40年前の現業改革は今よりマシだった

 私たちが学生で就職しようかというとき、まだJRもNTTもJTもありませんでした。それぞれ国鉄、電電公社、専売公社でした。

 就職で学ぶべき社会や時事用語に三公社五現業という言葉があり、国の直轄事業が大赤字を抱えているという時事問題でした。

 当時は政治や財界のトップが行政改革のため臨調といわれる、臨時行政調査会という組織を作りました。ここで大鉈を入れる改革をして、官から民にという流れができました。

 借金を国が肩代わりして、天下り先であって半官半民の部分は残りますが、40年前に今の携帯電話会社やJRの経営状態は誰にも想像できなかったと思います。

 その後も郵政の民営化や、事業仕分けなどはありましたが、その後の国家財政は少子高齢化を言い訳にどんどん厳しくなりました。何かを仕分けて、切り離して改革しようというより、小手先の政策を掲げて、どうやって税収を確保しようという税率を上げ新しい税金を増やすだけになりました。

 40年前の臨調で道筋ができ国鉄は分割民営化されました。その中でJR東日本は首都圏の電車や東北新幹線なども走らせていますが、上場し利益を上げ、今や鉄道事業以外の収入が8割を占めています。

 この民間の発想からの発展、企業の拡大はやはり国ではできなかったでしょう。

 当時はレーガンが実践した「小さな政府」という経済の考えが臨調の基本にありました。財政支出拡大か小さな政府かは賛否分かれるところですが、イケイケの高度経済成長期に膨張し、増殖したのが、オイルショックで戦後初のマイナス成長になり、大きな改革を世論も後押ししたのです。

 まだまだ組合の力も強い中で、国鉄やその他の現業を国から切り離して、別の会社や職種に就かせるのは大変な難行だったはずです。

 現代は国の組織は切り詰められたようで、残った所は自己の保身と増殖を繰り返している感じがします。

 生き残った官僚機構は切り離されないだけに悪質な病巣とも言えます。

 国のことを考える優秀な人材は厚遇して集めないといけませんが、保身や組織維持、自分の天下り先確保にその才能を発揮されてはたまりません。

 今こそ真剣な国の改革を考える時代なのです。40年前の臨調再びです。

 

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