訃報や喪中便りに思う

 11月末あたりから、年賀状の断りのハガキがチラホラくる時期です。年賀状そのものが減ったとはいえ、ご丁寧な対応です。

 若い頃は友人からだと、祖父母のケースが多かったのですが、最近は父母の場合が増え配偶者というのもありました。

 そして、同世代の方が鬼籍に入られたということで、年賀状のリストから消すこともあります。

 1年を振り返って、著名人の訃報をまとめた特集などもあり、寂しく思うこともあるかもしれません。今年でもプロ野球の大スターだった長嶋茂雄さん始め多くの有名人が亡くなられています。

 同年齢の方が、今自身が患っている系統の病気などで亡くなられると、「次は自分か」などと思ってしまうようです。あるいは、その有名人が活躍した時代、自分も若く元気に満ちていたと戻らない時間に切ない感情にとらわれます。

 しかし、まあそんなことを寂しがってもしょうがないのです。有名人や知人といっても、過去であり、他人であり、今の自分ではありません。

 今直接一緒に利害があって何かをやっているわけではないでしょう。

 しょせん人間は今をこれからの未来に向けて歩むしかないのです。

 今はそのものも減った年賀状に子供や孫の写真を印刷する人がいます。人それぞれですが、子供のいない人の中には不快な印象の場合もあります。

 子供がいる、孫がいるというのは一つの属性かもしれませんが、その人本来のプロフィールではありません。

 本人が心身の状態がどうで、どういう考えを持ち、何をやっていて、次はこういうことをやりたいとかいうことが、本来伝えるべきプロフィールです。

 人間か過去にとらわれると未来の希望をなくします。

 過去を上手くまとめ、どんどん新しい経験を積み重ねて新しいことに取り組む方が良いのです。

 そう考えると、す人生の目的が見えるかもしれません。

 

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