
趣味の散策で鉄道廃線や産業遺産などの遺構を探していると、今となっては相当リフォームしないと不便そうな住居もよく見かけます。
古い団地はもちろん、一戸建てでも地域全体で、公共交通機関や医療機関へのアクセス、上下水道や電気・ガスの容量、ネット環境などのインフラと、若い世代ならいくら家賃が安くとも住むのは難しいでしょう。
まだ私が40代の頃、勤めていた業界のライバル会社の人と雑談していた時、「私は次男なので、これこら家をどうするか考えないといけない」と吐露したのを覚えています。
その時、年嵩の彼は、当時からも予測された少子高齢化人口減少を分析して、「大丈夫!日本でこれから家は余ってくるから」と安心できると理論で諭してくれました。フェルミ推定かもしれませんが、私が50歳、60歳となる頃には、日本の人口も世帯も減り、住宅は余ってくると論理立てて話していただきました。
その推定、全く間違っていたわけではなく、実際に日本の人口は推定以上に減っていきました。
ところが、限界集落をはじめ、インフラが追いつかない住居が増えていきます。
かつて高度経済成長期には憧れだった団地やニュータウン、郊外の分譲地は、老朽化、陳腐化し、鉄道やバスの減便、廃止など交通の便さえ悪くなっていきました。
冒頭に書いた多額の予算をかけリフォームしないといけない若い世代はとても住めない住居が余っているのです。
昔なら、雨露を凌げ、食事と睡眠が保証されたら住めたものが、今はそうはいかないのです。
公共交通機関はガマンできても、ネット環境や電気水道はマストな人も多く、やはり全てが揃わないと、若い世代の定住はあり得ないし、それにはやはり都会かそれに近い場所です。そうなると手に入りにくく、お金も昔よりはるかに多くかかるのが現代の住宅事情です。
鴨長明の方丈記ではないですが、現代人でもカプセルホテルやキャンピングカーなどでも凌げはするのですが、毎日、通勤通学する多くの人がとなると、やはり都会でないとと、なってくるのでしょうか。
それが、便利のように思える流行りであって、ネット通販やオンライン会議など、必ずしも都会に高いお金で住まないといけない理由も減ってはいます。
最低限のインフラがあれば、もう少しシンプルに地方でも生きていけ、働くこともできそうなのですが、地方への移住、人口分散、上手くいかないものです。
