
昔は駅に伝言板があり、待ち合わせに片方が都合が悪くなった場合など、メッセージを板書していました。
待ち合わせに遅れるとか行けない時の連絡に、今やスマホは欠かせないように思えます。
道がわからなくても、マップやナビ機能がついています。待たされたら、動画やニュースサイトをみたりして時間も潰せます。
昭和の時代と言わずスマホが普及するまでの十数年前は旅行や外出の待ち時間など、いったいどうやって暇つぶししたのか、思い返さないぐらいになってしまいました。
カーナビもほとんど標準装備になり、やはり無かった時、道に迷いかけたらどうしていたか、忘れかけています。もはや当たり前すぎて、ないとそれだけで、取り残されたような不安に苛まれるほど、頼りきる感じになりました。
道や時間を訊いてくる人は少なくなり、近づくのは今どきは怪しい輩、ひったくりなど危ない存在です。便利なものが増えた分、コミニュケーションはなくなり、人は親切ではなくなりました。
洗濯機、掃除機、冷蔵庫と戦後、人力でやっていたものが、どんどん便利な家電に取ってかわりました。
考えることもAIに変わられ、そのうち親の介護もロボットがやるようになり、それでも人間は忙しく、心にゆとりの時間がなくあくせくするのでしょうか。
先日、旅先でバス停の行き先表示や、時刻表が分かりづらく、愚痴っぽくつぶやいてウロウロしていると、お年寄りの方から話しかけてもらい、親切に詳しく教えてもらえました。
こういうおせっかいな世代が減ると寂しい気もします。それと、こういうのはやはり地方ならではなのかとも思います。東京ではみんな忙しく殺伐としていて、歩く速度も早いので田舎者も高齢者も置いてきぼりになりそうです。
早くロボットが人情味を身につけて欲しいものです。
