夢の洲、ゴミで埋め尽くされる世界

大きなクレーンアームにトースターかレンジやアルミサッシ、ミシンのような機械がコードでからみ、下には自転車やプリンタなどが無数に落ちているシュールな情景。
大人の夏休み自由研究ということで、この夏いろいろなスポットを回りました。当初は万博に対抗し、リーズナブルに歴史、未來や映えをテーマにしていたのですが、未来デザインの大阪市舞洲のクリーンセンターを見学し、ゴミ問題を学び、驚くとともにその問題の難しさ、深刻さに唸りました。
また、お盆休みなのに、社会を底辺から支える公共の仕事を猛暑の中、している人が多いことにも素直に感心しました。
80年前の戦時には、金属は貴重な資源で、鉄はおろか、銅や錫、不要不急の鉄道の線路、お寺の鐘まで供出されて、戦艦や戦闘機など戦争のために使われていました。
鍋や釜を叩いて直す仕事があったように、機械や道具を直して使う時代が長く続いたのに、今や家電製品はじめフライパンやら家具でも、すぐに捨てられる時代です。
直す時代から壊れれば捨てる、寿命が来ればゴミになる時代、しかもその寿命も賞味期限のように人が決めればどんどん短くなります。
人が「ゴミ」と認定すれば、数年前に華やかに宣伝され、夢を持って購入された一見壊れてないようなものでも、有料か無料か燃やせるかどうかに分別されるだけで、捨てられます。
本体は傷一つなくても、マイコンやタイマーが壊れて、修理よりも新規購入の方が安く便利となると、もはやメルカリとかで売れないなら「ゴミ」と認定されます。
写真にある自転車など、かつては全て高価だったものが、今は一部の高級、高性能な自転車を除き、乗り捨てのように放置されたものが夥しい数になります。
排ガス規制前の車もそれだけの理由で捨てられます。ガソリン車やEV車でも家電と同じように、だんだん町の自動車整備では直せなくなり、結局新車のが割安となって捨てられる場合も出ています。

ゴミ処理場に大きな目的な、分別した資源の再利用、焼却によるエネルギー利用、埋め立てるゴミを焼却によって質量、体積を減らすことです。

ゴミは埋め立てるしかありませんが、大阪は湾岸都市で、この舞洲と今をときめく万博会場の夢洲も、基準の割合でゴミを埋め立てた人工島です、今その沖に新島を作っています。いくら、海は広いとは言え、素人が考えても限界があります。潮流、漁業や航海にも影響が出るのは当然です。海に面していない、京都などは、どこか盛り土にするなど、山野に埋めています。
原発の廃棄物や、新幹線や高速道路の残土はよく話題になりますが、量から言うと、毎日毎日運び込まれるゴミの方が実はとても大きな問題です。ゴミや残土を処理すると、自然破壊とか言いますが、今の文明の人類はゴミを出すという便利を切り離すことはできません。

サステナビリティとかエコとか言われますが、あまりにも活動力は小さく、ゴミを少なくするには至りません。新車だとか新製品はどんどん宣伝され、古いものを大事に使う方が税金を高く取られたり、保証期間が過ぎると壊れやすい商品になっていたりしています。

少子化とか人口減少のカーブ、あるいは医療費、保険料負担の増えるカーブでもそうですが、ゴミが増えていくカーブももう破綻が分かっていて、破滅にどんどん向かっているのを分かっていても誰も止められない。
20年とか、50年の先の未来って、本当にみんなが目先ではなく、こういうことに早く気付き、地味だけど、変えないと間違いなく先進国は破滅の国になりそうです。

 

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