わかりやすい政治が良いのか?

 友達の発言をあまり悪く書くのもためらわれますが、総理大臣に求めるものがどうも違うレベルの話をする人がいます。

 そこそこの大学を出て企業に勤めた人や、政経に詳しい専門の著名人でも、「政治家の発言はわかりやすくないといけない」という意見になり、田中角栄、小泉純一郎や、高市首相は「わかりやすい」から良いというのだ。

「わかりやすい」だけが、高市首相の支持率高騰の理由とは随分失礼な話ではないのかとも思うのですが、直近でいうと菅義偉、岸田文雄、石破茂は話がわかりにくかったというのが不支持の要因というから何だかである。かつてはボソボソと滑舌が悪い総理大臣もたくさんいました。

 残念ですが、多くの人にとっては、難しい話をしてもわからない。いざ自分の目の前で税金が上がり、お金が無くなるとか生命が危険になると騒ぐだけで、気がつけばもう遅いのです。

 高市さんも、一時期は極端な右翼系の支持しか集まらず、保守党ぐらいと組んで自民党を割るべきといわれた時期もありました。

 安倍晋三の後継と言われますが、高市首相を見ていると、支持基盤は弱く一時期まではやはり総裁選に負け続けた小泉純一郎を思い浮かべます。「自民党をぶっ壊す」と「郵政民営化」のわかりやすい劇場型政治、ワンイシューで大変な人気の総理になりました。

 しかし功罪半ばというか、小泉純一郎の時代に日本の転落は始まりました。

「百年安心」と誇らしげに言われた年金改革は、今に至る所得代替率の漸減の始まりです。

 新自由主義を進め、非正規雇用を拡大して、大企業の正社員は助かっても、それ以外は大変な時代になりました。

 北朝鮮電撃訪問、靖国神社参拝なども、ただ右翼の支持を貰い目立ちたいだけでした。その時限りで、むしろ禍根が深まり広がっています。

 最も残念なのは、パフォーマンスで人気は得てもアメリカの言われるままに郵便貯金も手放し、財務省などの官僚の言われるままの経済オンチだった点です。

 今検証すると、トンデモない悪政しか残っていない小泉純一郎が、守旧派を叩いてあたかも勇気ある改革者を装い、大変な人気でやりたい放題、その後日本は真っ逆さまに転落したのです。

 その息子進次郎は結局高市首相に破れて今は閣僚止まりですが未だに人気はあり、どうなるでしょう。

 国民の大多数の支持がないと、政治を行うのは難しく、大衆迎合、劇場型政治は勝つためには間違いではなく、ネット情報が重要になった現代でも、政治の構図は変わりません。むしろネットにより傾斜が激しくなったかもしれません。

 ヒットラーも演説はうまかったようですが、大衆は破滅へと導かれました。

 話がわかりやすいことが正しいとは限らない。国民は、惑わされないよう、わかりづらくとも人物や政策をしっかり見ることです。

 高市首相はクレバーな面はあり、人気に自惚れずしっかり政策を見極めて進めて欲しいものです。

 

https://seizafpkotodama.com/2026/02/28/%e9%ab%98%e5%b8%82%e7%b7%8f%e7%90%86%e3%81%ab%e6%9c%9f%e5%be%85%e3%81%a8%e4%b8%8d%e5%ae%89/

いつまでも対岸の戦争ですむか?

 4年続くウクライナ、カザ、ベネズエラに続きイランでもアメリカの攻撃で戦火が拡大しました。

 戦後80年経っても、戦争はゲームやアニメのようにはスマートではなく、火器を使い市民の生命や財産を脅かす近世から人類は学んでいないのです。

 ホルムズ海峡封鎖が中引けば日本の経済への影響は計り知れません。原油価格はいきなり1割上がり、日本の備蓄が減っていくと物価や生活、産業に与える影響は計り知れません。

 しかし、それ以前にこんなにも好戦的なアメリカにずっと同盟国として寄り添い、貢ぎ続けていて大丈夫なのかとは、平和憲法とか戦争反対とはどの口で言うのか素直に感じます。

 日本人の感性では、目の前でころされる人がいれば、特にそれが知る人であれば悲しみ怒ります。

 人気のあるドラマや映画でさえ、思い入れた人が、戦争や犯罪でしんで行くと、大変多くの嘆きの呟きがネット上でも囁かれます。

 しかし、トランプの一声で何百人という人が一夜で亡くなっています。

 戦争にとにかく反対する声もあれば、国際平和のため悪の独裁者の国へは、先制や奇襲もやむなしという意見もあります。どちらも極端で、矛盾を抱えています。

 日本には平和憲法があり、戦争をしない巻き込まれないと、いわゆるリベラルや護憲の方は言われます。

 とはいえ、それ以前に日本は戦争大好きの力強い同盟国の軍事力や核の傘に守られ、戦後アメリカの傘下で朝鮮戦争やベトナム戦争の中継基地、関連特需で潤ってきた面の方が大きいです。

 第二次大戦の戦中、大空襲や原爆投下を味わい戦争の悲惨さ貧しさを嫌と言うほど味わってきたはずです。それでも、喉元過ぎれば、豊かな国になり恵まれた人たちは、他国の戦争は対岸の火事にしか見えません。。

 戦後の日本の奇跡的経済復興は日本人の勤勉さとか創造力と美化されますが、軍隊を持たず経済に特化し他の国の戦争で儲かったラッキーなだけで、何のことはない、今やアジアの国に一人あたりGDPで追い抜かれています。

 トランプという国家元首が「GO!」といえば、何百人がいきなり亡くなります、何万人もの生命や財産が喪われていても、日本人にとっては対岸の火事、遠い国の戦争なのです。

 親米や親中など、政治家のスタンスが極端に外国に寄り過ぎて国士と言える政治家が減っています。

 親米が保守、愛国で、親米がリベラル、護憲などとレッテルを貼ってベクトルを決めて分けてはいけない。真の保守、愛国、国士とは国と国民を思う政治家です。

 1980年代ぐらいまでの政治家は日本の政治や経済に強いブライドを持ってアメリカと、タ歩ネゴシエーションをしてきた人もいました。それで失脚させられたとされる総理大臣、政治家もいます。

 国際社会もソ連の崩壊、中国やイスラムの台頭で複雑になってきましたが、米ソ冷戦時代でさえ、日本はアメリカに対してそれなりに強い姿勢で臨んでいたのです。貿易摩擦に対して、妥協しない交渉で日本の産業、市場を守ってきました。もう一つ、あまり知られていませんが、軍事産業には矜持を持って手を染めませんでした。

 批判は受けますが、湾岸戦争でも当時は自衛隊の海外派遣はせずに済ませました。

 直近、国際秩序を大国の一政治家に任せていて本当に大丈夫なのでしょうか。

 外交は極端に走ってはいけない。一見敵対している国でも平和を望み友好の可能性を探り、交渉の糸は残しておかないとは思います。

 

 

 

 

宗教法人には当たり前に課税すべき

 旧統一協会、少し前はオウム真理教とか、怪しげな新興宗教の問題もありますが、普通に

宗教法人にもっと課税せよとの話は出てきています。

 実際に、いくつもの塔頭を抱え、観光客で潤っている寺社が事業を詳細には公表せず、全く税金を納めないばかりか、マネーロンダリングまで行っている疑いさえ囁かれています。

 非課税の聖域とも言われる宗教法人ですが、収益事業はしっかり分けて税金を払っていると反論、庇う方もおられます。しかし、課税非課税のその境界はあいまいであり、インバウンドで増えた膨大な賽銭や御守、御札、おみくじ、御祈祷などは非課税です。その他にも駐車場経営も、参拝補助として非課税となっています。

 私の住む京都市はお寺が多く、寺社の占める面積が大きいので、固定資産税、住民税の割合がいびつで、市の財政も市民にも厳しくなっています。

 京都市域で広大な面積を誇る社寺が境内非課税では、固定資産税や森林環境税は市に納められず、一般市民や民間の営利企業から穫るしかないのです。

 京都の名所旧跡が好きな市民もおられますが、観光客も来て京都の街は素晴らしいと自慢にはなっても、実家に住民税も高く、水道や健康保険も高くてはやはり住みにくく、イヤになるでしょう。

 諸物価が上がり、税や社会保険料が上がり、給与も年金も上がらないとなると、さすがにキツいのです。

 毎年「今年の漢字は◯です」とか呑気なことを言ってられないです。今度は儲かってるお寺さんが市に税金をもっと納めるなり、ふるさと納税のような寄附をして市民を助ける番です。

 今計画される、路面電車や、北陸新幹線など、京都の仏教会とかは反対しているようですが、むしろ儲けてるお寺や神社がスパッと払ってくれたらいいのです。

 近鉄の前身にあたる鉄道会社が奈良と大阪を結ぶ生駒山を貫くトンネルの難工事で、工費がかさみ経営が悪化し、沿線の宝山寺のお賽銭から借りた話があります。

 京都と小浜や福井、金沢は有名な社寺の本山と末寺でもつながっています。お賽銭から北陸新幹線の建設費用を出してもいいはずで、市民税も払わない社寺が反対するのはもってのほかです。それこそ千年の愚行です。

 京都の寺社が古く格式があり、「伝統を守るのにお金がかかる民間企業や新興宗教とは違う」というのも甘えた反論です。少子高齢化で檀家も減っているかもしれませんが、民間企業は当たり前に厳しいのです。

 壺を売るような霊感商法的な新興宗教だけをいかがわしく思う人がいますが、宗教なんてそういうものです。

 教義なども新しい方が、しっかりしてるかもしれません。他の学問やら機械や車などは新しい方が良い場合のが多いので、宗教も伝統だけではないでしょう。

 宗教も時の権力によって、重用されたり弾圧たり、栄枯盛衰もありました。自らを守るため、武力や財力、政治力を握っているのでしょうが、それは宗教の本質、教義とは違う問題です。

 少子高齢化社会で人口が減り、経済が低迷し、一人一人の負担が大きい時代です。

 既得権のように負担を免れる業界は、ルールを変え、聖域を壊していかないとならないのです。誰だって、税金が少なく儲けてお金が貯まればいいという誘惑にはかられますが、それでは社会は成り立ちません。ましてや、神職、聖職にある人は、まずは公に奉仕し、民に尽くす立場なのは当たり前のことです。

 期間限定で高額の料金を取る、荘厳で、絢爛豪華な社寺など維持するのは勝手ですが、通常の税金はもちろん、贅沢税のような付加税を課してもいいとさえ思います。

 一般庶民が、檀家になり、供養する程度のお寺の範囲なら非課税で良いのですが、かけ離れた事業レベルの宗教法人にはぜひ高市政権で改革の手をつけるべきです。

 

高市総理に期待と不安

 圧倒的な選挙の勝ちっぷりで国会に凱旋する高市総理、期待も大きいでしょう。

 白紙委任に近い議席を得た自民党ですから責任も重大です。毅然とした外交や憲法改正、皇位継承問題も保守の人は望み、積極財政や、税と社会保険の改革、議員定数削減など、国民がやって欲しいと求める問題は多いです。

 高市総裁の選出、公明党の連立離脱から、いきなりの選挙、立憲と公明の合体といろいろなエポックがあり、壮絶な選挙結果でした。

 石破総理時代は自民党も終わりで多党が群雄割拠する時代になったと言われました。

 しかし、小選挙区制度で傾くと大きくなる流れ、無党派の浮動票の勢いが、他の政党、労組や宗教団体をのみ込んだと言えます。

 しかし、心配な要素もあります。

 自民党だけの責任ではないですが、日本経済は30年ほど停滞しており、それぞれの病巣に勇気あるメスを入れていけない待ったなしの瀕死に近づいています。

 積極財政で成長をさせるに旧来の政財官の癒着があったままでは、せっかくの財政支出が血税のムダ使いになります。

 例えば保守の方でも、近年の自民党には何かと失望し、参政党や日本保守党などに興味を持っておられたと思います。根強い保守の論客の方で、やはり自民党は早晩潰さないとという思いの方もおられます。

 その長年の悪い自民党議員が大量に復活、政官財癒着の古い体制の自民党が延命したのです。

 何が悪い?高市さんの表面だけ見れば自民党が変わったと思われますが、それぞれの族議員のバックに紐づけいた団体との関係を普通に見ればやはり真っ黒、幻滅というか怒りを覚える構図です。

 一般の国民にはそこまで見えなくても、少し議員や役人、世の中の裏に詳しい人に知り合いがいればわかるところです。

 それでも大人気(おとなげ)なく、左翼政党を応援したくない保守の人は悩んできた人もいるはずです。

 あるいは、大きな政策を進める人物は少々倫理を外れ私欲を肥やすぐらい許されるとする人もいるかもしれません。

 それが経済を停滞させるほど腐りきり、浮上の妨げになるとしたら断ち切らないとならないでしょう。

 高市さんはかつて総務大臣で電波利権に脅しをかけました。伏魔殿とも言える財務省はじめ官僚、それぞれの省庁に繋がるマスコミ、各業界、各議員それぞれしたたかです。

 その議員が全て当選し、総理にうわべは恩恵を見せていても、裏では既得権益は手放しません。

 これではよほど頑張ってもらわないと、日本の浮上はありません。少なくなった野党の中に、相変わらずギフト券配りの批判など、レベルの低い論戦しか仕掛けられない議員がいるのにもガッカリです。

 せっかく選ばれた数少ない野党議員ですから、国を憂い、官僚の痛いところを的確に突いて高市首相の成長経済や行政改革を推し進めるアクセルになって欲しいものです。

 議会が3分の2がどうだとかいうのは問題ではなく、政策がどうで立法がどうかです。国士が対峙すべきは、議会の野党や与党内の反主流派ではなく、官僚や諸外国です。

 

 

 

 

日野町事件 あまりにも時間が過ぎた再審決定

 どの程度騒がれたかわかりませんが滋賀県の事件ですが、それなりに全国ニュースになってると思います。

 1984年(昭和59年)に起こって強盗殺人事件で無期懲役確定が言い渡され、既に亡くなられた死後再審が認められました。

 事件から42年後、遺族の執念ともいえる熱意は再審決定となり報われました。しかし本人は無念のまま、15年前にはこの世にはいないわけです。

 既に証拠や証言といっても、今さら検察が動いても、新たな立証は難しいとされます。よほど何か見つからない限り、再審では無罪ではと見られています。

 本人は何十年もの間、懲役に伏されて、家族は人殺し、犯罪者の家の者と言われた時間は何だったのでしょう。

 当時の捜査うんぬん以前に、袴田さんの件もそうでしたが、あまりにも長い時間がかかっていることが問題です。

 警察、検察は国の秩序を守る役所ですが、国民を不当に傷つけ長く拘束する権利はないはずです。

 何も咎なく過ごした人から見た42年前の1984年、そこから日本人の多くには、さまざまな時間の流れがあったはずです。それを奪われた人、奪われた家族がいるのです。

 日弁連が左翼系とか、人権弁護士のことを忌み嫌うような、ヘイト的発信をする保守系の方がおられます。それぞれいろんな発信や発言、思想信条はあるでしょう。

 しかし、いざ自分が警察に不当に逮捕された時、個別に事実を確かめるとき、味方になり、助けてくれるのはその時の弁護士さんです。

 あくまで、その案件の事実関係の審理だけが重要です。その弁護士がどういう組織に属して、どんな活動をするグループというのはこの際些末な問題です。

 厚労省局長だった村木厚子さんの冤罪事件も好例です。官僚とか、政治家でさえいざ警察、検察につかまり、訴訟される立場になると、対峙する弁護士を選定し、検察という国家権力と正義をかけて争わないといけません。

 国家権力にすり寄る検察や弁護士だけになると、やはり社会は大変なことになり、恐ろしい世の中になると思います。

2年で倍になった品目も多い

 500グラムで1000円を切っている値段の珈琲豆に思わず飛びつきスーパーに行きました。今や半分以下の240グラムでも1000円近い値段、ちょっといい豆なら100グラムで1000円超えます。

 エンゲル係数が低い庶民にとってはここ2年ぐらいの物価指数の上昇は10%なんてとんでもない。米にしろ、2倍になってるものも多いじゃないかと言いたくなります。家電とかあまり毎日の生活に関係ないもので平均をごまかしているのかと思います。

 エネルギー価格も上昇して、住宅関連など住んでいるだけで上がるものもあります。

 生鮮食料品は確かに野菜などはまだらで、上がり下がりはあります。

 しかし、大問題になった主食の米をはじめ、買い物をしている人は目に見えて上がっているものが多く物価指数との乖離も感じるのでしょう。

 確かに統計をしっかりとっているはずですが、大多数の国民を支える物価という面ではどうしてもズレます。

 テレビのコメンテーター、アナリストなども頭の良い方は官僚の巧みな説明にごまかされていますが、実際にはお金持ちで庶民感覚がありません。

 政治家も残念ながら伝聞だけで自分は毎日スーパーで半額シールの貼られたパックを買う訳ではないのです。

 年金は本来物価や賃金にスライドして上がるはずですが、統計の反映はずっと後です。ましてや賃金がそもそも上がっていない上、年金は財政健全のためマクロスライドで上がるのは抑制されていますから、待っても物価に対応する上昇はほぼないと言えます。

 普通に年金だけで生活をしている人はどう考えてもおかしいと感じるはずです。この不満と不安も逼迫したものですし、かと言って今の年金を増やすとますます現役世代が負担になるので、どこかから財源をとなってしまいます。

 しかし、年金は本来現役世代からたくさんのお金を貯めている訳で、その運用でもっと収益を上げられるはずです。国の事業で儲けてはいけないと考える人はいますが、儲けてはいないのです。多くの金融機関や保険会社などと同様、お金を集め信用創造し、運用で益金を得れば税や保険料を増やさなくてもいいはずです。時限的にもそこから回さないと、マクロスライドの限界と、急激な物価高への非対応は明らかになっています。

 次と年金改訂検討では厚生年金から国民年金に回そうとしていますが、そんな卑怯なアクロバット的愚策を考えるなら、あと2年は運用益、政府の外貨資産で回すでいいはずです。

 

赤字路線廃止、サービス低下 公共交通の課題

 JRなどの赤字ローカル線が◯年◯月までに廃止というニュースが出ると、地元民や鉄道ファンは反対の声を上げた存続を訴えます。

 公共交通機関が廃止されると、マイカーのない人や通学の高校生たちはたちまち不便を強いられるます。

 公共交通機関なんだから税金で何とかならないかという意見もあります。

 民間企業のJRになったから悪い、国営に戻せとの極端な意見もあります。

 JR各社は東海を除いて、赤字ローカル線の営業状態を公表しています。実際に廃止のやり玉に上がるのは、地元住民もそう利用していない旅客数です。

 第三セクター鉄道も地元の負担が重くのしかかります。税金といっても結局は鉄道に乗らない人が大きな負担をすることになるのも変な話です。少子高齢化で財政の苦しい自治体も負担しきれず、まして採算重視の企業体のJR、私鉄も、赤字ローカル線にお金を遣うわけにはいかないのです。

 JRは民間企業だからこそ、合理化は進み、多角化にも取り組んでいます。今さら国鉄になっても拉致はあかないでしょう。ましてや、赤字ローカル線だけ国や自治体が官費で引き継ぐほどの余裕はありません。

 それでもなんとかならんのかなとは思います。ローカル線にも見事な車窓の橋梁やトンネルなどもあり、せっかく建設した設備がもったいないものです。

 渡し船のような交通機関が公的支援で無料や格安というところがあります。島嶼部や河川に囲めれた地域などです。高速で快適に進む豪華なフェリーではなく、本当に買い物とか通学で自転車まで乗せて、ブルブルンとエンジンを唸られて向こう側の岸まで行ってくれる小さな船です。

 こういうのも、船が老朽化し、燃料代もかさみだし、操縦士人も不足して、自治体の財政が厳しいとどうなるかはわかりません。

 しかし、根本的には大きな施設や車両が要り、客が減り運賃収入が減ると立ち行かなくなる鉄道とはどうも違うようで、最初から官営のままです。

 国鉄というか、国経営と行かなくとも、JRとして鉄道以外の他部門でもっと稼いで最終的には不採算の鉄道をカバーすることはできないものかとは思います。

 通信や、金融、ショッピングなど、専門のカード会社顔負けの経済圏を形成しつつあるのですから、人口が減っているとはいえ廃止でエリアの顧客を失うのは得策ではないはずです。

 ポイントやファンドでローカル線を救うような柔軟な発想です。

 JRは民間企業とはいえ、まだまだ鉄道部門は法律に縛られたりして、融通が効かない面があります。廃止を検討する前に、もっといろいろできそうには思います。

 

憲法改正へのターニングポイント

 自民党が衆議院の3分の2以上の議席を得たので、国会の安定とともに憲法改正の発議もできそうなところになりました。

 憲法改正というと、「平和憲法を護れ」「9条を護れ」と護憲派、いわゆる左翼系が大騒ぎします。

 しかし、戦後80年を過ぎた今この機会にこそ憲法改正の議論は進めるべきだと思います。

 憲法改正に関しては9条だけの話ではないのに、すぐ全ての議論をフリーズするのは、そろそろやめないといけません。

 憲法を改正するというのは、保守でも革新、右でも左でもないはずです。いやむしろ本来革新系の政治家が叫ぶべきことです。

 日本は異常で、憲法を変えようというのが保守で、維持したいというのが革新、左翼、リベラルです。少し考えるとおかしい話です。

 しかもアメリカに半ば押し付けられた憲法なのに、親中に近い左翼が憲法改正に反対し、親米の保守が改正をしたいというのですからそれも捻れた感じです。

 この問題は余りもタテマエ、うわべだけの言葉が行き交います。

 そもそも「平和憲法」「自衛隊」という言葉も変です。

 平和憲法の対局に「戦争憲法」というものがあるのでしょうか。そんな戦争大好き憲法というものは世界中探してもありません。

 世界で平和よりも自分や家族の生命が危険にさらされる戦時下が好きな人も探してもいないでしょう。

 考えなければ巻き込まれいものではありません。日本の憲法として、戦争に巻き込まれたらどうするか、しっかり議論すべき点です。

 日本が第2次世界大戦、日中戦争、太平洋戦争を仕掛けた反省と言われますが、戦略の保持や交戦権を認めないというので独立した国を維持できるのでしょうか。

 戦力と交戦権不保持、核保有など論外という主張もあるでしょうが、「正義の秩序とを基調とする国際平和を誠実に希求する」という前段からして、全て戦争大好きアメリカの傘の下でこその平和ではそれほど身ぎれいなものではありません。

 じゃあ安保条約も無くなり、アメリカの基地が無くなり、自衛隊も無しで、まさに丸腰でいいのか、それも含めていつまでもつまらん論調を終わりにしないといけません。

 実際に交戦権、戦力をどう維持するか、自衛隊でどうなのかしっかり議論し、話しをしていけば良いでしょう。

 軍隊を持たない方が攻められないのが本当にそうならその通りで良いでしょうが、誰もが納得できる議論になるかです。

 自衛隊が軍隊という名前かどうかというのは本当に些末な問題です。

「自衛」+「隊」セルフディフェンスフォースとは変な言葉で、自分で自分を護る部隊?そんなはずはなく、やはり自分の国を護る部隊のはずです。

 自分の仲間、同胞が、家族が他国に攻撃、蹂躙されるとしたら、戦う力、負けない力が必要なのかどうか?

 オープンにしてそこを議論していけば良いのです。当たり前のことですが、他国にああだこうだ言われる筋合いのものではありません。

 極左、極右の人々も、何でもかんでも反対賛成ではなく、研究していればいろいろ建設的な意見も出るかもしれません。

 まずは俎上に載せるこどです。戦争をすることが目的でないことを、ちゃんとして議論に入れば良いことです。極端に言えば、反戦イコール左翼でもないはずです。それなら反戦イコール核保有でも、成り立つのです。

 太平洋戦争下や、戦後の混乱を知らない世代ばかりになり、安直にゲームのように戦争が始まるのは避けないといけません。

 もう一つ憲法や自衛隊の議論に蓋をすることで、結局困るのはアメリカ依存が過度になっていくことです。兵器も武器も軍隊も核もアメリカ頼りで、過度にぼったくられても文句も言えず血税から巻き上げられます。

 国防費の適正もある程度透明化して議論できます。

 だからこそ、戦争に対してもっと現実的に議論しあい、憲法について話しあうべきです。

 80年も経た憲法ですから9条以外でもアップデートしていけば良いと、もう少し気軽に考えられないものかと思うのです。

 

民主党政権交代今は昔

 2月8日投開票衆議院選挙で中道改革連合が惨敗しました。

 高市総理の勢いもありましたが、これにより2009年政権交代した民主党政権の中心だった生き残りがかなり国会から消えました。

 既に鳩山由紀夫、菅直人は政界引退しています。今選挙で岡田克也、小沢一郎、枝野幸男、馬淵澄夫、海江田万里、安住淳といった旧民主党の重鎮が軒並み比例復活もかなわず落選しました。野田佳彦さんも惨敗の責任を取り代表は辞任するでしょう。原口一博も党を割ったものの落選、維新に移った前原誠司がかろうじて当選したぐらいです。

 中でも1980年代自民党竹下派から、細川連立政権、自自公連立政権、民主党連立政権と長年政界に君臨してきた小沢一郎の落選は時代の流れを感じます。

 

 壊し屋とも言われ、一時的には与野党問わず、反共よりも反小沢という団結が大きな塊になるほど、言葉を変えれば危険なほどの勢力を持っていました。

 何度か傀儡を使っても政治の頂点のポジションに君臨した力と、結局は政敵の逆襲と味方の裏切りで盛衰を繰り返した稀有な存在でした。竹下登、金丸信、橋本龍太郎、渡辺美智雄、小渕敬三、野中広務、青木幹雄、亀井静香、小泉純一郎、麻生太郎ら強力なライバルたちと壮絶なしのぎをしていました。タフネゴシエーションとして内外に名を轟かせ、昭和・平成の政治を語る上では総理にはなっていないものの、大物中の大物でした。

 その剛力は凄まじいものの、大衆をつかむセンスの無さ、仲間や後継に任せる度量の無さが、2度も政権交代をし通算では4回も与党の中心にいるという偉業も長続きせず最後は残念な末路につながったのです。

 小沢に関して最近の老害的発言だけでイメージを抱く人もおられますし、首相候補を呼びつかた自民党幹部時代も横暴さだけが伝えられます。しかし、アメリカや韓国、中国とも総理、官僚を飛び越えてタフな交渉をし、財務省はじめ各省庁を振るい上がらせ最も激しくやり合ったところはあまり伝えられていません。外交や財務省の官僚や役人の横暴や特権が騒がれる今ならヒーローものです。

 自民党の中で旧田中派の金権政治が批判されることも多いですが、田中派とその後継竹下派が日本経済を発展させた功績もまた大きいのです。歴史にイフはないとはいえ、自民党保守本流のお公家のような政治家だけでは、外国や官僚の言いなりがもっと早く進んでバブルすら無かったかもしれません。

 小沢一郎にしてみれば、旧民主党の鳩山、菅、前原、枝野仙谷、岡田、野田あたりは、小僧っ子、小物過ぎて丁寧に話す気もなく、突っぱねてしまったのでしょう。結局、その感性が仇となり、次々と党を変え仲間を離合して権力を失いました。

 小沢一郎も年齢を考えると政界引退、少し最近の映像だと痩せておられます。失礼ですが、それほどの間もなくやがて訃報に接し、向こうでまた野中さんらとバトルしそうです。

 そんないかにも昭和、平成前半のガチンコな政治も完全に終わるのだなあとは思います。

 

 

 

 

想像したより高齢者が生きづらくなった21世紀の日本

 今還暦を迎えて、高齢者と呼ばれてもおかしくない世代の人が、子供の頃の昭和末期まではお年寄りはもう少し優遇されていました。

 戦争と、戦後の厳しい時代とその後のモーレツに働いた世代が、日本を支えた人たちなんで現役引退お疲れ様という感じだったのでしょう。

 年金は納めた当時の金額よりも、はるかに大きな金額が貰えて、健康保険の保険料も医療費負担も少なく、介護保険は制度はないのですからもちろん負担も無かったのです。

 年金が年300万、月22万とか25万で当時の物価で昔は天引きもないので、十分生活できました。家族も多いので世話してくれる人がいたのです。

 老人ホームに入れるなどは、世間体が悪い印象すらありました。

 21世紀では家族で高齢者を介護するあらゆる余裕が無くなり、年金の中からか本人が払うか扶養者が負担して施設に入るのが当たり前になっています。それだけでも経済的な負担は大きくのしかかります。そこそこの施設に入ると年金では払いきれない支出になります。

 家族の奉仕で無料だったものが、保険料になり介護保険料の徴収が始まりました。健康保険も無料だった時代は終わり、国民健康保険や、健康保険組合の財政悪化の根源だった高齢者は後期高齢者医療保険制度に切り離されました。2割の負担と、保険料の本人負担も始まり、年金から天引きされ始めました。

 税制改正で富裕層の累進上限が70%から50%そして37%まで下がりました。これに対し年金生活者はこの30年近くで税金も社会保険料もどんどん上がりました。

 リタイア時の虎の子の退職金も、初任給や賞与などに比べ、じわじわと下がり、老後資金は自分で2000万用意が必要と言われるようになりました。お金がないのに長生きすれば罪のような感じの高齢者に厳しい21世紀になっています。

 ロボットが家事をやり、空飛ぶ車が家の上空にいると想像した未来でしたが、そんな未来は庶民には夢でした。平均的な高齢者はここへ来て物価高で相当厳しい生活を強いられています。自治体によっては国保料も高く、公営交通の特典なども減っています。

 ロボットはまだファミレスの配膳かウーバーぐらいしか見かけないですし、おかげで楽になったり安くなった訳でもないです。

 役人や政治家それぞれが年金を優雅にもらってるお年寄りから、もう少したかれるだろうと、あっちからもこっちからも無分別に税金やら保険料も取り立て給付は減らしていきました。支払う年金は年金財政のため抑えられては、仕事とか財産がない高齢者は悲鳴を上げるのは当然です。

 人生100年と言いながらも、サラリーマンの定年は65歳ですから、個々人のファイナンスプラン、バラ色の年金生活は大変厳しいものになります。

 物価高は待ったなしですから、ただでさえ2カ月に1度の年金振り込みですから、1〜2年後の改訂ではなく、食料品の値上がりにスライドして年金生活者支援給付金はもう少し幅広い層に給付すべきです。

 ほぼ国民年金だけの人に5000円程度だけの調整のような制度では貰える人はちょっと嬉しいにせよ、多くの厚生年金受給者の年金生活者には関係ありません。

 配当や事業で所得がある人以外の年金生活者には、物価高に合わせての増額給付を早くすべきです。

 外交、国防、そして少子高齢化ももちろん大事で比べるようなものではありません。しかし、喫緊の国民課題には違いありません。

 減税や社会保険料軽減に財源というのはそもそもおかしいので、既に取りすぎた制度時代の見直しであり、公平公平な老後の最適化です。政治に携わる人、役人・行政のトップはこれを考えないと、政権、国の根本は安定しません。

 失われた30年とかいうのは政治の失策と野党は言いますが、専門家の官僚が酷いのです。

 20世紀末に、将来まで俯瞰したグランドデザインを考えられず、目先のセクトだけの枠組での予算にこだわった官僚の責任が大きいでしょう。自分たちは天下りで悠々と老後を暮らせる退職金や年金をガッツリ貰う立場におれば、実質の所得代替率がどんどん下がり不満が爆発する時期は必然だったのです。

 最後には憲法で守られた最低限の生活、セーフティネットがあるというのはあまりにも横柄な役人の立場です。

 財政が厳しいなら、20世紀末に必要だった天下り団体が、用済みで縮小するとか、役員報酬ぐらいは減らすスタンスがあってもいいはずです。逆に入札で優位に立ち民間を圧迫しているのでは、貴重な税金が上手く経済にまわらないのです。

 退職金の税額控除など、せめて生涯でトータルにすべきです。そもそも巨額の退職金が、起業家でもない、横滑りの役人に何度も支払われることすらおかしい。最低賃金のボランティアでいいぐらいですが、「規定が」とか言って辞退する人もいない。

 この辺から財源を産まないと、金額の多寡は別にしても、不公平感が理不尽すぎます。

 高市総理の回りにも、庶民とはほど遠い世襲議員や官僚出身、財務省洗脳議員もおられますが、負けずに頑張って欲しいものです。

 他党とも協議を重ねた税改正などの案件をおろそかにするとイッキにブームは去ります。

 あえて、高市総理にもう一度エールを送ります。