窮地にこそ、人は験される

(神戸新聞)

 阪神・淡路大震災、31年が経過して、全国的なニュースでは扱いも小さくなりましたが、関西人の40歳代以上にとっては、やはり忘れられない日です。

 最近知事の問題とかで騒がしい兵庫県、神戸ですが、バブル期はまさに神戸株式会社と言われ繁栄を極めていました。博覧会やイベントが開かれ、商業施設や住宅が拡充し、関西を超えて日本の中でも最も潤って、ハイカラなセンスのある、繁栄を象徴するような都市に思われていました。

 しかし、日本のバブル崩壊を象徴するような、高速道路の倒壊、それにより、基幹インフラの脆弱さが露呈し、見せかけの繁栄が一気に崩れていくのでした。

 都市計画から見れば、天然の良港で、国際貿易都市としても栄えた神戸ですが、山が海に迫った風光明媚であっても、限られた平地で大都市の人口を支えるのには限界もあったのでしょう。

 神戸市の地下鉄、私鉄のインフラ、その駅周辺を見ても一部を除き、バブル崩壊、震災から完全に立ち直る前に、長い経済の低迷と少子高齢化の人口減少で活気は失われたように見えます。

 日本経済全体が、その後も大きな地震や災害にも見舞われましたが、それ以上にバブル崩壊、リーマンショック、コロナ禍と度重なる経済の打撃からは立ち直ることができません。

 しかし、人間は順風満帆なら良い人生なのかと言うと、決してそうではありません。危機に見舞われたからこその、その人間としての対応力、そして団結や絆、紡いだものがあるのです。

 お金がどんどんお金を生んで儲けること、大金持ちになることをエラい、有難いと感じることは誰しもあります。それでも、そんな日常も生命を落としては儚く消えます。

 確かに最低限生きていくお金は必要でしょうが、それ以上に危機に遭った時、何をして、何が残るか、人生とはそれが験されている道場のようなものかと思えば、少々の危機は勇んで飛び込め、乗り越えられます。

 震災や危機に遭ったことが、良いとか悪いではなく、常に人は何らかの危機に遭い最後には生命を落とします。

 大きな危機に遭った人は、見方を変えれば、より大きなチャレンジの機会を与えられたともとれるのです。

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