で弁も立つのに、天敵みたいにいつもどちらかが何か言えば上げ足を取り、その反対を必ず言い合う不毛の関係みたいな人たちもいます。

 政党もそれぞれ良いとこと、問題アリと感じるとこもあるとは思われますが、一議員で見ると、党是には関係なく良い主張をされる人もいます。

 党是は問題でも、あるジャンルにはしがらみがなく、良い意見を出す人や党もあります。

 ところが、それを通すと、そのグループが支持を集めて困るという選挙の利害も生まれると、良い意見が揉み消され、無難な多数意見しか通らず、かたやアイデア不足に嘆いているのです。

 会社にしろ、国家にしろ右肩上がりで余裕のある時は、好き嫌いの意見や人事がまかり通っても、それがために優秀なアイデアが揉み消されても何とか形になっていました。

 しかし、そういう時代は終わってしまいました。あるいは、そんなことが続いたから悪い時代になったのでしょう。

 個人として、生き残るためにも、他人の言葉を参考にする場合は、誰が言ってるかは正しいとか間違いではなく、誰しも間違いもあるし、胡散臭いやつも正しい時はあります。

 大事な選択、生き方に関しては、自分でよく考え、是々非々で見極めないと大損をしたり、大きな間違いを犯すことがあり得ます。

 

 

「誠と謀略」戦後80年開戦は避けられたのか考察する

読書レビュー:橋本惠「誠と謀略」岩畔豪雄の知られざる日米和平交渉の記録

 戦後80年という節目の年で、「戦争を知らない世代」の割合が増え、ましてその深層まで掘り起こして知る人は限られてきています。

 このところ太平洋戦争が開戦前に日本人によって敗戦確実と研究されていた「総力戦研究所」の話が取り上げられ、ドラマのモデルが訴訟する件も話題になっています。

 同じ昭和16年やはり、日米間でもワシントンで繰り広げられた知られざる交渉があり、悪化した日米関係を修復しようと外交努力があったことを伝えているのが本書です。

 岩畔豪雄、井川忠雄の名前は私もついぞ存じませんでした。近衛首相や、松岡外相、東條英機ら戦争を止めず前に進めた名前の方が知られています。

 成立しなかった交渉に奔走した男の挫折を、太平洋戦争の裏歴史として、史実に基づき著しています。

 外交はつくづく伝えられる歴史だけでなく実らなかった裏があり、埋もれたものがあります。

 状況の変化もあり、ゼロか1かの成果では語れないものがあります。

 改訂版として、著者のご子息が、重い内容を現代にもわかりやすくされ、使命感を持って令和の時代に再度上梓されています。

 現代でも、世論の勢いだけでは危険であり、国際社会の外交は一筋縄では行かないものがあります。

 敵対的とされる中国やロシアにも、毅然とするだけではなく、人間的な外交努力もしていかないと国益は保てません。

 先の戦争以来、現代の戦争は多くの火器を使い一般市民の多くも巻き込み大変な国土と国民を消耗させる悪手です。

 単に厭戦、平和を望むことを軟弱・お花畑と保守層は揶揄しますが、やはり国と国が戦いもじさぬ時には、その裏ではあらゆる妥協点を見出す外交努力が必要です。

 戦後「戦争を知らない世代」と言われましたが、戦争を知る世代に育てられ多くの生き証人の話を聞けた世代する少なくなっていきます。

 歴史を現代から未来に活かすためにも、保守もリベラルも書を読み、学び、感じて次の日本の舵を取し、行き先を間違わないよう見極めないといけないでしょう。

壁を超えて次の壁も壊せ!

 物価高の中、手取りを増やしてという年収の壁問題がもうかれこれ参議院選挙や首相交代をはさみ1年近くやってるのではと思います。

 所得税非課税の壁を年収178万円にする国民民主党の案に近い形で決着しそうですが、時間もかかりすぎて、何だったけと言う人も多いでしょう。

 103万円が178万円になって何がどうなるか、さらっと説明できる人も案外少ないのではないでしょうか。

 所得税の基礎控除と給与所得控除を合わせた額が103万円から178万円に上がります。扶養でパートやアルバイトで働くのを103万円に抑えていた人がもっと働くことができ、フルタイムで働いていた給与所得者も年収により、3万から4万円ほど所得税が減ります。

 このことは、国民民主党玉木さんも頑張り、伏魔殿と言われる財務省を統括する高市総理もよく応じました。

 しかし、まだ実は所得税の非課税の壁だけではなく、住民税は控除の壁の控除額は変わらず健康保険料や介護保険料の社会保険料負担も大きいまんまです。

 国民年金扶養の壁、健康保険料や介護保険料など、いくつもの壁が存在し、その制度ごとに所得の定義も違い計算は複雑です。

 いろんな制度のルールが必要で、各機関の担当者でないと正確な計算は難しく、確定した金額はその場ですぐには分からない場合もあります。政治家でも専門で部会に入らないとなかなか分からないですし、高収入だと実感がわからない問題もあります。

 壁があるとどうしてもそれを超えるとゼロだったり、少なかったものから急に大きな負担がかかり、せっかく所得を増やしたのがムダになります。

 さらに、減税とか景気対策などで非課税世帯、子供のある世帯だけにポンと手当が支給されると、少し所得がある世帯だとその差は大きくなります。

 ギリギリで非課税を超えてしまって厳しい状況の人こそ助けて欲しいのに、困った事態です。

 社会保険料や住民税は自治体が決めます。国民健康保険だと、自治体にもよるのですが、毎年財政が苦しいと、年収400万程度で今年度年3万円ぐらいはしれっと値上がりしています。

 確かに高齢者など非課税世帯が増えてきてはいますし、就職氷河期など非正規で低い所得水準の人も多いです。収入がある人の保険料負担は増えています。

 物価高で賃金や年金が追いつかなく苦しい層があまりにも多くなってきているため、政府与党に対する不満は長く根深く続いてきています。

 一時的には高市総理の支持は上がりました。

 しかし、目先だけではダメです。

 長い政治不信の根は政治家や官僚が、経済の低迷が続いてもう税や社会保険料を搾取するのにも限界が来ているのことに気がつかないか、分かっていても目先を変えてごまかすからです。

 名前を変えては税金の種類が増えて、義務付けられた社会保険料は騒がれことなくしれっと増えて、実際の手取りは増えない。

 額面の収入が増えれば搾取がさらに増える。

 日本は確かに経済が低迷し、少子高齢化が進んでいますが、もっとできることはあります。本当に弾力のある自由主義経済ではないからです。一部の富裕層と貧困層を除く8割ぐらいの人が同じように働き社会に尽くす社会主義体制と同じです。

 企業献金の改革、公務員の改革、天下りの根絶からです。

 甘い汁を吸ってきた人らには厳しいでしょうが、真正面から取り組むことです。高市さんはやれる素養はあります。玉木国民民主党も吉村維新も他与野党も協力できるはずです。

 おコメ券を配る、給付金、税金の微調整以上に、やるべきこと、やれることは多いのです。歳入や徴収も、財務省の税務署、厚生労働省の年金事務所・労働局、地方自治体とバラバラに非効率にやるのをやめて、マイナンバーを利用してもっとシンプルにできるはずです。

 もう、楽に天下りで管理や事務で高給を貰える仕事はさすがに無くなるでしょう。民間企業でもAIに随分と人間の楽な仕事の幅は狭められてみんな必死です。

 それでも一次産業、高齢者への対応、障碍者や介護、インフラ整備など、人間に残された仕事は沢山あります。

 今は低賃金ですが、構造を根本的に変えて、ロボットやAIと併用しながら労働条件を良くして、そちらにお金を回すのです。

 高市総理の支持が高止まりななるかは、ここまでぐらいやるかです。一時的で一部のお茶濁し程度では、悪評の岸田、石破政権と経済面では大差はありません。

 具体的には年収800万程度までの中間層に対して、ガッツリと減税、社会保険料負担低減を行なうことです。

 財源は税金の挿げ替えではなく、真正面から構造改革で行政のムダを削るのです。今すぐのリストラではなくても、それを担保の国債を発行して、段階的に公務員待遇も天下り先も縮小し、最後は無くすのです。

 税金のたらい回しでは何も良くならない。地球温暖化に対してクーラーを入れるのと同じで、熱交換しているだけでどこかが冷えてもどこかが熱くなるのと同じです。

 どこかの税金を下げ、社会保険料を下げて、どこかに付け替えて増やしても結局付け替えるムダな経費が増えるだけで国民も企業も負担はトータルでは減らないのです。

 これでは経済は回りません。

 バブルの崩壊以降、昭和や平成の前半に大企業や名門企業と言われていたほとんどの会社が、その後次々と苦戦をし、倒産や合併、リストラ、デジタル化の波からDXを経験し、経営者も社員も辛酸を舐める苦労をしてきました。

 ステレオタイプに言われるのは、公務員はどんな不況にもリストラされない、役所は安泰で、基本的にはまさにその通りです。

 民間企業が大変な苦労をしている時代、公務員はどんなに赤字でものうのうと決められたボーナスを貰え、給与もカットされない、もちろん国家機関も省庁を廃止や統合する訳でもなく、人員を減らす訳でもなかったのです。

 省庁のセクト化、縦割りなど、この間むしろ尖鋭化し、横串を通して連携すらるよりも、溝は深まってる印象で、国民も議員も振り回されるのです。

 民主党政権が官僚に抗ってコテンパンに崩された経験は、高市さんも見てきています。だからこそ、ジャンヌダルクよろしく切り崩して欲しいのです。

 多くの企業が令和にはカスタマーの心を掴み生まれ変わっています。外資をはじめ企業にできて政治家、優れた日本人にできないことはないはずです。

 大変困難なことを提案しているようですが、全くごく当たり前のことです。

 

 

 

 

 

 

健康保険料はとにかく複雑で高い

 60歳の定年後、再雇用には応じず、仕事を探している時、ライフプランの勉強にもなると、区役所や年金事務所に勤めていました。

 その後も労働保険や、裁判所の民事部で破産や過料、市役所の土地の開発許可などのけっこう難しい受付や審査事務をやってきました。

 久しぶりに役所に手続きに行く側になり、よく面倒くさくみんな行くものだと思います。

 そんな私でさえ、国民健康保険料の減免手続き、計算のややこしさと、その支払う金額の多さには愕然とします。。

 こんな手続きの受付を毎日していたのかと思うとびっくりしますが、もう少しシンプルにならないかとも思います。

 専門の方が電卓を叩き、ソフトを使ってもかなりの時間をかけていました。もちろん間違いは許されないお金の計算ですが、複雑を極めてなかなか素人がササッとやれるのではありません。

 そして、やはり高いです。今、年収178万円に税金控除の壁を上げると騒がれますが、やはり本丸の問題は社会保険料です。

 そう稼いでない庶民には所得税よりも住民税が高く、さらに健康保険料、介護保険料の比率が高いのはこの物価高とくに厳しいです。

 医療費控除や、寄付金控除などで少し税金を還付してもらったところで、なけなしの給料や、年金からガッツリと社会保険料を払わないといけません。

 参議院選挙では日本維新の会がこの少子化でいま、社会保険料とくに健康保険の仕組みを改善する公約を掲げていました。最終的には与党に入った維新ですが、この公約は地味で参議院選挙には惨敗でした。

 結局、維新の政策の中でもプライオリティイは下になり、議員定数削減が連立の条件となって、現在に至ります。

 その議員定数削減すら有耶無耶になりそうですし、実際議員が減ったところで、当面国民には大したメリットはありません。

 特定の上級国民や利権に繋がる層だけが潤い、世の中にはびこり、日本の経済を長く停滞させた仕組みを改善していかないといけないのに、総理が変わってもやはりこのあたりに自民党では勢いのついたアクションはありません。

 与党にしろ、公明、国民民主や参政、立憲やれいわでもここらの手取りを増やす国民への思いは共有できるはずです。

 大きな改革を伴う政策を進めるにはやはり目先の利害が絡み反対の声も必ず上がります。それを精査して、抑えながらも剛力で進めないと、この国は末期を迎えます。

 健康保険の負担を減らす医療の抜本的改革をすれば、医療現場が困り中小の経営の苦しい病院や医者や看護師も困るんだと訳知り顔で反論する人がいます。

 健保財政のために高齢者や現役世代の中間層の負担を増やすのは悪手です。

 医療機関、医師会、医療機器や製薬へのムダな支出を根本から見直しです。

 湿布や消毒、痛み止め程度には健康保険は使えない、そこからでも一歩です。

 日本だけが検診機器も多く、その負担が患者に回っています。

 農業だと零細農家だったり、どこの業界でも人質のように弱者を前面に出して改革を妨げる向きがありますが、議論の前提が違います。

 ムダを無くすことに、基本的に聖域も弱者もないはずです。

 医療の現場でも、農業、建設、政治、役所、業界団体、要らない組織やムダな活動を改めて、時限を決めて廃止して未来に病巣を残さないことが、日本のこれからに大事なことです。

 ここで改革しないと、維新の猪瀬直樹議員が著書「昭和16年の敗戦」に例えて主張されたとおり、日米開戦の時と同じく分かっていながら敗北への道に進むのに手をつけないということです。

 少子化のまま社会保険料、医療費が膨大になって破滅に向かうのです。

 

戦後80年、あの万博から55年で進化してない

 関西で日本万国博覧会からは55年が経って、戦後80年と言われる今年です。

 いろいろな未来が語られたのですが、1970年の万博から少なくとも55年、世界から戦争は無くなっていません。

 戦争のやり方も、国民を扇動し軍隊を投入して、火器を使い国を消耗させてるのは変わらず進歩がありません。

 かつては、国王や貴族が企み、兵士だけが戦うのが戦争でしたが、近代になり市民を巻き込み国全体が犠牲を出して戦う形態に変化はありません。

 世界の情報が素早く手に入り、人権が叫ばれるものの、飛躍的に改善されたものはなきのです。

 携帯電話がスマホとなり、テレビ電話も格安で実現しましたが、80年経ってその他はどうでしょう。

 新幹線は、速度が上がった程度で、空を飛ぶわけでもありません。空飛ぶクルマと言っても、昔からのヘリコプターと大きな差はない詐欺みたいなのでした。

 子供の頃、あちらこちらに透明チューブに入って移動する乗り物がイメージされ、人間は歩いて混雑する電車に乗ることもなくなると想像されていました。

 ましてやタイムマシンもできる予定すらありません。

 その他にも大した未来はまだ実現していませんし、予定もされていません。

 建設するコストは上がり、今の計画はどんどん後ろに倒しです。そのうち、今のインフラも老朽化していきそうです。

 静かに進化の袋小路が見えたのを、そろそろみんな気づかないといけないのかもしれません。

 これから先画期的な発明もなく、ネタ切れをごまかす焼き直しのような改善と陳腐化が繰り返され、それを見ないふりして楽しんでいくしかないのです。

 歴史とは、そういうものだったのです。

 

中国に規模も技術も大差開けられ、有事どころではない

 台湾有事の高市総理発言が勇ましいと、一部元気づいた右翼は戦争も辞さず、中国との観光や貿易なども断絶でいいと威勢のいいことを言っています。さすがに、それはちょっと行き過ぎ、足元が見えていません。

 確かに、防衛や同盟は必要ですが、中国の現在の国力を考えれば、アメリカの様子見もしながら、中国とは喧嘩せず上手くやっていくしかないのです。

 そこそこの年齢の方で、中国アンチの方は、どうしてもメイド・イン・チャイナ劣悪バイアスにかかっています。日清戦争同様、日本の自衛隊は精鋭だから少数でもいざとなれば勝てるとさえ思っている人もいます。

 そこまでいかなくても、大きくなり、技術も進んだ中国の経済力の規模や発展がイメージできていないのは困りものです。

 大学の世界ランキングでも、もう十数年、日本の国立大学よりも、いろいろな観点で優れた評価をされ、学生を輩出している大学が沢山あります。

 単に中国語が英語に似て文法が理解されやすいとかのレベルではなく、国家が教育、学術にかける予算が違いすぎるのです。

 軍事も経済もその差は大きくなっています。

 実際に通信や交通を取ってもその進化の差は歴然です。クルマの業界でもEVの売上シェアでもそうですが、自動運転の技術もどんどん進んでおり、ライドシェアがタクシー業界や役所の反対で進まない国との開きは増すばかりです。

 私の好きな鉄道においても、中国が新幹線技術をパクったとか、事故を揉み消したと、あれこれ言ってる間に、莫大な国家予算を投じて新幹線網を4万キロに延ばしています。これは新幹線がたった3300キロの日本の10倍以上で、日本中のJRを合わせた2倍以上の距離を新幹線より速い最高速度380キロメートルの高速鉄道が走ってるのです。

 乗り心地や、騒音、定時制、安全性と日本の優れた面はあるとは言え、それは日本が宣伝する立ち位置でのスペックです。日本の新幹線はたった100キロか200キロちょっとで未成のままの北陸新幹線や西九州新幹線がなかなかできない、リニアもできないまんまです。できるのは30年先とさえ言われます。

 事故は少ないと言っても、料金が高く、工事費や工期が何十倍もかかればクォリティとしては当たり前に求められるレベルです。海外に売って出るには、最高速度や安全性はもちろん、工事費やその後のメンテナンス費用も競争できるレベルでないと無理です。

 リニアや北陸新幹線が苦労してできた頃には、空飛ぶ車とか別のモビリティができて無用の長物になっていそうな鈍足ぶりです。

 20年もかかれば中国は日本中の鉄道のキロ数を新幹線にするほどの進化を遂げた、権力があり独裁の政治体制だからと、批判はあれども、喧嘩して簡単に勝てる相手ではありません。

 だから付き合いたくなく思っても、残念ながらこの国はすぐ近隣にいる訳です。

 日本は喧嘩してる場合ではなく、しっかりと共存し、技術を蓄え経済で負けないことです。

 自動運転のところでも書きましたが、新幹線でも、コメでも、医療、その他どの業界でも、体制の既得権益だとか、地元やらの利害で遅々として進まない。

 どこの業界も、役所が悪絡みして、既得権者が反対して、改革が進まないし、価格が下がらず、消費者が損を食うだけでなく、もはや国の仕組みとして一党独裁の中国に遅れてるんだという自覚もない。

 保守や右翼が中国に勝ちたいというなら、日本を改革して経済力で打ち勝つようにしろと強く言いたいほどの日本の体たらくです。

 こういう論調を目にすると、中国寄りとか、体制批判めいていると嫌う人がいますが、国を愛するからこそ、中国なんぞに負けて欲しくないわけです。

 新幹線の優れた技術を究めた国だからこそ、次のモビリティや産業、文化の主導権を日本の叡智で取って欲しいのです。