定額減税、おおざっぱ杜撰(ずさん)すぎる!?

 自治体から、定額減税による「令和6年度〇〇市くらし応援給付金」の大切なお知らせという封筒が来ました。時節柄詐欺かなと思う怪しげな「至急開封してください」というメッセージが大きく書かれたものです。
 中には所得税と住民税に相当する額を1万円単位に繰り上げた1人3万円が口座に今月中に振り込まれるという内容でした。
 すでに6月の給与と賞与から減税が始まっており、住民税だけは7月で引ききれないのかとは思いましたが、所得税は二重になるのではと思いと合わせると、そのままでいいと言われました。前年の所得で機械的に割り振って、とりあえず振り込むのが政策のようです。
 辞退ではなく、年末で調整するのか?それも難しそうな感じなので、何だか大雑把というのか、拙速、いいかげんで、切り上げの計算も、そんなに財政に余裕があるなら不公平を生むから円単位で減税したらと思うのですが、もう「ザル」としかいいようがないですね。貰えるものは返せないようです。

2025年金制度改革速報!?

 

 参考となるのは「令和6(2024)年財政検証結果の概要」(2024年7月3日、第16回社会保障審議会年金部会)ですが、かなり長文で難解で、要約しても何かわかりにくいかもです。
 正式に決まるのは与党、国会を経てですが、マスコミの速報でも「65歳までの国民年金の拠出期間延長」は見送られたもようです、さんざんネットでも100万円の負担増とか言われていました財政上は有効なのに、批判を恐れるのか無理だと判断したようです。
 あとデマ混じりに、「付加給付」「遺族年金」「3号制度」が無くなると言われていましたが、それもありません。抜本的な改革が今後持ち上ればですが、今具体的に出ていないとまずないでしょう。
 遺族年金や寡婦加算などの男女格差についても触れられていません。マイナーなので効果も測定されてなにのか触れられていません。幹を変える議論中心なので、枝葉の部分ですから、逆に小さく改定される可能性は残ります。
 報道では「在職老齢年金の撤廃」「厚生年金要件拡大、扶養106万の壁の撤廃の検討」に言及されていますが、世論の観測気球的な場合もあり、支持率下ルならやめようかみたいな可能性も残ります。
 そんなことでは大きな改革などとてもできなのですが。2025年で大きく変わる可能性は小さいかもしれません。

 【ニュースの要約】
 7月3日発表、厚生労働省が年金制度の財政検証結果を公表し、所得代替率が50%を維持する見通しとなった。財政検証は5年に1度行われ、今回の結果を踏まえて与党との年金改革議論が進む予定です。
 所得代替率は2024年度に61.2%見積もられ、基礎年金の拠出期間延長案が注目されました。具体的な案として、拠出期間を45年に延長することで所得代替率が6.9%改善するが、負担増加も懸念されています。(負担増のブーイングがあり、今回は見送られそう。ある意味残念)
 厚労省は他の改革案でも所得代替率向上の可能性を示唆しました。
 年金制度改革は財政の安定性や信頼性向上だけでなく、人手不足対応も重視されている。在職老齢年金制度の撤廃案や第3号被保険者制度の見直しも提案され、労働力不足問題への対応が求められています。
 特に在職老齢年金撤廃案では、給付が増加する一方で将来の受給世代に影響があり、年金財政に悪影響(2029年に0,9%)が及ぶ可能性も指摘されてはいますが(それでも撤廃案に踏み込むようなニュアンスです)(ここは観測気球なのでしょうか)
  第3号被保険者制度の改革も労働力不足を考慮し、年収106万円超えると問題が生じる「106万円の壁」が存在しています。
 女性の社会進出を促進するためにも制度改革が必要であり、高齢化が進む中での課題に対処するために政府は抜本的な年金制度改革を急ぐ必要があることは明らかです。来年の年金改革に向けて政府の積極的な対応が求められています。

 たった0.9%の財政悪化など、景気や少子化の予測の誤差の範囲で、積立金の配当でカバーできそうなものを、在職老齢年金撤廃が、「働き手確保OR給付財源優先か」世論の様子見でまだ微妙です、この報道だと、反発が少なければ撤廃の方向ではあるようです。
 所得代替率が6.9%も改善できるのに既得権の反発怖れて、国民年金拠出5年延長45年案は据え置きというのも情けない話です、
 ベーシックインカムなどの抜本的改革など考えてひねり出す政治家や官僚が現われないのはとても残念。
 結局、受給者、勤労する高齢者、受給期間の近い中高年、遠い若者、それぞれの顔色を窺いすぎてたら何も変わらず。制度がつぎはぎだらけで老朽化し、誰もが不満のままジワジワ沈んでいくのではと思います。
 早く決めないと5年の拠出延長も経過期間を考えると実効はとても遅くなります。
 女性を中心に働き方は昭和61年頃とは大きく変っているのに、3号制度もですが、遺族年金の規定、中高年寡婦加算などは手付かずだと、実際に世の中との乖離が長く続きます。イッキに変えないと一貫性もない部分もありますが、寡婦加算や遺族年金の男女不平等など早く止めたらと思います。マイナーチェンジから始めればいいと思います。

 個人的には、あまりにも経過措置が煩雑になりそうで事務方も大変だと同情しますが、そんなことは偉い人にはわからないです。

書評:阿部曉子「金環日蝕」

 梅雨の時期だから、リーダビリティのある面白い本の紹介です。
 題名はやや難しい気象用語で山崎豊子の政治経済のインサイドストーリーのような印象ですが、女子大生と男子高校生が主人公というティーン向きのような語りと展開です。
 (帯にある程度のストーリー紹介)
 知人の老女がひったくりに遭う瞬間を目にした大学生の春風は、その場に居合わせた高校生の錬とともに咄嗟に犯人を追ったが、間一髪で取り逃がすします。 犯人の落とし物に心当たりがあった春風は、ひとりで犯人探しをしようとするが、錬に押し切られてバティを組むようになります。
 (以下ネタバレあり)ひったくりの背後には社会の闇が見えてきて、日常の謎かと思われた話は交錯する物語となり別の不幸な少女を中心にストーリーは重い展開になります。老女は
いわゆる特殊詐欺のターゲットのリストに載っていたのです。そのリストをめぐり、暗い過去を持った男女の思いが入り乱れます。
 決してイヤミスでも、社会派でもない、謎解きやサスペンスを含んだミステリです。
 イヤミスではないということで、安心してください。サクッと展開もはやく、天気も気にせず読めます。
 犯罪と底辺にある社会問題を描きながら、家族や青春という要素も含んで爽快な読後感があります、

一歩間違うと人生破産

 大手化粧品メーカーに勤めていた当時は思っていなかったのですが、やはり華やかな業界にいたことを改めて思います。
 化粧品の業界でももちろん、お客さんや取引先はけっこうお上品ではない厳しい人もおられましたし、上司も怖い人もいました。部下はとんでもなく理解力がなく、出来の悪いもの、育ちの悪いのもいろいろいました。社内でもいろいろ気を使い、我慢したり汗を流し泥臭いこともやりました。
 それでも、定年後公的機関に勤めまして、役所を訪ねてくる相談に来るという多くの人は、失礼な言い方ですが、もっともっと厳しい環境、貧しい生活をされているのです。一時期は自営業ではぶりが良かったり、一流の会社のサラリーマンでもやはり、落ちる時はどん底まで落ちるものです。

 特定の事案はもちろん守秘義務で語りませんが、人生を誤ってしまうストーリーを見てしまうケースは格段に増えました。
 一般の社会でも、仲良い夫婦もいれば、仲が悪く喧嘩になり、暴力を振るうとかの夫婦は見たり、聞いたりするでしょう。その最悪のケースが相談に来るわけです。
 ギャンブルや浪費、犯罪に手を染め、借金にまみれる、大谷さんの通訳ではないですが、無名の人でもそんな転落の人生はざらにあります。
 投資の失敗、突然の事故や病気、不況や裏切り、「まさか」のどんでん返しはドラマの話だけではないのです。

保険というのも、保険会社の儲けや宣伝、人件費も考えるとなかなか率が良いとは限りません。それでも掛け捨てでも保険をかけた時ぐらいの蓄えは必要でしょう。健康やクルマの運転などはある程度自覚で大きな損失につながらないようにはできます。保証人やローンなどは慎重に考えないと、学費や住宅ローンでにっちもさっちもいかない破産もよくあります。
 私自身でも振り返ると30代後半から40代、50すぎくらいまで住宅ローンを抱え、子供二人を大学に行かせてた時代が、年収はそこそこでも一番可処分所得が少なくしんどい生活でした。結婚式の祝儀や歓送迎の飲み会などに、自腹で1万円~3万円、餞別込みで課長は12、000円とか言われると、待てよ!みたいな感じでした。
 先の読めない時代でも40代にもなれば、生涯のライフプラン設計は必要です。最悪、最悪を考えると楽しくないので、いろいろ盛り込みながらも、まずはこのぐらい遊ぶには、このぐらい小遣いもらうにはどれだけ働くか稼ぐかから始めないと、お金の計算に慣れていきましょう。投資や社会保険の言葉、その仕組みも難しいですが覚えていきましょう。
 

磁気カード、ICカード一気にコード決済 切符の運命は

 自動改札機は、ほぼ日本だけのガラパゴス型の文化です。 
 欧米諸都市などの鉄道では多くの場合に旅客は改札を通ることなく自由に乗降でき、係員が抜き打ちで検札を行う信用乗車方式(あるいは無改札方式)が採用されている例が多く、このようなシステムの交通機関では改札機も設置されていないのです。信用はするけど、いざ不正をしたらその罰は極めて重いので抑止力となり、不正を防止しています。
 日本の自動改札は都市部の大手私鉄から始まり、JRは大都市圏から周辺部にだいぶ拡大していきました。
 阪急がオムロンの開発で最初に導入した当時は、磁気切符と磁気定期券が主流になり出した頃で、まだ自販機の無い駅発行の紙の切符や回数券がはじかれました。
 オレンジカードなどの磁気のプリペイド料金カード、カード型回数券も出だし、区間跨ぎや料金不足時に写真のような2枚投入もできる機種がありました。JRの特定区間利用の回数券なども2枚投入で安く乗れました。
 交通系ICカードが世に出だすと、磁気カードはあっという間に主役の座を降ります。定期や回数券はカードに収まるか代替される時代に変遷していきます。
 今では切符が詰まったりしてメンテナンスの手間のかかる磁気カード対応機よりも、だんだん 自動改札機は、ほぼ日本だけのガラパゴス型の文化です。 

ICカード専用機が増えだしています。日常でもタッチ決済がこの数年増え、磁気切符の使用が激減していき、切符の自販機さえどんどん減っています。
 何年か後には紙の切符そのものが特別なものになり、ICカードが主流になり、クレジットカード決済、QRコード決済も増えだすでしょう。コード決済は大型の改札機などのハードが不要でコストも安くICカードを飛び越して、ローカル鉄道はPayPayで乗れるようにしたところもあります。これは意外と国際的にも共有できそうです。
 最初の自動改札機から50年以上経ち、日本の鉄道のチケット事情は激変していきます。鉄道に未来は厳しい見方もされますが、コスト低減の共用システムなどで変わっていくのでしょう。記念切符や入挟、駅のスタンプなど懐かしい紙媒体はどんどん消えていきます。

使い捨てられる傘

 雨の季節なので傘の話題ですが、日本は雨が多い国ということもありますが、世界一傘を生産して販売している国です。これは人口比では圧倒的に多く、消耗品ではないのですが、成人一人より多い1億3千万本の傘を販売しているそうです。
 その6割以上はビニール傘で、年間8000万本消費され、もはや使い捨て感覚で購入している層も多いようです。
 コンビニに勤めていた人に聞くと、コンビニで忘れ去られるというか、気にしないで置いたままになるビニール傘といいうものは物凄い数になるようです。大型のゴミのステーション用コンテナが満杯になるほどですから、ある意味すぐ燃えるゴミになる弁当などの食料品系の残飯ゴミよりも廃棄に困り性質(たち)が悪いのです。
 私の勤めていた会社や役所でも,ルールを決めて処分しているところ以外では、とにかくどうでもいい誰のカわからない不潔な傘が溜まります。いざとなると傘立てが満杯で使えないというぐらいになります。
 梅雨時や真夏は出かける時晴れていても、急な雨にあうことがよくあります。しかし、大金持ちならいざ知らず、税金や物価が高いと言いながら、コンビニで傘を買う贅沢というか浪費をする人の多いことには驚きます。そもそもお金持ちやファッションに敏感な人は、しっかりした機能、デザインにすぐれた傘を持ち、安っぽいビニール傘は持たないでしょう。
 コンビニの少ない田舎や、30年~40年ぐらい前の日本ではまだ、傘は使い捨てのようにポイポイとされていませんでした。靴下と同じように、破れれば繕い、骨を修繕したり交換したりして使い続けていましたし、どこかに忘れたとなれば必死で探したものです。
 急な雨で傘が無いとか、忘れると、駅前まで家の人に傘を持って迎えに来てもらう光景もありました。本当に家の人も来ないと誰かと相合傘でということもありました。
 今は相合傘も死語に近く、お迎えの微笑ましい光景も、見かけることもありません。
 こと傘に関しては、直したり、失くさないように大事に使う精神がなくなったのは残念なことです。
 「またコンビニで買った」などとお金をどぶに捨てる自慢をしてないで、夏などは置き傘や折り畳みを晴雨兼用で持つなど少し考えればできそうなことをやらない人が多いのは何なのでかと思います。
 賞味期限の過ぎた食品、靴下や下着なども丈夫でも一度破れれば終わりで捨てられます。
 スマホはじめ家電なども値段の割に保証期間を過ぎると壊れやすいのもが増えて、新しいタイプが推奨される時代です。
 社会の多くの人が使い捨ての割高にシフトした結果、結局実質の可処分所得は少なくなり、多くの人の生活は貧しい時代になっているのではと思います。

時代に置いて行かれる、昭和生まれのエイジハラ?

 アクリルにこじゃれたプレートの表札、セキュリティの番号を知らないとノックもできない住居が増えたました。火事や老朽化による建て替えで減りましたが、それでも未だに木造の長屋や安っぽいモルタルやコンクリートの〇〇荘というのも近所にあります。
 タイムスリップ?もののバブル期や昭和末期でもなく、もう50~60年の築年数でしょうか、本当に吸い込まれてタイムスリップすうような雰囲気のところもあります。

 職場でも、同窓とかでもやはり昭和生まれは、なかなか今のハラスメントや、コンプライス違反が肚にははいっていません。
 完全なダメオヤジというか、突き抜けて昭和のまんまと言う人もいますし、意外と厄介なのは、表面的には理解しているけど、結局はもう今はそれでもアウトがわからない人です。
 若い世代に理解のある先輩、上司であろうとしつつ、「私の時代はこうだったけど」を、ついついいってしまいます。時代の史実だけなのが良そうそうですが、結局は「昔のようにサービス残業なないから、ラッキーな世代だよね」「ネットで検索したり、コピペするのが当たり前なんだろう」のような言い方はエイジハラです。もちろん、若い世代にオヤジ狩りのように、無能扱いされる逆のパターンもエイジハラですが。露骨な高齢者いじめがないとしても、それはそれで高齢に気をつかうことで、職場の効率も下がります。
「あの人、前部長やったけど、今再雇用で何にも仕事できないで、たまに「どうや」とかお菓子もってくるだけで、影では「忙しいときにファイルの開き方とか初歩的なことで何回も時間止めるし」「退職金もらってアレで、パートの何倍も給料もらってるんよ、正社員は優雅な会社よ」昭和の激動を乗り切り、雇用延長後はヒラに落され、給料は半分以下でもそんな言われ方をされています。
 デジタルに追いついている人はまだマシで、WINDOWSの発売から、ワープロソフトや、パソコン通信の歴史を語れるような人はまだ重宝されます。スマホ世代で、ワードを卒論でやっただけで、Excelも全く知らない大卒世代が増えていますから、ビルゲイツ世代の私たちが「年齢だから」と若者に劣るわけはなく、そこは私は強く反論させてもらいます。
 デジタル化についていっていないでも、逆にやはり、若い世代が経験していないいろいろな苦労をしてきている世代ですし、企業や社会を支えてきたのが高齢者です。
 65歳なのか70なのか75歳なのかは別として、この世代もいい人も悪い人もいますので、世代で括って高齢者とするのは不適切としたいです。

書評:逢坂冬馬「歌われなかった海賊へ」

「同志少女よ敵を撃て」で一昨年本屋大賞などを受賞した逢坂冬馬の、海外を舞台にした歴史と戦争の第2弾となる作品です。海外が舞台で、日本人は一人もでないで、登場人物に外国人の長い名前ばかりでとっつきにくい方がおられそうで、そこは残念です。
 まあかくいう私も前作に比べ、人物への思い入れは遅れ、結構読了まで時間がかかりました。アーリア人とユダヤ人の問題や、名前などはわかっているようでも日本人の肚にはなかなか落ちないのかもしれません。
 以下、ネタバレにはならない程度ですが、話の紹介は含みます。
 ナチス統制下の時代を生きていたドイツ市民と仲間たちで結成するグループの青春群像劇的な感じの話です。格闘や戦闘、爆破などスリリングな展開もあり、友情や恋愛、人種などの問題もスピーディに描かれます。
 第二次世界大戦末期の過去のしかも太平洋戦争ではなく、ドイツの敗戦前の出来事を描きながらも、本作に掲げられたテーマは、少数派への偏見・差別、社会体制への大衆の迎合・欺瞞、日本でも現代人が今まさに直面している問題かと思います。
 ナチスドイツが行っていたことは、日本と比べるものでもないですが、民族的な偏執、差別意識は強く、得も言われぬ不条理への怒りがこみ上げます。
 いつの時代も戦争は理不尽で、未来から見れば愚かな暴挙もその時代ではなかなか止められないものなのです。
 

近江商人の街五個荘町『てんびんの詩』が『ふてほど』にならないように

 近江商人の十訓や『三方よし』に関しては過去ブログで結構検索閲覧もされています。滋賀で仕事をしていた期間も長かったのですが、近江商人のふるさと五個荘や日野はビジネスで行っても街並みや施設をじっくり見ることはなかったので散策がてら訪ねました。
 質素という概念が薄くなり、SDGsと言われながらも、分別はしても実質履き捨て、使い捨てるのが当たり前の昨今。
 私の子供時代は、膝やひじにつぎはぎの衣類を着てましたし、繕い糸が見える靴下も履いていました。今の子供も親も繕いなどしない知らないかもしれません。すぐに100均やUNIQLO、しまむらへGOでしょうか。
 一見豪華に見える五個荘の街の古いお屋敷、建物も『舟板塀』という舟に使用していた材木を土塀や壁に再利用しているものだそうです。
『てんびんの詩』の映画の中で、なべぶたの行商を課せられる主人公が母はいつもキレイな着物で贅沢しているし大店の家にはお金はいっぱいあるのにと嘆き抗うと、『この着物も何代も前のおさがりで、繕い繕い裏地は古い風呂敷を玉ねぎで染めたもので、これを子や孫に伝えるのだ』と諭されます。
『てんびんの詩』に関してはそのうちもう一度詳しくレビューします。確かに時代は違いますが、心に響く『質実』『節約』『奉仕』の心構えが散見され、親と家の『愛』もあり感動する内容です。
 大正時代の内容を昭和の終わりに映画化されたもので、その冒頭にインタビュアーが成長し家督を継ぎ老境の設定の主人公に対し「今の時代(昭和の終わり)にも通じるものがるので是非語ってください。今は何でも『気軽』『気まま』にライトで自由にやれることで、恵まれすぎて誤り失われたものが多すぎる」という趣旨で熱く語られて物語が始まります。
 当時でさえ、高度経済成長、国際化、技術革新と過去の価値や倫理を否定する変革が進んでいるのです。
 ゆとり、働き方改革、多様性と言われながらも、なべぶたを洗い、釜や鍋を叩いて直し、傘も靴下も修繕が当たり前の時代だった頃から、失われたものも多いのだと思います。
 
 

三方よし 近江商人十訓を現代に活かす – 天使の星座 戒めは今の時代に十分通じる (seizafpkotodama.com)

三方よし近江商人の訓が守られないから不況や、値上げに弱い – 天使の星座 (seizafpkotodama.com)

『金欠』も『燃え尽き』も避けたい老後

 若い頃でも長いこと働いていると、ときどき。あるいは人によってはブラック企業とかで毎日「働きたくない、お金さえあれば辞めてのんびりしたい」と思う時があるでしょう。
 
 でも退職金3,000万円、貯蓄4,000万円。ファイナンシャルプランニングや年金相談などでは理想ともされる大手企業の元役員や部長さんとかでも、幸せな老後ではないという衝撃です。
60歳ですっぱり定年で悠々自適の方。
 60では役職も退くか上がり目は少なともなくなりますので、遅くとも65歳では規定で延長もおしまいで円満退社。
 いずれも場合もそれだけお金があれば幸せじゃないかと思われても意外とそうではありません。
 その理想的ともいえるキャッシュフローの家計でもいざ辞めるとあれほど楽しみにしていた「毎日が日曜日」
 旅行も孫の世話もし放題のはずが、結局『ぽっかり穴があいた』『やることがない…』と自宅に引きこもり『あぁ、あの頃に戻りたい』『これからどうしよう』と言う人は案外多いものです。

 定年退職した後の生活、定年前からイメージし、具体化できてないからなのでしょうか。仕事一筋で頑張ってきた人のなかには、時間があったとしても、何をしたらいいのか分からない……というケースも珍しくないようです。
 エリートだった人がかえって「定年退職」を機に激変、鬱、引きこもりはよくあるのです。
子供には、「老後は、何も心配ない。だから自分のためにしっかりと働きなさい」と言われてたとか。
 定年退職金は4,000万円ほど、貯蓄も3,000万円程度、さらに株式や投資信託などもあり、定年までに老後に向けた資産形成は完璧だとか。「頑張って働き続けたおかげ」ご褒美とばかりに退職後に夫婦で1ヵ月ほど海外旅行をし、よほど楽しかったのか、帰国後、写真や動画をイヤというほど見せられ、自慢話を子供や周辺に語っています。
 しかしその方はその後……燃え尽き症候群で鬱、ひきこもりになられたそうです。
 このようなケースは、決して珍しい話ではありません。
 お金の心配だけでなく、メンタルというか老後やることへの計画は必要です。

 暗い話ではありますが、お金が全てではないこともこれは証明しています。もちろん収入や貯金が少なければ良いわけではないですし、それはそれでもっと苦しい時代です。
 確かに貯金も退職金も少なく、年金の10万か20万チョイでは夫婦二人、現役時代なみには暮らせずに老骨に鞭打ち、無理して働くのです。それがイヤならますます苦しい時はあります。
 酒やギャンブル、買い物などに回すお金はこのご時世限られています。病気や事故、大きな出費があれば経済的な歯車はイッキに狂います。
 
 内職やボランティアでも少しは働いていると新しい刺激を受けます。
 そのことは人生の目的、居場所の証明になるのかもしれません。
 お金を少し持っている人でも、先々不安で出歩くのを抑え気味だとストレスが溜まります。
 そこは良く計算をして、近場を狙うなどうまく使って出歩かないと引きこもってしまいます。限られた予算で賢く遊ぶのはこれからすごく良いミッションだと思います。