メーカーには再販価格決定権はない?

 【報道】(朝日新聞デジタル)カップ麺業界最大手の「日清食品」(本社・大阪市)が、スーパーなど小売店向けのカップ麺5品目で小売価格を不当に引き上げさせていたとして、公正取引委員会は独占禁止法違反(再販売価格の拘束)の疑いで警告する方針を固めた。物価高が続くなか、販売価格を制約しないことや再発防止策などを早期に求める。

 関係者によると、警告の対象は、カップ麺の主力商品である「カップヌードル」やシリーズの「カレー」「シーフードヌードル」のほか、「日清のどん兵衛きつね」「日清焼きそばU.F.O.」の計5品目。日清食品ホールディングスは取材に対し、「公取委から調査を受けているのは事実で、誠意をもって調査に協力している」としている。

日清食品はカップ麺や袋麺の希望小売価格について、2022年6月に約180品目、23年6月に約170品目で5~13%引き上げ、「カップヌードル」(78グラム)は2年間で税抜き193円から236円に上がった。 このうち5品目について、同社は全国のスーパーやドラッグストアなど小売店数百社に対し、値上げ額を指定して小売価格を引き上げさせていた疑いが持たれている。(以上報道抜粋)
 

 物価を上げ、賃上げをするの国策に従っている面もあるのですが、ここへ来てこういう形で公正取引委員会が動き、シェア40%を超えるプライスリーダーになり得る最大手が摘発されるのは、筆者の想像ですが何か裏があるのでしょう。
 洗剤、日用品の最大手、化粧品の業界2位のメーカーでマーケティングや企業取引をやっていた経験からも公取委とのやり取りは微妙で、阿吽のものです。タテマエ論が、まかり通る世界です。再販売価格は特定商品を除き、価格の決定権は流通、スーパーなどの消費者に売る業者が握っています。
 とはいえ、花王の商品もカネボウや資生堂の化粧品も大安売りされることはあまりありません。過当競争で業界が乱れすぎると、品質の低下など消費者が結局損をし、危険な場合もあります。とは言え、この物価高の時代やり玉にあがり、不満のはけ口ともなります。

 さきほど、タテマエ論と言いましたが、今回、テレビや新聞などのマスコミは一斉に公取のリーク(?)を受けて、日清の価格指示批判をしています。しかし、「〇月から〇〇が値上げします」ってニュースここ数年しょっちゅう、そのマスコミがやっています。あれは逆にメーカー主導の業界べったりのニュースで、正確には「メーカーが卸価格を〇〇円上げるから、一般市場で市民が買うのは〇〇+〇円になります」という話で、メーカー情報をそのまま報道して、全部のスーパーなどの対応情報を取材するわけではありません。だいたい、卸価格に対しての販売価格などは決まっているもので、それを1品ごとに設定していたら流通も大変な作業ですから、100円の卸なら140円で売るとか、幅が決まっていないと利益が分かりません。マスコミ各社もそんなことは分かっての大人のタテマエ論です。
 価格全体が上がれば、多少利益を犠牲にしても目玉を安売りする、一部の流通が出てきて、その独善を抑えたいというのは常に流通にあります。あんまり、ぐちゃぐちゃ乱売するところとは協力しない、そもそも取引しない。かつての松下電機(現パナソニック)と中内時代のダイエーのような抗争になるのです。
 一見、消費者側が正義かのようですが、日和見のマスコミや、何を基準にいきなり責めるのかわかりにくい公取含めて、何が正しいのかは難しいところです。
 メーカーとくに大手がブランドの価値を守るため必死です。自分たちの聖域の、利益であり、社員の給与、次の開発力や品質の維持もそれにかかっていますから、悪いことではありません。
 私にはマスコミが、ヘボな解説をつけるものの、タテマエといのかご都合主義に見えます。

セカンドキャリア、セミリタイア後の充実

 人生には多くの選択があり、重要なターニングポイントを経験します。多くの人がその時に間違った経験をしないかとか、間違ってしまったのかと悩みます。
 若い時でもそうですし、多くの人は高齢に足を踏み出し、定年や継承でセカンドキャリアやセミリタイヤを迎える時、「何をしようか、何を選ぼうか」と戸惑います。
 多くの人が、学生から就職して社会人になって、それほど多くの会社や業界を経験はせず、一つか二つを勤め、あるいは家業を継ぎ、還暦を迎えリタイアの時期を迎えます。多少の趣味はあっても、綿密に組んだライフプランの無い人が悩むのも当たり前です。
 
 意外と参考になるのが、アスリートのセカンドキャリアではないでしょうか。若いうちに契約金や高年俸で、収入が高かったスポーツ選手も、身体の衰えで30代後半かせいぜい40代にはリアイアを迎えます。メジャーリーグぐらいまで行けば、年金で楽に暮らせますが、日本ではよほど現役の収入を貯めこんだ人でないと、別の仕事を見つけないと食べていけません。
 指導者やアナリストになれるのは、一部のトップクラスですし、その椅子も少なく競争が激しいものです。第二新卒として始めるには年齢も中途半端ですし、事務などのスキルももちろん身につける余裕はなかったはずですから、先輩やコネがないと現実には厳しい就職活動が待っています。
 ちょっと前に綾野剛が主演のドラマ「オールドルーキー」というそんな就活を描いたものがありました。
 サッカーしか知らなかったいなかった元プロサッカー選手が、引退後の道(セカンドキャリア)を模索していた中で出会ったスポーツマネジメント会社で現役アスリートの代理人やマネジメントを行いつつ、自分のことを誇りに思ってくれた娘たちのために現役への未練やプライドを捨て、奮闘していく姿を描くものでした。監督やキャストも、スポーツ監修も優れたなかなかドラマとしても、しっかりしたものでしたが、代表クラスまで行った選手が別の職種という難しさは身につまされます。

 まして普通の会社で、長年勤め「部長」「課長」「支店長」をしていましたと誇っても、MBA取得とか、英語や会計、パソコンなどが人並み以上できなければ、別の業種ではただのおじさんです。

 現実にアスリートのセカンドキャリアを見ていると、業界で細々コーチや解説の席を守っている人と、スナックやら水商売、運動具店などの自営も多いでしょう。残念ながら、失敗やしくじりの例も多いようです。

 成功してる方で、少し変わったところで、私と同い年1959年生まれの元プロ野球選手に、大洋ホエールズ(元横浜DeNAベイスターズ)読売ジャイアンツで俊足好打の外野手として活躍した屋敷要(やしき・かなめ)さんがいます。私はパリーグの球団のファンで、名前だけは知っている程度で当時も原辰徳や掛布、岡田、落合などが有名ぐらでセリーグの球団なのでよく見ていません。高木豊、加藤博一と俊足の、1~3番を組む外野陣でスーパーカートリオと名は馳せていました。
 その屋敷要さんが、指導者解説者を少し経験した後、子供の頃には興味があったものの、現役時代は縁のなかった、鉄道、蒸気機関車の写真に魅せられ、撮り鉄型の鉄道愛好家としてメディアのに登場し、いまや「元野球選手の、」という前説の肩書は要らない、評価の厳しい鉄道ファンからも認められた、屋敷さんの楽しそうな仕事が見られます。カメラも一流になり、真摯に打ち込まれたのが良く分かります。

 もちろん、現役の延長戦というより、その知名度を生かしたビジネスを拡大しているサッカーの中田英寿、本田圭佑のような例もあります。また女子アスリートもその容姿やスタイルを活かし、女優やモデル、タレントの転身したり、やはりビジネスで成功している例もあります。自分の才能、能力を良く見極めて人生設計している姿ですが、ここまで常人は少し真似できないクラスになります。

 還暦過ぎてからのの就職、生き甲斐の持ち方はよく似た難しさがあります。よく聞く話が、先ほど書いたように、職場では管理職や役員まで上がった人が、降格でヒラのような仕事で定年延長や再雇用の待遇を嫌がり、別の仕事を探そうにも高齢ではとても雇ってくれる職場もこなせる仕事もありません。
 そもそも「一兵卒」「雑巾がけ」でプライドを捨ててやる覚悟と、前の仕事をしながらもやりたかった仕事へのスキルや知識がないと、好条件のヘッドハントなど増してありません。
 幸い、子育ては終わり、マイホームのローンも終わり、退職金や年金である程度の生活基盤が見えればそう焦らないで力を抜いて、子供の頃の夢、若い頃やりたかった頃、残りの人生やりたいことを見つけることです。
 未経験の仕事を教えてもらいながらするのですから、雑巾がけから始められることに喜びを見出す謙虚さは要ります。
 横を見れば、同い年の中には、まだ定年がなく70歳以上でも高収入で働き続ける人もいるでしょうし、すでに年金生活でシュリンクした暮らしの人もいるでしょう。どちらをやっかむとか、性悪,是非はありません。他人の人生を羨んでも、やっかんでも他人にはなれません。未だに引退できない人も30歳で引退した人も、苦しむも楽しむも似たようなものです。
 一つの仕事、業界を貫き生き通すのも良し、またいろんな経験を楽しむのも良し、早めにリタイアするのも良しです。
 それぞれ、自由ですが、私は人生いろいろ経験して、この年でも雑巾がけ、一兵卒から始められるのを喜びとしています。
 それにはとても深い意味があります。


タダほど高く危ないものはない時代

 戦中戦後すぐではなく、平成の時代でも海外の家族や友人とやり取りするには時間もお金もかかりました。
 肉声を聞くにも国際電話は高額な料金で、写真を送るののもエアメールでした。
 ようやくインターネットというものができたと思ったら、最近はさらにイッキに加速して遠距離にやり取りも便利になりました。
 戦中は出征した兵士は家族の白黒写真1枚を眺め、「会いたい戦場から早く家庭に戻りたい」と本音を書いた手紙は検閲され出せませんでした。
 今は、子や孫のアルバムも動画も際限なくアプリやらでリアルに近く見られます。
 無料のアプリ、サービスも増えています。広告さえ我慢すれば、どうやって開発の採算をとるのかと思うものが山のようにあります。やはり民放テレビ、無料動画とかと同じで、広告で儲けているのでしょう。
 動画サイトや、配信サービスも最初は無料や廉価に登録者を増やし、目玉のコンテンツをだんだん有料にもっていき、サブスクの契約も増やしています。
 タダだと思って習慣づくと、ここからは有料と、ゲームでいいところで武器や命を買うのに課金するのと同じになります。
ただ、かつてはなかなか手に入らなかった情報を入手すること、勉強をする方法などが少々広告をガマンすれば簡単に入手できる時代になりました。そこも戦前や、高度経済成長期などとは大変な違いです。
 電脳犯罪、電子詐欺での破産などかつては考えられない悲劇も増えています。
 いつの間にか、搾取されるのもまた悪質な時代ですが、しっかり見極め賢くツールやアプリを使えば便利な時代ではあります。

学歴、職歴、収入、資格がエライわけではない

 私の母などもよく、「京大に入れるから頭がいい」とかいう他人の評価をしていました。
父母やその上の世代では大学に入る人も少なく、特に女性ではせいぜい女学校でしたから、大学がどういうとこら、どんな試験で入れて何をするのかあまり判っていない畏敬だけなのかと思います。
「あの人は東大を出ている」「お医者さんだから」「霞が関の官僚だから」「司法試験に受かった人だから」「大学教授だから、博士だから」どうもこういう安易なレッテルで人の頭の良しあしが決められる会話を聞きます。
 家系がみなお医者さんだから、みんな賢いわけではなく、家業を継ぐために勉強をしたり、準備をしそれに継ぎこんだ結果なのではと思います。家が工務店、農家、飲食店、寺院なら別の準備があるということではと思います。
 難関大学の入試や国家資格なども、経済的にそこそこ恵まれていないとそう簡単に準備して受かるものではありません。また記憶容量やその分野での理解力や考察力であって、必ずしも人生を乗り切れる頭の良さとは限りません。
 大きな名の通った会社や大学、先生と呼ばれる職業やエラそうな地位を聞かされるとなるほどとは思いますが、だからその人が絶対的に優れているかではないのです。
 私は女性の多い会社に入り、当時は学歴的には上でしたが、そんなものは少しも役に立ちません。そして、最近でも錚々たる大学を卒業した人のポンコツぶりも見てきました。今は司法試験合格者、院卒、ロースクール卒、国家公務員キャリアも周りに沢山いて逆に私はカースト下位にいますが、彼らはもちろん優秀なのですが、地頭というのか整理する力、コミニュケーション力がなかったり、気配りがないなど、残念な点も多々あります。
 結局、日本で最も難関を突破しても「東大が出たけれど」「司法試験は受かったけれど」「海外留学したけれど」その投資と期待に見合う人生になるか、頭が良いと言えるかはわからないものです。
 写真はイギリスの司法制度を学んで帰国された裁判官のお土産です。この人ももちろん優秀です。

平均寿命,平均余命,健康寿命

ファイナンシャルプラン、社会保険、年金などでは平均寿命とかの言葉がよく聞かれます。残りの人生の期間を算出し、どのくらいの支出に備えるのかです。
 平均寿命も、毎年伸びています。男性でも81歳ぐらいになってきています。若くして事故などで亡くなった人もいますから、今の中高年の方の余命はそこからさらに少し先となります。
「長いなあ」と感じる人もいれば「まだまだ生きられる」と思う人もいます。人生100年時代というのは、生物学的にも実証されているようで、目だとか内蔵などのパーツは120年以上もつようになっているそうです。脳科学の話で聞くと、100歳まで脳は成長するそうで、還暦というのは成熟してから期間としてはまだ半分なのだそうです。

 それでも、著名人の訃報などを目にすると、60代後半から増えだし、70代に入るとイッキに増えます。持病や事故、不規則な生活など、自分にはあてはまらないと楽観する人もいますが。100歳まで生きる人が平均を上げていることを考えると、60歳ぐらいから亡くなっている人はかなりいるわけです。平均の数値を植え付けられると、多くの人がそのポイントで一斉に亡くなるように思われますが、そんなことはないのは少し考えればわかります。
 繰り下げの年金制度で、年の年金額を増やそうと貰うのを遅らせても結局貰えないとか使うこともなく死ぬ可能性はここにあります。優雅な老後と思いながらも、結局はこの年齢になると命はあっても、病気で療養という可能性もあります。健康寿命は平均寿命マイナス10と言われます。そうなると、まだまだしっかり歩き、活動できる期間は案外残り少ないのが中高年の現実です。
 だからこそ、いろいろ健康に気を使いながら、お金は大切にしつつ使い、やっておきたいことをやり、会いたい人に会う、悔いのない毎日を過ごすのがベターと思います。

ナツイチどくしょ

 紙文化をビジネスや公務では淘汰されるところに関わりながらも。読書に関しては、未だに紙主体です。
 しかも、昔ながらの文庫などで小説を読むのが好きです。さすがに単価高騰で一時よりは時代の流れで電子書籍も読みますし、図書館も利用します。amazonで取り寄せ、ヤフオクで古本も買いますがやはり本屋をブラッとするのが好きです。
 文庫本も随分高くなり、昔の新刊のハードカバーと変わらないくらいの1000円超えもザラです。
 そんなもの好き以外誰が買い、読むのかという、文庫を紹介する小冊子が毎年シーズンごとに並びます。新旧の出版社推しがまとめられ、これもなかなか面白くフリーなので手にして持ちかえります。
 カドカワ、新潮。集英社、まあ老舗とも言える大手が揃い、今は文庫の出版社の数だけが増えて、大型書店では棚も増えました。あとは岩波、講談社、中公ぐらいで、マニア向けにハヤカワ、創元がありました。宝島、祥伝社とかは昔なかった新参です。ホラーとか時代とか専門も文庫もあります。

 海外ミステリ、SFの廉価版、文庫本といえばハヤカワもしくは東京創元社でした。
 国内の作家もSFなどはハヤカワのマガジンから掲載スタートで出版という流れがありました。創元もミステリの若手登竜門で本格はじめジャンルを広げていました。
 それでも、出版不況で、書籍離れの時代です。直木賞だとか、このミス、SF大賞とかでも売れる部数はしれていますし。それ以外の作家の部数は厳しいものです。
 個人経営の商店街などの本屋さんは激減する中、出版社も結構潰れています。それでも、かつて大都市の繁華街の書店でも、十分展開もできず、ロジスティックも弱かったハヤカワや創元が未だに続いているのには驚きまます。
 比べるのも変ですが、赤字ローカル線や、赤字のスナックならとっくに破産、撤退、解散してそうです。

 いびつな出版文化ですが、電子書籍が広がりつつも、元から小説を読もうなんて人が古臭い保守の人間が多いので、しばらくは延命しそうなので、今のうちに楽しみましょう。

ナツイチどくしょ

 紙文化をビジネスや公務では淘汰されるところに関わりながらも。読書に関しては、未だに紙主体です。
 しかも、昔ながらの文庫などで小説を読むのが好きです。さすがに単価高騰で一時よりは時代の流れで電子書籍も読みますし、図書館も利用します。amazonで取り寄せ、ヤフオクで古本も買いますがやはり本屋をブラッとするのが好きです。
 文庫本も随分高くなり、昔の新刊のハードカバーと変わらないくらいの1000円超えもザラです。
 そんなもの好き以外誰が買い、読むのかという、文庫を紹介する小冊子が毎年シーズンごとに並びます。新旧の出版社推しがまとめられ、これもなかなか面白くフリーなので手にして持ちかえります。
 カドカワ、新潮。集英社、まあ老舗とも言える大手が揃い、今は文庫の出版社の数だけが増えて、大型書店では棚も増えました。あとは岩波、講談社、中公ぐらいで、マニア向けにハヤカワ、創元がありました。宝島、祥伝社とかは昔なかった新参です。ホラーとか時代とか専門も文庫もあります。

 海外ミステリ、SFの廉価版、文庫本といえばハヤカワもしくは東京創元社でした。
 国内の作家もSFなどはハヤカワのマガジンから掲載スタートで出版という流れがありました。創元もミステリの若手登竜門で本格はじめジャンルを広げていました。
 それでも、出版不況で、書籍離れの時代です。直木賞だとか、このミス、SF大賞とかでも売れる部数はしれていますし。それ以外の作家の部数は厳しいものです。
 個人経営の商店街などの本屋さんは激減する中、出版社も結構潰れています。それでも、かつて大都市の繁華街の書店でも、十分展開もできず、ロジスティックも弱かったハヤカワや創元が未だに続いているのには驚きまます。
 比べるのも変ですが、赤字ローカル線や、赤字のスナックならとっくに破産、撤退、解散してそうです。

 いびつな出版文化ですが、電子書籍が広がりつつも、元から小説を読もうなんて人が古臭い保守の人間が多いので、しばらくは延命しそうなので、今のうちに楽しみましょう。

読書レビュー:小川哲「地図と拳」

 18章、640ページにもわたり200近い参考文献の力作。それでいて時系列が鮮やかに進み読みやすい。日露戦争後から第二次世界大戦までの満州を中心とした何人もの人物が交錯する群像劇という感じの歴史小説ですね。重厚に見えて、イッキに読めるところはあります。
 「君は満洲という白紙の地図に、夢を書きこむ」
 招集、憲兵、銃撃戦など戦争の色がどんどん濃くなる時代、読む側も夢のような大義名分の後に悲劇の結末はある程度予想できるだけにせつなさもあるものの、そこに生きる群像をリアルに描く、才能には感嘆します。
 「地図と拳」の題名も少し、暗号か判じ物みたいですが。建築家と戦争地勢学者の登場刃部を軸に、歴史の必然のような物語を見事に紡いでいます。

【あらすじ】amazon
 日本からの密偵に帯同し、通訳として満洲に渡った細川。ロシアの鉄道網拡大のために派遣された神父クラスニコフ。叔父にだまされ不毛の土地へと移住した孫悟空。地図に描かれた存在しない島を探し、海を渡った須野……。奉天の東にある〈李家鎮〉へと呼び寄せられた男たち。「燃える土」をめぐり、殺戮の半世紀を生きる。ひとつの都市が現われ、そして消えた。
日露戦争前夜から第2次大戦までの半世紀、満洲の名もない都市で繰り広げられる知略と殺戮。

 著者は他にもアジアの歴史を題材にした作品もあり、クイズやゲームの裏側も描くなど、そのジャンルはSFとミステリ、歴史いずれにもまたがる鬼才です。同一作品がこのミス、SF大賞候補に上げられ、直木賞、山田風太郎賞まで受賞しちゃうという、読み手によってジャンルが分かれるような作品です。

あこがれたヒーローたちの老い

 現代はストイックな管理とたゆまぬ努力、そしてビジュアルもそなえたアスリート、イチローや大谷はメジャーリーグで記録を乗り換える時代です。
 40年ほどまえのヒーローたちは、ハングリーから、やんちゃな成り上がり、はみ出した叩き上げの人間が多かったです。
 そんな昭和の子供時代に憧れた、ヒーローたち。アスリートやアーティストなんてこじゃれた呼び名も無かったです。
 歌謡曲、フォークソングなどの歌手、ドラマや映画の俳優、野球や相撲、プロレスの名手、強者、、、昭和の子供が憧れたヒーローは時代を経て確実に老い、鬼籍に入る人も増えました。
 野球だと指導者や解説者になり、やがて活舌が悪くなったのかテレビの出番が減ったと思えば、長嶋さん、張本も江夏もクロマティまで車いすの姿で、現役を時代を知る者に少し衝撃を与えました。
 元気ならば、訃報よりも良いのですが、若き現役時代の颯爽とした姿を想うと痛々しく寂しくなるものです。
 
 関西ではアンチ巨人の阪神ファンも多く、双方とも江夏のふてぶてしさは強烈な印象でした。私はパリーグの近鉄ファンで、広島時代に日本シリーズで痛い目に遇いました。

【燃えよ左腕 江夏豊 この本の梗概】中学では「やんちゃな少年同士の決闘が日常茶飯事」で、高校からは「弱い球団で巨人など強い者を倒すことを生きがい」にし、「三振か四球か」ノーコンでカーブもほうれぬままドラフト1位で阪神入団。契約金は「800万円の札束を見てみたかった」と一括現金でもらい、プロに入ると「勝っては繁華街に繰り出し、毎晩お祭り騒ぎ」「もらったらもらった分使って、人よりいいものを食べ、いい服を着て、いい女性と付き合う。これぞプロ野球選手ではないか」。奪三振記録は「取るなら王(貞治)さんしかない」と実行し、甲子園伝統の一戦、巨人・阪神戦では逃げずに真っ向勝負。縦ジマのエースは“最強の敵役”として巨人ファンをも魅了した。南海移籍後は、野村克也監督に「野球界にいっぺん、革命を起こしてみろよ」と言われ、意気に感じてストッパーに転向、これが広島移籍後にあの「江夏の21球」につながったのか。日本ハム移籍後は、複雑な家庭環境で育ったがゆえに大沢啓二監督に「父」を見て奮闘。最後は大リーグに挑戦し引退しました。野球のロマンを追い求め、独得の美学をつらぬき通す男の履歴書。


 今はレールも決まっている感じでこういう人は詣でてこないかな。

 そういう意味では相撲やプロレスは短命なのかと思います。俳優さんは、個人さはあるけどまだ、少し長生きな人もおられます。

 別のジャンルで子供の憧れ(特に男の子)だったのが特撮ヒーローです。昨年3月「帰ってきたウルトラマン」の俳優団次郎さんは亡くなりましたが、初代マン黒部進やセブン森次晃司、仮面ライダー1号藤岡弘、から2号佐々木剛V3宮内洋までのレジェンド俳優は健在です。かなりくたびれた姿でも精いっぱい、変身ポーズをとったりされています。


 今よりは時代を彩るスターやヒーローの数は少なく、多様化しないため誰も知って憧れていた時代。もう少し我々もみんなも頑張ろうと思います。

読書レビュー:坂本貴志「ほんとうの定年後」       高齢者の生き方、働き方

 帯の煽りが良いのか結構売れた本のようです。内容は、良く細かいところも調べてはいます。

 60歳の還暦、定年にジンと来ていたのもつかの間、あっという間に後輩たちも還暦を迎える報を受け、次は雇用延長も終了?の企業が増える65歳を迎えようというのが私たちのの世代です。
 学校を卒業してから勤めだし、定年延長まで働いた人は確かに大きなターニングポイントになる65歳ですし、体力的にも自営業などの方もそろそろ事業を継承や引退を考える時期です。そういう世代、あるいはその手前の方、もう過ぎている方にも大いに参考になる、働き方、生き方の本です。
 この本は1985年生まれのエコノミスト、アナリストによるもので、こまめに分析されています。他の方のレビューでも見かけましたが、やや男性目線の話が多いと指摘されています。しかし現在の高齢者がかつて「男は仕事、女は家庭」が主流だった時代を生きてきている関係もあるである程度仕方のないところでしょう。
 あと10年もすると、専業主婦の割合は増えだし、今の若い人が高齢になった時は世帯の年金や働き方としては男女がかなり似かよってきます。

 ルポ、体験談などは自分も経験してるし、見聞きしているのでそう目新しいものばかりではないですが、統計値を見ての論説にはうなるものがいくつかありました。
 形はどうあれ70代でも働いている人の割合が半分近いのには驚きました。裏を返せば半分ぐらいは働いていないのです。年金や家族の扶養、貯金の食いつぶしで生活しているということです。ごく当たり前のことですが、なるほどそういう割合なのかと思います。
 
 70歳をすぎて、ゆとりのためならいざ知らず、生活費のために働かざるを得ないのも厳しいなあとも感じていましたが、働かないでも食べていけるから絶対幸せで居場所があるかはわかりません。
 高齢、この年齢になって、さらに70代、80代で、居場所というのか、終の生き方を見つけるのが大事なところです。
 私自身は大企業を60歳で延長せずに定年退職し、その後公務員のような仕事にありついています。化粧品のメーカーからは随分変わった転換をしているように思われますが、60代手間から、随分と「働く」ことへのプレッシャーは減り、自分を見つめ直す機会に恵まれたのは、この本に書かれている通りで決して非凡ではないとも感じました。
 とくに若い頃は、目の前の仕事を必死に頑張る藻は大事ですし、そうしないと食っていけません。それでも将来を見据えて何か自分で学び、身に着けていくことは大事だと思います。学生時代から社会人になっても勉強して、身に着けたことは必ず何か後で役に立つ、損をすることはないと思っています。