多様な食文化の現代日本

 時々、ランチやディナーを私もインスタグラムに上げてます。

 世の中にはとんでもなく贅沢なレベチの食事をSNSに上げてる人もいて、私など比べられると恐縮し、後悔するときもあります。

 しかし、まあ考えて見れば物価高で、サラリーマンの昼や、ちょっとした家族向けの外食もどんどん値上がりしてる昨今です。そんなに映える写真をアップできる人は贅沢で、一握りの富裕層です。

 もちろん、外食に、関わる方も、存亡がかかっていて、値段をどうしようか悩んでるところです。

 それでも日本人は食事のバラエティという面では、贅沢です。

 友達との会話でも、すぐフレンチやイタリアン、中華や、焼肉と美味しい店からリーズナブルやムードにあわせて、いろいろ知ってる人が多いです。

 普段、スーパーやらで買い込んで作る料理も、そこそこやる人はもちろん、惣菜やレトルトを使う人でも、やはり洋食、和食、中華とさまざまにレパートリーはあるでしょう。

 海外旅行すると、各国のグルメは味わえますし、探せば現地で和食もあります。しかし、これほど各国の料理を、自国内でいろいろ節操なく連日食べているのも日本人ぐらいでしょう。

 そして、特に日本では、食べやすく、整ったカタチ、清潔な個別包装が好まれます。

 果実も、甘い糖度で剥きやすく、種もないものばかりになりつつあります。

 柿の皮を剥き、渋を取って、種も取るなどもはや誰もしないのです。

 ブドウも種はおろか、皮ごと食べるシャインマスカットなどが一気に主流です。

 カップ麺、レトルトなども沢山の種類で溢れています。生活保護者でも、4食入りの袋入りラーメンにモヤシぐらい入れて食べた方がガス代入れても安いのに、割高なカップ麺を購入して文句を言う始末です。

 終戦で焼け野原になり、食べ物もなく、残飯さえ漁っていた日本人の復興にも関心しますが、美食、飽食、偏食にも呆れるのです。添加物まみれといわれながら、戦後生まれ世代の寿命も、どんどん長くなり、長寿国になっています。

 身体に悪いとか言われる、グルテンとか、トランス脂肪酸、カンスイなんかは、寿命には影響しないけれど、人間から問題意識や向上心を奪い、快楽嗜好で、従順なナマケモノにしているのかとさえ思います。

 

強すぎる警察権力、政党党首逮捕

 NHK党の立花孝志党首が兵庫県警に逮捕されました。

 賛否は分かれる人ですが、名誉毀損など民事で争う案件で、伊東市長に立候補を表明しているだけに、実際には「逃亡の恐れ」は考えづらく、「逮捕ありき」の判断と思われます。

 胡散臭い奴だと思っていたが、やはりと思われる方もおられるでしょうが、政党党首を逮捕するというのは権力側の大変は強権発動です。いくらなんでも、これが許されるのは、本来人権派の政党やマスコミがもっと、騒がないといけない大問題です。しかし、擁護はもちろん、そのあたりを論説しているところは少ないです。

 日本で逮捕というと、裁判が決していなくとも、アイツは悪い奴というイメージは定着します。

 いったん、逮捕されると、マスコミは容疑者とはいえ、犯人扱いのニュアンスで扱います。裁判で確定してはいないのにです。識者ても何でもない関係者や市民の批判的なインタビューが取り上げられ、ネット民は一斉に憂さ晴らしのように、叩きます。

 国家権力や警察、検察が力を増し、冤罪も厭わない、本来人権派が最も恐れる構図が繰り返されます。悪役がそれっぽければ、火が点いた市民感情、ネットの暴走は止まらないのです。

 本来が、真相のはっきりしない兵庫県の県庁、議会で二人が亡くなる深い闇の事件です、

 件の兵庫県知事や、立花孝志が一方的に悪く、亡くなられた主因かはまだわかりません。オールドメディアと言われるマスコミは、兵庫県知事選挙の二馬力で負けたことに業を煮やしているのが分かるような報道でますます県政を混乱させ、立花孝志党首を血祭りにしたい感じが見えます。

 県議の自死については立花氏の言動も問題があったとは思われますが、その後の増殖したマスコミやネットの暴力、いわゆる市民のネットリンチによる部分が大きいと思われます。

 立花氏であろうと、大新聞であろうと、どこが火元でも焚き付けられて、リンチをする国民、ネット民は反省なく、憂さ晴らしを続けます。

 最初の段階で齋藤知事が、万一のことがあったらどうだったのでしょう。今回のケースで立花孝志がも、竹内県議のような選択をしたらどうなるのでしょうか。著名人にせよ、たとえ犯罪者だったとしても、マスコミや一般市民に人を裁き、自死に追い込む権利はありませんし、そこまでの知識や判断力は誰もありません。

 不当な逮捕とまでは言えませんが、市民、とくにネット民はもう少し大人しく、今後の捜査、司法手続き、裁判で事実関係が明らかになるのを見守るべきです。

 

 

国会がブラック?議会も司法もデジタル化が遅れ過ぎ

 高市総理大臣が馬車馬のように働いて働いてというのは、熱量は頂けますが、大事な身体ですから、ほどほどにセーブしないと思います。

 そして仕事の効率が悪いままはいけません。

 総理大臣は重要課題だけ取り組めはいいと思いきや、いろんな会合に出て、意思決定を任され、休む暇がありません。連立政権ということで、維新との連携もですし、閣僚や与党議員が問題起こしても責任を問われます。野党はもちろん与党の非主流派とも連携しておかないと、法案が通らないので、いくら支持が高くても、全方位に気配りが必要です。

 外交や経済など重要政策にもっと、集中させたらと思います。国会の同じ質問を繰り返す予算委員会などのムダな時間は何とかならないのかと思います。

 国会の日程が急なのが原因とか、野党が前日の夕方までに質問趣意書を出さないのが原因なのか、首相も担当の閣僚も真夜中まで答弁を作成していたとも言われます。

 そもそも、FAXで議員会館で受ける仕組みが何ともアナログです。

 裁判所にしろ、警察、市役所にしろ、このデジタルの時代に今だにFAX主流で、テレワークもほぼ難しいのですから、若い公務員が辞めたがるの、学生も就職したがらないのは分かります。

 高給取りの官僚になるなど、役人で出世する前に、アナログで旧態依然の仕組みにもイエスマンでないといけないので、優秀でも幻滅して辞める人もいたら、いい人材は揃いません。

 社会人になれば、どんな仕事も厳しいし、理不尽に耐えないといけない局面はありますが、役所は結局それゆえに改革が進まないまんまです。

 デジタル化は少しずつ進んでいるようで、羊頭狗肉、マイナンバーカードを国民に押し付けながらも、アナログなことをやっています。

 せっかく電子申請されたデータを紙ベースで決済し、手入力しているのです。それを例によって間違いがないよう、複数人でチェックしているのですから、効率の悪いこと。

「デジタル難民を救う」というのは体のいい言い訳です。雇用、組織、仕事の中身の見直しが必要で、デジタル化に合うように変えていかないと、効率が悪く情報漏洩などのミスも増えます。

 公務員は仕事や権限を奪われるのを嫌がり、デジタル化は民間企業より遅れています。総務省デジタル庁が進める期限を早めて、あらゆる業務を見直し、デジタル化を進めないと、ムダな残業などで、組織が劣化、肝心の多くの人間の労働者の権利が損なわれた上、税金のムダ遣いが続きます。

 デジタルに慣れない人を丁寧に教えたり、アナログのまま間違いを直したりするのは決して親切とは言えません。時間をかけ、人の手間をかけるのは、片方でシステムを導入してるのに、全く税金のムダです。

 マイナ保険証の読み取り機を、税金も援助して町医者が高いお金かけて導入して、何割かはアナログのままで看護師や医療事務の人件費が変わらないなら意味がないのと、同じです。

 議会や裁判所の連絡がFAXとか言うのも、民間企業ではとうに淘汰された機械だけに驚きます。

 居眠り議員も問題になりますが、議会ともなると、準備や対応に時間がかかり、対応職員は大変な負荷で、待機時間も長いのです。

 繰り返される質問も多く、テレビの討論でもやった同じような話が質問者を変えているだけです。

 国のトップの時間を拘束するのは、もうちょっと建設的にならないかと、誰も思うでしょう。

 逆説的にポジティブに考えれば、「税金が高い、社会保険料が高い」と言いますが、このあたりの雇用を守りつつ、デジタル化の波で組織やしくみを大改革すれば、日本はまだ良くなるのです。

とんでもない大河小説がまだ続いていた件

 一昔前は「青春の門」と言えば知らない人はいないぐらいの勢いでした。五木寛之、近年はシニア向けのエッセイでも知られます。

 最近の若い方は元々小説をあまり読まれていないでしょう。私の高校生ぐらいの頃はカッコよく人気のある有名な作家でした。戦前生まれ93歳の年齢から、おそらく一番読まれたは私より、もう一回りぐらい上の世代だったでしょうか。

 同年同日生まれの石原慎太郎、野坂昭如、遠藤周作、北杜夫らが当時の人気作家でした。

 他界された方が多い中、何と五木寛之は今だに未完の大作「青春の門」を第9部まで書き、まだ完結目指し書き続けておられます。

 主人公は戦中生まれで、第9部でもまだ1961年を20代後半で青春真っ盛りとして描かれています。60年ぐらいに渡って一人の青春時代だけを描いた稀な大河小説です。

 日本の場合、アニメや漫画で原作者が死んでも年数も重ねていく作品はあります。人気が出ると全く年をとらないで、エピソード、事件が起こっても同じ年代で繰り返し、いつの間にか世の中は携帯電話が出てスマホに変わっても主人公は年取らないシリーズが多いです。

「青春の門」は、最初の筑豊編と自立編が、かつてドラマや映画にもなり、覚えている方も多いでしょう。作者は平成に入って長く休篳もされていて、第7部あたりからはよほどのファンでないと続いていたことさえ知らないでしょう。

 ストーリーをレビューするのはまたの機会にしますが、なかなか戦後すぐのこの頃の若者を詳しく描いた小説は少ないので、時代の情景だけでも面白いです。

 早稲田大学時代の自立編では、演劇青年緒方、娼婦カオルが出てきて、劇団をやっていた私も共感もありました。

 しかし、学生運動もですが、売血や赤線が出てくるリアルに出てくるのにはやはり驚きます。たった、15年か20年ぐらいの間に随分日本は小綺麗になったとは思います。

 みんなが、まともに大学を出てサラリーマンになるか、家業を継ぐ時代に、こういう奔放に放浪する若者像はどう響くのでしょうか。また、最近のドラマだとどうしてもタブーが映像化されないのです。制約も多いのと、そもそも若い制作者らが時代考証を軽んじて知らないので、実感が歪曲して伝わってしまいます。自販機やスマホ、ウォシュレットがないだけが時代ではなく、淘汰されたもの、不便や不適切なものがあり過ぎる時代なのです。

 戦後を紐解くには、生き証人の文筆しかないのです。

実は難しい入札制度

 与党に加わった日本維新の会の、藤田文武共同代表が、公金2000万円を秘書の会社に回したという疑惑でしんぶん赤旗砲を浴びました。その弁明会見も横柄な態度で炎上しています。

 幹事長時代から、この人は何だか胡散臭い感じでした。維新の創始者の橋下徹も批判に回っています。吉村代表も最初は擁護でしたが、ちょっと庇いきれなくなっています。

 維新内部の争いからか、定数1割削減を突きつけられた自民党や野党も裏にいるのかとも、噂されます。吉村代表がトップとはいえ、国会議員でないため、首班指名なら共同代表の藤田氏が投票される立場だっただけに、問題アリの人物の、さらにお粗末な対応です。

 適法と言い張りますが、違法でなくとも、李下に冠を正さず、与党代表ともなれば、紛らわしい行為はだめなのだというのが、橋下徹らの論調です。

 公金を使う契約は、報道で煽られますが、実に難しいです。

 確かに、多くの国民が生活に苦しみ、中小企業は公共の仕事を入札するのに必死に努力している中、いい気はしません。定数削減される与野党の議員にも示しがつきません。

 私も公的機関の、競争入札や随意契約の仕事を実際にやってきましたが、非常に手間もかかり、難しい面もあります。

 税金を使っているので、談合で高くなるのも困るし、大手などで他で設けているから儲け抜きで契約のために安くなるのもダメです。

 案件によっては、藤田氏の弁明にあるように、原価の分かりにくいものもあります。

 しかし、そこで相見積などを簡略し、身内に馴れ合いで契約すると、こういう疑惑を生みます。

 詳しい仕様書と、見積り、契約までの明確なプロセスが第三者に分かることがポイントです。

 そのへんのルールを維新だけでなく、国会で明確にしないといけません。

 与党になった誰だれのタイミングだから、マスコミからスキャンダル砲が出るというのは、全体像としては違うと思います。

 ニュースになろうがなかろうが、法律とモラルがあって、金額の多寡に関係なく是々非々であるべき問題です。

 

今だに路上喫煙の上、ポイ捨て?!DNA鑑定して厳罰にすれば

 一昔前に比べると、タバコがの吸殻が路上に落ちているのは減りました。

 昔は仕事場の周り道路の枯れ葉の掃除などすると、タバコの吸殻が、たっぷりポイ捨てされていました。そんな時代と比べると随分減りました。電子タバコの影響もあるでしょう。

 それでも、今だに路上喫煙禁止のエリアをプカプカふかしながら歩く危ない高齢者などもいます。コンビニでも、小銭を探してタバコの番号を告げているのは、年輩の方、労働者の方の割合が多いです。灰皿のあるコンビニの前には喫煙者が溢れてる場合もあります。

 喫煙ゾーンが少なすぎるのもある意味可哀想だとは思います。公共施設や、新幹線はじめ交通機関なども、かつてはあった喫煙スペースが、受動喫煙防止のためと撤去され、全面禁止になってる場合も多いです。

 あんまり、禁煙タイムが長いと、我慢が効かず路上などでついプカプカしてしまう人もいるでしょう。

 ゴミ箱が撤去され過ぎ、少なくなり、ゴミ袋も有料となって、かえって違法な捨て方が増えるのと一緒です。

 タバコを売ってるコンビニなどは、換気の効いた喫煙スペースを設けて分煙を徹底すべきです。その上で、路上喫煙は重い罰金を科し、ポイ捨ての吸殻はDNA鑑定してでも厳罰にすれば、街はキレイになり国の財政も潤うはずです。

 若い頃、海外旅行すると、シンガポールでは、ガムや吸殻を道路に捨てると罰金だという話がでて、「へえ厳しいなあ」と思いました。当時の日本人の感性で、街角、道路にタバコの吸殻ぐらいは捨ててもいいという感覚だったのです。今では、日本でも旅行先でも、常識ある人はポイ捨てなどしない、、はずです。

 

考えさせられる外国人移民問題

 昭和40年代に始まったウルトラシリーズ、本格的な空想特撮とはいえ、初期の段階では宇宙科学も現代ほど広く知られていない時代で、脚本や設定にもツッコミどころ、不可解なものもあります。

 宇宙はおろか、外国にもそうそう行ってない人が想像で脚本を書いていたのですから、むしろ大したものです。

 沖縄の脚本家の方も、地球侵略を、沖縄の問題から投影したような作品もありました。

 日本人にとって侵略者もウルトラマンも、異国から来た外国人の概念から始まっていたのは間違いありません。

 宇宙人というのも、まだ火星からタコのような怪人かと言われていた時代で、程なく火星には知的生物がいないというのがやっとわかってきました。

 ウルトラマンの第2話に登場する侵略者バルタン星人は、シリーズの怪獣の中で知名度はトップクラスです。ウルトラマンと初めて戦った宇宙人であり、初めての本格的な侵略者です。

 生命という概念を理解できない人間との会話の中身からも、分身や巨大化などの能力も、地球人とは全く違う存在です。よくわからない制作陣が手探りの思案の末の「宇宙人らしさ」が満載です。

 主人公ハヤタはウルトラマンとは別人格ですが、母星を失って彷徨っていたバルタン星人の難民を、「地球の風俗、習慣を守り法律を守るなら、それも不可能なことでもない」と最初肯定的でした。

 しかし、旅行中に母星が核実験で住めなくなったにしては、ミクロ化して20億というのは多すぎます。

 まさにオーバーツーリズム?地球に勝手に永住を決めて、侵略をすることにしたと宣言され、交渉は決裂、戦闘が始まります。

 難民というだけなら、人数の多寡に関わらず助けるのが本来は正義です。

 人道的に助けても風俗、習慣が違うクルド人が一部の町に沢山集まり、騒音などて住民が困っています。

 外国人と一括りにはできない問題も多いです。逆に風俗、習慣を守り、もちろん法律を守り、働いて税金を収めている人が差別に合う場合もあります。

 母国の政治信条などから、やがて侵略に向かうのではと思われる国もありますが、一人ひとりの人間から判断するのは非常に難しいです。

 地球人を助けるウルトラマンもハヤタと一体化した宇宙人ですし、次のウルトラセブンは、地球人に化けている完全な宇宙人です。

 バルタン星人の移住許可の判断もですが、そもそも宇宙人の善悪や居住許可は誰が判断できるものでしょうか。

 ウルトラマンは、20億ものバルタン星人が乗った円盤をスペシウム光線で攻撃し撃墜しました。大虐殺ともいえます。

 地底人や植物の怪人、海底人も、先住民族の可能性があるのに全滅させられています。

 難民や外国人居住問題を問いかけている作品もありますが、子供向き作品とはいえ、大人が悩み、考え抜いた部分も垣間見られて、考察するのもまた面白いです。

 

クレームをつけたい時もある

 自分が公務員側ので立場でクレーム的な要望を受ける時があります。

 説明を求めていても、違う対応を受けると相手によってはキレる場合があります。しかし、私も逆の立場で役所の窓口や電話の対応、あるいは民間でもカスタマーサービスなどに感情的になったこともあります。

 役人や、民間企業の人間でも、どうしても前例に縛られ規則を説明するだけのタイプがいます。そんな人に私はがっかりしますし、立場はわかるけれどやはりわかる故に不満が爆発する時があります。

 民間企業で得意先や愛用者、部下に説明する場合でもそうです。

 今は、いろんな情報がネットで手に入り、書式もダウンロードでき、規則なども詳しく知っている人もいれば、全く知らずに訊いてくる人もいます。

 私などは、対面や電話で離すより、ネットで調べ、電子申請等解決できるものはやってしまいます。 

 人に頼む際や尋ねる時は、それなり難易度の高い時になります。これが対応者のレベルによってやっかいなことになります。

 上司、補職者等はそのためにいるのですが、その人たちでさえ、難しいことに対応できないレベルで杓子定規なことを言い出されると、激怒することになってしまいます。

 私の会社時代にも、そんな残念な上司はいました。規則をただ説明するなら自分で見られるので必要ない。

 特別な相談をし、特例を許可して欲しいために進言しているのです。

 原則の説明をされても時間のムダです。

 厳しい言い方をすれば要らない存在に税金とか企業の関係売上からの給料は要らないのです。

 若い頃苦労したインセンティブとして、年功序列の管理職で逃げ切るような人は、それも権利だと言う向きもいますが、採用すらされなかった人から見ればやはり不公平です。同程度の能力の人が、正職員というだけならまだしも、長くいただけで管理職の高給というのは、非正規から見れば理不尽な差別とさえ感じられます。

 同一労働同一賃金はもちろんですが、基本的な能力の確認を昇給の前に行わないと、呆れるような不条理がはびこっています。それは、本来ムダである以上に、もちろん職場の勢いを削ぐのです。

 基本的な事というのは、電子ででき、AIの対応で十分な時代です。

 まず仕組みとして、それが社会に浸透しないといけません。時間があるから、この御老人には丁寧に対応し、助けてやって仕上げたら、その方は次もそうやらないと、毎回リクエストされ、しないことがクレームになります。

 対応する人は、幅広いレベル対処を学ばねばならず、効率は悪くなるのです。

 インターフェースの使い勝手、ヘルプ機能の充実が大前提です。

 多くの役所や企業でも、一度システムを導入すると、お金もかけてるのでそれが万全と思い込みますが、使いづらい面はどんどん改良しないといけないのです。

 風通しの悪い組織はここができないので、いつまでも入力のコツ、トラブル対応などを、人的な力に頼る以前と変わらぬ状態が続きます。

 デジタル化と叫ばれながらも、なかなか本当の意味で組織や仕事の見直しができていないところは、結局中途半端に効率が悪いままなのです。

10月31日京都市役所

 今日がハロウィンナイトですか?一足先に、カボチャのクッキーとかは食べました。

 私はパ・リーグびいきなので、パ・リーグのチームが強くて当たり前と思っていますが、昨日で日本シリーズが4勝1敗で決着しました。関西の多くのタイガースファンの友人たちは残念でした。大谷さんのメジャーリーグのが注目されてるのかとも思いますが、こちらももう少しで終了です。

 半年間、京都市役所の都市計画局都市景観部開発指導課というところで半年間働かせていただきました。裁判所でもそうでしたが、都市計画局の開発指導という、多くの人は何やってるのか分からない仕事、66歳にもなった私をよく雇っていただいたもので、感謝の極みです。

 全く知らない土木系の仕事の職場で、技術系の人や建築、設計の業者さんと新鮮なやり取りでした。公用車やドローンなとの機器や備品の管理や購買、市議会の資料確認、さまざまな仕事をさせていただきました。

 かつては京都市に対して、財政破綻寸前だった点に、外野にいる時は、批判的でもありました。そのスタンスは中にはいっても基本変わりません。

 確かに、市長はじめ議員の方や職員さんは真面目で一生懸命に沢山の仕事をこなしているのはよくわかりました。

 地方自治体の権限の範囲、しがらみなどそれぞれの立場ですぐには変えられない問題も山積みでした。あえて言えば、どこかで誰かが既成概念を打ち破らないといけない課題が多いのも事実です。

 真面目な人ほど、目の前のことをやるしかないのでしょうが、馬車馬の如く、仕事、仕事、仕事では変わらないことがあります。

 変えていくのはやはり自分なのでしょう。

おばちゃんとは言えない職業にちょっと感動

 比較的大きな官公庁の職場なので、銀行のATMも郵便ポストも、資源回収ボックスもあり、何かと便利ではありました。

 私のメインバンクの都銀が入ってて助かったのですが、出向で来ておられる方もいて、ちょっとそのあたりの関係は怪しい点もありますが、そこは利便もあり目をつむりましょう。

 乳酸菌レディ?生保レディ?とかも来られます。レディも今、不適切な言葉かと考えてしまいますが、さすがに男性でヤクルト売り歩く人は見たことないです。

 昔は、平然と◯◯おばさん、◯◯のおばちゃんという言葉を使っていました。

 大手生命保険会社の昭和のCMでは、堂々と歌詞に歌われていました。今でも、耳に残る世代の方はおられると思います。

 そんな大手生命保険会社と法人としてさまざま契約しているそうなので、職場にも生保レディの方が代わる代わる何名かで立ちん坊営業されます。

 組織としてタイアップしていても、今どきなかなか厳しい営業だとは思います。超優良の大企業ですが、いまだにこういう落ち穂拾いみたいなマンパワー営業するのが伝統なのでしょうか。

 アンケートをして、SNSでつながってもらうとか、いきなり声かけてのアプローチですから、昼休みやかえりがけなので冷たくされるケースも多いようです。長年、店頭で営業に関わってきましたから、私は保険には今さら入りませんが、いろいろな協力はして、友達みたいに親しくなった方もいました。

 ドライな通販型や外資も進出する中、個人の生保に占める大手シェアも安泰ではないでしょう。表には見えないけど、ノルマ的なものもありそうに見えました。広告費やこれらの人件費も馬鹿にならないとの批判的なロジックも聞かれます。

 少し資産運用の話も提案してもらいましたが、あくまで元本保証の保険ベースですから、まだまだ利率も低いので、リタイア世代の私には内容的には参考程度でした。

 しかし、その後、7〜8枚ぐらいの私向けのデータを作っていただき、マーカーや付箋が何箇所もあって、手書きのメモで、いくつものメッセージが書かれていて、心温まるものでした。

 正直、最初から契約する気はない話をしていたのに、ここまでパーソナルな資料を作り、懇切丁寧にやってくれたことには、感動に近い感謝の気持ちでした。

 令和の時代にも、「ニッセイのおばちゃん」なかなかやるなっと思いました。