
私は、商売屋で母も店に出る時間が長かったので、明治生まれの祖母やらお手伝いの人、近所の人に、面倒を見てもらったおばあちゃんっ子で、その影響は大きかったと思います。
当時ですから、娯楽といえばテレビでは時代劇でしたし、祖母につられ大相撲や高校野球も好きで良く一緒に見ていました。
男前の力士や、力強い力士を応援しつつ、小柄な力士も応援したくなる、ごく一般的なミーハーなファンです。
甲子園の高校野球だと、地元を応援して、名門と言われる強豪校の名前はわかり、公立などの無名校が出ると判官びいきで典型的な日本人の応援をしていました。当時もう、父や私の友達らも、プロ野球が最大の人気スポーツになっていましたが、祖母や母は「プロ」「職業野球」「商売野球」として、1段下に見て、興味がなかったようです。娯楽が少なく分散していない時代で、高校野球の決勝、三沢対松山商の延長18回再試合などみんな見ていました。
甲子園大会も、長く続く、聖地と言われる高校スポーツの頂点で平成以降、「熱闘」とか「青春」をあおりさらに人気を高めました。プロも長嶋、王の巨人軍を中心に野球人気は極まりました。
しかし、いつの時代も純朴なファンに支えながら、結局利権や興行、不適切な行為も含んで、人気スポーツが生まれるのです。その裏には、仕掛けがあり、多くのファンは祖母が相撲を真剣勝負と信じていたのと同じように、純粋に騙されているのです。
甲子園は、全国の地名を覚えるのに、子供としては大変役に立ったと思いますし、東北だとか、九州から、地名と商業高校、工業高校というと強豪に見えました。でもとうに実態は地元ではない野球留学の子らです。
で、高校野球というと、どうしても広陵の不祥事の件です。
スポーツは教育でも軍隊でも、ましてや金儲け優先ではいけないもので、残念至極としか言えません。
高校野球だとか、箱根駅伝のように、未だに日本人はアマチュアの学生が努力する姿に琴線が触れ、地元や母校愛にプラスして、人気が集まり、そこが聖地となり聖域となっていくようです。結局、そこには先輩後輩の序列、利権でお金と権力が集まり、澱んだ老害組織となるわけです。
広島商と広陵の伝統校の2強のような構図が40年くらい前、広島に赴任した時から見聞きしています。政治や経済でも保守地盤で、何かと権力構造の問題になる土地柄、分かりやすく言えば被爆の県庁であってもヤクザ映画の舞台でもあります。
プロ野球の球団があっても、なくても、昔からプロに準ずる高校野球の人気は別格であり、優秀な中学生を集め、引き抜くことは当たり前で、かつさまざまな策謀も全国には数えきれないくらいあったことでしょう。純粋な高校生そっちのけでしょうが、広陵のような先輩生徒の体罰やいじめもそうですし、監督など指導者のお金や暴力などの行為もざらにあるでしょう。
それでも、聖地は必要で、若者の目標になるという考えもわかります。しかし、こんな悲劇が後を絶たないならば、地域の私立などの高校の部活動にアスリートの成長を託す構造は、そろそろ見直すべき時に来ているのではと思います。
甲子園がなくとも、イチローも大谷も生まれていたと思いますし、甲子園があったが故に、もっと数多くの選手が活躍する機会が奪われたのではと考えられます。
たとえば今のプロ野球の下部リーグが、地域の若い選手を集め指導したりして、一発勝負のトーナメントに勝つだけではない、かつ楽しめるコンテンツのスポーツをもっと普及できると思います。
