仕事をしているとエラいという幻想

 何度か仕事に悩む方に向けて元気づけるようなブログ、スランプの脱出方法も書いてます。

 自分も仕事には長年苦しんでいろんな自己啓発書などをむさぼり読みました。

「仕事は苦行か?」という大きな命題はなかなか結論が出ない難しい問題です。また、仕事をしていることが無職よりもエラいのかというのも興味深い問題です。

 お金が欲しいから仕方なく働く、その動機なら決してエラいものではありません。

 ところが、仕事を休んだり、働かないと、何か怠けもののようでエラいようにはとても思われません。私も昭和の仕事社員で、休むとむしろ後ろめたさを感じたものです。

 しかし、少なくともとりあえずお金に困っていないなら働かなくても優雅で、全く問題はないはずです。

 かつては、せいぜいが社交たけで、仕事を普段はしない貴族や武士が尊敬されていました。労働は身分が低い者がすることでした。

 失業給付や生活保護、年金生活、ましては育児休暇などでも何も恥じることはないのです。

 働いてその代償として、お金を貰う訳ですから、働いていることはエラくも何ともありません。

 最初の命題、仕事はやはり使役される苦行だと思います。確かに仕事が充実している時もあるでしょうが、仕事をしていない気楽さに比べるとやはり苦行に近いものでしょう。

 ところが、仕事を離れ、毎日が日曜日となると、例えば今だに現役で働いている人、役員や定年のない仕事で頑張っいる同世代を見るとやはり複雑な思い、気楽さとともに先ほどの劣等感めいた後ろめたさもちらつきます。

 週5日働いての週末の休みの解放感は、実際毎日が日曜日になると味わえません。

 それでも、まとまった休みが続いてこそ、できることも多いのです。

 特に還暦を過ぎれば、働き方も、これまでの生き様、住んでいる家も持っているお金も家族、取り巻く状況は全て人それぞれ違います。

 今だに働いている方は立派、偉いととるか、苦行を今だに続けさせられエラい目にあってるのかはその人でないと分かりません。

 現役であろうとリタイア組でも、仕事は苦行だったと、そう考え割り切った方がいいかもしれません。仕事にやりがいがあって、あくまでそれが充実と見なす方も自由で、それは感じ方しだいではあります。

 実際にはそう両極端にも考えられないものです。

 仕事であれ、休みであれ、今の時間を充実させ、楽しむことです。リタイアすると、学生や現役の時代が懐かしく思われますが、感傷的になるのは今とこれからの未来を考えると良くはないです。

 資格や能力は過去から培ったものがありますが、あくまで過去は振り返るのではなく、趣味や今からの活動、新たな仕事にせよ、全てはこれからを見つめていくことで、未来が充実すると思います。

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