書評:ホラーランク1位 上條一輝「深淵のテレパス」

 ホラーのランキングもミステリと同じく毎年出て、新しい作家も、読み応えある作品も次々と出ています。

 ホラーはミステリには近いものから、オカルトやサイコ、伝承、妖怪もの、さらに幅広くさまざまなジャンルに枝分かれしています。

 私は残虐な描写のスプラッシュスティックはやや苦手で、ロジックなミステリに近いものが好きです。

 そんなホラー度まあまあでミステリ度の高い作家を発掘しました。

 ホラーの年間最高の人気作品ということで初読みの作家さんでしたが、掛け値無しに面白く、サクサク読めました。

 怪異の弊害の依頼を受けた事務所が、あれこれ探索せずまず物理的に止めるアイデアも面白い。ゴーストバスターズ的チームのテンポの良い活躍ぶりと、本格ミステリ顔負けにロジックで、妖かしの仕業の部分と、人間の悪行を見事に解いて行きます。

 続編の「ポルターガイストの囚人」も思わず入手してしまいました。こちらもシリーズ的に楽しめます。

 秋の夜長を楽しめる、ホラーの中でも、スカッとする作品群です。

被爆者=反核、戦争反対=左翼ではない

戦後80年の節目ということで、戦争を深く考える特集が組まれ、一方保守側も昨今の参政党の躍進など日本人ファーストなど愛国心を訴え、自虐史的な戦争を否定しています。
保守の中には、核を持ってもいい、軍隊を持たないと侵略を受けるのではないかと、心配している人もいます。それも、間違いではないと思い書くのです。核保有に反対している人も、アメリカとの同盟があるからいざとなったら助けてもらえると思っている淡い期待の依存心があります。
しかし、関税交渉を見ていて、アメリカの軍隊が、日本が攻撃されて、即座におっとり刀で駆けつけるとは、普通に考えて思えないでしょう。
まして、竹島も占拠されても、尖閣に何かあり、台湾で有事となっても、丸腰では何も言い返せないです。憲法9条で、軍隊を持てない国だから、日本にはどこも攻めてこないと、真剣に信じている人はどのくらいいるのでしょうか。
核兵器も開発にも保有にも、お金がかかり、技術が要ります。原子力発電と繋がるものも多いです。しかし、原発も反対の勢力が多く、イメージが悪く、原子力のこれからの発展のための、理系の優れた人材が集まらないそうです。
核融合技術など、これからの日本を支える科学分野で、世界から取り残されることは、ますます日本の得意だった経済、ひいては国力全体を弱めます。

戦争の悲惨さ、核の脅威、原爆の被害は伝えないといけないことです。だからこそ、怖い、恐ろしいだけではなく、平和を紡ぎ、国を護るため、国を発展するためには何が必要か、もっと普通に議論すべきなのです。
本の紹介はしていませんが、理系の著者で、保守に分類されますが、感情や情緒で戦争反対、反核と思いこんでいる人も一読の価値ありです。国立大学などの法学や経済学を学んだ優秀な文系の人はどうも論理的なようで、結局情緒的なふわっとしたリベラルに陥りがちな印象があります。

書評:森博嗣「日常のフローチャート」クールな頭脳は魅力だが

ミステリ作家はほぼリタイアされ、印税だけでも悠々自適でしょうが、その飄々とクールな思考には、いつも唸らせられます。
確かに、頭も良く成功した人だからの余裕から、優雅に、子供のような庭園鉄道などにハマり、田舎でまったり暮らせるのでしょう。

私も影響を受けた面が多いですが、田舎に住んでここまで孤独でもいい境地にはなれないですし、いろいろ割りきるここともできません。
しかし、愚民政治や劇場政治で世の中に不幸な価値観が広がるのを、もう少し彼のようなクールな頭で、リテラシーを持てれば、随分現状の閉塞を打破できるのでしょうが。
森博嗣さん的には、作家として研究者として、成功していなくても、大して変わらずに、生きていったでしょう。もしそうだと、これらのエッセイでこういう生き方が世に伝わらなかったと考えると、この本を読める私たちは幸せです。彼の成功によるものでむしろその運命は妬むどころか感謝すべきです。
私の兄の世代で、体力がアラ古希で年齢とともに落ちてきたことも、本当にさらりと、良く理解されています。健康雑誌や医学誌を何冊も読まなくても、自分の動作への観察が半端でないのでしょう。
そして、私も含めたいわゆる凡人、愚民がやりがちな、見栄や妙なこだわりや、他人への協調の習慣が、時間やお金を浪費することの多いことが良く分かります。無理をしたり、ウケを狙った逆張りではなく、ほんわかとしているところが、成田悠輔なんかと違うところです。
先輩や兄の世代の著名人が、高齢になっていくのもつくずく寂しくは感じますが、少しオジン臭くもなりながらも、いつまでも飄々としていて欲しいです。

書評:島田荘司「伊根の龍神」ミステリ大御所の冒険噺?

ミステリ界の重鎮、新本格の創始者である島田荘司もすっかり老いて、古希を迎えられ、元々それほど量産型の人ではなく、年一ぐらいに分厚い長編力作を出していたイメージではありますが、このところすっかり間隔は開いて、ランキングも圏外が多く、これは3年ぶりぐらいの、御手洗シリーズの長編です。
時代が違うとか、時間の経過が異様に遅いキャラミスなどのシリーズが多い中、御手洗ものは、ほぼ現実に近い時間と同時進行、リアルタイムで語り手と探偵たちが年齢を重ねているようです。
ワトソン役の石岡氏が、出ずっぱりの冒険噺ですが、70歳設定になり、かつては恋愛対象か微妙な女性にどぎまぎするとかありました。今回も若い女性に事件に引っ張り込まれますが、恋愛や親子どころか、孫のような年齢差が痛々しく描かれます。リアル進行の時間だと、かつて若かった女性キャラも40歳や50過ぎとかになってしまいます。このあたり忠実なのは、好感です。いつまでも老けない設定のため、同年齢時に事件が頻発すると、一度小学生に戻ってもとうに、成人してそうなコナンみたいになってしまいます。

肝心の御手洗探偵は最後に出ますが、こちらはそう年齢を感じさせない、快刀乱麻ですが、もうトリックというよりは政治・社会問題的な方を描きたかったのでしょう。
冒頭から石岡氏の70年代学生運動の回想なども、長い年月をしみじみ感じさせます。

【ネタバレ】
謎に関しては読んでいると想像がつき、考え及ばないのは石岡氏だけじゃないかと少しイラつくぐらいのわかりやすい謎です。しかも、龍神という怪物の正体も初期の別シリーズや最近の上下巻の長編とかぶります。
視点と時代が彼方にいくのは増山実という放送作家の書いた「勇者たちへの伝言 いつの日か来た道」を思い出しました。こちらはプロ野球のオールドファン向けのファンタジーかと思うと、この問題を取り上げていて、すっかり騙されました。

あの国の方の拉致や工作員を問題にすると、スパイ的になり、ミステリも重い社会派的なものになりどうしても後味は良くないのです。
そこを「伊根の龍神」は、いいところをかっさらう狙撃の達人と、御手洗と石岡の高齢コンビの掛け合いの軽快さで最後をうまく終えています。
そろそろ、絶筆、最後の事件になるかとも心配します。ミステリとしてのトリックはほぼなく、立ち上がる龍神や、飛ばされた自動車の物理的な謎説きと、叙述面の仕掛けぐらいです。

 

戦後80年、女性の権利は増えたが、

 サラ・パーシー「女性戦士の歴史」
 戦後80年で、今年は戦時下の悲劇などがドラマやノンフィクションで掘り返されると思います。定番的には、徴兵され招集されていく夫の兵士と、それを見送り家を守る妻が描かれ、戦場で苦闘し命の危険にさらされる夫と、委細はわからずただ待つだけで家を守る妻がおり、やがて戦死か復員かの結末です。
 昔男女差別で問題になったCMではないですが、『私、家を守る人、僕、兵隊になって戦う人」と、男女の役割は明確だったのです。

 ところが世界の趨勢は今や、男性だけが戦う時代ではないのです。戦争は男性のものなんて言うと、大変な男尊女卑、差別発言となるかもしれません。

 ふと目に留まったこの本。
 帯やレビューには
 元始、女は戦った!圧政からの解放、独立、革命のために立ちあがった!伝説の英雄から無名兵士まで、その闘いと数奇な運命を描く。時代の波に翻弄された女性の戦闘方法と処遇の変容を描く。
 その煽りだと、ジャンヌダルクとかの時代やアマゾネスがもう少し描かれるのか
と思いましたが、大戦時のソ連など、近現代の戦争からの女性の兵士に関しての形成や、現代の戦争での状況が書かれている部分が予想より多かったです。
 『同志少女よ、敵を撃て』旧ソ連を舞台に女性戦闘員を描いた日本の小説家逢坂冬馬の本屋大賞を受賞した小説がありました。
 どうしても、女性の人権が守られるかの問題に注目が集まりがちです。
 女性戦士というと、日本では有名なアニメをはじめ、少しエッチ系の特撮をイメージされる方も多いでしょうし、そっち系のAVなども不謹慎ですが多く企画モノで出ています。

 現代は男女共同参画、男女雇用機会均等と言われ、もはや共産系も自由主義諸国でも、女性だから軍隊に入れないとか、兵士になれないとは言えません。では徴兵はどうなるかというと、だんだんそれも女性を分かるロジックがなくなってきています。射撃や武道にも長けた『同志・・』の主人公のような優秀な女性が戦術的にも有効となると、部隊としてもある程度の女性兵の人数が招集してでも必要になります。

 女性の戦い方、働き方を書いたり、発言したりすると、どうしても差別と言われそうです。兵隊に限らず、昔は男性だけが働き、家を女性が守り支えていた。多くの勤め人家庭のパターンが今は崩れています。
 女性が男性同様に働くのを制限するような発言をすると攻撃され、炎上するのが当たり前ですが、本当の女性に幸せからすると、戦地に送り込まれるかもしれないほど平等にされない方が良いのではないかと思います。

 極論だと言われますが、勤めに出るというのは結局多くの敵と戦うことと昔は言われました。専業主婦の方は、また家を守ることに特化し、専門性を高め、効率を極めて、男性が働き稼ぎそれを癒すことで貢献し、他人に預けず子供を育てることにも細心の注意を払って、繁栄をもたらしていました。
 こういった考えを、今の人権主義者は古いとか、差別とか、保守だと言わしめること自体が、言論の自由を弾圧していて問題です。少なくとも、女性の社会進出、平等を求める意見の対として、女性は家にいて、家庭を守っていてくれた方がいいよという両論が自由に発言できていいはずです。

 そういう権利を求めて煙たい女性が多く、少し保守の発言を聞くと傷付いたとか騒ぐようです。
 私が知る限り、子供が小さいのに働きに行くのがイヤ、保育園に預けるのもイヤという女性は多く、育休の制度なども、収入やキャリアの問題だけでなく、社会が無理やり働かしている空気を作って、苦しんでいる女性の方がずっと多いと感じます。
 国が女性の管理職、経営者が少ないとか、数値で目標など意味にないことです。働きたい人は男性でも女性でも平等にチャンスを与えたらいいだけです。

 

書評:河井あんり「天国と地獄」 あまりに赤裸々な選挙のウラ

 参院選公示前日の発売で、動画サイトを中心にご本人もご主人もたくさん出演され、結構話題を呼んでいます。
 日本の政治のウラというか、選挙の内幕が、本当にリアルに細かく描かれています。実はご主人も昨年本を出されていますが、インパクトが全然違い、暴露具合もですが、本当に本人の人生がナマで語られて熱くなる感じがします。

 そして、今はアラ50で、だいぶストレスや鬱を乗り越えふっくらされらアンリさんですが、議員当選当時のポスターなどの写真でも、スタイルの良い美人さんなのです。有名人で、政治家や学者の美人は、マスコミの好いエサで、事何かスキャンダルあれば徹底的にたたかれます。信じられないほど、ワイドショーなどの電波を使い、犯罪人の印象を世間に広めます。

 日本の司法制度の問題、司法取引で、大物裁判の証拠や証言のためには、不逮捕を条件にするなど、歪んで曲がった真実を、大衆は信じ込み、あたかも義憤のような感情で、逮捕者のリンチに加わります。
 かつてあった堺雅人主演の「リーガルハイ」というドラマのセリフを思い出します。

「この国では世間様に嫌われたら有罪なんです!法治国家でもなければ先進国でもない。魔女を火あぶりにして喜んでいる中世の暗黒時代そのものだ!証拠も証言も関係ない。高級外車を乗り回し、ブランド服に身を包み、フカヒレやフォアグラを食べていたのだから死刑にしましょう。それが民意だ。それが民主主義だ!なんて素晴らしい国なんだ。民意が正しい。みんなが賛成していることならみんな正しい。ならば、みんなで暴力をふるったことだって正しいわけだ。私のパートナー弁護士をよってたかって袋叩きにしたことも民意だから正しいわけだ。・・・冗談じゃない。冗談じゃない!!!本当の悪魔とは、巨大に膨れ上がった時の民意だよ。自分を善人だと信じて疑わず、薄汚い野良犬がドブに落ちると一斉に集まって袋叩きにしてしまう。そんな善良な市民たちだ」

 長くなりましたが、多くの政治家や有名人の逮捕は見せしめに近いもので、少なくともその人だけがとても悪い犯罪を行っていたものではないのです。それでも世間は本当の罪状さえ知らずに、「昔悪いことをしてた前科者」として、浮かび上がることをなかなか許さないのです。
 今回の選挙で国民民主党で出るでないの山尾志桜里さんもそうですし、議員は続けていますがエッフェル塔の前で写真を撮っただけで炎上しバッシングされた松川るいさんも今だに出てくると叩く人がいます。政治家ではないですが、STAP細胞の小母方さんとかでも、嫌いな人は、とことん嫌いで、他の誰もがやっている、『お化粧』や「コピペ」のようなことさえ、絶対に許さないのですから世間は恐ろしいです。
 もちろん、一つの事象として、事実が許せないという意見の方もおられますが、ほぼ共通するのは、「誰かチクった黒幕がいること」「同程度に悪い奴はいっぱいいるのに、その人だけが抹殺された」「そこそこに美人でマスコミにウケルる虐めが絵になる人」です。女性の、少し見た目のいい議員や有名人へのマスコミバッシングは、熾烈を極めます。

 河井アンリさんも、本当の地獄まで落とされ、彼女なりの才能と力で心を取り戻し、何とか出版をするまではいあがってこられました。

 本人直筆のイラストで、面白く軽く読めます。その実態は、本当に地元の県
議会の嫌がらせで、辛酸をなめ苦労の果てに当選したのに、選挙違反を問われ、まさに地獄に落された一人の政治家の生々しい書記であり、夫婦の愛憎の物語でもあります。

 自伝的なものは、自分側に都合よく書かれているのだろうと思う向きもあるでしょうが、その次元を超えたリアルなものがあります。
 広島県ということで、岸田文雄現首相、今何かと話題の宮沢洋一、引退したものの大物政治家亀井静香、そして当時の党本部安倍晋三総裁、二階俊彦幹事長(当時)と宏池会と、清和会の党内どろどろの暗闘が、想像するよりもはるかに泥臭い、お金まみれな権力争いの醜さが政治の世界なのだと、思い知ります。

 また、著者およびその夫が、逮捕され有罪で勾留されたことをもって、カネまみれの汚い政治家が何でエラそうに軽い本を出しているのかと、顔をしかめる人もいるでしょう。

 これには、政治の世界もですが、そこにつながった司法の世界や、マスコミもまた似たり寄ったりの、片寄った汚れのある世界だということを、知らないといけません。

 回りがみんな同じようなことをやっているのに、なぜ彼女だけ逮捕されるのか、それも日本の司法らしい問題ですし、マスコミも国民に逮捕=悪い奴の印象をつけます。
 しかし、楽々100キロ出せる高速道路で、ネズミ捕りをされ、なぜかその地点は80キロになっていて、運悪くそこで25キロオーバーで捕まってしまうようなものです。「みんなやっているのに、私だけ捕まり要領が悪いだけ」「そもそも、あんな見通しの良い道が80キロ制限なのがおかしい」と自らの罪は反省しない人で、道交法の不満をあげつらう方が多いでしょう。
 公職選挙法で規定されたウグイス嬢への一日1万5千円の上限など誰もまともに回れず、脱法の手段だけ考えるような法律は、すぐにでも改正すればよいのにと、本当に笑いながら怒りたくなります。

 日本中で誰も守っていない、ウグイス嬢のバイト上限額などで、議員や市長を辞職して逮捕さえされる場合があるのです。要領よく別勘定で計上したら逃れられるというのでは、倫理も何もない立法の怠慢であり、リークした側が司法とマスコミを使って、踊らされる国民が魔女狩りを拡大するのです。
 選挙違反はそんなものです。しかも、集団で捕まっていない、地方議員や、国会議員も多数います。厳密にやれば議員もいなくなるほどでしょう。


 選挙制度自体、相当変えないと無駄、無理です。
 役所に勤めていると、多くの同僚が投票事務応援に日曜早朝から行きます。
 それはご苦労なことですが、労働ですし、どこかで代休も撮らないといけないし、人件費換算でもそれだけで大変なお金です。
 選挙カー街宣車、事務所の設置、ポスターや公報の配布でもバカにならないお金が飛んでいきます。それこそ2万円などでは何もできない浪費ですし、またそこにつながる利権もあるのです。
 いきなり解散とか、辞職して出直しとか言いますが、それも必要な場面はあるにしろ、この程度の民意を確かめるなら、セキュリティさえしっかりすれば、スマホや地デジテレビのボタンで選ぶので十分です。

 投票率、本当に上げて、本当の民意を知るなら、もっとまじめに選挙の改革をしないとと思います。
 とは言え、あきらめて棄権ではなく、民意を最低限示す投票行動は大事です。少なくとも今の選挙制度で後援会を作り、頭を下げて、盆踊りまでする政治家に自分がなれないし、アンリさんのように努力して政治家になる人を尊敬しています。
 

書評:成田悠輔「22世紀の民主主義」暴言だけじゃない、選挙制度にも鋭く切り込む

 成田悠輔はやはり、恐ろしい切れ味と、斜めからの視点で世の中の仕組みを見て切り崩します。
一時「高齢者へ集団自決せよ」と老害を切り捨てる発言を切り取られ、保守や既得権者に嫌われたが、その発想は目の前ではなく、かなり先を見ています。というか、この人も自分の周りの炎上とかは見えず、先の方しか見えない性格なのでしょう。

 今の参院選、投票前に読むと、いかにも今の選挙制度をそのものが空しく感じてしまうかもしれません。今の不条理なほどつまらない選挙は、やがて来る大きな改革への前奏曲だろうかと思います。そういう意味では投票前に読んで、投票行動はすべきかなと思います。

 【キャッチフレーズ】世の中の根本を疑え

断言する。若者が選挙に行って「政治参加」したくらいでは日本は何も変わらない。

これは冷笑ではない。もっと大事なことに目を向けようという呼びかけだ。何がもっと大事なのか? 選挙や政治、そして民主主義というゲームのルール自体をどう作り変えるか考えることだ。ゲームのルールを変えること、つまり革命である――。

22世紀に向けて、読むと社会の見え方が変わる唯一無二の一冊。

 とは言え。今現在のネコや猿のように揶揄される政治家、国会議員へのすぐに役立つような改革への直言もあります。
 争点を対象にしたイシュー選挙や、年代別、余命などで傾斜配分をかけた投票なども、そろそろ真剣に考えたらと思います。

 しかし、昨年来の自民党の裏金問題とかもそうですし、明日詳しく書評から上げたい河井あんりさんの著書で赤裸々になった、選挙や政治、司法のもはやお笑いのように古い体質も、本当に何とかならんものかと、成田悠輔に縋りたくもなります。

 国会議員は、確かに落選するとただの人になり、大変ですが、結局議員を続けることや、与党でいること、大臣になることが目的化してしまい、選挙制度や支持母体に手をつけられないのです。

 祭りの盆踊りに顔を出し、頭を下げお金を配り、選挙カーで名前を連呼する、60年以上続いた伝統芸能、若い人もこれがアナログで何年か後にはさすがにオワコンだと思いながらも、その世界に従順に入っていってしまうのでしょうか。

 ネットの選挙のノウハウも拡大し、若い人が棄権せず投票率が上がれば何かが変わるといわれる人がおられますが、雨垂れが石を穿つのを待っていても、沸騰して湯になり蒸気でタービンを回す時代にはならないのです。

 大きな改革を、このような才能の人に、預けて民主主義がごそっと一任されないとダメでしょう。

映画&書評:「国宝」3時間の大作

 封切りから時間が経ちましたが、二人の当代を代表する人気俳優のまさに競演ということもあり、興行的に大成功、封切り1カ月以上なのに、多くのスクリーンと上映回数で人気シリーズのアニメ以外の邦画では久々の大ヒットではないでしょうか。
 土曜日の昼とは言え、ほぼ満席に近い客席で、隣のおっさんの酒臭いのが不快でしたが、替わる席もないほどでした。中年以上の女性が多く2時間55分のロングには耐えきれず、しばしトイレに向かう人も見られ、休憩要りそうな長さです。
 それでも中身は序盤の東映らしい任侠場面、少年時代役の二人の好演の引きから、長さを感じさせず、ともすれば眠りを誘いそうな古典芸能を、うまく時間の快調な経過で進みました。

 原作の方も、上下2巻の堂々たる長さですが、古典芸能と重い内容の割にリーダビリティに富むさすがの快テンポでサクサク読めます。

 とは言え、ネタバレするほど中身を紹介するほどカンタンな長さではありません。

【以下ストーリー】
  任侠の家に生まれ、抗争で親を失った喜久雄、運命に導かれるように才能と努力で、芸の道を進む彼と、同世代で血筋で跡目の決まっている御曹司、俊介。
 古典芸能や社会でつきまとう、世襲なのか実力かの、究極ともいえる選択に翻弄される二人。
 歌舞伎の華やかな舞台の裏にある厳しい修行や人間関係、嫉妬や執着といった感情が丁寧に描かれ、物語に深みを与えています。
 また、芸にすべてを賭ける覚悟と、友情とライバル心。それに伴う孤独や苦悩も胸に迫ります。
 昭和という時代背景とともに、芸に生きる人間の美しさと脆さが詰まった重い2巻です。

 もちろん、映画と小説は比べられないもので、全2巻の活字を読み切ることができない人や、最低減の昭和史や芸能が分からないとイメージできないので、映画はその点、一瞬にして全てが眼に入ります。

 映画版には尺もあり、登場しない人物や、唐突に時間が経過して。その陰の努力や支えた人が見えないところもあります。しかし、概ね映画のビジュアルの華やかさは想像以上で、なるほどと興行的な成功も分かります。

 吉沢亮はスキャンダルが少しありましたが、正直その程度はこの映画の演技やその人像を見れば、そんなものがいかにどうでもいいか分かります。
 そういう意味では、つまらないスキャンダルでイメージを壊し、ドラマや映画、CMから俳優を干すマスコミは罪なものです。

 それぞれ、現在の蔦屋重三郎と以前の渋沢栄一でNHK大河ドラマの主演を勤めた今を時めく横浜流星と吉沢亮ですが、特撮ファンはもちろん二人の初共演を知っていて、話題にしていました。2011年仮面ライダーフォーゼの2号ライダー朔田流星、仮面ライダーメテオ役で出世した吉沢亮と、その3年後烈車戦隊トッキュウジャーのトッキュウ4号でブレイクした横浜流星です。仮面ライダーフォーゼにメテオ朔田流星の親友井石二郎役で横浜流星が共演していました。
 その設定も今回の映画に少し似ているのが、特撮ファンにはニヤリという感じのところです。

 さらに特撮ウンチク話になりますが、仮面ライダーフォーゼの主人公を演じたのは福士蒼汰、トッキュウジャーの1号センターのアカを演じたのは志尊淳です。この頃のニチアサは現在ブレイク俳優を量産していて、トッキュージャーの前年の戦隊シリーズ、獣電戦隊キョウリュウジャーの主演は竜星涼です。役名も含めて、リュウセイの3人が繋がるとも言われました。

 大きく脱線しましたが、映画に戻ると、長崎、南座などの京都も多く映り、ロケ地も美しく、昭和の彩をうまく撮っています。
 雪が舞う風景はいつまでも記憶に残ります。少々ざわついてエンドロールでそそくさと出口に向かう人も多かったですが、劇場は良いです。

書評の書評:小谷野敦「このミスがひどい」同世代、共感あるある多め

 面白いし、共感も多かった本です。厖大な本を端折りながらも、ネタバレも多く好きも激しく、一刀両断されています。
 4つほど年下の東大卒の学者、作家さんでかなりの読書家の方ようで、その読みっぷりと書評は評論家の体裁ではなく、好き嫌いが激しい感じも人間味が溢れて良かったです。
 同世代なので、刑事コロンボや日本沈没からコナンなどのテレビや映画までも懐かしく思えます。エラそうな評論家や選考委員さんも実際にはそれほど真剣日本を読んでいないというのは十分想像できますが、それを赤裸々に書くところに好感を感じました。
 ジャンルや部門で分冊してもいいようなエッセンスが詰まった内容に濃さがあります。
 愛煙家であるところは相いれない(笑)
 
【紹介文より】

40年以上に及ぶ推理小説渉猟の結論!
その作品は本当にすごいか?
世評の高い「話題作」「人気作」は90%がクズ、ひと握りの名作を求めつづけた濫読人生。
世の『ミステリー帝国主義』に抗して、
推理小説嫌いの著者が唱える“ひどミス”論。

「…覚えられないくらいたくさんの登場人物が出てきたり、思わせぶりをしたあげくに『え? 誰それ』というような人物が犯人だったり、ミステリーには、さまざまな恨みがある。そんな『すごい』ものが毎年ざくざく出るはずがないのである」(本文より)

<目次より>
第一章 いかにして私は推理小説嫌いとなったか
第二章 素晴らしき哉、『ロートレック荘事件』
第三章「旧本格」の黄昏と古典化
第四章 松本清張、長編はあかんかった
第五章 SF「小説」は必要なのか
第六章 ああ、愛しのバカミス
第七章 人気作家はどのような人たちなのだろうか

 私も松本清張からミステリに入り、社会派の反動で、角川文庫系の横溝正史、クリスティやクイーンも読みました。筒井康隆らのSF御三家、西村寿行、西村京太郎、鮎川哲也、内田康夫らも今はなかなか本屋の棚で希少な作家も以前は量産されて平積みされていました。
 そして、島田荘司以降の新本格を含む綺羅星のごとく群雄の作家が現われる時代へ入りました。いわゆる「このミステリがすごい」常連系のパズラーにはまりつつ、ここでもまた面白さとともに、愚策にもそれなりに当たることを感じるたものです。
 有栖川有栖くん(同級生、もはや大御所)や森博嗣、東野圭吾、米澤穂信らも楽しみました。でも「約束事」の世界とは言え、何だかなあというリアリティの無さ、文学としての軽さは感じる時も多いです。

 文学賞やミステリ界の賞が、必ずしも優秀作に与えられていないという説も、うなずけます。賞はどうしても、商業的成功への論功行賞的な意味合いになり、直木賞でもそうですが、文学史的エポックとはズレが生じます。
 パズラー的ミステリは、どうしても動機などの人間を描くウエイトより、物語の展開の切れ味、可能性や論理性に重きが置かれます。
 筒井康隆「ロートレック荘殺人事件」や西村京太郎の「天使の傷痕」をトップに評価するのは、物語としての完成度、読後感などでしょうか、これらはほぼ共感しますし、世間の評価が低いのにも同じく違和感を共有します。星新一さんの評価が低いには微妙な感じですが、著者のおっしゃることは分かります。筒井が天才なら、星は大衆受けする成功実業家です。

 名作と言われる作品の動機でさえ、時代もあるのですが、興ざめする点は多いのです。殺人を犯してトリックを駆使して逃げるなら、頭が良い人は論理的に考えるなら最初から殺人は行わないのではという点です。

 刑事コロンボの多くの犯人や、松本清張「砂の器」、森村誠一「人間の証明」などでも、出自をばらされるとかでは、殺人の動機としては弱い。それなら「殺人者」の汚名の方がはるかに不名誉で危険すぎるというところに、ミステリが嫌いな人は醒めたり、ついていけないのも分かります。

 読書のあり方、読み方というのが、特にミステリで駄作だと思った時、すっ飛ばせるのは全く私と同じです。海外ものを文学作品でも抄訳を評価するのもなるほど、あるあるです、

繰り返される「分かっていても負ける日本」

 今年は敗戦から80年ということで、選挙も終わった8月は戦争の特集などが溢れるでしょう。
 しかし、今の日本はあの時と同じように、国が滅びつつあることが分かっていながら、良いような話だけで誤魔化されているのです。太平洋戦争開戦前夜の1941年(昭和16年)の夏、総力戦研究所で若きエリートたちによって、アメリカと開戦した場合のシミュレーションが行われ、「日本必敗」という結論が導き出されていたにもかかわらず戦争へ突入していった史実を描かれた話と、現代日本がダブって見えるのです。。
 この組織は昨年の朝ドラ「虎に翼」など、最近の戦中ドラマでもポツポツと描かれだしています。有名になったのがこの猪瀬さんの本です。

 今の時点で、選挙期間中なのであまり政治家を褒めるのもあれですが、改選議員でもなく、主に作家や以前の活動のお話をさせてもらいます。
 猪瀬 直樹(いのせ なおき、1946年〈昭和21年〉11月20日-生まれ)で、作家、政治家。元東京都副知事から知事、徳洲会献金のスキャンダルで公民権停止期間あり、現在は日本維新の会所属の参議院議員(1期)。日本維新の会国会議員団参議院幹事長です。
 都知事としては、石原さんの後、小池さんの前で、スキャンダルもありやや地味でした。その以前の、小泉内閣時代に参与として道路公団の民営化を推進した実績が知られます。改革派の実力者ですが、ハメられたところはあるのでしょう。彼がいなければ、未だに高速道路のSAやPAは古臭い自販機とまずい飯だけの不便なままだったとも言われます。
 JRや郵政よりも、成功したといええそうなのが、ネクスコと言えます。もちろん、道路族の利権を完全に断ち切ったとはいえないでしょが、適度に民間の活力を加えて、活性させた役割を大きいのです。
 頭の良い方で、日本の社会保障の課題を、目先の給付や減税ではなく、社会保障、保険料特に医療費や医師会や薬種業などの厚労族利権にメスを入れないと、日本はまた、壊滅的な敗戦を迎えるという主張をされています。減税や給付金の話で良く財源はという話になりますが、どこから取るかでは、結局国民の負担は個人差はあれ変わらないのです。
 社会保険料の、医療費のここの負担を、構造改革で1兆とかいくらまで減らすよいうのが、具体的です。もちろん、個々の組織は痛みも伴い、今回のコメ問題でのJAや農水族のように抵抗はあるでしょうが、国全体を俯瞰した場合に、どこにメスを入れて改革するかなのです。

 多くの省庁、業界と繋がった族議員や、労組や宗教と縁を切れない党では、しがらみがあるすぎて、この終戦に向かう流れを止められないのです。
 
 以下は現首相の、この本の感想で、猪瀬さんへの国会での応答です。
【石破首相】
 情報の開示とはなんであるか、すべてわかっていたのに何で戦争を始めたのかという疑念が沸き、楽観的な、そして刹那的な見通しは決して持ってはならない、そして、個別最適の総和は、全体最適ではない、という教訓にたどり着いた、と3月の国会で石破総理は述べていました。
 防衛庁長官をしていたとき、ある人から、この本を必ず読むよう勧められた。敗戦は昭和20年ではなく、16年に決まっていたという内容だ。昭和16年、今のキャピタル東急のあたりにあった「総力戦研究所」に、ありとあらゆる官庁、日銀、同盟通信(現・共同通信)など、30代の俊才達を集めて、あらゆるデータを集めて、日米の国力の比較を行った。GDPが八倍違うなどあらゆるデータを開示して、日米開戦後のシミュレーションを行った。その結論は、何をやっても勝てないので、いかなる理由があっても、この戦争は行ってはならない、というものだった。しかしながら、このことは省みられることなく、開戦になり、日本はあのような悲惨な焦土と化した。

 今の日本の問題は、空襲は来ないし、徴兵もなく、原爆投下もない一見恵まれた国のようですが、どんどん人口が減り。多くに人の手取り所得は増えない、貧しい人が増え、働く人が来っていて、国が支えを失ってスカスカになっていくのが見ていることなのです。

 また目をそらしてはいけないのです。

 関係ないですが、猪瀬さん、戦後生まれなのですね。今の奥様の蜷川有紀さんと、私は学生時代にある映画のロケで一緒になり、河原にねそべり2~3時間一緒にいました。