

市政を見ても、国政を見ても、厳しい財政とか、人口の減少、景気の低迷、物価高と課題は山積みで、クリアなこれだという解決策はありません。
富裕層にとっては、少々の物価高や景気ぐらいで、食うに困るわけではありません。
問題は、多くの普通に勤労し、納税している国民の生活が、「なんだか苦しいぞ」という話で、直近の選挙でも政権与党は敗退しています。自分たちは、納税して、節約して、厳しい暮しをしてるのに、まともな政策を実現できず、裏金だとか不正すらはびこる。
いつも、保守支持の人もさすがにおかしい。何度かお灸をすえるために自民党が下野したことがありましたが、今回はお灸のレベルには残念過ぎます。普段は保守支持層も、業を煮やしたように、自民党離れが止まりません。
保守だリベラルだとか、右だ左だという立ち位置はちょっとおいても、政治は長く権力を持つと退廃し、組織が勤続疲労するのは歴史的にみても明らかです。
京都のような歴史があり、伝統が大切にされた町では、どうしても保守的な文化の継承や伝統産業の維持がアイデンティティにもなりがちです。
実際に地元の産業や社寺、伝統芸能に携わる友人たちも多いですし、そこにいる人は既得権益の保護、老害などという自覚する罪悪感はかけらもないはずです。
歴史や伝統の良い面だけ残し、都合よく改革をするというのはとても難易度が高いのです。
自分がそういう伝統産業に携わっていてもいざ買い物するとかになると、海外のブランドや、全国で流行りのチェーン、安いお店が近くにあった方が良いと思うでしょう。
人材にしろ、新たな経営のアイデアにしろ、新しいフィールドから迎え、発想を変えていかないと、街は活性化されず遅れていきます。それでも、地元を守るためにと、よそ者の新規参入にハードルを上げ、入ってこれなくしておこうとしがちです。
そんな障壁があるのすら、自覚しないまま、古い町として、一部の富裕層だけを残し弱体化していく、日本の国も各都市もそういうなのです。
少なくとも、公が伝統を支えるのはほどほどにしておかないと、自然淘汰を遅らせます。本来活性すべき若者を弱らせてしまうのです。その上限、選択と匙加減がものすごく難しいのです。
自民党総裁選の公約まがいを聞いてると、全然レベルが目先過ぎて無理なレベルです。
