
旧統一協会、少し前はオウム真理教とか、怪しげな新興宗教の問題もありますが、普通に
宗教法人にもっと課税せよとの話は出てきています。
実際に、いくつもの塔頭を抱え、観光客で潤っている寺社が事業を詳細には公表せず、全く税金を納めないばかりか、マネーロンダリングまで行っている疑いさえ囁かれています。
非課税の聖域とも言われる宗教法人ですが、収益事業はしっかり分けて税金を払っていると反論、庇う方もおられます。しかし、課税非課税のその境界はあいまいであり、インバウンドで増えた膨大な賽銭や御守、御札、おみくじ、御祈祷などは非課税です。その他にも駐車場経営も、参拝補助として非課税となっています。
私の住む京都市はお寺が多く、寺社の占める面積が大きいので、固定資産税、住民税の割合がいびつで、市の財政も市民にも厳しくなっています。
京都市域で広大な面積を誇る社寺が境内非課税では、固定資産税や森林環境税は市に納められず、一般市民や民間の営利企業から穫るしかないのです。
京都の名所旧跡が好きな市民もおられますが、観光客も来て京都の街は素晴らしいと自慢にはなっても、実家に住民税も高く、水道や健康保険も高くてはやはり住みにくく、イヤになるでしょう。
諸物価が上がり、税や社会保険料が上がり、給与も年金も上がらないとなると、さすがにキツいのです。
毎年「今年の漢字は◯です」とか呑気なことを言ってられないです。今度は儲かってるお寺さんが市に税金をもっと納めるなり、ふるさと納税のような寄附をして市民を助ける番です。
今計画される、路面電車や、北陸新幹線など、京都の仏教会とかは反対しているようですが、むしろ儲けてるお寺や神社がスパッと払ってくれたらいいのです。
近鉄の前身にあたる鉄道会社が奈良と大阪を結ぶ生駒山を貫くトンネルの難工事で、工費がかさみ経営が悪化し、沿線の宝山寺のお賽銭から借りた話があります。
京都と小浜や福井、金沢は有名な社寺の本山と末寺でもつながっています。お賽銭から北陸新幹線の建設費用を出してもいいはずで、市民税も払わない社寺が反対するのはもってのほかです。それこそ千年の愚行です。
京都の寺社が古く格式があり、「伝統を守るのにお金がかかる民間企業や新興宗教とは違う」というのも甘えた反論です。少子高齢化で檀家も減っているかもしれませんが、民間企業は当たり前に厳しいのです。
壺を売るような霊感商法的な新興宗教だけをいかがわしく思う人がいますが、宗教なんてそういうものです。
教義なども新しい方が、しっかりしてるかもしれません。他の学問やら機械や車などは新しい方が良い場合のが多いので、宗教も伝統だけではないでしょう。
宗教も時の権力によって、重用されたり弾圧たり、栄枯盛衰もありました。自らを守るため、武力や財力、政治力を握っているのでしょうが、それは宗教の本質、教義とは違う問題です。
少子高齢化社会で人口が減り、経済が低迷し、一人一人の負担が大きい時代です。
既得権のように負担を免れる業界は、ルールを変え、聖域を壊していかないとならないのです。誰だって、税金が少なく儲けてお金が貯まればいいという誘惑にはかられますが、それでは社会は成り立ちません。ましてや、神職、聖職にある人は、まずは公に奉仕し、民に尽くす立場なのは当たり前のことです。
期間限定で高額の料金を取る、荘厳で、絢爛豪華な社寺など維持するのは勝手ですが、通常の税金はもちろん、贅沢税のような付加税を課してもいいとさえ思います。
一般庶民が、檀家になり、供養する程度のお寺の範囲なら非課税で良いのですが、かけ離れた事業レベルの宗教法人にはぜひ高市政権で改革の手をつけるべきです。











