京都市の賑わい今は昔 

 京都市の100年という写真集が発売されるそうで、プレで写真展があり、何枚かの写真集の中身も鑑賞しました。

 100年ということは、昭和の初め、戦前から高度経済成長期など、古い街並み、懐かしいお店や市電なども見られます。

 建物、交通機関や買い物、通信、さまざまな文化や風俗が現代から見ると様変わりして、栄枯盛衰が感じられます。

 京都は千年の都と言われて、歴史や古いものを大事にするように思われますが、どんどんと新しいものを取り入れてきたからこそ、長年の反映があったのです。

 歴史や伝統だけを頑固に守っていては、明治以来の革新的な勢いのある街ではなくなります。そこをはき違えて、伝統だけを守ることを主張する人がいますが、それでは現代に生きる人にとって生活の街ではなくなるのです。

 外国人を含む観光客が増えてバスにも乗りにくいという不満の声もあります。

 交通機関やマナーにも問題はありますが、日本人の人口が少子高齢化でどんどん減る中で外国人でも来てくれるだけでありがたい話、贅沢な悩みです。

 有名な観光地は賑やかで、ホテルやマンションは増えましたが、一歩入ると下町は空き家も増えて、どこの地方都市や過疎地域と変わらない寂しさが見られます。昭和40年代ぐらいまでの下町界隈では、年末や祭り、交差点には、現代にない賑わいと活気があったのが、この写真集からも見られました。

 私が実家のあった三条会商店街、あるいは出町の桝形商店街なども、今レトロな注目で盛り返し賑わっています。しかし、バブル以前にまだ、スーパーやドラッグストアやコンビニがない時代の、生活必需品を買い求めた賑わいに比べると天と地のような閑散です。

 外国人観光客が少なかったら、ゾッとするほどの寂しさでしょう。

 栄枯盛衰は時代であり、仕方ないものと受け入れるしかないのです。

 交通を整備して、ゴミなどの啓蒙を徹底し、観光客からも無理のないように市や市民の収入につながる対策を講じれば良いのです。

 観光も含め、企業や大学があるだけでは、今後も人口減少の歯止めは効きません。

「もうこれ以上観光客は要らない」「北陸新幹線もリニアもう要らない」

 高齢者の多くは、変化を恐れこのまま静かな衰退を容認するかもしれませんが、歴史を見れば京都の町はかつてもっと賑わっていたのです。

 明治の初め、東京に首都が移って衰退の危機を感じ、最も革新的に新たなものを取り入れた貪欲なまでの斬新さが、京都に住む人の肝であることは忘れてはいけないのです。

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