
1945年が終戦だったので、戦後80年となる今年ですが、当時カラーテレビすらなかった世界に、今やネットが波及し、ほとんどの人がスマホやパソコンで情報を得ている時代になりました。
今年は10年毎の節目として。戦争の特集、原爆の被害、戦没者への哀悼も増え、戦争の恐ろしさを伝える反戦への動き、論争も活発になりそうです。
現代はネットを中心に、左右がだんだん激しく極端な方に傾き罵り合う傾向が強くなっているように思います。
発言は歪曲とまでは行かずとも、切り取りをされ、強調され、炎上するように論争相手に火をつけます。
防衛問題と、戦争を語り継ぐ話は対にされがちなのですが、何か実は論点はずれています。
今回の選挙で少し過激な保守系の主張に対し、戦争や原爆はこんなに悲惨だったのにと加、徴兵は人権違反だったとかいう論調さえあります。
抑止力としての核共有や兵器の開発もまた国民を戦争から守るためであり、戦略として有効と思えるから検討するわけです。すでに米国の核の傘に守られている、安心で発展してきた戦後日本は否定できないでしょう。
戦略として、戦争の放棄、核の廃絶、非武装中立を掲げるのもまたありでしょうが、おそらくそれでは戦争を抑止できないのではという検討です。
米国とて、都合よく、急襲された場合にすぐはせ参じて対応してくれるのか、あくまで他国なのは関税交渉を見ていても分かるはずです。
また反戦的な報道をしているようで、今のドラマでは描写が限られ、表現の制限も多く、視聴率的にもずっと暗く悲惨で不潔な様子を今の俳優に演じさせるわけにもいきません。主要人物の誰かは戦争で死んでも、主人公は生き残り、一時的には悲しみに包まれますが、1~2週すると、あっという間に時間は経過し、こじゃれた衣服で、たくましく新しい仕事に就いたりします。この程度で戦争を伝えようとしても、若い人には何だそんなものかとしか伝わらないのではと思います。
戦争の被害、原爆の悲惨さはファクトとして後世に伝えないと行けないことで、そこに美化も矮小化も、政治的な意図もあってはいけないのです。大衆は、洗脳されやすくプロパガンダに乗りやすいです、だからこそ今年の夏は、間違った論争も報道も徹底的にチエックされるべきです。

“戦後80年 語り継がれるべきものと、噛み合わないもの” への1件の返信